Letztes Abendmahl―最後の晩餐

早水一乃

Letztes Abendmahl






 その夜に月は無く、ただ小さな星々が遥か過去からの光を投げかけているばかりであった。昼過ぎまで雪が降っていたのが、ともすれば人々の見ていた白昼夢であったかのような澄んだ夜空である。

 しかしその部屋では、清廉なる眺めを閉め出すように、分厚い天鵞絨ベルベットカーテンによってあらゆる窓が塞がれていた。重たげな鈍い深紅の幕の縁には、枯れた黄金きん色の房飾りが床まで垂れ下がっている。その床には隅まで絨毯が張られており、部屋で立てられる物音は全てこの柔らかな布地の繊維の隙間へと吸い込まれていくのであった。絨毯が幕と同系色の無地であるのと対照に、壁には絡まり合う植物と何ともつかぬ生物との奇変グロテスク模様が柱のように描かれていた。

 部屋の灯りは天井から下がる水晶硝子クリスタルガラス吊下灯シャンデリアが全てであった。その真下に位置するのが、純白の敷布テーブルクロスが敷かれた長い洋卓テーブルである。洋卓には様々な料理が所狭しと並べられ、混然とした匂いを漂わせていた。海亀の琥珀湯コンスメスープ子羊肉ラム赤葡萄酒汁ソース・ヴァン・ルージュ添え、ウズラ薄皮パイ包み、肝臓フォアグラ背脂固めテリーヌ・ド・パテ香草ハーブイワシ酢漬マリネ……。

 洋卓に並んで座る二人の少女が、それらを各々の順序で口に運んでいた。少女らは二人とも同じように目も眩むような金髪を持ち、白磁ビスクの肌を備えていたが、その他の特徴は少しずつ異なっていた。向かって右側にする少女は、髪の上半分を青い帯紐リボンで結い上げている。食事の為に伏せられた眼も青玉サファイアの色、纏っているのは深い瑠璃色ラピスラズリ礼装ドレスである。少女の青色は、海というよりもより乾いた薔薇の青であった。一方、向かって左側に座る少女は、鎖骨まで伸びた金糸をそのままにしている。片方の少女よりも好奇心に満ちたような眼は水宝玉アクアマリン。無垢な純白の礼装は、少女の容貌をより幼く見せていた。


「お姉様」


 白い少女は、小さく切り分けた背脂固めを肉叉フォークで突き刺しながら、歌うような口調で呼びかけた。当の青い少女は視線を向ける事すらしなかったが、白い少女は全く意に介した様子も無く言葉を続ける。


「余興はまだかしら? 私、そろそろ食べるのに飽きてきてしまったわ」

白薔薇Weiße Rose、貴女、食べ始めたばかりでしょう」


 冷淡に切り返され、白薔薇と呼ばれた少女は不貞腐れたように乱暴に肉叉の肉片を口に放り込んだ。その子供じみた仕草に青い少女は溜息を吐く。少女の溜息は、甘く熟れた花の芳香を含んでいる。


「仕様の無い子だこと。なら、貴女が連れて来なさい」

「ふふ。私、青薔薇Blaue Roseお姉様の事、大好きよ」


 白薔薇は弾けるように立ち上がると、部屋の隅にあるドアに小走りで向かい、その向こうへと姿を消した。部屋には暫く、青薔薇が肉叉と肉刃ナイフを動かす微かな音が囁き声を交わしていた。漸く白薔薇が戻ったのは、青薔薇が酢漬を平らげてしまった後だった。

 跳ねるように白薔薇は姿を現した。その後ろには女を一人伴っている。女は少女達よりも一回り以上年嵩としかさだったが、本来気品と自信に満ちているのであろう美貌には怯えが張り付いていた。すらりと高い身長を隠すように身を縮こまらせ、榛色ヘイゼルの眼は猟犬に追い詰められた兎のよう。

 白薔薇は楽しげに女を洋卓の正面、青薔薇と向かい合う位置に立たせた。青薔薇は眼をすがめて女を子細に観察した。射るような視線に彼女の身体は震え、豊かな赤味がかった黒髪が波打つ。青薔薇が口を開いた。


