過去話のトークウルフ

 今日に限ってはチノちゃんを置いて一人で先に部室の方へと足を運んでいた。チノちゃんは先生から、なにやら用事があるらしく、職員室に呼ばれている。あとで行くとは言っていたので心配はないだろうが、何の用事だろうか。そんなことを考えながら教室に座っておとなしくしている。勝手に棚をいじっても怒られることはないと思うけど……なんとなくためらわれてしまう。

 まぁ、一人で過ごすこと自体は慣れたものなので、本のページをめくっていると扉が開く音がする。チノちゃんか、それともほかの人物か……。そう思って振り返ると。

「あれ? なんや、アヤちゃんだけ?」

「い、イズ先輩。はい、そうです」

「珍しいね? チノちゃんは?」

「少し……その、用事で。すぐ、来るそうです。えっと……コイ先輩は?」

「コイは今日用事あるゆうてた。どうせ大したことやないと思うけども」

 そう自然に話しながら彼は私の斜め前の席に陣取る。

 そういえば、あまりイズ先輩と話す機会は少なかった。それに唯一の男性ということもあって、やや話しかけづらい。まだ少ししか話していないから何とも言えないけど、彼は優しくて、信頼もできる相手であることは間違いないと思う。

 そんな理解とは別に、やはり、どこかで線を引いている自分がいる。

「となると、今は二人だけのわけか……。なんや、珍しい取り合わせやな」

「そう、ですね」

「どう? コミュ部には慣れた?」

「ある、程度は。ゲームも楽しいですし、はい」

「あはは、そっか」

 小さく笑い声をあげて彼は椅子にもたれかかる。なにか思案している顔のようだ。

 こうして改めて彼の顔を確認していくと、とても整った顔立ちをしていることが分かる。男女が違うから、おそらく二卵性であろうけど、なんとなくコイ先輩に似ている。もちろん、変に女顔をしているとか、女性っぽい声であるとかではないけども、なんとなく似ている。

 男性は男性なんだけど、なんでだろう。ただ間違いなく女装は似合いそうだ。

「そうだね……誰かにあれこれ聞く前には自分からやな」

「はい?」

「僕はコミュ部の存在はこの学校に来てから初めて知った。だけどもアナログゲーム自体は僕は……というより、コイもだから、僕たちはだけども、元から知っていたんだ」

「そうなんですか……。きっかけは?」

「僕の引きこもり」

「えっ……?」

 思わず声が漏れる。てっきりインターネットで知ったとか、友達がもってきたとか、そういう導入から入ると考えていた私にとって、その言葉は妙に重かった。一体どういうことなのか理解が追いつかなかった。

 彼は特別誰かに理解を求めるためとか、そういうそぶりは全く見せていない。本当にただ事実を話しているだけのように思える。

「別にいじめとかじゃないよ? ただただ、なんで1+1が2になんのか、それがわからへんかっただけなんだ」

「それって、確か」

「うん。詳しい診断をもらってるわけじゃないから推測の域をすぎへんけど、おそらく発達障害系のなにかやろうね。だけども、今でもなんで1+1が2になるのか、たまに不思議に思うねん」

「聞いたことがあります。その証明って非常に複雑だって」

「らしいね。だけど、大人の世界はそんなことを知らない。物忘れもよくするし、人との会話も苦手。徐々に人前にいくんが、こわなったんよ」

 確かこの世で完全に証明できるものなど存在しないらしい。あえて言うならば数学だといわれているが、それも完全とも言い切れないのではという話がある。数学の世界も、定義しないというところもある。それをなんとなくわかったふりをしているのが私たち。問題を直視せずに、なんとなくで生きているのだ。

 私はどうするべきか迷った挙句、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して自分とイズ先輩の分を淹れる。彼はありがとうと笑ってそれに口をつけた。

 こうしてみると、本当に彼がそういったことで悩んでいたのかを疑問に感じてしまう。

「そんな時にコイが見つけてきたんがアナログゲーム。やったのは……『アルゴ』やった」

「アルゴって確か……先輩が言ってた」

「そう。あの時は理論がどうこうゆうてたけど、建前を外すと、理論なんて関係ない、感情で、記憶で好きなんよ」

 理屈じゃなくて感情か。その言葉がイズ先輩から出るのは少しだけ意外だった。彼はどちらかといえば理屈で縛られた動きをする事が多い気がしていた。それは喋り方ゆえか、それともコイ先輩との比較からか、つきあいの浅すぎる私にはわからない。だけども、考えてみれば感情を抜きにした理屈なんて、無意味なのかもしれない。

 何か大切なルールを、しかも恒久的なルールを決めるならば、理屈をこねくり回して、納得のいかないルールとなるよりは、感情で受け付ける、受け付けないを選べる方がはるかにマシだ。人間である以上感情は切っても切れないところに存在をするのだから。

「僕はそこで初めて高揚する気分ってやつを味わってん。ゲーム内でのルールはなんでとか、そういうんじゃなくて、そういうものなんだと受け入れる事が出来たから。それにな、なまじ短期的な記憶力だけは自信があったから。誰かに勝つという感情も味わえた。そっから。理屈や理論なんて後から知ればいい。とにかく、今はそういうものやって諦めて、勉強もゲームの一種のように捉えてやり始めたら、特に算数……今は数学やね、が得意なった。今でも、国語の物語は少し苦手やけどな」

「いい、話ですね。勉強もゲームですか。確かに、よく考えたらスゴロクだって、なんでサイコロの目に振り回さなきゃ行けないんだ、だし、ロジックで行けばババ抜きも相手のカードを見ながら選べば確実に枚数を減らせる。だけど、ルールがそれは許さない」

