第32話 vs AWS

 電磁誘導によりランチャーより射出されたミサイルは、ロケットモーターに点火。事前に入力されていた目標上空へ向けて超音速で加速する。

 しかし目標まであと二百メートルを切った時、二発のミサイルは弾頭とロケットモーターを撃ち抜かれて爆発した。


「ステファニー。イージス艦と戦った経験は?」

「あるわけないじゃない」

「奇遇ですね。私も初めてです」


 ミサイルを迎撃した二人の少女は、言葉を交わしながら残弾を確認した。

 可搬式の対戦車ミサイルと、艦載されている艦対地ミサイルを撃ち落とすのは、難易度が違いすぎる。ミサイル自体の耐久性も速度も、撃ち漏らした場合の被害も艦対地ミサイルが圧倒的だ。

 人造人間の反射神経と射撃精度ですら、撃ち落とすには十発以上の弾丸が必要になる。


「あんまり覚えてないんだけど、あの船にある武装、ミサイルの他に何があったっけ?」

「地上攻撃出来るものに限れば、艦対地ミサイルが二十四発。20mmガウスカノンが左右に各二門。10mmガウスマシンガンが左右に各四門。180mmガウスカノンが前後に一門ずつ。私達ごとこの車を消し飛ばしてお釣りがきますね」

