台本無き役者の叫び

 あの絶望的宣言を肯定するかのように、翌日からまことしやかにその噂が流布され始めた。一般的な高校というものが私にとってはこの高校であるが為、比較ができないのだけど、確かに同好会という名義で活動している部活動は多い気がする。そもそも、コミュニケーション部にしたって珍しい部活動であることには変わりない。

 だからこそ同好会の統廃合というのは分からない物ではない。むしろ今までが自由すぎるという観点から言えば至極当然のことであり、理解できる事柄だ。

 とはいえ、自由とその制約というものは一筋縄ではいかない。今まで制約されていた物がフリーになるならまだしも、自由な物が制約されるというの苦しいものである。

 極論ではあるが、家電なんかがそれにあたると思う。洗濯機も炊飯器だって自由で楽なもの。それを今さら無しにしますといえば暴動が起きることだろう。それだけ、これらの物が浸透しているということなのではあるわけで、つまるところ、浸透率によってそれの是非が決まるわけだ。

 だけども、結局はそれは詭弁でもある。もしも便利だから全てがOKな世界というものが出来てしまえば、人は働かなくなり無気力となるだろう。そんな世界が幸せかと聞かれれば、そうでは無いと思う。

「メッセージ……? なんだろう」

 私は疑問を覚えながらそのメッセージを読む。今日は直接レインの方まで来てほしいというものだった。それ自体は別段不審な事ではないと思うのだが、今日のこのざわめきと、なんらかの関係があるように感じてしまい少し身構えてしまう。

 作戦会議でも開くつもりだろうか。もし、そうなら部室でもいい気がするが……いや、部室だともしかすれば部活動を削減させようとしている元凶――――学校がよりよくなるために行っていることなのだから、その言い方は間違ってるかもしれないけども――――に聞こえるかもしれない。そのことを警戒して、ということを考えればおかしな話ではないかもしれない。学校の事柄に無関係なアキさんを巻き込むことには少々のためらいもあるけども、関係性は決して悪くないのでそこは目をつぶれる範囲かもしれない。

「アヤちゃん……。どうする?」

 おそらく同時にメッセージを見たのだろう。私に話しかけてきたのはチノちゃんだ。というより、今まさに部室の方へと向かおうとしていた身としてはもう少し早い時間にメッセージがほしかった。

「もとより、今日は顔を出すつもりだったし……、行ってみたいなって、私は、思う」

「うん。ウチも。じゃあ、レインいこっか。にしても、昨日はほんま驚いたし」

「そうだね」

 私も同意する。ローファーの音に少し不気味な気持ちを覚えながら昨日のことを思い出す。いや、回想をするほど深いものではないはずだが。



 マイちゃんが慌てて入ってきた直後、どうしてそうなったのか、マキ先輩を中心にちょっとした会議が開かれることとなった。

 マイちゃんは書類を手にしているが、その書類は、今回のことに関連しているものではないらしい。書類を持って移動している最中に、別の先生から話を伺ったそうだ。その後すぐにこちらに向かってくれたらしい。その行動がこの部活を大切にしているということがわかり、少し嬉しくも感じる。

「元々、うちって他の高校と比べ部活動も多いんだよね。それにとうとうメスが入ったというわけ」

「だとしても、何かしらきっかけがありそうなものだが、そのあたりは?」

「それについては、まだ分からないっていうのが正直なところ。私もお話を聞いてすぐにこっちに来たし」

「情報源は?」

「元を正せば生徒会関係。話としては生徒会の誰かがこの経費に関して進言をしたらしいの。もちろん、ただの一生徒でしかない彼女たちに見られる経費関係の場所なんてたかがしれている。でも、それは逆転させれば」

「見られる場所は特に際立って見えるということか」

 マキ先輩が呟くように言う。

「あの、ここの生徒会が見られる場所って……?」

 まだこの学校になじめたとはとうてい言えない。いまだ、未知の部分がありそのうちの一つが生徒会関係。いくら何でも分からい部分を理解するのは不可能だし、それになんとなくだけど、このまま私の知らないところで物語が進むのもいやだ。

「まず、うちの経費の流れとして、部活動関係は一度、生徒会の方に全て進言してそこから、職員会議などを通して部費として認められるようになっているの。形だけはね。実際はもはや形骸化されていて、生徒会に渡された物はそのまま部費として流されているようになっている。そもそも部活動の経費進言に関しては顧問のサインか判子が必要だから、そこで一度確認されている、というていになっているのもあるけどね」

「そこも部活動、及び同好会の増加で顧問が形だけの物になったりしているからな。うちはマイちゃんが積極的に参加しているからマシな方だが……」

「そこも、問題なんだよね。私の行動は越権行為と疑われても仕方が無い所まできているし、そのためにそこそこ無茶はしている。多分だけど、私と同等か、それ以上にこのサークルに対して興味を持つ先生が来ない限り、私が転任したら終りだと思う」