「ようこそ、夜の女王Königin der Nacht。私達の大切な夜に来て下さって有難う」


 女の震えが僅かに治まった。女の身を包む樹脂製星スパングルの散りばめられた豪奢な舞台衣装は、呼びかけられた名に相応しい夜色である。女は微かに顎を上げ、矜持を取り戻そうとするかのようにルージュに彩られた唇を引き結んだ。


「貴女達の目的は何? 悪いけれど、思っている程満足な身代金は支払えないわよ」

「あら、無粋な事を言うのね」


 再び着席した白薔薇は、硝子杯グラスに満たされた赤葡萄酒ワインで唇を湿した。青薔薇が言葉を続ける。濡れたように赤い唇から紡がれる声は、毒蜜のしたたりのようであった。


「私達は、この記念すべき夜に相応しい客人を招きたかっただけよ。名高い貴女の技巧coloraturaを一度は聴いておきたくて。先日まで歌っていた州立歌劇場Staatsoper Unter den Lindenと比べたら音響は雲泥の差でしょうけれど、そこは眼を瞑って頂戴」

「ああ、でもね、お姉さん! 直接お声を聴くのは初めてではないのよ。私達、昨年の歌劇Rigolettoは一緒に観に行ったわ。けれど私、お姉さんには悲劇の娘Gildaよりも女王Königinの方が似合うと思うの」

「それに、どうにも伊太利亜物Italienischは性に合わなくてね」


 青薔薇は這うように仄暗く甘く、白薔薇は跳ねるように軽やかに甘く。代わる代わるの言葉に、女は何時いつしか平静を取り戻しつつあった。歌に命を捧げる者としての矜持プライドが、恐怖にかげっていた瞳に光を宿す。


「では、貴女達が聴きたいのは」

「勿論。夜の女王の独唱Arie der Königin der Nachtと言えば、『復讐の炎は地獄の如く我が心に燃えDer Hölle Rache kocht in meinem Herzen』」

「……分かったわ。一口、頂けるかしら」


 女は卓上の赤葡萄酒を指差す。白薔薇が腰を浮かせ、自身の飲みかけの硝子杯を差し出した。女はそれを受け取ると、芳醇な液体で渇いた喉を潤す。硝子杯を白薔薇に返した指には、もう微かな震えも残っていなかった。それを見て青薔薇が満足気に唇を歪める。

 息を吐き、女は背を伸ばした。すると、舞台衣装に包まれた長身が部屋の全ての光を集めた。うねる黒髪をかき上げると、そこに凛と立っていたのは紛う事無き女王であった。


 管弦楽団オーケストラも無く、女は歌い始めた。――その圧倒的な声! 澄み切り、しかし絶対の威厳に満ちた女王の高音ソプラノ

 青薔薇でさえも眼を見張り、至近距離で鼓膜のみならず全身を震わせる至上の歌声に聴き惚れた。食器が振動に震え、葡萄酒が波打つ。

 女王は怒りを、身の内に最早もはや秘められぬ怨嗟を歌い上げる。パミーナ怨敵ザラストロを刃で刺し殺せと詰め寄る。憤怒に焦がれても尚美しい声は、次第にその音程を上げてゆく。


 そして――嗚呼! この歌曲の難度の由来である、舞い上がるような高音技巧コロラトゥーラ

 がくの如き、玉の如き旋律メロディーは上り詰めては低く余韻を残し、やがてその瞬間を迎える。最高音三点Fに到達した声には、雑音となる揺らぎも狂いも混入していない。女は繰り返す旋律を威風堂々と歌い切り、存在せぬ管弦楽の音色を聴くように眼を閉じる。

 本来ならば奏でられる筈の間奏の間を持ったのち、女王は告げる。娘が復讐を幇助ほうじょしないのならば永久に勘当し、その絆を断ち切ると。燃える榛色の瞳は、怯え惑う娘の姿を確かに捉えていた。そして歌声は一個の楽器となり、波のように揺らめく旋律を作り出す。自在に音程インターバルを上下する声は、観客たる二輪の薔薇を魅了し陶酔させた。