「んじゃ……出し惜しみは出来ないなあ」


 拡大されている視界の中、内海に浮かぶイージス艦は砲身の向きを小刻みに修正している。

 ステフはガウスガンをホルスターにしまうと、背負っていたブラストピラーを展開して待機モードに移行する。


「あんたの前で使いたくなかったんだけどね。これなら全力のあんたでも倒せるだろうし」

あんた・・・ではありません。寧とお呼びください。少なくとも、今を凌がねば私と戦うどころではないでしょう。当面、私はあなた方を裏切る事はありませんし」


 ステフは一つため息をつき、抱えていたブラストピラーに目を落とした。

 本来、内蔵されたバッテリーは緊急時にのみ使用されるもので、外部からの電力供給で稼働するのがブラストピラーの使い方だ。

 どんな手を使ったか分からないが、軌道塔の防御機構であるイージス艦が一隻、マクファーソンカンパニーの意向で動いているのは間違いない。

 先行する列車に追いついてしまえば、いくら何でもミサイルによる爆撃はあり得ない。それまで攻撃を凌げるかどうかは、ブラストピラーの残電力にかかっていた。


「来ますよ、ステファニー」

「分かってるっ! 寧、撃ち漏らしは頼んだからねっ!」


 総毛立つような悪寒を感じながら、ステフはブラストピラーのスイッチを入れた。

 内海を引き裂くような光条が放たれるのと、「シェリー」に搭載された電磁射出兵器が一斉に火を噴くのは全く同時だった。


 ステフは重粒子の光条で飛来する砲弾を薙ぎ払い、消し飛ばしていく。

 砲撃は驚異的な精度を持って襲いかかり、一発たりとも三人が乗った車から外れる事はなく、それが逆に撃ち落とすのを容易にしていた。

 しかしそれもブラストピラーのバッテリーが持つ間だけだ。

 亜光速で射出される重粒子の音に負けないほどの警告音が、手にした金属筒から鳴り響く。


 更に「シェリー」は一つのランチャーに装填された艦対地ミサイル十二発を、続けざまに発射した。

 イージス艦による艦砲射撃を防ぐような相手に、容赦するつもりはないらしい。

 ミサイルは寧が抱えたガウスマシンガンで撃ち落とされていき、内海の上空に巨大な火球が次々と産まれていく。

 光学的な観測を遮る爆炎を挟んでいても、「シェリー」の砲撃は正確さを失わない。ステフは目を凝らし、火球を引き裂いて飛来する砲弾を消し飛ばしていく。


「ステフっ、寧っ! もうすぐカーブだ! 追いつくから乗り移る準備しろっ!」


 イージス艦から放たれる弾幕をブラストピラーで全て撃ち落とす。

 そんな離れ業をしている最中に、先行する列車に飛び移るなど幾ら人造人間でも無茶が過ぎる。

 しかし先行する列車との距離は、その間も縮まっていく。


「寧っ。あたしが車に残るから、ダディを抱えて乗り移って。二人が乗り移ったら、あたしも行く」


 トッドを寧に任せるのは腹立たしい。

 しかしブラストピラーを渡す気もその暇もないとなれば、満身創痍の父を任せられる相手は寧しかいない。

 寧は一つ頷くと、運転席と荷台の間に据え付けられていたレバーで、クレーンのワイヤーを引き出した。


「分かりました。ステファニーも必ず追いついてください」

「車は自動操縦に切り替えた! カーブを曲がれる速度に設定してないから、曲がりきる前に乗り移らんと線路から吹っ飛ぶぞ! 二人とも準備はいいか!」


 ブラストピラーの発する轟音と警告音の中、トッドの怒鳴り声が聞こえる。

 気が昂ぶり、超音速で飛んでくる砲弾の弾道すら見極められるが、返事までしている余裕は無い。

 僅かに頷きながらも、ステフの視線は内海に浮かぶ「シェリー」から外す事が出来ない。


「列車との距離、百メートルを切った! もうすぐカーブに入るぞ!」


 列車からの攻撃が止んでいるのが幸いだが、いつ再開されるか分からない。

 寧は片手にガウスマシンガンを、もう片手にクレーンのフックを持ちながら、間断無く周囲に目をやり警戒を途切れさせない。


「ステファニー。トッド。タイミングは私が計ります。合図をしたら、いきますよ」


 投影式モニタに映る座標はどんどんカーブへと近づいていく

 一足早くカーブへとさしかかった列車は速度を落とし、車との距離が一気に縮まった。

 寧は左腕を大きく振りかぶり、クレーンのフックを最後尾のコンテナへ投げつける。それを合図に、コンテナの上に身を隠していた工作員達が体を起こし、ガウスライフルの銃口を三人へと向けた。


「邪魔だっ!」


 トッドは叫びながらガウスガンで工作員の頭を立て続けに撃ち抜く。左手であっても近距離で外すような腕はしていない。

 投げられたクレーンのフックは一度跳ねながらも、コンテナの縁に引っかかった。


「今ですっ!」


 寧はトッドの体に手を回すと、ワイヤーが張った瞬間に荷台から大きく跳び上がる。

 途端、寧は自分の失策に気がついた。

 待ち構えていた工作員は二陣に別れていたのだ。最後尾より一両前のコンテナの上には、伏射の体勢で待ち構えていた工作員が五人。更に後ろには上半身だけを覗かせた動力装甲服パワードスーツも見える。