「……正当性の主張も厳しいか」

 正義を語り、正しいと主張をするのであれば難易度はグッと下がるが、その逆はかなり厳しい。そもそもが、部活動なのだ。同好会なのだ。学校生活に必要不可欠なものでもないし、除外できるものである以上、除外をさせることだって可能。もしもこの噂が真実であり、かつ推し進められるならば……、多くの部活がなくなるのは避けられないだろう。

「マイちゃん、とにかく今は情報を待つしか無い。こっちからアクションを仕掛けて警戒されるより、なにも知らぬという立場をとった方がいい気がする」

「私も同じ意見ね。それにうちはそこまで経費を使っていないはずでしょ? 使ってるのはせいぜいこの部室と光熱費ぐらいだし」

「あれ ? ここのゲームって部費やないんですか?」

 チノちゃんが質問をする。

 これだけのゲームがあるということから私も勝手にここの部費である思っていたが、どうやら違うみたいだ。

「あぁ、これは古くなったものをレインからもらったり、私たちが持ち寄ったりしたものがほとんど。一応ドイツ年間ゲーム大賞の受賞作品とかは私たちでお金を出し合ったりして購入したりはしているけど、それもアキさんに頼んで格安で譲ってもらっているぐらいだし」

「僕たちもそこまでわがままやないってわけ。やけども、場所の提供とか少しでも出るお金の関係とかを相殺するためには、部活動の活動という形は必須やね」

「それに、こうして集まらんかったら、たぶんやけどうちとの関わりもないやろ? そういうことも考えたら部活の形を持つことは大切やけど……あーもう! こっちっからアクション起こされへんってむかつく」

「あ、あはは。確かにそうですね。でも、感情的になっても仕方ないことやし。うん、まずは出方を見ると言うことですかね」

「……皆さんがそれでいいなら、私も従います。一応情報は、頑張って集めてみますけども……期待はしないでください」

 自分の友好関係からそこまで情報は集められないと思う。そういう所はチノちゃんの方が得意だ。私は少しだけ小さくなって肩を落とす。

 この肩には背負いきれない重い物を流してしまいたい……。

「分かった、私も情報を集めてみる。先生達にもそれとなく聞いてみるよ」

「お願いする」

「任せて。私もここが無くなるのは寂しいから」

 マイちゃんは初めて先生らしく、安心感を与えるような微笑みを浮かべて、資料を片手に室内を出て行った。

 だが、一連の出来事は心にこびりついて、お風呂で洗い流すことも出来ずに……頭を回り続けていた。




 レインに到着する。思えば私たち二人が初めて来た事は無かったので少しだけ緊張もある。ビルの中足を運び入れて、少し寂れた階段を上る音は私の心に響いて、胸騒ぎとなる。そっと隣を歩くチノちゃんをのぞき見るが、彼女は特別な感情を持っている様子もなく、ごくごく普通に歩いているようであった。それを見て無駄に緊張をしているのは私だけなんだと知る。苦笑いがこぼれる。これじゃあ、馬鹿みたいだ。

 私がここで緊張をしたところでなにも変わらないことも知っているし、理解している。

 自分の意識をリセットするために大きくため息をついてから、レインの扉を開ける。そういえばここまでくるにあたって先輩達とすれ違わなかったけども……、すでに来ているのだろうか?

「失礼します……」

「お邪魔しまーす」

 私たちの声が店内に響く。

 声をかけてから思い出したが、確か今日は定休日だったはずだが。

 レインは木曜日と火曜日を定休日としている。そのため通常営業はしていない。だが、扉は抵抗なく開いた。わざわざ開けていてくれたのだろうか?

  メッセージ内容があまりにも自然すぎて、定休日のことを忘れていた。それはチノちゃんも同様らしく、店の扉にあったレインの看板にかかれてある営業日を見て思い出しているようだ。

「あぁ、いらっしゃい。いや、営業していないからいらっしゃいもおかしいのかな? 招き入れるという意味ではおかしくもないか……。って、そんなことはどうでもいいね。とにかく、いらっしゃい。みんな先に来ているよ。自由に座って」

 アキさんは少し回りくどい言い方で、正直どうでもよさげなことを検討しながら私たちをちょいちょいと招き入れる。自由に座ってという言葉からプレイスペースに先輩達がいることは分かる。

 チノちゃんと顔を合わせて頷きそちらに向かう。もしかしたら先に話し合いが始まっているのかもしれない。

「遅れました……」

 結論から言うと、私の予想通り話し合いは始まっていた。

 しかし、その内容は全くもって異なっていた。

 ゲームの話だ。あのゲームはどうとか、今年のゲームはどうとか、そんな話ばかりしている。

「あぁ、二人とも来たな。これで全員そろったな」

「あっ……えっと」

「何してるんですか? とゆうか、マイちゃんもいたんや」

 私が言葉に困っているとチノちゃんが助け舟を出してくれる。

「まぁね……。さてと、アキ。全員そろったんだから早く準備して。ルール説明もあるんだから」

「はいはい。今準備してるからちょっと待ってよ」

「ちょ、ちょっと。ルール説明って、えっ? 今日なんのために集まったんですか?」

 チノちゃんの疑問ももっともで、というか私もそう思っていたし。かと思えば、目の前にあるのはいつも通りの日常であり……その空気に頭がうまく処理できなくなっている。

 このいつもを守るための話し合いでもするのかと思っていたのだが。

「今日は『TRPG』……『テーブルトークロールプレイングゲーム』というゲームをやりたいと思ってるの。元々今日ぐらいに集まってやる予定だったから」

「そう、なんですか」

 首をかしげるしかない。私たちは疑問を隠しながらも、とにかく椅子に座る。すると後ろの方からアキさんがサイコロ、そして紙とペンをもってやってくる。今回のゲームはどのようなものなのだろうか。