「そういう事。先生とかはなんでそんな事も理解できないのかとか、理屈ではとか、そう言ってたけど、実際のところ理解したフリをしているだけやねん。大切なんはそういうものだと諦める事なんちゃうかなって」

 そこまで話して、先輩は朗らかに笑った。その顔には翳りもないし、過去に対して憎しみを持っているわけでもない。彼の独白はなぜか心にストンと落ちた。分かりやすいというか、難しく考えるのがバカらしく思える。そんな感じだ。

 私はジュースを飲み干して頭をスッキリさせる。それから、どうして先輩がこんな話をしだしたのかと、ふと疑問に感じた。視線を戻すと、先輩は笑みを持ったまま私を眺めていた。

「さて、ここで質問。嫌なら答えなくていい。コミュニケーションは、苦手?」

「……はい。人と話すのは怖いし、今でも授業中に当てられたら緊張します。名前も綾崎で、出席番号が一番なるから、月初めは当てられる可能性高くて」

「あー、わかるわかる。 僕も小泉だから、綾崎ほどではないかもやけど、よう当てられるし」

「こうなると、出席番号32番以降の人がうらやましくなります」

 もちろん、これは出席番号後半の人の苦しみがあるとしたら、知らないからこそ言える言葉なのだが。もしかしたら私の知らないところで苦労をしているのかもしれない。まぁ、だとしても、その苦しみがコミュニケーションに関係のないことならば私は喜んで引き受ける気がするけども。

「ともかく、コミュニケーションが苦手でも、なんとか生きていけるんだ」

「このままじゃ、ダメだと思ってるんですけど」

「アヤちゃんのは少し改善が必要かもだけど……得意になる必要なんてない。どこかで諦めて、楽しく生きていったらええんやないかって、他人の気楽さからかもだけど、僕は思うな」

「……ゲームで、コミュ力を鍛えるってのも、ありかも、ですよね」

「ははっ、そうなりゃ万々歳だ」

 イズ先輩は肩をすくめて笑う。私も、ついおかしくなって笑った。

 イズ先輩は、チノちゃんと違った気安さがあるかもしれない。彼の前では、先輩と後輩という関係性、男女という性別の違いから、行えるコミュニケーションは狭くなる。選択肢がある程度限られるからこそ、なにか一つ選ぶのが楽になっていいのかもしれない。

 それからしばらくは特に会話もなく、だけどそこに気まずさというものが存在しない時間が過ごされた。チノちゃんが来ることも伝えてあるから、彼女待ちだ。今日は誰がやってきてどんなゲームをするのか。そんな期待に胸を膨らませて……私達は無言のコミュニケーションを行い続けた。





 机を少し移動させて私の向かい側にはチノちゃんが右側にはイズ先輩が、残る一つにはマイちゃんが座り四方の形をとる。その中央には今回行うゲーム『アルゴ』が置かれていた。

 話にも出てきたと言うことでアルゴを行うことになるのは、なんとなく私にも予想がついていた。チノちゃんらは一緒にここまでやってきたらしく、そのまま特別な説明も無しにゲームに参加することとなる。

「アルゴは1~4人までプレイできるゲームなんだ。そして今回は4人プレイの、そしてペアプレイの方式でゲームを行う。とりあえず、第一ゲームは僕、先生ペアVSアヤ、チノペアで行う」

 そう言いながらルール説明のためだろう山札となっていたカードを自分の前にオープンさせながら六枚並べる。そのカードには数字が書かれていた。

「カードの種類は黒カードが0~11まで数字が書かれた物が各一枚、白カードも同様に各一枚づつあるんや。それを自分から見て左から右へ数字が大きくなるよう並べていく。ただし、同じ数字やった場合は黒のが小さい扱いなることも注意な」

 こういって自分の数字を綺麗に並べていった。その後、試しにとカードをシャッフルし直した後全員に配布した。

 私たちはそれに従いカードを順番に置いていく。ここまでは簡単で確かに誰にでもできることだ。もちろん、カードは裏向きに直されていた。自分以外、どの数字がどこにあてはまるのかは知らないという状況になっている。

「さて、ここまでがゲーム準備。まず、最初の手番のプレイヤーは味方に『トス』を呼びかける。自分のカードから一枚選び、それを仲間にトスする。トスいうんは、ペアに自分のカードはこの数字やって見せることやねん」

 先輩はマイちゃんにカードを見せる。それは私たちからは当たり前だが、何かは分からない。それから同じ場所にカードをセットし直した後一番左端の黒をもって続けた。

「次に『アタック』する。そのとき自分のカードを一枚もっておくこと。そのカードでアタックをすることなるんや。さて、アタックとはやけど、アヤちゃんのこのカードは11やと思う」

 そう言いながら私にカードを向けてきた。向けられたのは一番大きい白のカードだ。これがアタックだということなんだろう。

「と、こんな風にこのカードはこの数字なんじゃないかと推測して数字を当てることなんや。さて、アヤちゃんは、この数字が11かどうかだけを正直に答えて?」

「11です」

「OK。それじゃあ、そのカードはオープンして。これがアタックの成功。アタックに成功したプレイヤーは次の行動をおこせる。一つ目はパス。次のプレイヤーへ……時計回りに移る。二つ目は連続でアタックすること。ってことで、チノちゃんこれ0」

「違います」

「ここで僕は間違えたわけやけどこうなると、ペナルティとしてアタックに使用したカードをオープンするねん。そしてターンが終了する。これを繰り返していって先に敵プレイヤーをフルオープンさせた方の勝ちっちゅうゲームや。なんか質問ある?」