 イージス艦という大きな危険を前に、終端装置T・デバイスへの警戒が薄れていたのだ。


 自分だけならばどうにでもなる。

 ただし今は欲しいものトッドを抱えていた。それを手放す訳にはいかない。

 寧は歯を食いしばりながら、強く意識を集中する。

 自分だけでは無く、自分以外の誰かを守らなければならない。娼館で爆発に巻き込まれた時以上に強く、寧は意識を集中させる。

 途端に後頭部から頭の中を駆け抜ける強い痛み。

 工作員達の動きがいつもより遅く見えた。そして自分の体がその動きに追いつけない事も分かる。


 六つのガウスライフルから放たれる銃弾が迫る中、寧の眼前で空気が渦巻いた。

 不可視の力が円錐状に尖りながら、二人を覆っていく。

 数十発の弾丸が火花を散らしながら念動の盾に弾かれ、その影でトッドを抱えた寧はコンテナの上にふわりと着地した。


 痛みに膝を突きながらも、寧はガウスマシンガンで工作員と動力装甲服パワードスーツを薙ぎ払う。

 念動の盾は一方通行だ。

 寧に近づく脅威だけを遮断する。


「お、おい今のは……」

「間一髪、負担は大きいですが力が一つ戻ったようです――ステファニー、早くこちらへ!」


 力が戻ったのを喜ぶ暇はない。

 カーブにさしかかった列車が揺れる中、寧は声を張り上げてステフを呼んだ。


 イージス艦からの砲撃はまだ止まない。バッテリーの残量はもってあと数秒という所だろう。

 このチャンスを逃しては飛び移るチャンスも無くなってしまう。

 ステフは意を決すると、足に力を込めてブラストピラーを停止させる。


 迫り来る砲弾を横目に、ステフは荷台を強く蹴った。

 コンマ数秒前まで乗っていた車が砲弾の雨で粉砕され、そこに180mm榴弾がとどめを刺した。

 宙を飛ぶステフは、起爆した榴弾や車の破片を背中に受けながら、爆風に大きく煽られる。


 まずい、このままじゃ――小柄なステフの体は榴弾の爆風で、カーブにさしかかった列車を大きく超えてしまっている。

 眼下ではトッドと寧が手を伸ばしているが、とても届く距離ではない。


 ステフはブラストピラーの砲身を片手で大きく振るうと、再びスイッチを入れた。

 亜光速で射出される重粒子の光条。

 その反動は重サイボーグを大きく上回る膂力を持つステフでも、強く踏ん張っていなければ振り回されてしまう。

 ステフはその反動を受け、空中で無理矢理軌道を修正する。


 だがそこで、酷使してきたブラストピラーに限界が来た。

 加熱したバッテリーが、レーザー粒子加速器を巻き込んで破裂し、壊れる最後の一瞬にこれまで以上の重粒子が放射された。

 予想を上回る反動にステフの体勢が大きく崩れる。


「ステーフっ!」


 ステフに手を伸ばしていたトッドは、叫びながらコンテナの上から跳んだ。

 その大きな手がステフの腕を掴み強く引き寄せた。

 しかし爆風と重粒子の反動、その二つのベクトルで揉まれるステフの体は、トッドを巻き込むようにして、線路へと落ちていこうとする。


 寧はガウスマシンガンを投げ捨てると、コンテナの縁に手を掛けて側面に足を着きながら二人へと手を伸ばす。

 錐もみに回りながら落ちていくトッドが伸ばした手を、寧の手が掴んだ。

 二人分の体重と加速に、指をかけていたコンテナの縁が歪み皮膚が大きく裂ける。

 肩が抜けそうになりながらも、寧は歯を食いしばって二人をコンテナの上へと投げ飛ばした。


「やっ、た――」


 一瞬の安堵と、ほんの僅かの気の緩み。

 そこを突いたのは数発の銃弾だった。


 列車の連結部から身を乗り出していた工作員が、寧の脇腹にガウスライフルの弾丸を叩き込んだ。

 その衝撃に、コンテナの縁にかけていた指が血で滑る。

 必死に手を伸ばすが一度列車から投げ出されてしまえば、今の寧では戻る術はない。


「「寧っ!」」


 二つの声が同時に名前を呼んだ。

 ステフは身を乗り出し寧の手を掴む。そして流れるように逆の手で抜いたガウスガンで寧を撃った工作員を撃ち倒した。

 二人の少女が手を繋いだまま滑り落ちそうになる所を、トッドはステフの体をしっかりと抱えて纏めて引っ張り上げる。


「全員順繰りに落ちる事はねぇよな……だけど助かったぜ、寧。傷は大丈夫か?」


 肩で息をしながら、トッドは微笑んだ。

 その隣では少し頬を膨らませながらも、ステフが寧を見つめている。


「さっき、ダディ助けてくれたから、そのお返しだよ……ありがとね」


 トッドはまだしも、ステフから礼を言われるとは思っていなかった。口にしたステフもばつが悪いのかすぐに目を逸らす。

 寧は脈動するように痛む頭を押さえながら、片側だけ口角を上げて二人へ微笑んだ。


「傷は浅くはありませんが、弾は抜けていますし行動に支障は出ません。それに、言ったじゃありませんか。諦めるつもりはない、と――時間はあまり残ってないようですね」


 列車に乗り移った事で砲撃は止んだが、それは橋の上を走っている事も意味している。

 橋は長さ一キロもあるが、この速度なら一分も掛からずに渡りきってしまう。


 三人に残された武器は、特効薬パナシーアを含む三丁のガウスガンと、数発のグレネード。そして単分子ナイフのみ。まだ残っているであろう終端装置T・デバイスの数からすれば、心許ないのを通り越して自殺行為に等しい。