 とりあえず、気持ちを切り替えて今はゲームに集中する方がよさそうだ。

 アキさんはゲームの準備に取りかかっている中、モカさんが私たちにルール説明を行ってくれる。

「TRPGというのは、アメリカ発祥のテーブルゲーム。向こうではただたんにRPGと呼ばれたりするけど、日本でRPGというと、デジタルゲームで一人でやるものを想像すると思うから差別化としてTRPGと呼ばれてる。そもそもRPGというのは、別人を演じる事。私たちはこのゲームにおいて様々な役になりきって物語を進めることになる。TRPGの特徴としてはその自由度で、私たちプレイヤーの動きに従って様々な形で物語が変化するところにあるの」

「RPGならウチもやったことあるけど、そんなゲームもあるんや。ということは、うちらが色々会話をしてということ?」

「そうなるわね」

 うんと頷かれるが、まだゲームの全体像は定まっていない。そうしている間に全員に鉛筆を渡し終え、中央には紙を置いたアキさんが顔を上げて続きを説明する。また、紙にはステータスのようなものがかかれているが、所々隙間が空いており、そこに何か書き込むことが推測できる。

「詳しいルール説明は俺が後からやっていくから、まずは導入……ストーリーから話していくね。舞台は未来の世界。そこは人間が絶滅しており、アンドロイドが暮らす世界となっている。人間の絶滅理由は不明。また、アンドロイドといっても、体が機械でできている以外は心ももっていて人間のそれと同じだ。君たちはそのアンドロイドとなり、人間が絶滅した理由を探る調査隊員となってほしい。さて、次はキャラクターメイキングだ。君たちには次のタイプから一つ選んでほしい。攻撃アタッカー型、走査ハッキング型、防御ディフィンダー型、通信コミュニケーション型、修復リペイアー型の5つ。みんなは好きなものを選んでほしいんだけど……一応縛りして全員で全てのタイプを選んでほしい」

「なるほど。じゃあ、アヤとチノから選んでいくといい。ちなみにオススメなどは?」

「いや、別にどれを選んだからと言って難易度が高くなるとかはない。みんな平均的な難しさにはなっている」

「そっかぁ。んー、どうしようかな。じゃあ、ウチは……、よし。楽しそうやからアタッカー型にしよう」

「じゃあ……私は、リペイアー型にします」

 その選択には特別意味はない。しいて上げるならばそこまで重要そうではないかもしれないと感じたから。まあ、その予想もどうなるかわからないところだけども。

 それ以外のメンバーもどんどん選んでいき、そしてキャラクター名――――アンドロイド設定だから見た目年齢とか型番とかだけども――――などの設定も行い私たちのTRPGが始まった。




 名前 :AR(プレイヤー、アヤ)

 年齢 :15

 性別 :女性

 タイプ:リペイアー

 武器 :短剣


 名前 :TA(プレイヤー、チノ)

 年齢 :15

 性別 :女性

 タイプ:アタッカー

 武器 :長剣


 名前 :IC(プレイヤー、イズ)

 年齢 :19

 性別 :男性

 タイプ:コミュニケーション

 武器 :弓


 名前 :KC(プレイヤー、コイ)

 年齢 :19

 性別 :女性

 タイプ:コミュニケーション

 武器 :弓


 名前 :MA(プレイヤー、マキ)

 年齢 :22

 性別 :男性

 タイプ:アタッカー

 武器 :双剣


 名前 :MD(プレイヤー、モカ)

 年齢 :21

 性別 :女性

 タイプ:ディフィンダー

 武器 :長剣


 名前 :MR(プレイヤー、マイ)

 年齢 :23

 性別 :女性

 タイプ:リペイアー

 武器 :短剣



GM(アキ):では、君たちはココ、旧世界では日本と呼ばれていた地域で活動をしているアンドロイドだ。かすかに残っていた人間たちの文明は、もはや遺跡という形でしか残っていなかった。君達はそんなアンドロイド部隊の中の一つ、調査団として活動をしている。君達の目的は人間死滅の原因を発見し、そして人間の復活だ。では、何か質問があれば答えていくけど……。

 

MA(マキ):では、私から。この世界の貨幣、及び地形はどうなっている?


GM:貨幣は存在し、全世界共通でGという値となっている。地形はほぼほぼこの地球と同じ。ただし、人間がいなくなったことで多少の変化は見られており、国という概念の喪失、建物が減少し植物の増加、動物の進化が確認できている。


MA:アンドロイドの食性は?


