2年生

思い出のメロディー

1.

 この街は星が綺麗だ。大学に上がって間もない頃に同級生が教えてくれたとある山で、俺はひとり星を眺めていた。次の日に講義がないからというそれだけの理由で深夜に山奥でのんびりできるのはきっと大学生の特権なんだろう。

 星が綺麗というのもあるが、時々ここでこの時間帯に笛の音色が聞こえてくることがある。展望スペースの近くに淡い色の軽自動車が停まっている時はだいたいそうだ。今日も色まではわからないが、軽自動車のシルエットが見えている。あまり近くに車をつけても怪しいだろうから、俺は少し離れた位置に車を停めた。

 なるべく物音を立てないように、そっと車から降りる。流星群が見れる日には人であふれる開けたスペースに、今日は誰もいない。休前日でもない限り、午前3時を過ぎたこんな時間に人気はない。

 草むらに寝転がると、ほどなくして綺麗な音色が聞こえてきた。どこで演奏しているのかはわからないし、音の出処もよくわからない。もっといえば聞こえてくるメロディーは知らないものばかりだ。儚くも澄んだ音が、満天の星空に溶けていく。ぐるりと見渡した限り、人影は見当たらない。だとすれば少し離れた展望台で吹いているのだろうか。穏やかな旋律が、星空と相まってとても綺麗だ。聞こえてくるメロディーは何パターンかあって、今聞こえている穏やかなものや軽やかに跳ねるもの、またあるときは物憂げなフレーズに寂しさを覚えることもある。笛の音は決して華やかではないが、夜の雰囲気を包み込む素朴さが沁み入りそうに美しかった。

 今日はどうやら2人で演奏しに来ているらしい。同じ楽器の音色がもう1つ、心地よい和音を奏で始めた。いつの間にやってきたのか、もう1人はここからでも視認できた。顔までは分からないが、見た感じ小学生か中学入りたてくらいの少年だ。華奢なシルエットの彼はクラリネットを吹いていた。少年の身体には少し大きいようだったが、その少年は姿の見えない誰かの音色と遜色ない演奏をしていた。ここから彼の表情はうかがい知れないが、とても楽しそうな雰囲気が漂っている。

 ふっと笛の音が途切れる。どうやら1曲終わったらしい。折角だからもう少し居候しようかと思ってその場から動かずにいたが、次の曲が始まる気配はない。少年もいつの間にかいなくなっていた。

 今日はここまで、か。

 腕時計を確認するともう午前4時に差しかかろうとしている。思った以上に時間が経っていたことに驚き、俺は慌てて車に戻った。帰りに通る道は朝方に少し混むので、車通りの少ないうちに帰ろう。

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