「んーと、1つ質問というか、アドバイスがほしいんやけど……。アタックに使用するカード、及びトスに使用するカードは何がいいとかあるんですか?」

「そうやな……。アタックのカードは出来るだけ被害の少ないカード。例えば中央のカードを見せてまうと、その数値以下のカード、以上のカードという感じでなんとなく全体が見えてしまう。だから端っこのカードのような被害の少ないカードを選ぶべきやね。トスするカードはそれの反対で全体が見えるようになるカードを選ぶべき」

「あの……私からも。もしもアタックするカードが無くなっていたら、自分のカードがフルオープン状態で自分の番が回ってきたらどうなるんですか?」

 このゲームの性質上、自分のカードがフルオープン状態となってもゲームが続行することがある。もちろん、そこから長引くと言うことは無いと思うけども……。もしもアタックができるのならばデメリットが0ということになる。

「あー、説明忘れてたな。うん、そのときはアタックに使用するカードがない、つまりアタックする権利がないということで手番は終了となる。トスするカードもないからな」

 なるほど、そういう処理をするのか。となると、ゲームの戦略としてはどちらか片方を先につぶしていく方がいいだろう。そうすれば相手ターンを一回無視した上で、連続で自チームが攻撃できるということになるんだから。

 戦略性と、そして誰がどのカードをアタックしたとか、推理力とかそして運とかがほどよく絡むゲームのようだ。

「ここら辺で終わりかな。ふぅ、説明はむずいなぁ。モカ先輩はようやるわ」

「マキさんたち三年生が卒業したらあなたが部長になるんだから、慣れてもらわなきゃね」

「部長とか、そういうのはコイに任せますよ。あと、マイちゃんがやってくれてもええんやないんですか?」

「私は先生。いつもいるとは限らないし、それこそ顧問が出しゃばるところじゃないからね」

 その返しになにか言いたげに顔を上げたがなにも語らず、全員のカードを回収した。それから全員にカードを一枚ずつひくように指示をする。その結果で順番を決めるとのことだった。

 慣れた手つきでシャッフルをしたあと、全員にカードを配る。白と黒のカードを並べながら、ちらりと先輩の顔を盗み見た。

 ココに所属している先輩達全員に言えることだが、ゲームをしているときは真剣で、それでいてわくわくを抑えきれないという顔をしている。アナログゲームだからこその緊張感、それが全身を襲いかかり、喉を鳴らす。

「さて、推理と記憶のゲーム……。アルゴ、始めるとしようか」




 イズ先輩の言葉の意味がゲーム後半になるに従い理解してきた。このゲームは序盤こそ推理要素が少ないために当てずっぽうだけど、後半になるとその様子が一転する。

 私は必死に頭の中でカードを整理していた。現在の状況から誰の目からでも明らかになるカードは3つある。これを使えばマイちゃんのカードを残り一枚にまで責めることは可能になるということだ。

「それで、チノちゃんのこれは……8ね」

「うぅ……正解です」

 チノちゃんが最後のカードをオープンする。これで圧倒的に不利になる。それと同時に自分の頭の中の整理も勧めていかざる得ない。

「そして、最後……。ここまで来たらパスする意味も薄いから攻撃するよ。アヤちゃん……これは、6?」

「……違います」

 中身を少し確認して違うと宣言をする。そしてホッと息をつくと同時にこれでマイちゃんのカードが全て私の中で割れた。彼女の攻撃していたカードは案の定4だった。

 私の裏向きカードは黒の3、7、白の9。そしてマイちゃんが6と黒のカードに対してアタックしてきたこと、そして一巡前に4とアタックしていたことからこの二つをもっていない事は推測が容易。そこから考えて、彼女のオープンカードとあせてあの白のカードが6、黒のカードが8であることが分かった。

 私はそれらを指摘してカードをオープンさせていく。自分カードが割れていることはすでに分かっていたのか驚くこともなくゲームは進行していった。

「さぁ、どうする?」

「……ひとまず、先輩のこれとこれは、5と6です」

「正解」

 一息つける。だが、本当の勝負はここからだろう。先輩視点――――というより、マイちゃんが6の宣言をしたことから、必然的に私の残りの数がわかる。相手の発言もヒントになるわけだが、イズ先輩は巧みにパスを使用していたために数の把握が難しくなっていた。

「さてと……、今日は先輩たちがいないから、代わりに僕がゆさぶろりをやろうかな。一見すると、二分の一に見えるこの状況。やけど、とあることに気が付けばその確率は大きく跳ね上がるかもしれんし、むしろ下がるのかもしれない。どこまでが罠でどこからが弱点なのか? 見分けられるかな?」

「あぁ……そういうこと? イズくん」

 何かに気が付いたようなマイちゃんの言葉だが、私は混乱が加速するだけだった。いったい何を言っているのか。もちろん、彼のいうようにこれらの言葉すべてがブラフという可能性も大いにある。しかし、それによってマイちゃんが何か気づいた声を上げるということにいささか疑問も感じる。いや、でもそれすら察してマイちゃんが声を上げて惑わそうとしていたのなら?