GM:食べ物を摂取することでエネルギーに変換することが出来るが、電力は太陽光、風力などの自然の力で変換は可能。まぁ、食べ物は人間でいうおやつとかそういう感覚だね。


MA:よし、ではここからはゲームを始めて行くわけだが、キャラになりきっていくとしようか。みんなこれからどの場所へ向かおうか。


MD(モカ):私としては……そうね、とりあえず人間の遺跡というものを見てみたいな。


KC(コイ):うち……やなかった、私もMRに賛成。


MR(マイ):GM、遺跡の場所は知っているの?


GM:それは知識ダイスだね。えぇーと、一番知識が高いのは、ARか。ではAR、知識ダイスを。



 TRPGの醍醐味とも言えるのがおそらくこのダイス判定なのだろう。ステータスにかかれた値、プラス、ダイスの出た目で結果が決まる。私の知識パラメータは12。ダイスは6増えることに一個増えるということなので、私の場合は3つ――――3Dというらしい――――ふる。正直、これが成功するか否かで、序盤の動きが異なってくることがわかるので、責任重大な気がする。こんなことならボーナスポイントの振り分けで知識に振り分けないほうがよかったかもしれない。



AR(アヤ):えっと、6,6,2の14の12で26です。


GM:26って、クリティカルか。


TA(チノ):クリティカル?

 

GM:えっと、今回のTRPGでは6が二個以上でたらクリティカルになって、決定的成功となるんだ。通常の成功以上に何かを得られることになる。


TA:やった、アヤちゃん――――じゃなくて、ARちゃん、ナイス。


AR:あ、あはは。それで、何がわかるんですか?


GM:ここから一番近い遺跡は徒歩で2日ほどの場所にある人間が住んでいたとされる団地。そこまでの道のりには一応、乗り物もあるけど、それの乗車賃は一人当たり500G、全員で3500G。ちなみに君たちは現在5000G持っている状況だね。さて、ここからがクリティカル情報。遺跡の付近には盗賊に身を落としているアンドロイドがたくさん存在しており、そのアンドロイドを討伐するための警察も存在している。盗賊は君たちに襲い掛かってくることもある。また、凶暴な動物も存在しており君たちに襲い掛かることもある。


IC(イズ):盗賊は俺たちの力で討伐は?


GM:十分に可能。しかし、集団で囲まれるとまずいから立ち回りは必要かな。


IC:遺跡に近い街は?


GM:遺跡の一駅前に町がある。中規模の街で、それなりのものはそろえることが可能。


MR:わかった。んー、じゃあ戦闘準備も必要か。


MA:後は戦略もだな。ひとまず乗り物を使って近場の街まで行って……。そこで情報を集めるとするか。


TA:賛成です。では、電車に乗るという形でいいですかね?


KC:だね。お金はまだあるし、足りなくなったらその町で働けばいいしね。


MD:うん、じゃあ電車に乗りましょう。GMさん。


GM:OK。では全員で3500G払い電車に乗り込んだ。席に座って移動している中、君たちに一人の女性型アンドロイドが話しかけてきた。「あなた方は調査団のアンドロイドの方々でしょうか?」


MR:「あなたは何者なんですか?」


GM:「これは失礼いたしました。私は遺跡からほど近い町――――ハークラックの町長の娘……クロイアです」


MR:娘? アンドロイドに娘っているの?


GM:あー、説明不足だったね。そのアンドロイドの作成したアンドロイドが両親という形になる。人工知能だから徐々に賢くなってくる形。ちなみに兄弟姉妹は同じ型番の金属を使っているとかそういうタイプ。


MR:だからそういうところ甘いのよ……。


GM:うん?


MR:なに?


IC:あー、コホンコホン。「なるほど、確かに俺たちは調査団だ。町長の娘さんたちはどうして俺たちのことを?」


GM:「その胸の紋章は調査団の形かなって、思いまして」


IC:「なるほど。それで、クロイアさんは俺たちになんの用事が?」


GM:「実は、最近とある盗賊団が遺跡の方を拠点にしているらしくて……。皆さんには拠点にいる人たちを蹴散らせてほしいのです」


TA:あれ?この情報ってクリティカルでもらえたのだよね……。ということは、あまり意味なかったの?


MA:いや、そんなことはない。少なくともこのアンドロイドが私たちを欺くために盗賊団がいるとうそぶいていたわけではないことが分かっただけでも大きい。


AR:あー、そっか……。GMさんサイドのキャラクターは嘘をつくこともあるんですね。


GM:もちろん、キャラとしてしゃべっている時だけに限定するけどね。クリティカルをはじめ、オフで話している時の情報は信用してもらっていい。


MR:そうじゃないとゲームが成立しないからね。「私たちに? 確か警察の方がいらっしゃるはずですが?」


GM:「ご存知なのですね。確かにあなたの言う通り警察は動いております。しかし、なかなかボスを倒してくれなくて……。そこで腕の立つ方を探しにこの街までやってきたのですが……。あきらめて帰ろうとしていたところにあなた方を見れたのです」


MD:「なるほど……。ですが、我々もボランティア活動をしているわけではないので」


GM:「もちろん、ただでとは言いません。盗賊打倒のための費用はこちらで賄いますし、別途成功報酬もお支払いいたします」


IC:う~ん、一見よさそうだけども……。このアンドロイドを信じていいかどうか。


MD:序盤だからボーナス的な場所という可能性も高いけども。どう?


