ココアはチョコに入りますか?

一視信乃

ココアはチョコに入りますか?

 今日は2月14日。

 なんのヘンテツもない、ただの水曜だ。

 バレンタインデーとかいう、の聖人に由来するイベントは、仏教徒のオレには一切いっさい関係ねーし、放課後いつまでも教室に居残ってんのも、バスが空くのを待ってるだけで、別に誰かがチョコくれんのを、未練たらしく待ってるワケじゃねーから。


「…………」


 でもまあ、だいぶ暗くなってきたし、さすがにそろそろ帰るか。

 カバンを手に、冷えた薄暗い廊下へ出る。

 あと少しで昇降口というとき、正面から名を呼ばれた。

 残念ながら、女子じゃない。

 クラスメートのだ。

 濃紺のブレザーの上に茶色いダッフルコートを羽織り、両手一杯にプレゼントらしき包みを抱えて、笑顔で近付いてくる。


「ちょうどよかった」


 んっ? まさかコイツ、あのどー見てもチョコにしか見えない包みを、オレにくれる気とかじゃねーよな?

 いくらなんでも、ホモチョコなんて欲しくねーぞ。

 なんだよと身構えると、ヤツはいった。


「なんか、袋持ってない? これ、たくさんもらったのは嬉しいんだけど、どうやって持って帰ろうか困ってたんだ。カバンも、もうパンパンで」


 明るい色の髪と、すらっとした長身が目を引く賀司は、いつも笑ってるような優しげな顔立ちと、そのフランクな性格も手伝って、とにかくモテる。

 女子ばかりでなく、男子からも一目置かれる存在だ。

 オレだって別にキライじゃねーけど、こう差を見せつけられると、やっぱムカつく。


「持ってねーよ」


 イジワルではなく事実なのだが、少し言い方キツかったか?

 だが彼は、気にした風もなく、ごちる。


「そっか。じゃどーしよう。ロッカー入れといて、明日持って帰るか」

「そりゃダメだろ。せっかくもらったんだし、今日中に全部持って帰って食う――のはさすがにムリだろうけど、せめて中くらい見てやれよ」


 でなきゃ、くれた子たちに悪いだろうと、お節介にも忠告してやる。


「うーん。それは、そうかもだけど……」

「わたし、エコバッグ持ってるけど、よかったら使う?」


 いきなり、女の声がした。

 落ち着いたキレイな声に振り向くと、グレーのコートに黒いマフラーを巻いた長い黒髪の女子――しらいしが、いつの間にか隣に立っている。

 賀司とは逆に愛想は悪いが、結構美人で大人っぽい、ちょっとミステリアスなクラスメートだ。

 ただ、そう見えるのは、人付き合いが苦手だからで、だが、意外と話せるヤツだってことも、古い付き合いのオレは知ってる。

 小学生んときから高1の今まで、ずっと同じ学校だし。


「いーの? 白石さん。助かるよ」


 ニコニコいう賀司へ、白石はクールに答える。


「貸すだけだから、ちゃんと返してよ」

「もちろん。ありがとう」


 可愛いパンダのエコバッグが、妙にお似合いな賀司を見送ってると、その横でしみじみと白石がいった。


「あんなに、たくさんチョコもらう人、ホントにいるのね。マンガみたい」

「どうせ、ほとんど義理だろ。アイツ、女トモダチとか多いし」

「そういう自分は、いくつもらったの? 義理チョコ」


 急に聞かれ、答えに詰まった。

 あのモテっぷりを見たあとで、ゼロというのは、ちょい恥ずい。


「――そういうのは、受けとらない主義だから」

「じゃあ、本命は? もらった?」


 至近距離から上目遣いで見つめられ、心臓が跳ね上がる。

 アワアワとキョドっていたら、勝手に納得された。


「もらってないんだ。可哀想に」


 事実ではあるが、さも嬉しそうにいわれ、さすがのオレもカチンとくる。

 だが、ここで怒るのは大人げない。


「じゃ、白石、この際義理でいいから、ちょうだい」


 昔なじみのよしみでお願いしてみたら、あっさりゴメンといわれた。


「わたしも義理チョコは、あげない主義なの。そもそも、今チョコ持ってないし」


 確かに、これまで一度もそういうの、もらったことねーよな。

 去年、黒糖クリームの挟まった薄焼きゴマ煎餅せんべいならもらったが、あれはただの鎌倉土産で、バレンタインとは関係ねーし。

 一瞬、チョコかと期待したから、変によく覚えている。


「あ、でも、さすがにちょっと気の毒だから、飲み物くらいオゴってあげるわ」


 早口でそういうと、白石は廊下の隅にある紙コップ式の自販機で飲み物を2つ買い、そのうち1つをオレにくれた。

 礼をいって受け取ると、冷えたてのひらにじわじわと熱が伝わってくる。

 小さな白い紙コップ。

 中身はてっきりコーヒーかと思ったら、違う。

 ココアだ。

 家で作るヤツより若干薄めな気もするが、すっきりした飲み口と、ミルク感たっぷりの優しい甘さはキライじゃない。

 ヤケドしないよう少しずつすすると、立ち上る湯気とともに、チョコレートの甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。

 んっ? チョコ?

 少し考えてから、思い切って聞いてみた。


「なあ、白石。ココアもチョコに入ると思うか?」


 だとしたら、カウントゼロから1になるが。


「さあ、どうかしら。原材料は同じだけど、そもそもバレンタインデーにチョコを贈る風習は、どっかの製菓会社が広めたもので、海外では、チョコだけにこだわらず、花やカードや、いろんな贈り物をするそうだから、別に、チョコでもどっちでもいいんじゃない? まあ、どーしても日本式にこだわって、それをチョコだと思いたいっていうなら、今年はちゃんと、お返ししなくちゃならなくなるわよ。なんせ日本には、ホワイトデーなんていう、ステキな風習もあるわけだし。それならやっぱクッキーじゃなく、キャンディーが欲しいわね。マカロンも意味的に悪くないけど――」


 いつになくじょうぜつな彼女は、そこで突然話を切り上げると、それじゃあねと言い置いて、足早に帰っていく。

 それにしても、今のは一体どういう意味だ?

 ごちゃごちゃしててよくわからなかったが、これをチョコだと思っていいってことか?

 ホワイトデーに、お返しよこせとかいってたし。

 なんか、クッキーより、キャンディーのがいいとか。

 冷めないうちに残りを飲み干すと、オレはスマホを取り出し、ホワイトデーのお返しについて調べ始めた。

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