 ――――落ち着け、自分。この思考はゲームそのものとは関係ない。

 あくまでもやっているゲームはアルゴであり、理論と数字のゲームだ。ほかのことに思考をさくのはよくない。そして、その確率が二分の一であるのならば、無駄に考える必要はない、はずだ。

 直観に頼り言葉を出す。

「先輩のこれが……、9」

「ほんまに?」

「はい」

「……残念」

 少しためた後の答えに大きく肩を落としてしまった。しまった、ということは8なのか。

「あぁ、惜しい。いや、ワンちゃん?」

「さすがにそんな隙は見せられんな。これとこれが7と9」

「正解です」

 私のカードがフルオープンされる。さすがは好きなゲームとしてあげているだけある。簡単なミスをするはずもなく、あっさりとやられてしまった。

 大きく背もたれに体重をかけて今回のゲームをもう一度振り返る。敗因はどこにあったのだろうかと。

「さて、アヤちゃん」

「はい?」

「実はアヤちゃんの視点からでも、さっきの時点で確率は100%やったんやけど、気づいてる?」

「……えっ?」

 言葉の意味が理解できない。二分の一が50%であることは、明らかであるのに、なぜ100%になるのか。ということは、何かを忘れている?

「実は初めのターンに僕はチノちゃんに対してこのカードが9と宣言してアタックしてんねん。つまり?」

「あっ……そんなの覚えてませんよ」

「ウチも今されたこと思い出した」

「一応、最初のルールでブラフはなにしようと決めたからね。必然的に9が削られるってわけや。ゆうたやろ? このゲームは推理と記憶のゲームやって」

「記憶に関しては……パートナーからトスされたカードを覚えることだと思ってました」

「ウチも。というか、それに覚えることに頭使いすぎてほかにまで回らんかった」

「あはは。それもそうだよね。イズくんのすごいところはこの記憶力。細かい仕草の観察や矛盾点の発見に長けているモカさんとは違い、ロジックを積み上げていくところがイズくんの強さの秘訣だろうね」

「一人でパズルをするから、どこかでミスをしたら一気に理論が崩れてしまうという弱点も持ち合わせてますけどね」

 肩をすくめて見せるが、一長一短。得意な部分と苦手な部分が現れるは必然だ。私は、まだ得意分野というものが見つかっていないから、何とも言えないけど、なにかを得意といえるというのはとてもすごいことだと思う。

「さて、アルゴはどうやったかな? ちなみにこのゲームは一人からでもできる優秀なゲームで、学校の教材にも取り扱われてることがあるぐらいやねん。こういうゲームもたまにはええやろ?」

「今までで一番頭使ったかもしれません」

「あー、難しいからずっと続けたら頭いくなりそうやけど、負けた時はむっちゃ悔しいですね。もう一回やってみたくなります」

「それはよかった。負けても楽しい、もう一回やりたいと思うゲームはいいゲームのあかしさ」

 彼はウィンクを一つ飛ばしてゲームを片付け始めた。時計の針はいい時間をさしていて、この流れのまま自然に解散となった。





「ふーん、そんなことあったんや」

 パタパタとバタ足のように動かしながらベッドに上に寝転ぶコイがいう。彼女は今日買ってきた漫画を読みながら、イズの部屋で話を聞いていたのだ。どうやら、今日は彼女が購読している漫画の販売日だったらしい。大抵の行事などはねのけ、彼女は絶対に販売日に漫画を購入するのだ。

「そういうこと。というか……なんでコイはここおんのよ?」

 ため息をつきながら振り返るイズ。当たり前のことになっていたが一応のツッコミはいれておく。このままでは部屋を占領されてしまいかねない。

 コイはコイで部屋をもらっているだから、そちらで本を読めばいいのにといつも思ってしまう。

「えーだって、本棚にもうはいらんから、ここの使いたいし」

「だったら、新しい本棚買えばいいだろ?」

「部屋せまなるやん!」

「代わりに僕の部屋が狭くなってるんだけど」

「お兄ちゃんやからそこは我慢して」

「あのなぁ……」

 こういうときに限って妹という立場を披露するコイ。妹とはいえ双子であるためにあまり上下関係などは意識したことがないが、時折こういう発言を起こすので困ってしまう。

「しかも流れが自然すぎやろ。お風呂上り、タオルを持ちながらノックもせずに入って、漫画を取り出して寝転がって雑談に興じるなんて」

 彼女は花柄のパジャマ姿で、ようやく漫画から視線を外した。というより、漫画を読み終わったのだろう。本を閉じて、これまた自然な態度で漫画を片付け新たな漫画を取り出す。出しっぱなしにしないところだけはえらい。

「ノックなんていまさらやろ?」

「そこだけじゃないし、ノックはマナーだろ?」

「あー、そっか。イズも男の子やもんなー。困ることあるか」

「……おい、こら」

 言葉の意味を理解して、邪推を始めるコイにジト目を向ける。

「あっ? もしかしてうち襲われちゃう? オオカミになっちゃう?」

「よく言われることやけど、現実の兄弟姉妹でそういう欲望持つ奴はほんんま倒錯した性癖の持ち主だけやからな」

「なんでイズは兄なんだ! 少し年の離れた弟じゃなかったんや!」

「……ほら。結局ないものねだり。いないほうの兄弟にあこがれるねん」

 コイの持つ少女漫画が弟をかわいがるタイプのものだったのであきれて声を出す。どうやらコイは弟萌えらしい。

 もう一度ため息をついて机に向かいなおす。やはり、いまさら何を言っても無駄ということだろうか。このままでは本当にこの部屋を彼女のものとされてしまうかもしれない。せめてここに持ってくる本は少年漫画にしてほしいものだ。