 女王は両手を虚空へ差し伸べて復讐の神々へ声を上げる。聞け、聞け、聞け! 母たる我が呪いを! ――やがて遂に最後の音が鳴らされる。

余韻と共に息を吐き出したその時、女王に変容していた歌姫は一人の女に戻っていた。


「――素晴らしいBrava!」


 薔薇の少女達は、二人共に立ち上がり拍手喝采スタンディングオベーションを送った。それに応えて女は一礼する。少女達の歓声は皮肉などではなく、心からのものである事は自明であった。白薔薇は今にも跳ね回りそうな様子で何度も手を叩いていた。青薔薇はそんな妹に向かって指を振る。


「白薔薇。椅子を差し上げて頂戴」

「はい、お姉様」


 白薔薇は部屋の隅に片付けてあった椅子を女の所へ運んだ。女は素直に従いそれに座る。青薔薇は鷹揚に頷き、目の前の女に向けて硝子杯を掲げてみせた。


「素晴らしい歌を有難う。今宵、此処で貴女の歌を聴けた事を光栄に思うわ」

「……喜んで貰えて、良かったわ」


 青薔薇は女を見つめた。青玉の眼は深淵を思わせ、その内の思索を窺わせない。白薔薇は姉の様子を横目に見ながらも、まだ血の滲む羊肉ラムを口に運んだ。

 ややあって、青薔薇が立ち上がる。少女のかんばせと体躯ではあったが、その身が放つ存在感は先程の女王と比肩する程であった。


「――そろそろ、甘味Nachtischの頃合いね。貴女にも何かお持ちするわ」

「お姉様! 給仕なら私が――」

「貴女は座っていなさい、白薔薇。Hausfrauとして、せめて最後くらいは手ずからおもてなしをしなくては」


 その言葉に、白薔薇は何処か不安気な眼差しを姉にそそいだ。青薔薇は優雅に礼装を翻して別の部屋へと消える。そわそわと子羊肉をつつく白薔薇に、女は遠慮がちに声をかけた。


「あの、貴女達は一体――」

「ん……私達? 私達は、吸血鬼Vampirよ、お姉さん」

「吸血鬼……ですって?」


 女は思わずその異様な単語を繰り返したが、白薔薇にふざけている様子は無い。それどころか、髪と同じ色の眉を頼りなげに歪め、切々とした口調で言葉を続けるのだ。


「でもね、お姉様が言うには、私達の血は酷く薄まってしまっているのですって。私達はお陽様の下も歩けるし、十字架もちょっと苦手なだけで怖くはないわ。大蒜ニンニクだって食べられるし、鏡にも普通の人間Menschよりはぼやけてしまうけれどちゃんと映るのよ。でも――」

「でも、我等は最早闇の眷属と呼ぶには衰退し過ぎてしまった」


 白薔薇の言葉を引き取りそう締めくくったのは、青薔薇の静かな声であった。銀色シルバーの盆に三人分の黒酸塊カシス氷菓子シャーベットを乗せた少女は、各々の前にそれを配膳する。再度別室へ姿を消した青薔薇は、今度は直ぐに戻って来た。二本のボトルと新しい硝子杯を抱えている。

 青薔薇はその内の一本を自分達に、もう一本を女の為に注いだ。ふと漂ってきた二種類の液体が混ざり合う香りに女は眉を寄せた。とろけるように甘い香りと、鉄錆の如きい香りである。