MR:その可能性も大いにある。だけどアキのことを考えると何か裏があるような気がする。それだけじゃないと思う。作風もそうだけど……。ただ、彼女が何か悪いことを考えているとは確かに思いづらいし。


GM:メタ推理禁止だって! やりづれぇ……。とにかく、どうするの? 依頼受ける、受けない? それとも直感ダイスでもふる?


MR:直感ダイスで。



 アキさんが信用ないなとつぶやきながらダイスを手渡す。この中で一番直感が高いのはマイちゃんの操るMR。そして直感ダイスの結果は、1、1、5。それに12のステータスを加えて19だが、その出目ではだめだったらしくアキさんが嬉しそうに残念だったねと言っている。この二人の確執を間近で見た気分だ。

 マイちゃんは子どもっぽく頬を膨らませてキャラクターを進めていく。結局、本心までは見抜けなかったが、少なくとも盗賊がいるというのは本当である点と、結局は遺跡に行かなければいけないところから、依頼を受けることとなる。

 そして備品を蓄えて私たちは遺跡に向かった。

 遺跡の付近は観光化されているらしくそれなりに整備されているが、少し離れると森だらけとなっている。



GM:と、ここでみんな直感ダイスを振ってみてくれ。



 なんか嫌な予感とか、いろいろみんな言いながらも、指示通りダイスを振るが全体的に出目がよくない。コイ先輩のダイスだけは唯一出目が高く、クリティカルではなかったが十分だったようだ。



GM:OK。それじゃあ、君たちは後ろを誰かがつけていることに気が付くよ。それもあからさまな殺気を感じる。


TA:きっと盗賊団や! 先制攻撃でいいですよね?


MA:そうだな。じゃあ、仕掛ける。


KC:遠距離攻撃ができるのはうちだけか。じゃあ弓で。


GM:じゃあ、攻撃判定で。命中判定は、相手は隠れているようで動いてないからなし。


KC:出目は……4、2。それにうちの攻撃力7を足して13やね。


GM:弓は見事辺りうめき声をあげながら男が現れた。その服装はなんと警備団のものである。




 その状態に困惑しながらも私たちはなんとか場を潜り抜け、アンドロイドを生け捕りにすることに成功する。そこからイズ先輩の話術ダイスで情報の引き出しに成功する。その結果わかったのは、警備団と盗賊が裏で組んでおり、壊滅しない程度に逮捕と盗みを繰り返して金稼ぎをしていたらしいことだった。

 その後、私たちはその情報をもとに警備団と盗賊の長を捕まえ見事、この遺跡は攻略することができた。

 今回の事情を依頼主に伝え、セッションは見事クリアーとなる。

「さて、これでファーストセッションはクリア。レベルアップをするよ。レベルアップは全員のステータスの向上プラスボーナスポイント3の振り分け、もしくはスキルの獲得のどちらかを選ぶことができる」

「なるほど……それを通して次回以降につなげるということですか?」

「そういうことだね。俺としてはまたこのメンツでTRPGをやりたいところだし」

「ウチも楽しかったからまたやりたいです」

「あはは、それはよかった。それじゃあレベルアップをそれぞれ行ってくれ」

 全員が頭を悩ませながら、パーティーとしてのバランスを考えスキルやパラメータの上昇を行っていく。

 私はリペイアー型ということで回復に関するスキル入手を優先させる。今回の戦いでは大したダメージはなかったが、それでもかすかにダメージを受けていることや、アンドロイドという点から自然回復が促されない点から、回復の重要性も認識させられた。

「にしても、なんで急にTRPGを? ウチらてっきり昨日のことやと思ってたんやけど」

 チノちゃんの疑問に答えたのはモカ先輩と今後の展開を予測していたマキ先輩だった。

「あぁ、まぁ、それはこちらからアクションを起こすこともないという結論に至っただろ? だからいつも通りのことをやろうと。ただ、通常の活動もなんとなくやりづらく感じるかもしれないと思ったからレインを借りさせてもらったんだ。少し前からTRPGのシナリオを作ったから近いうちに遊びに来てくれと言われてたしな」

「なるほど、そういうことやったんですね。確かにうちらどうしようか悩んでいたところやし」

「らしいね。俺もマイから情報を聞いて驚いたよ。俺としてお得意様でもあるこの部活を失うのは惜しいところ……。実際にどうなるか――――」

 と、そこまで話をしていた時、ガチャッと扉が開く音が聞こえる。忘れてしまいそうになっていたが今日は定休日。間違えてきたお客さんだろうか?