「んで、イズはお風呂にも入らずになにやってんの?」

「新しいゲームの作成」

「次はボドゲか……。ふーん、まだわからんけど面白そうやん」

「なら、よかった。もう少し設定を詰めてみんなにプレイしてもらおうと思うわ」

「しかし、ようやるなー。プレイするのはいいけど、作るとか絶対無理やわ」

 そのコイの発言に足してイズは笑いながら返す。

「だって、僕の夢やからな――――ゲーム作家は」




 ファジー・ネーブルを飲みほしながらマイはバーカウンターに突っ伏す。そしてバーテンダーの顔を見ずに同様のものを注文した。

 学校から、ほどほどに離れた位置にあるバーは、梅中高校の教員にとっては絶好の穴場となっており、彼女もまたそこの常連となっていた。

 初めて来たときは未成年がなぜ来るのかと怒られそうになったのは致し方のないことである。

「イズくんも入部当初のころに比べれば十分成長してくれてるんよね。コイさんとは違って一歩を引くタイプの子やったのに、いろいろ変わって……。ほんまにようやってるよ」

 アルコールが回ると普段は隠している京都弁がこぼれる。国語を担当しているという立場からできるだけ標準語で話す努力をしているのだが、やはりアルコールは隠していたものを爆発させてしまうらしい。とはいえ、ファジー・ネーブルはアルコール度数が低いのだが。

「はいはい。成長はいいことですね」

 そして、それに付き合わされているのがアキだ。普段はいがみ合っている二人だがこういう席では別らしい。もとより、根っから嫌いあっているわけでもないのだが。

 彼は元から方言が出ることが少ないため、彼女の京都弁に引っ張られることもない。そもそもが、アキは東京の方の生まれで、幼い頃に大阪に引っ越したのであり、京都産のマイとは違うのだ。

「それよりも、俺が気になるのは新入部員二人のほうだけども」

「生徒の貞操は守るから!」

「全部違うよ」

 ファジー・ネーブルが運ばれてくるが、これ以上は飲ませないほうがいいような気がする。お酒が好きなくせにアルコールにはとことん弱いのだ。タイミングがあれば奪い取ろう。

 少々あきれ気味に彼女の零した物を片付けながら適当に話を振る。こういった所は昔から全くといっても差し支えがないほどに変わっていない。

「アヤさんはー、ちょっと引っ込み思案だけど、とてもええ子で、チノさんは天真爛漫でええ子やなぁ。まぁ、2人とも危なっかしい感じこそ、するんやけどな」

「危なっかしい感じ?」

「なんてゆうか、アヤさんは、押しに弱いから、強うゆわれんの苦手やろうし、チノさんはその逆。すぐ無理しそうで怖いんや……」

「そう思う根拠は?」

「カン!」

 高らかに宣言をする彼女だが、あながちそれも間違いではないためアキも苦笑いで受け流すしかあるまい。通常、刑事の勘といった具合に言われるものはその積み重なられた経験から、一番近い可能性をあたることをいう。

 それにしてはマイは若すぎるし、見た目に限って言えば幼すぎるわけだが。しかし、なぜか彼女の勘は妙にさえていてあたっている。

 そのまま彼女はのグラスを握りながら眠りの世界に落ちて行ってる。しばらくは寝かしてもいいだろうと判断したアキはグラスを奪い取り、自分の口に運ぶ。いささか甘すぎる気もするが、気にしない。

「マイの勘はゲームで鍛えられたのかね」

 彼女を眺めながら呟く。

 アナログゲームにおいてもその勘というのは大切だ。もちろん、ロジックだけで相手の動きを推測していく事も可能ではあるが、アナログゲームのほとんどが究極的には勘が大切となってくる。

 アキはカバンからノートとペンを取り出し広げる。マイが落ちてしまって暇なので、その間に少々やりたいこともある。アナログゲームに関する事ではあるが、これは趣味の意味の方が強い。

「必ず唸らせるストーリーを作り上げてやる……」

 くるりんとペンを回した後、その広げたノートに書き込みを始めた。ファジーネーブルの味がやたらと口内に染み渡った。





 翌週の水曜日。どうやら、コミュ部メンバーの多くはこの時間を好んでやってくるらしく、今日はフルメンバーの出動ということになった。私も水曜日は比較的に楽な授業が多い点や、週の真ん中ということで切り替えを行えるという点から、コミュ部に顔を出すようにしている。聞いてこそいないが、他のメンバーも似たり寄ったりの理由ではないだろうか。

「簡単にできるアナログゲーム……?」

「はい。中学時代の友達とこの前話してて……、それで道具とか無くても出来るゲームとかあるんかって聞かれまして」

 マキさんの質問にチノちゃんが答える。今日はなんのアナログゲームをしようかという話をする前に、始まったのはチノちゃんの相談だった。確かに今までやってきたゲームはそれにりに道具も必要だし、伴った費用もかかる。しかも、少々重いという問題もある……。ここはデジタルゲームにないデメリットかもしれない。まぁ、費用はデジタルの方がかかる可能性が高いけども。

「やっぱり、そう都合よくはないですよね」

「いや、あるぞ」

「えっ!?」

 あっさりと答えるマキ先輩に声を上げて驚くチノちゃん。もちろん、私も驚く。そんなにあっさりと肯定されるとは思わなかったからだ。

 クスクスと笑いながらコイ先輩が話をつなげる。

「そうやね。この前やった人狼やって、いまやったらスマートフォンアプリもあるから、凝った道具も不必要になってきてるし」

「アナログゲームでスマートフォンとはいかにとも感じるが……。それはそれで面白いからいいとするか」

「そこは現代科学との融合ということで。後はそうやなぁ……。凝った道具が必要ないということで言えば、『たほいや』や『ヌメロン』、『エセ芸術家ニューヨークへ行く』なんかが思い浮かぶかな。まぁ、後半二つは基本のセットもあるから、出来ればそれもってる方がええねんけど、最悪無くてもできるという点でな。簡単に言うと手作りしやすいゲームという感じかな」