 甘い芳香の立つ、仄かに琥珀アンバーに揺れる白い液体で満たされた硝子杯を、青薔薇は女の目の前に置いた。


貴腐葡萄酒Edelfäuleよ。お口に合うと良いのだけれど」


 女のいぶかしげな視線が少女達の硝子杯にそそがれている事に気付き、青薔薇はくらい微笑を浮かべた。


「嗅いでみる?」


 少女が差し出した硝子杯に、女は躊躇しつつも顔を近付ける。食道と胃を不愉快に撫でる鉄の匂いに思わず咳き込むと、青薔薇は笑ってそれを引っ込めた。女は自身の心拍が再び不規則に高鳴り乱れるのを感じ、指先が震えた。粘性のある、光の加減で暗褐色ダークブラウンにも見える黒い深紅クリムゾン。否、より適切に形容するのならば、その色は鳩血色ピジョンブラッド紅玉ルビーの最奥で一等いっとう暗く光る色彩。


この子Weiße Roseの言っていたように、かつて私達の血族にあった弱点と呼べる性質は、今やほとんどが克服されている。しかしそれはすなわち、血がそこまで薄くなってしまったという事。我々は最早蝙蝠こうもりや霧に変化する事も、眼で人間を魅了する事も出来ない。血を飲まずとも死にはしないけれど、やがてかつえて衰弱する。若い姿を何十年も保つから、人間に完全に混じって生活する事も出来ない……どう、酷く半端で無様でしょう?」


 諧謔かいぎゃくを含ませて冷笑する青薔薇に、白薔薇が不安そうな眼を向けた。それを受け、青薔薇は幼児おさなごにするように頭を撫でてやる。女は口を挟めずにただ黙って話を聞いていた。青薔薇の声は少女の音色を持っていたが、そこには老人のんだ達観が滲み出ていた。


「このままではかの女主人Carmilla伯爵Draculaに到底顔向け出来ない。だから私は決めたのです。この月の無い夜に、全てを終わらせてしまおうと」


 青薔薇は硝子杯をあおると、色の薄い唇に付着した液体を舌で舐め取った。本来ならば無作法である筈のその仕草は、しかし扇情的な色香を孕んでいた。少女は続ける。


「正直に言うと、本当は貴女を最期の贅沢としてと思っていたの。けれども、あんなに素晴らしい歌声を聴いてしまったものだから……私達がその至宝のような才能をついえさせてしまう訳にはいかないわ。何時の時代でも、芸術Kunstは敬意を持って尊ばれるべきだもの……」

「お姉様……」


 女は、学芸の女神ムーサイに魂を奉ずる者として、青薔薇の芸術に対する真摯な心に胸を打たれていた。歴史に残る逸材の一人と持て囃され始めてから何年も経つが、彼女の歌声を聴こうと歌劇場に詰めかける人々は今も後を絶たない。しかしながら、ここまで純粋に彼女の歌に賛辞を送った観客はいただろうか? ここまで真に芸術を敬愛していた者は?


「……その代わりと言うのも不条理かもしれないけれど、貴女に一つだけお願いがあるの。聞いて貰えないかしら」

「私に出来る事なら、やるわ」

「有難う」


 青薔薇は隣に座る妹に目をやり、「さっさと飲んでおしまいなさい」と柔らかく叱りつけた。白薔薇は慌てて硝子杯の中身を飲み干し、布巾ナプキンで口の周りを拭った。白薔薇を立ち上がらせると、青薔薇は女に少し待っているように告げて妹を伴い部屋を出た。先程まで女が居た――正確には軟禁されていた部屋に向かったようだった。

 扉は閉められ、女が一人取り残された部屋には静寂が落ちた。女は甘ったるい貴腐葡萄酒を口に含み、耳をそばだてた。しかし部屋と部屋を繋ぐ扉は分厚く、ささめき一つ聞こえてこない。女は洋卓の上の、姉妹が食べ残した豪華な料理を眺めて時間を潰した。緊張から束の間解放されて空腹を思い出していたし、手を付けても叱責される事は無いだろうとは思ったが、女はただ葡萄酒だけを口にした。


 部屋には時計に類する物が一切無く、実際にどれ程の時間が過ぎたのかは判然としない。しかし、女が硝子杯を空にしてしばらく経った後、青薔薇がふいに姿を現した。白薔薇の姿は無かった。