 首を少しかしげながらアキが言葉を切り店の入り口の方に顔を出す。そして少し話す声が聞こえた後ツカツカという音が聞こえて、プレイスペースの方に近づく音が聞こえる。

「こちらに、いらしたのですね」

「あなたは……!」

「顔見知りもいますし、おそらく私のことを知っているとは思いますが……小日向陽菜、生徒会長です」

 彼女――――小日向さんの言う通り、その顔は私たち新入生でも見知ったものだ。のどが絞まって嫌な音が響く。

 情報が正しいのであれば生徒会の誰かが進言をしたとのこと。つまり、生徒会長である彼女が、今回の件に少なからず関わっているはず。そのことは、ここに来たことが確証へと後押している。偶然だろうか……。たぶん、違うと思う。あまりにも偶然にしてはできすぎている。

「コミュニケーション部の活動として、たびたびこちらに伺っている聞いたのですが、本当だったのですね。端的に言います。この活動を学校側は認めることが出来ません」

「ほぉ……どうしてだ?」

「学校外の活動として認められる部活として、それがそこで行わなければいけないというものもあります。また、それに対しての申請書類などの提出、及び承認が必要です。そのステップをクリアしておりません」

「い、いえ! 部活顧問として、今日の外出許可はいただいております!」

「確かに、舞園先生の言うとおり、特例として顧問の許可のみで行くことを認めております。しかし、それは特例でしかないのです。悪しき習慣としてその特例が普遍しすぎているだけ……。生徒会、また学校側全体として今回の件を認めないと判断いたします」

 淡々と告げる口調。やはりそういうことか。

 そもそもが、こちらに非があるためにあまり強く言い切ることが出来ない。どのようにするか悩んだすえ、選んだのは沈黙だった。

「そもそも、学校活動として舞園先生と私的交流がある、ここレインの使用も、ギリギリのライン。下手をすれば癒着も疑われます。ハッキリ申し上げます。今、学校で流れている噂は本当。しかし、学校側としても突然なくすようなことは致しませんので、今日明日、部活の統廃合を行うわけではありませんが……本年度中にはこんな同好会は廃止いたします」

 トクンと胸がなった。今、彼女はなんといった。こんな、同好会といったか? 私にとってこの同好会は、確かに流れに身を任せて入ることになっただけだし、そこまで思い出というものもない。

 しかし、なぜかそれを認めることは出来なかった。強く、胸が熱くなる。それに反して頭は妙に冷静で。

「おい、それは――――」

「なぜ、統廃合を行う必要があるのですか?」

 気が付いたら、私は立ち上がって、マキ先輩の言葉をさえぎっていた。少し驚いた顔でチノちゃんが私のことを呼ぶ声が聞こえる。だけども、私はそれに答えずにまっすぐに生徒会長さんの方を見据える。目を見ることは少しだけ怖く視線はそらしている。

「あなたは……? あぁ、確か一年生の綾崎さん、でしたっけ。統廃合の理由ですか? 端的に言うとこの活動が学校側において課外活動の一種と認めるに足りる活動実績がないからです」

「その活動実績としてこうして学外にでているわけです。それに、特例とはいえ、私たちは正式な手順を踏んでこちらにお伺いしているわけです。もしも、その特例が認められないというならば、なぜ、今回に限り特例が認められないのか、お教えください」

「それは……。そもそも、特例というのは緊急時のためにあります。今回は緊急時ではない。そのため認めるわけにはいかないのです」

 一瞬の口ごもりを見せる。やはり、というべきかもしれない。ここにくるには一種の私怨的なものも感じる。そのあたりをつついて壊していけば、彼女のロジックを壊すことができるはずだ。

「いえ、今回は緊急時でした」

「なにをおっしゃって――――」

「今回、この噂が流れたのは生徒会長も知っての通りのことでしょう。知らないとは言わせませんよ? 先ほど生徒会長さんは自ら噂について触れられておりましたから。とにかく、この噂をきっかけに、私たちは活動に対していささかの不安を感じざるが得なくなったのです。そこで、私たち一年生に対して、コミュニケーション同好会とはこういう活動も行うということを見せて、その不安の払しょくを緊急に行う必要性があった。つまり、今回の特例は、生徒会ならびに学校側の動きがこちらに流れたがために仕方なく行ったのです」

 これはほとんどが嘘ででっち上げのこと。

 だが、今回TRPGを行ったことでなんとくなく、この同好会は残していかないといけないと感じた。その部分をうまくカモフラージュしながらそれっぽいことを言う。それに、たとえ嘘っぽいと感じたとしても、私たちがそれを認めない限り、彼女らにこのはったりを崩す手段はないのだ。

「……わかりました。今回の特例は認めましょう。しかし、レインでの活動という問題は残ります」

「レインでの活動?」

「なにをとぼけて。先ほども言ったはずです。ここは舞薗先生と私的交流のあるレインです。それは癒着といっても問題ないのでは?」

「いえ、生徒会長さんのほうこそ何を言っているのですか? この場所は確かに普段はレインですが、今はレインではないですよ?」

「はい?」

「だって、レインは今日定休日です。つまり、レインで活動をしているのではなく、とあるビルの一室で活動を行っているだけ。ここで行う理由として、今回の活動内容がTRPGというものであったから。ストーリーの一つとしてこの場所で行う必要があったのです。残念ながら生徒会長さんの乱入でそこまでストーリーは進めませんでしたが……、そうですよね? 秋月さん?」