「あー……。確かにそうですね。やろう思えばアルゴやって違う絵柄のトランプ二種類でいけますもんね」

「そういうことだ。そうだな……。では、今日はそんな必要最低限の道具で出来るゲームとして『ワードウルフ』をやるとするか。スマートフォンアプリもあるが……、コミュ部らしく完全手動で。GMはモカに任せる」

「はいはい。分かってますよ」

 にこりと笑って部屋の隅から紙とペンを取り出す。そしてそこで何かをかいているようだがこちらからは判断がつかない。

 その状態でモカ先輩は口を開く。

「ワードウルフ……、ウルフという言葉から人狼を思い描くかもしれないけど、ルールは全然違うの。それに使う道具はこの、紙とペンだけ……。よし、出来たと」

 先輩は立ち上がるとその紙を全員に配る。ただし、まだ見ないようにとだけ付け加えて。

「その紙には様々なお題が書いてあるの。例えば『昆布』や『うどん』、『ライオン』みたいなね。ただし、この中に……1人だけ違うお題がかかれている人がいるの。例えば『わかめ』や『そば』、『トラ』みたいに、近しいけど違う何かにね。ただし、自分がその違うお題なのか……ウルフなのかを知ることは出来ない。ゲームが始まるとトーク時間が設けられる。トーク時間の間は、そのお題について話してもらって、最終的に誰がウルフであると思うかを投票で決めるの」

「なるほどっ! つまり、ある程度おしゃべりしなきゃいけんけど、もしかしたら自分がウルフかもしれないから、あんまり言い過ぎることが出きへんってわけですね」

「そういうこと。アヤちゃんは何か気づいたことある?」

「自分がウルフ側なのかどうかを出来るだけ早く判断する必要もありそうですね……。みんなのお題がなんなのかを知ればそれだけお題について話せるかなって、その……、感じました」

「いい感じ。つまりはそういうことなの。ルールはこれだけ。ただし、ウルフの数は、人数によっては増やしてみるのもアリね。まぁ、試しに初めてみましょう。ちなみに私もランダムで配ったから誰がウルフなのかは知らないわ。では、お題をみて」

 モカ先輩の言葉で私はそっとお題をのぞきみる。そこにかかれてあったのは、『桜』だった。これがウルフなのかどうなのか。まだ分からないけど怖いところだ。

「それでは、トーク時間は3分で。よーいスタート」

 その合図でゲームが開始する。桜に関する話をするとはいえ、どんな話をしたらよいのだろうか、まだゲームの全容が見えていないので分からない。

「みんなはどうだ? これは好きか?」

「うちは好きやなぁ、やっぱ綺麗やし」

「僕は普通かな。あんまりこれに感傷に浸る気にもならなくて。そういうマキ先輩は?」

「私か? 私もイズよりだな。これを見てどうこう思う気持ちは特にわかない」

「二人ともしけてるー。チノちゃんとアヤちゃんは?」

 こうして会話を繰り広げる三人を見て、なんとなくだがどう話せばいいのか分かってきた。なるほど、三人ともお題の確信に迫ることは言ってないけどなんとなく分かるようなことを言っている。

「あー、ウチは、コイ先輩と一緒です。なんていうか風情があっていいですよね」

「私は……正直見飽きたという印象あります。住んでた場所が、その桜だらけの場所が近くにあって、それで」

「あー、じゃあ、夏場とかいやじゃなかった? 僕はそれがいやなんだけど」

「夏場? あっ、はいはい。そうですね、わかります」

 そのヒントに思わず、感心する。桜だから春のことばかり連想していたが確かに夏場になれば桜にはある種つきものの、毛虫という問題もでてくる。そのことを指しているのだろう。ということはイズ先輩はウルフではないということかもしれない。まだこれだけのヒントでウルフ側がここまで確信に近い言葉を言えるとは思えない。それと同時に私もウルフではないような気がしてくる。

「そうか、私はその考えには至ってなかったが、確かにそうだな」

「あー、そっかー。どうしてもその季節のことだけ考えてたわ」

「……そうですね! 盲点やったなぁ。えぇ、だとしてもウチは好きやけどなぁ。コイ先輩は?」

「うちも。盛り上がれるからね」

「私はそれが嫌いなんだ。うるさいやつがいるだろう?」

「盛り上がるのが楽しいんじゃないですか! その面白さもいいんですよ」

「私は、苦手かな」

「あはは、確かにアヤちゃんは苦手だろうね。ちなみに僕もうるさいのは嫌いだ」

 これはおそらくお花見について話しているはずだ。それと同時に私はある種確信めいたものを頭の中で思い浮かべることが出来た。そのため、やや強引なように感じるかもしれないが話を作り出す。新たな話題はまた、別の視点で考えるきっかけになると思うし。

