第16話


 大きな森林地帯と広大な穀物畑に囲まれた中央部にその街はあった。豊富な水量を誇る水路が縦横無尽に走り、行き交う人の密度も街に近づくにつれどんどん増えて行くと同時に田舎者特有の胸の高鳴りが止まらなくなっていく。


 折り畳み式のリヤカーを折りたたんでヨシエの背中に括り付け、町の中へと入る入り口の傍にある建物へと入り、先に三人程が並ぶ新規転入者受付に行儀良く並ぶ。


「税金一年分ってどれくらいの金額なんだ?」


「街によって変わって来るからなんとも言えないわね、身なりによっても変わってくるし、受付の人の気分次第なとこもあるわね」


 まあ、野蛮人が官僚仕事をするとどうしてもそうなるもんだな……


「次の転入者、前へ」


 少し憮然とした感じのおっさんが俺たちにむかい手招きをする。


「よろしくお願いします」


 軽く会釈をしておっさんの前に用意された椅子に腰掛けると、アケミとヨシエが俺の背後に立つ。


「身分証明書を紛失したらしいが、商人だと言い張っているらしいな?」


 最初から飛ばして来ますなこのおっさん。


「ええ、なんかやたらと大きな鹿に荷車一杯分の小麦を奪われた挙句。荷車も壊されました。鹿の群れが居なくなった後に辛うじて小さな貴重品は拾い集めたのですが、持ち回り品などを保管していた木箱が丸ごと無くなっていまして……」


「ほう……商い品を無くした商人がこの町に来てスラムにでも住むつもりか?」


「いえ、まったく売る物を無くした訳でもないですね、行商人から偶然仕入れた珍しい商品がいくつか有りまして、そちらは瓶に守られていたお陰で無事だったんですよ。薬の一種なんですけどね」


 受付のおっさんの目付きがあからさまに険しくなる。


「薬品の取り扱い? それは商人の分野じゃあないだろう? 医薬の分野は教会の担当だ。それこそ縛り首モノの大罪になるぞ?」


「いえいえ、薬品なのですが、薬品としてではなく嗜好品として商売のタネになるかと思って仕入れたのですよ」


 俺は足下に置いた鞄の中から事前にネット通販で購入しておいたモノを取り出して、勿体つけるように事務机の上にコトリと置く。


「これはガラスなのか? 随分と透明度が高い物だな……中の茶色い液体が薬なのか?」


「薬と言って売れば教会に怒られますので、嗜好品ですね。少し味見をしてみますか?」


 俺は机の上に置いた手のひら大のポケットボトルのスクリューキャップを外して、ひっくり返したキャップの中に液体を少量注ぎいれた。


「どうぞ」


 おっさんは液体の満たされたキャップを恐々と受け取ると鼻の下に近付けて香りを嗅ぐ。


「これは……」


 俺はニヤリと笑って人差し指を立てて唇の前に持ってくる。


「嗜好品です」


「嗜好品か……」


 おっさんがキャップを口につけてキュッと中の液体を啜ると驚愕の表情で俺を睨み付けた。


「これは……」


「詳しい製造方法は解らないのですが、これが手元に数本有りますのでそれを商った元手で、麦の焦げ付きを補填しようと考えています。次の商いの余裕が出来れば又行商に出ようと考えてますので上手く立ち回れれば、この町にそれ程長居をする予定もありません」


「この嗜好品はどれ位の量を持っているのか?」


「手持ちの鞄に収まる量しか持ち合わせはありませんね……しかし貴方様の立場上ゆっくりと吟味をして結果を出さねばならぬと言う都合は私も良く理解しているつもりですので、今味見をして頂いたこちらの瓶は商品サンプルとして差し上げますので、今夜にでもゆっくりじっくりと吟味して頂ければと考えています」


 ニヤリと悪い笑顔を浮かべて受付のおっさんを見やると、おっさんも負けずに悪い笑みを浮かべている。


「ああ、うむ。まあそちらの困窮する事情も理解した。俺達は困った者達の目線に合わせてその苦労を汲んでやるのも俺達の仕事だ」


 おっさんが素早く瓶を懐に仕舞い込み書類をガリガリと書き込み始めたところで手が止まる。


「三人分の税金は物納か?」


 欲望に満ちたおっさんの顔色を見て、俺はニッコリと微笑んだ。


「お心のままに」

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