「――――ふふっ、そうだね。これから行おうと思っていたシナリオではこの場所で行う必要があったんだ。しかし、生徒会長さんの乱入、及びプレイヤーの動きのために少々事情は変わってしまう可能性が高くなったがね」

 半ば強引な話の流れにアキさんは乗ってくれた。正直これはかけだったが、よかった。空気をよむというか、こんな、アキさんにとってはプラスにもマイナスにもならない嘘に乗ってくれたのは嬉しいところだ。

「……そもそも、学校関係者でない方を巻き込むのは問題です」

「そうですか? コミュ部のボランティアとして今回頼んだんです。もしもこれが認められないというのであれば、例えば野球部でOBの方が様子を見に来たり、演劇部での舞台公演として一般の方を呼ぶことも違反になります」

「そんな屁理屈、認められるわけないでしょうが」

「私としてはあっちはよくて、こっちはダメ、という方が屁理屈だと思いますが、まぁ、いいです。それよりもきになるのは、生徒会長さん。あなたは今どういう立場でここに立っているのですか?」

「はい? 先ほども申し上げたはず。生徒会としてですが」

「では、外出許可はいただいているんですよね? 生徒会としてくるといっているんですから」

「もちろん、いただいていますが」

「本当ですか? だとすれば、ずいぶん、勝手ですね。ここの主である秋月さんは今回の件を全く知らなかった。ここの主の意向を無視して許可を出すとは。もちろん、お店だからというのはなしですよ? いま、この空間は店ではないということをお伝えしたはずですから」

「ぐっ……。もういいです。今回の件は生徒会の全面的な非を認めましょう。しかし、あなたたちの活動を認めるわけにはいかない」

「しかし、私たちは生徒会の独断を認めるわけにはいかない。確か生徒手帳に、生徒の権利として書いてあったはずです。生徒会、及び学校の主張に対して異議を申し入れたい場合は、20名以上の生徒の署名があれば討論会を起こすことができると。コミュ部のメンバーは全員で6人。あと14人は、今回の件に対して不満を持っている方に声をかければすぐに集まることでしょう」

「討論会をするとでも?」

「はい。私はコミュ部が好きですから。ここをなくさせないために、戦います」

「綾崎さんといったわね。いいわ、付き合ってあげる。本当に討論会を開くというのであれば、そこで待ってます。私は今日は失礼いたします」

 頭を下げて出ていく小日向さん。扉が閉まる音がしたとたん、クラッと頭がきてそのまま椅子に座りこむ。

 口から出まかせで感情のままに言ってしまったがよかっただろうか。一気に訪れた疲れと、そしてトランスしていた精神が戻ってきてなにも考えられなくなる。

「あっ、本当だ……。確かにアヤちゃんの言う通り討論会を認めるということが生徒の利権として書かれているわね」

「モカもよく生徒手帳を持ち歩いていたな……。うん、確かに書かれている。よく知っていたな、アヤ」

 マキ先輩が感心した口調で私に問いかける。机に突っ伏したまま少し顔を上げてそれにこたえる。

「なんとなく、覚えていただけです。特徴的なものでしたし」

「ていうか、うちは生徒手帳なんてメモの欄以外開いたことないわ。こんなん見る必要ない思ってたし」

「コイは自由すぎ。でも、僕も知らなかったな、校則に関しては時々見てたけど、ここまで熟読はしていなかった」

「ていうか!! アヤちゃんすごい! なんやすごそうな生徒会長さん追い返した!!」

「うっ……。ちょっと、その、罪悪感あるから……、追い返したってやめてほしい、な」

 チノちゃんの悪気ない言葉に苦く感じる部分がある。まるで彼女を悪人のようにした言い方に、罪悪感を感じざる得ない。どちらかといえば悪いことをしているのは私達の方だし……、それを無理やり正当化しているのだ。

「アヤちゃんの気迫はすごかったわね。微妙な抜け目をかいくぐって逆に相手の弱点をつく。一見理論の飛躍をしているように見えて、理屈の通ったそれはすごいと思うよ」

「マイちゃんのそれって褒めてるのかわかりません……。とにかく、疲れました。あっ、あと勝手に討論会の署名に皆さん含めてしまって、その、えっと、ごめんなさい」

「いや、私たちもこの手を見つけた以上のっかるほかない。みんな、文句なく書いてくれるだろう?」

 その問いかけに私を除くコミュ部メンバーが全員明るい返事をする。

「よし、じゃあ、私がフォーマット用意しておくね」

「残りのメンバーは私が同好会の会長仲間に声をかけよう。同じように不満を持っているものもいるからな」

 モカ先輩とマキ先輩の頼もしい発言に私も頬がゆるむ。とにかく、なんとか場をつなぐことができた。どこか元気のなくした私はふらふらとチノちゃんらと一緒にレインを去った。




 レインに残ったアキ、モカ、マキは片づけを終えた後のテーブルにて、アキが淹れたインスタントコーヒーを片手に先ほどの事件についての話し合いが進んでいた。こうなるのはごく自然なことであり、むしろそれ以外の話題を見つける方が困難であった。