「待たせてしまったわね。こちらに来て下さるかしら」


 女は黙って従った。青薔薇の声は先程よりも疲れていた。

 部屋に入ると、そこは寝室であった。天蓋付きの大きな寝台ベッドが中央に鎮座しており、恐らくは白薔薇の趣味を思わせる優美曲線ロココ調の可憐な箪笥たんすが隣に佇んでいた。窓は他の部屋と同じように厳重に幕が引かれている。

 寝台の上には、奇妙な事に大量の灰の山が乗っていた。灰は先程まで白薔薇が着ていた礼装に半ばくるまれ、寝台の足下には可憐な靴下と靴が添えられている。礼装の胸元には光る程に研がれた木の杭が突き刺さっていた。傍らには天鵞絨ビロード張りの小箱が蓋の開いた状態で置いてある。

 女は全てを察した。予想の通り、青薔薇は礼装を着た灰の山から杭を抜き取ると女に手渡した。


「これで、私の心臓を突いて欲しいの。死体は残らないから面倒な事にはならないわ。この家にある物で気に入った物があれば、後で好きなだけ持って行って貰って構わない。どうせもう私達には不要な物だもの」


 少女の瞳の真剣さと、何よりもその青い闇に内包された悲哀に、女は頷く以外の選択肢を持たなかった。青薔薇は灰の山の隣に横たわると、華奢な手を腹部の上で組んで瞼を閉じた。そうして動かずにいると、肌の青白さと相まってまるで人形のようである。或いは死体だろうか。

 女は横たわる青薔薇に近付くと、手の中の杭を握り締める。幾ら人間ではないとは言え、人の形をした物に暴力じみた行為を行うのには相当の勇気が必要だった。否、暴力どころか、これは殺人行為に他ならない。女は唇を震わせながら、せめてもの手向けにと青薔薇に告げる。


お休みなさいGute Nacht


蒼い薔薇そうびの少女は、眼を閉じたまま薄らと微笑んだ。女はその表情に彼女の祖母を思い出した。祖母は不治の病に侵されたが、最期は自宅で思い出に囲まれて過ごす事を選び、気に入りの揺り椅子ロッキングチェアの上で眠りながら息を引き取った。

 女は怯えに震える手に力を込め、艶々つやつやと光る杭を頭上に振り上げる。

 そして全ての血流が行き着くその臓器を目掛け、奥歯を噛み締め両手を振り下ろした。

 杭は薄く柔らかな皮膚と肉を食い破り、裂け目からは鮮血が奔流の如く溢れ出る。女は怯みかけたが振り切り己の全体重を両手に乗せた。硬い骨に行き当たる感触があり、杭の尖った先端が僅かに滑る。青薔薇の唇から血が零れた。杭は少女の平たい肉体を遂に突き破り、下にある寝台へその先を食い込ませた。

 ふと青薔薇が大きく眼を見開いた。収縮する瞳孔。上質な天鵞絨のように深い青色が、波引くように褪せてゆくようだった。最期につぼみのような血泡を吐き出すと、少女の身体は急速に色を失い、女が瞬きをした瞬間に大量の灰と化した。支えとなる質量を失った瑠璃色の礼装が朽ちるようにしぼみ、灰を抱く。

 寝台の上には、ふた山の灰が遺された。


 女はそれをしばらくの間見つめていたが、かつて青薔薇であった灰から杭を抜き取ると、傍らの箱に収めてふたをした。箱を寝台の下へ仕舞うと、静かに寝室から立ち去り扉を閉めた。

 ふいに女は音を聞いた。発信源を求めて窓際へ寄り、閉め切られていた幕を開ける。


 そこには夜深い時刻でも尚宝石箱のように輝く伯林ベルリンの夜景が広がっていた。月など無くとも、そこには光が溢れていた。見下ろすと、連邦警察BPOL警察車輛パトカー煌々こうこうと青い回転灯ランプで周囲を照らしながら、泣き女バンシーの如き悲鳴を上げている。幕が開かれたのに気付き、男が拡声器を向けて何事か喚き立て始めた。耳をつんざく音に女は顔をしかめる。


 無機質な人工の青が、女の顔を下から照らしていた。

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