第17話

 カマボコ板の様な木片の表面に細かく文字が刻まれた物が身分証明書になる。

 カマボコ板の裏に紋章士が刻んだ魔方陣らしき物が書き込まれ、状態維持の魔法がうっすらと付与されているらしい。


「ほらよ、三人分の身分証明書だ。だが派手な事はするなよ? お前らをこの町に入れたのは俺の独断だが、お前みたいなヒョロイ男だったらスラムだと三日もあれば行方不明になるし、女の方も食いっぱぐれたとしてもせいぜい売女程度にしかならん。おそらくは商品に手を出した女衒辺りだと見ているが、悪さをしたら容赦無く首を切り落とすから行動は慎重にする事だ」


 たった今公金横領をした人間が偉そうに人の道を説く。


「骨身に染みるお言葉です」


 ニタリと微笑みを返して詰所を後にする。


「と言う事だ。良かったな、俺が居なくなった後も食って行けると保証されたぞ」


 アケミとヨシエに身分証明書を放り投げた。


「あたし達の魅力が証明されたって言ってよね」


「出来れば戦闘能力で保証されたかったです……」


 各々身分証明書を受け取りながら不服そうにボヤき始めた。


「今夜から泊まる宿だが、何かアテはあるか? 俺はスラムで過ごすと行方不明になるらしいから宿で泊まりたい」


「宿が何軒か在った記憶があるけど宿場通りを歩いて適当に入りましょ」


「ご主人はこの町を拠点とするのですか?」


 ずんずん勝手に歩いて行くアケミを追いかけながらもヨシエが俺の背後に着いて、護衛の役目を担う。


「あー、拠点なあ、この町の出方次第だなあ」


 フットワークの軽いアケミがさっさと一軒の宿屋に入り込み、宿賃の交渉をしているのをボンヤリと眺めていると交渉がまとまったのかアケミがドヤ顔で宿賃を前払いする様に即して来る。


 頑丈な作りのカウンターに肘をつき「いくらだ?」と訊ねると小銀貨六枚だと宿屋の親父がつっけんどんに答えて来る。


 カウンターに置かれた木皿に懐から取り出した小銀貨を転がすと、交換の様に部屋の番号の書かれた札を渡して来た。当然の様に鍵は無い。


 指定された部屋番号の部屋に入るとベッドが一つ。二人がけのベンチが一つと少し傾いたテーブルが一つの簡素な部屋だった。床板は腐ってはいないが小綺麗な訳でも無い、いたって普通の安宿だ。


「お前らどこで寝るんだ? 裏庭で野宿か?」


「一緒のベッドで寝るに決まってるでしょ! エロ商売のお墨付きをもらった女達を目の前にして失礼極まりない!」


 アケミに妙なプライドを持たせてしまった。


「妙な事を仕掛けて来たら容赦無く蹴り出すぞ」


「ウグゥ」


 鞄の中からウイスキーのポケットボトルを取り出して、チビチビ飲りながらこれからの事を考える。


「それ、さっき悪い顔をしながら渡していた嗜好品?」


 アケミが興味深そうにポケットボトルを覗き込む。


「飲むか?」


 ボトルキャップにほんの少しだけ注いでアケミに渡すと一気に煽る。


「げっふっ」


 咽せると同時に鼻からウイスキーを噴き出している。


「これお酒じゃにゃい!」

「あ、わたしも一口……」


 ヨシエも同じく盛大に咽せて鼻からウイスキーを噴き出す。


「お前らの地元では変わった酒の飲み方をするな? 鼻から酒を噴き出さんと酒が飲めんのか?」


「違うわよ! これ、凄くキツいお酒じゃない! 喉がピリピリするわよ?」


「口の中が痛いれす」


「子供にゃまだ早い。明日は互助会巡りの予定だし、今日は早めに飯を食いに行ってさっさと寝るか」


「やった! 外食だ!」

「ご一緒します」


 カニのパンしか食わせてなかった連中は久しぶりの外食に大はしゃぎである。


「荷物はキチンと持って行けよ。鍵の無い部屋なんだからな」


 安宿のセキュリティは部屋の内側から閂がかかる程度のセキュリティしか無く、貴重品を置いて外出すると宿屋の従業員に指を指して笑われる様な世の中なので、管理は当然自分でしなければならない。


 宿屋のカウンターで安酒を啜っている従業員に暗くなる頃には戻る旨を伝えて外に出る。


 馬車が通る所為なのかしけた町並みの割に広い通りを進み、歓楽街が近づいて来るにつれ飛び交う蠅の量が増えて来る。


 下水として使われている臭いのキツイドブ川が道路の両端を流れているって事は、窓から放り投げないだけ衛生的な方なのだろう。


「いらっしゃい! いらっしゃい! 獲れたての鹿料理と煮込みが美味しいよ!」


 富裕層特有の石組みで建てられた家では無く木造家屋に土壁を敷設した様な建物群の中で、一際大きな声で呼び込みをかける十四、五歳の女の子の姿が目に入る。


 食い物を扱う店と一般住宅との差異は呼び込みをしているか、していないかの違いしか無いこの世界は、当然の事ながら識字率は低いので看板なども見当たらない。


 よって店の前で大声を張り上げる娘やおばちゃんが看板である。味などどこの店に入っても代わり映えしないのであれば、ちょっと可愛いお姉さんに愛想を振りまいてもらった方がお得であると言うのが飲食店の基本だろう。


「ここで良いか」


 俺が目に止まった店に歩を進めるとアケミとヨシエが俺の女の好みを勘繰り始めたので、一番近くて窓と扉が閉まっていたからだと答えたら納得していた。


 窓と扉が閉まっているとどう言う良い事があるかと言うと、虫除けに竃の煙を使って店内を燻している最中と言う事だ。


「旦那様は本当に虫が嫌いねぇ」


「美味そうに見えないからな」


 看板娘が俺達一行を店内に招くと同時に店舗の窓と扉を開け放たれる。


「ゲホ……いらっしゃいませ」


 もうもうと棚引く煙の中から女主人らしき女性が顔を出した。


「すいませんね、ちょうど店を燻し終わりましたので落ち着いて食事が出来ると思いますよ」


 ニッコリ微笑む女主人の足下には無数の蝿が落ちている。


 俺……おうちにかえりたい……


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