「驚いたね。アヤちゃんにあんな才能があったとは」

「あはは、私たちもだよ。しかし、今思い返すとTRPG中においてもしゃべりは普通だったことを考えると、自分自身の言葉を発するのは苦手でも、なにか役になりきったり、理屈をこね回したりするのは得意なタイプなのかもしれないな」

「なんだか、キャット&チョコレートの時を思い出すわね」

「キャット&チョコレートの時?」

「アヤちゃんと初めてやったゲームなんです。なかなかいい発想で答えてくれて……。そのときから、確かにそういうことに関する才能はあったのかもしれないんです」

「へー、なるほど。確かに人狼の時も結構しゃべってたね。特にあの時はイズくん主導であったとはいえ、偽の推理をしつつ誘導してたし……。頭の中で色々想いが浮かぶけどもそれを上手く口に出せないタイプなのかもしれないね」

 アキの推測はあながち間違いでも無いだろう。ただし、そのことはアヤ自身も知らない。アヤにとってはうまくしゃべることが出来ないという前提が先にあり、その理由などどうでもいいのだ。上手くしゃべることが出来ないから諦める。もちろん、そんな自分にイライラすることもあるけど、その理由を考えることはない。

 そもそも、理由の探求というものに意味はあるのだろうか? おそらくないだろう。アヤにとっては、上手く話せないのならば、話せるトレーニングを行うことが重要であって、なぜ話せなくなるのかを考えるのは時間の無駄だった。といっても、アヤはもとよりトレーニング自体放棄していたのだが。

「しかし、これからどうするんだい? 学校のことは俺が同行できる問題じゃないし、応援ぐらいしかすることが出来ない。逆に言えば応援ぐらいはするけど」

「そうだな……。人集め討論会の内容がどうなるかの情報収集……。これはうちでやるから、あとは適当にゲームかな」

「あはは、この店はいくらでも提供をしようじゃないか」

 そこまで気にしたそぶりを見せないマキに笑い声をあげるアキ。モカも

「私もそうしたほうがいいと思う。マイちゃんも色々やってくれるし、副部長らしくバックアップに努めるわ」とにこりと笑う。

 それは妙に頼もしく、まるで今回の討論会を全て取り仕切るゲームマスターのような強さも見せていた。司会活動を行うならばコミュ部で一番彼女が上手い。

 そのたくましさと、底抜けの恐ろしさにマキの方が珍しく苦笑いを浮かべて誰にも聞かれないような小さな声でポツリと空へ音を逃がしてやる。

「正しくは副会長だって……ヒナのやつならいいそうだな」




 宿題は特に出されていないが、受験生の身である自分は毎日のように勉強をするのは当たり前だと、小日向は自信に叱責をして、ペンを握るもすぐに集中が乱されて放り投げてしまう。このまま集中できぬまま勉強を続けるならばと机から体を離してベッドに沈める。

 やる気が起きないわけではない。むしろある方ではなのだが、それ以上の雑音が頭を駆け巡る。

「…………」

 枕に対して何かを呟く。自分でも分からず、声と言うよりには文字ならない音が鈍く響くのみ。

 頭のノイズ、その正体はひどく単純。レインで出会った女子生徒……確か綾崎という名前の一年生だ。

『私はコミュ部が好きですから』

 この言葉が妙に胸に重く残っていた。

 自分には彼女のように何かに対してあそこまで真摯に向かい合えたことがあったか。小学校のクラブ活動も楽そうなものを選んだぐらいで、基本的にやる気を持ってなにかに取り組んだ覚えもない。中学からは基本的に部活動などには所属せず勉強ばかりしていた。本音を言うならば高校はもう少しランクの高いものを選びたかったが、家庭の事情を考えて諦めた。別に貧乏と言うことでもないし、一般家庭レベルではあるが、大学の進学のこ事などを考えたら、今から節約生活をしていても問題ないと思う。

 そんな自分にとって何か好きなものがあるかと聞かれれば……、勉強はやらなきゃいけないことだし、他の事も必要最低限しかやってこなかった。

 羨ましいとは思わない。

 同学年の存在など煩わしいだけだったし、なにより自分がそのことを求めていなかった。

 しかし、この胸を焦がすなにかはその気持ちを否定していた。

「きっと、あの子のせい」

 そして原因を自分の中で決める。あんな同好会で遊んでいるような人物に、うまく言い返せずに敗走することとなったことが悔しいからこんな中途半端な気持ちになっているのだと。

 彼女は本当に署名を集めてやってくるのであろうか? そこまでしてあの同好会に固執をする意味があるのか。もしも彼女がまたやってきたのなら……。

 いや、大丈夫だ。彼女の言い分は屁理屈の塊だった。あの時はなにも言い返せなかったが、その場しのぎの理屈でしかないそれは、どこかでボロを出すはずだ。

 そんな思いを胸に抱いていると枕に顔をうずめてたまま、いつのまにか襲ってきた眠気に身を委ねて、小日向は深い底に落ちていった。

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