「いま、季節という名前が出ましたけど。皆さんはこの季節はどうですか? 私は体が不調をきたすので嫌いです」

「あー、季節の変わり目に体調崩すタイプなんや。ウチも気温がはっきりせんから、そういう意味では好きではないかも」

「ふふっ、そうだな。私はその季節は大丈夫だが、実はそれのツーシーズン後の方で不調を来たす」

「確かにマキ先輩つらそうでしたもんね、去年。うちは普通にすきやな」

「僕は……忙しいから嫌いかな。まぁ、不調を来す人には申し訳ないけど、過ごしやすい季節やから」

「――――はい、トーク時間終了です。では、ウルフだと思う人を投票してください。せーの!」

 その合図で一斉投票を行う。結果は。

「えっ、ウチ!?」

 声を上げるチノちゃん。チノちゃん以外は全員彼女をさしていてチノちゃんはマキ先輩をさしていた。

「では、お題の発表をします。今回多数はに配ったお題は……『桜』でした」

「えっ? 桜? うそ! 『梅』じゃないの?」

 一人驚くチノちゃん。やはり彼女がウルフだったらしい。そしてやっぱりというべきか、ウルフのお題が梅だったのかと感じた。

「えー、なんでわかったんですかぁ。ウチがウルフやって」

「そうやね。わかったんはアヤちゃんのおかげかな? 正直うちはマキ先輩とチノちゃんで悩んでたから」

「私も確信できたのはアヤのおかげだな」

「アヤちゃんの……? どういうこと?」

 理由を求められる目。それに対して私は苦笑いを一つこぼしてから口を開いた。

「間違ってたら訂正してほしいんですけど……。最初に違和感を感じたのは風情という言葉だった。確かに桜も風情があるけども、チノちゃんなら桜というお題なら風情なんて言葉を使わない気がした。そして二つ目。夏という出た時にあまりピンときてなさそうだったから」

「うっ、それは確かに。だけど、お弁当によくいれられるようになるからそのことかなって」

「あはは……。それはちょっと無理ある飛躍だね。それで最後。季節の話になったとき、私たちは花粉の話をしていたんだけど」

「あっ!? そっかぁ。梅の季節ってまだ微妙に花粉早いから、季節の変わり目に風邪をひくとかそいう話やと思った……」

「これで確信できたという感じかな。皆さんは?」

「僕も同じだ。ナイスアシストだと思ったよ」

「それならイズ先輩も夏の話はよかったです」

 笑って返す。それに対してチノちゃんはやられたぁという息を吐いている。

「GM視点の私としては、結構すぐに誰が梅を持っているのかということに関しては推測できました。やっぱり慣れというのもあるけども、もう少し抽象的表現を多用した方がよかったかもしれないかも。それじゃあ、プレ戦はこれで終わりとして二戦目。はい、書いておいたから、これ。ただし、少し難しくなっている点は注意ね」

 注意とは? その疑問が頭を巡ったがそのお題を見て理解し、そしてさっと、血の気が引くのを感じた。

 このお題はウルフ側にとっても、多数派側にとってもキツイお題だが、しいてあげるのであれば、先ほどのゲームよりウルフが強いのではないだろうか。

 お題は『マイ先生の特徴』という身内だからこそできるものであり、なおかつ議論をどのように進めるべきかも分からない。困惑。ただ、その言葉だけが頭の中にはいる。といより、このお題が多数派なのか少数派なのか分からないが、もう一つのお題という物がわからない。

「では、トーク時間は3分。用意スタート」

 モカさんの、淡々としたゲーム回しは素晴らしく、内容も読めない。さらには今回のようなお題は、どのように話を進めるべきか、迷わされる。こんな顔で身内お題を出すのだからさすがだ。

「まぁ、なんていうか……身体的な部分がそうだよな」

「そうっすね。僕も同じ意見かもです。本人は怒るかもしれませんが」

 マイちゃんの特徴はアナログゲームのうまさとかそういう点もあるが、一番はやはり身長だろう。そして二人の発言はそのことを指しているような気もする。

「むしろ、そのインパクトが強くて他のが薄れてしまう気がするんですよね」

「わかるわかる! でも、背が高いってのも憧れるけどちっちゃいのもええよな」

「確かに背が高すぎるというのもコンプレックスになることあるもんなぁ」

 ドキリと心臓が跳ねた。ここまで直接的に身長の話をするだろうか? たぶんだけど、そこまで直接的な物を伝えないと思う。今回のお題は暗に身長について話せというものな気がするのだ。ルールの中に他者の顔色をうかがってはいけないというものは無かったのでチラリとモカさんの顔を見る。薄く笑ったままのその顔からは、様子がわからなかった。さすがは得意なゲームとして人狼を上げているだけある。

「……それにしても、なんだかしゃべりにくいお題ですね。うーん」

 こう言ってしばらくの間、聞き手に回ろうとする。話せないということを現わすことでボロはださないようにする。

「私としてはイズの話を聞いてみたいと思うんだが」

「僕ですか? まぁ、唯一の男性だからそうですよね。んーと、でもある意味ミステリアスな気もするんですよね。さっきも話にあがった身長もそうやけど、それもまたいいんじゃないんですか?」

「ギャップというやつやな。確かにギャップって恋愛の初歩やもんなー」

 恋愛? ともかく、今回の多数派のお題がマイちゃんに関わることで、恋愛とか愛とかそういうラブな方に関係している物である可能性が高いということが分かる。適当に話を合わせるしかないかもしれない。

「ミステリアスかぁ。うん、そういう人って色気とかが出たりしますよね。まぁ……色気はない気がしますけども」

「あははっ。それはそうだな。申し訳ないが正解だ。彼女とは真反対のものだ」

「僕しらないですからね」

 イズ先輩が目をそらして自分は関係ないというアピールをする。少し失言だったか。というより、私もそういうつもりでいったわけではない。

「はいはーい、残り一分よ。トークがずれてるわよ」

「おっと、そうだな。しかし、私は彼女の性格もあると思うんだ」

「確かに。あの性格……天然ゆうか、あれはホンマに天性のものやんね。それに努力家やし。そういうところもええよな」

「へー、そうなんですか? ウチらはまだそんなに深いつきあいやないゆうこともあってよくわかんないんやけども……」

「そうよ。じゃなかったらこのコミュ部もなかったかもやし」

「そんな裏話が!? だとするならますますそうですよね!」

 全く分からない。努力家? どういうことだろうか。性格面でもそうであるということから、性格によってはそうではないと言えるお題ということ。例えばよいところは、というお題ならば意味が通るが、そうなると身長の話との統合性がとれない。では、逆に努力家と聞いて自分はどう感じただろうか? そういうところもあって、なんだかかわいらしい人と感じて……。