 しかし三人のうち二人は、七大超巨大企業セブンヘッズが作り上げた人造人間だ。


「そうね。あたしと寧で先行するから、ダディは動力装甲服パワードスーツだけ狙える? 無理そうならあたし達がやっちゃうけど」

「馬鹿言え。こいつパナシーアは子供にゃ大きすぎる。行けっ、援護は任せろ」


 二人の少女は同時に頷き、ガウスガンを手に走り出した。

 コンテナの中に隠れている敵はステフが、顔を出した敵は寧が、それぞれ打ち合わせすらせずに息を合わせて撃ち抜いていく。

 工作員に混じって現れる動力装甲服パワードスーツは、少女達が射線を開けると同時にトッドの特効薬パナシーアで大穴を穿たれる。


 前衛を務める二人の少女は巧みにお互いをサポートし、負傷しているトッドの腕を引き出せるように動いている。

 組んで数時間も経っていない即席のチームだが、その戦力は例え手にしているのがハンドガンであっても、終端装置T・デバイスに比肩していた。




 おかしい。

 三人は一様に疑問を浮かべる。

 矢継ぎ早に工作員達は攻撃を仕掛けてくるが、一番効果的であろう善市郎の精神感応は、先頭の機関車まであと五両となっても繰り出してこない。

 少しでも隙を作れば、狭い列車の上では逃げる場所も限られる。寧の念動も、辛うじて使えるというだけで本調子からは程遠い。


 中央区画に入ってしまえば、いくら七大超巨大企業セブンヘッズでも下手な手は打てない。警備軍の指揮系統へ介入するコードを持ってしても、中央区画では限度がある。


「二人とも、なんか変じゃねぇか?」


 トッドが疑問を口にしたその時、列車が大きく揺れた。

 列車から放り出されるほどではないが、三人は一様に姿勢を低くして足を止めた。


「ダディ、前っ!」


 ステフが視線と銃口で指す先には、先頭の機関車と貨車を繋ぐ連結器の辺りで、二体の動力装甲服パワードスーツが何かをやっていた。

 揺れからすれば後続貨車の切り離し以外にはない。

 だが動力の無い貨車もしばらくは、その速度を維持するだろう。その間に飛び移らねばならない。


 だが工作員ではなく動力装甲服パワードスーツを配置したということは、その膂力をもってして機関車と貨車の距離を広げるためだ。

 機関車と貨車の間で両手を広げるようにして、少しずつその隙間を大きくしていく。

 トッドの特効薬パナシーアが遮蔽ごと動力装甲服パワードスーツを貫くが、胴に大穴が空いてもその動きは止まらない。


「死体に気をつけろ! まだ動くぞ!」


 それを内蔵したサイボーグを、死体となっていても全損するまで使い潰す再賦活システム。

 ミーナ・レッティが起動したものだけでなく、終端装置T・デバイスに所属するサイボーグの一部には本人の同意もなく使われていた。

 それが一斉に起動した。


 三人が倒してきた工作員達は、頭を吹き飛ばされていても胸に穴が空いていても起き上がり、手に持ったガウスライフルを乱射し始めた。

 狙いも何もあったものではないが、狭い列車上ではその弾幕だけでも脅威になる。


「邪魔、するなっ!」

「どきなさいっ!」


 ステフを寧は背中をあわせて死角を補い合いながら、手にしたガウスガンを連射する。

 ガウスガンの小口径高速弾では、再賦活システムで操られるサイボーグを無効化するのは弾数がかかる。それ故、まず二人が取った手は武器の破壊だ。

 超音速で射出される3.3mm弾が、ガウスライフルの機関部を正確に撃ち抜くと、列車の端にいる相手は更に膝を撃って転倒させる。


 列車が橋を渡るまで、中央区画へと入るまであと十秒を切った。

 まだ再賦活システムで甦った工作員は残っているが、これ以上の時間をかけてはいられない。

 二人の少女はトッドへ目くばせすると、被弾覚悟で走り出した。

 人造人間の走力ならば、中央区画に入る前に機関車まで辿り着ける。だが少女達を妨害するために、善市郎が打った手は予想外のものだった。


 機関車と貨車の間にいた二体の動力装甲服パワードスーツは、その手を離すと開きかけていた隙間へと身を投げた。