 なるほど。

「まぁ、なんていうか。そういう所も含めて形成されたもので、とてもいいように思えます。後、個人的にですけど、服装も好きなんですよね」

「服装? あぁ、確かに。無理している感じがあってそれもまた魅力だな」

「はーい、トーク時間終了です。では、一番怪しいと思う人に投票してください。せーの」

 その合図で、私とチノちゃんはコイ先輩を、イズ先輩はマキ先輩を、マキ先輩はイズ先輩を、コイ先輩はチノちゃんを指さした。つまり、コイ先輩がウルフとなったことになる。

 さらに私には全く投票されていない。とはいえ、これで私の勘違いでもしかしたらウルフが別にいる可能性もあるのだが。

「では、今回多数はに配ったお題は『マイ先生の可愛いところ』でした」

「そしてうちのお題は『マイ先生の可愛いところ』。ひどいよ、二人ともうちは市民だよ」

「あぁ、そうやったんや。んー、わかんなかったんで実は適当だったんです、ごめんなさい」

「私も、適当でした。正直誰でもよくて。私のお題は『マイ先生の特徴』でしたから」

 そして自分がウルフであったとカミングアウトする。出来るだけさらりと言ったつもりだったが――――いや、むしろそのせいなのかもしれないが――――チノちゃんは私の顔を驚いたように見ていた。騙されていたという顔だろう。

「なるほど、アヤだったか。ということは、途中で」

「確信できたのは、本当に最後の最後でしたけどね。それにもしかしたら勘違いの可能性もあったんですけど……。なんとなくかわいいという単語が思い浮かんだんで。というか、私も怪しんでいたんですか?」

「途中までかなり寡黙気味だったからな。それで怪しんでいたが、最後の言葉で信じてしまった」

「あー、そうですね。言われてみたら、うん。しまったなぁ、時間なくて最後の方頭回らんかったかも。アヤちゃんにうまぁ、やられたなぁ。このこのー」

コイ先輩のからかうような言葉に私は苦笑いで返した。それを助けるように解説を続けるマイ先輩

「もう一つのお題を推測できれば結構騙せたりするからな。そういう意味で最後の方で結構踏み込んだ発言をしたから除外してしまったよ」

 このゲームの楽しみ方はいくつもあるように感じる。思いついたパターンとしては三つ。

 まず、自分がウルフだと気づいたうえで嘘をつき続けるパターン。これが今回の私。そしてウルフだと思ったら勘違いだったパターン。精一杯多数派のふりしていたら……という少々寂しさも感じるタイプ。そしてウルフだと気づかないパターン。

 市民側も市民側で自分が多数派だと確信したうえで誰がウルフかを探すパターンと早速にウルフを見つけ出せるパターンとがある。後者ならばあとは、さらにボロを出すように話を展開し他のメンバーにも示すことが大切だと思う。

 何はともあれ、最初に互いの様子を見たり、ほんの一瞬トラップを仕掛けたり、トークの内容が統合性をとれているかなども答えに導くチャンスかもしれない。

「ちなみにだけども、このゲームをさらに難しくする方法としてたとえウルフだと当てられたしても、市民のお題がわかればウルフの勝ちとか、そういうルールもあるの」

「なるほど……。もっと抽象的な話になるから市民側が難しくなるということですね」

「ウルフ側も自分がウルフだと気づきにくくなるから後半トーク内容が煮詰まってきたときに、間違えて踏み込んだことを言ってボロを出したりする可能性が増えるからなんとも言えないところだけどね。まぁ、今日はそのルールはなしで。それじゃあ、次のお題だけども――――」

 こうしてワードウルフも進めていく。時には単純な単語ゆえに意見を出すことができなかったり、逆に複雑がために思わず踏み込んでしまったり。確かに大まかにパターンは形成されるが、同一のお題でもない限り、一期一会のゲームの楽しさが現れるている。いや、同じお題であったとしてもメンバーが違えば大きく異なることあろう。

 GM役をイズ先輩に交代したりしていると、辺りは夕焼けに染まっていた。田舎に比べればビルが建ち、その明かりで空を綺麗だと思うことが少ないけども、人工的な綺麗さは圧倒的にこちらだろう。

「はぁ~、面白かった。専用のキットがなくてもこんなにおもろいゲームあるんですね」

「アナログゲームの不便さの一つである、ゲーム用道具の持ち運びが難しいという点がクリアできるのはいいところね。ただ、紙を大量に消費するからちょっと、地球には優しくないかも」

「それは、まぁ、学校ですからミスプリとかを使えばいいわけですし」

 現実的な指摘だ。スマートフォンアプリもあると言っていたので、むしろ機械を使う方がGMも不必要だったりお題を考える難しさもなかったりで楽かもしれない。あとは、経験者なしだと話の進ませ方に迷ってゲームが進まなくなる危険もあるだろう。

 ――――ガララ。

 ノックもなしにやおらに扉が開いた。メンバーが全員そろっているのであとここにやってくる人物で当て余るものといえば一人しかいない。

「マイちゃん。どうしたんだ? そんな血相変えて」

 肩で息をする彼女。その質問に対してやや強い口調答えるマイちゃん。

「もしかしたら、うちの部活……。なくなっちゃうかもしれない」

 その発言は、平穏な一日を過ごそうとしている私にとっては驚きで、同時に落ちてくる何とも言えない感情に体が全く動かなかった。

 夕焼けの空が西の山に取り込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る