 積層カーバイトの装甲に包まれた動力装甲服パワードスーツは、乗用車に比べて小型だが遙かに頑丈だ。その装甲も時速百キロを超える貨車との衝突に耐えられるものではない。

 再賦活システムによる命令によって、理不尽な命令にも服従する死体は、躊躇無くその体を障害物として貨車を止めにかかった。


 動力装甲服パワードスーツが車輪に挟まって急制動の掛かった貨車が、左に大きく傾いた。

 金属同士のこすれる音と激しい火花を発しながら、脱線した貨車は横倒しになっていく。


 二人の少女ステフと寧は、そのまま跳ぶ事も出来た。人造人間の脚力ならば機関車にも飛び移れただろう。

 しかし二人は全く同時にとって返すと、トッドの元へと走った。


「飛び降りるよっ!」

「列車から降りますっ!」


 口々に言いながらトッドの元へと辿り着いた二人は、返事を待つことなく大柄な体を左右から抱えるようにして、脱線していく貨車から大きく跳んだ。

 時速百キロを超える列車から飛び降りれば、常人ならばただでは済まない。

 だが二人の人造人間は、体重百五十キロ近いトッドを抱えたままで、十数メートルを跳ぶと、線路に並んで走っていた道路へと着地する。


 着地寸前に寧は意識を集中し、念動の盾を起動する。

 念動の盾はアスファルトをすり削りながらも、怪我一つなく着地した三人の目の前で、貨車は数両が横倒しに脱線しながら停止した。


「あぶねぇところだった……二人とも助かったぜ」


 これまで無茶は山ほどやったトッドだが、高速走行中の列車から飛び降りるのは初めての事だった。流れる冷や汗を拭うことも忘れて、追跡よりもトッドの身を案じて戻ってきた二人の少女へと礼を言った。


「いいのですよ。あなたでは列車から投げ出されて無事に――」

「ちょっと寧っ、なんでずっとダディと腕組んでるのよ! 離れなさいよっ!」


 トッドの腕にしがみついたまま、もう片腕を掴んでいる寧を追いやるようにステフは手を振った。

 しかし寧が離れるのを見る間もなく、周囲から刺さる殺気にガウスガンを構え直した。


「囲まれた、かな」

「ステファニー。手を出してはいけません。彼等は――」


 寧が言い終える前に、殺気の主はビルの影や橋の下から姿を現した。

 三人を取り囲んだのは、先ほどまで戦っていたのと同型の動力装甲服パワードスーツだが、肩に描かれたマークと全身の塗装から、軌道塔を守る警備軍に所属するものだと分かる。

 その手にはプラズマカノンを銃身下に接続したガウスライフル。

 都合二ダースの動力装甲服パワードスーツは、互いを射線に入れぬように位置しながら、マニピュレーターの指を銃爪ひきがねにかけている。


『武器を捨てて地面に伏せろ! 早くしろっ!』


 いくつもの言語で繰り返される威圧的な警告に、三人は手にした銃を地面に落とした。


 このセカンドバベルで、七大超巨大企業セブンヘッズ以上に敵対してはならないものがあるとしたら、それは警備軍しかない。

 彼等は国連が軌道塔を守るために常設している軍隊であり、彼等と敵対する事は世界全てと敵対する事に等しい。

 それが分かっているから、イージス艦の砲撃に晒されながらも、生き延びるために最低限の行動として迎撃しか行えなかった。


っきしょうdamn'it……」


 悔しげに呻くステフの鼻先を、ガウスライフルの弾丸が通り過ぎる。

 警備軍にとっての威嚇射撃は、目標に至近弾を浴びせる事を意味していた。


 今のステフならば、二ダースの動力装甲服パワードスーツを単分子ナイフ一本で片付ける事も出来る。しかしそれをしてしまえば、軌道塔に対するテロ行為を行ったと見なされてしまう。


 横目にトッドを見やると、地面に伏せながら首を小さく横に振っていた。

 奴らに逆らうな。

 そう言っているのは一目で知れた。

 目にうっすらと悔し涙を浮かべながら、トッドに倣って膝をついた時、耳に届いたのは小さくも強い寧の声。


「トミツ技研所有コード。【MJGQ87896BJK32WDS】、優先レベルはBプラスによる命令を行使します。使用者は寧。即時割込照会を。こちらに攻撃の意志はありません」


 それを聞いた動力装甲服パワードスーツ達の動きが一斉に止まった。

 そして数秒の間を置いて、三人に向けられていたガウスライフルは全て下げられた。


『照会終了しました。トミツ技研所有コードにより、命令を受諾致します。どの様な命令を?』

「まずは……私達、立っても良いかしら? これくらいはサービスにして貰いたいのですけれど」

『問題ありません』


 打って変わって機械的に返答を行う動力装甲服パワードスーツに、トッドもステフも状況が飲み込めなかった。

 埃を払いながら体を起こすトッドは、少しうわずった声で問いかけた。


「寧、一体何やったんだ? 今のはなんだ?」

「何度も言っているではありませんか。私はトミツ技研の魔女。魔法の一つや二つ、使えなくてどうしますか」


 寧は左だけ口角を上げ、小さく笑う。

 しかし内心では、僅かな後悔があった。




 三人のうち寧だけは、イージス艦が善市郎の意に沿うように動いた理由を知っていた。

 脳裏に閃く予知が内海を示した時、推測される手段の一つとして思い出されたのが、警備軍へと命令出来るコードの存在だ。

 そして進退きわまった今、善市郎と同じ手を使ったのだ。


 トミツ技研はこの後、国連に対して代価を支払わねばならない。

 多額の寄付、人員の供出、その他有形無形様々な代償。

 そしてコードを使用した寧は、本社の査問委員会に呼び出され弁明が求められる。

 その結果如何によって、トミツ技研の所有物・・・である寧は、社に重大な損失を与えたとして廃棄――実質的な死刑――に処せられる。

 超能力が戻り成果を上げるまで、本社トミツ技研には接触しないと決めていたが、その考えを曲げてでも追跡を中断する訳にはいかなかった。


 だが何より今は、トッドやステフと組んでいる事が楽しかった。それは魔女の異名を持つ寧についてこられる、二人の技量だけに留まらない。

 一連の流れに決着を付ける時、二人と一緒に居たい。

 心を惹かれる二人と一緒に成し遂げたい。


 後悔はあるが、それもこの親娘が快哉かいさいを叫ぶ時に、自分もその隣にいる為に持っている手札を切っただけだ。

 二人が喜ぶ姿を見たい。

 その為に出来る事の一つが、トミツ技研の持つコードの使用だった。




「寧……なんだかわかんないけど、ありがとね」

「魔女の矜持にかけて、ここで足を止める訳にいきません」


 言いながら、寧はそびえ立つ軌道塔を見上げた。

 軌道塔に沿って等間隔に配置された照明が、雲を貫き夜空に向かって伸びていて、その間をリフトと呼ばれているエレベータが降りてくるのが見えた。

 深夜を回ろうするこの時間になっても、中央区画の明かりに照らし出される軌道塔は休む事無く動いていた。


 三人を振り切った善市郎は、軌道塔へ向かっていた。

 二十四時間稼働し続けているリフトに乗り込んでしまえば、地上五百四十キロにある低軌道ステーションまで一直線だ。

 人類の宝とも言える軌道塔での運行妨害など、例え七大超巨大企業セブンヘッズであっても出来るものではない。


 そして低軌道ステーションに辿り着いてしまえば、セカンドバベルに唯一・・接続出来る航空機が存在する。

 かつて宇宙開発において多大な功績を持つ、スペースシャトルの発展系であるスペースプレーン。単独で地上と宇宙空間の往復機能を持つスペースプレーンは、セカンドバベルが作られた今も規模こそ縮小したが運行されており、低軌道ステーションはその発着場としての機能を持っていた。


 スペースプレーンの航路には、マクファーソンカンパニー本社のあるアリゾナ州への直通便もある。

 善市郎が逃げるのに最も安全で――中央区画の支社へ逃げ込むよりもだ――妨害を受けにくいルートはこれしかなかった。


「何か手があるのか?」

「思いつくのは一つだけ……トッド、ジェットコースターはお好きですか?」

「そりゃガキの頃は乗ったが――何をするつもりだ?」

「トミツ技研協賛、世界最速最長最高度のジェットコースターに、お二人をご招待致しますわ」


 寧は一つ立てた指を空へ向ける。

 その先には星空に混じって、軌道ステーションの明かりが僅かに見えていた。

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