十六球目◇初めてのチームミーティング◆

①東條菫→清水夏蓮パート「……うん。凛もいつもありがと。みんなのこと、よろしくね」

◇キャスト◆


東條とうじょうすみれ

菱川ひしかわりん

清水しみず夏蓮かれん

篠原しのはら柚月ゆづき

中島なかじまえみ

舞園まいぞのあずさ

東條とうじょう椿つばき

東條とうじょうさくら

東條とうじょう百合ゆり

東條とうじょう蓮華れんげ

中島なかじま笑心にこ

中島なかじま愉快里ゆかり

―――――――――――――――――――


 四月下旬の月曜日。

 五月に差し掛かる季節は、気温の高まりと共に陽射しの強さが増していた。気高き花たちも大地にめぐみ、新たに土筆つくしたちも頭を出す頃。


 皐月さつきの緑舞台はゴールデンウィークと並んで迫り、各町人らもにぎやかに心待ちしていた。


「ただいまぁ~!」

「お邪魔します……」


 まだ青空が浮かぶ時間帯。

 東條家と名乗る玄関先では本日も、一人の長女と一人の訪問者が声を連ねた。笹浦二高から下校した菫は凛と帰宅し、弟妹ていまいらの元へ歩み寄る。


「えっとぉ~……あ、お姉ちゃん、おっか~」


 リビングに入った菫にまず声を届けたのは、女子小学二年生の桜。学校から出された算数ドリルに苦戦中のようだ。


「ふわぁ~! 凛お姉ちゃんだァァ!!」

「い~」


 そっとスクールバッグを置いた凛にも、絵描きに奮闘中だった幼稚園年中児の百合、もうじき一歳の蓮華らが目をきらめかせる。百合がいっしょに遊ぼうと互いの距離を縮め、早速手を引きせがんでいた。

 そして最後に、弟妹たちの中で唯一の男子がキッチンより顔を向ける。


「おかえり、姉ちゃん!」

「ただいま、椿!」


 まだまだ身に余る大きなエプロンを着た、小学五年生の椿。家事を始めた当初は常にバタついていたが、近頃では様になった気がする。掃除機や洗濯機の操作方法も覚え、一人でカレーライスを作った偉業も記憶に新しい。


『そんな椿がいるから、あたしは凛とソフト部に入れたんだ!』


 両親共働きの現在七人大家族。

 今までは菫自身が弟妹たちの面倒を見ていたため、習い事や放課後の外出さえ控えていた。


 しかし、家庭科を習い始めた椿のおかげで、自分にてる時間が確かに増えた。大好きな運動部に入るまでに。


「……あれ? 姉ちゃんたち、今日は部活ないの?」

「うん。昨日練習試合だったから、今日はオフ。良かったら何か手伝うよ」


「え……じ、じゃあ、今夜の材料買ってきてもらってもいい?」

「うん、わかった!」


 言いづらそうだった椿をこころよく了承すると、続いて凛も静かに頷く。


「百合と蓮華のことは、わたしにまかせて。椿は今のうちに、学校の宿題とか終わらせなよ」


「凛姉ちゃんも、ありがと! 漢字ドリルの締め切り近いからチョー助かる!」


 両立はまだまだ難しいようだ。が、菫は決して叱らず、微笑みの眼差しを送ることにした。大きな感謝を家庭内に溶かすように。


『ありがと、椿。あたしの、自慢の弟だ!』


 買い出しに向かうべく、財布とエコバッグを手に持ち、慣れた足付きで玄関に進む。しかし、そばの扉前にふと立ち止まり、静観とした一室に入る。


『苺お姉ちゃんも、そう思うよね!』


 仏壇に載せられた遺影に、心でまな言葉を送った。その写真には、紛れもなく東條家の姉として生きた少女――苺の暖かな笑顔が浮かんでいる。本来ならば菫よりも歳上の彼女だが、頼れる姿は椿と同学年の五年生だ。


「……」

「菫……」

「ん? ……凛」


 苺の目を見つめていた菫は振り返ると、すぐに凛の微笑が待っていた。相手を優しく包み込むような頬の緩みには、親友ながら思わず見とれてしまう。


「行ってらっしゃい。道中は気を付けてね」


「……うん。凛もいつもありがと。みんなのこと、よろしくね」


 退室した菫は凛から穏和に見送られ、いよいよ玄関で靴を履く。


『あたしは、家族が大好き』


 元妹だった現在姉は立ち上がり、玄関をくぐり外出する。


『辛いこともたくさんある。悩むことだって、一人でいるよりかは多いはず……』


 徐々に陽が落ち始め、交通事故が多い時間帯に近づいていた。横断歩道が無い十字路ではミラーでしっかり確認し、安全第一で歩む。



『――だからこそ、みんなで同じ気持ちになって、助け合える家族が大好きなんだ!』



 目的地のスーパーまでは、徒歩でも苦労は掛からないくらいだ。ポニーテールを上下に揺らしていた菫だが、再び立ち止まり、今度は夕陽間近の太陽に顔向けする。


『そんな家族のように、いつかは……』


 青から橙に移ろう空の下で、小さな祈りをささげた。家族を愛しているが故の願いを。



『――笹二ソフト部のみんなとも、家族のような関係になれたらなって……思ってる』



 一度深呼吸をした、女子高校一年生。照らされた微笑みを絶やさぬまま、西の方角に位置するスーパーへ歩き出した。



◇初めてのチームミーティング◆



 同時刻。

 ビジネスホテルが建ち並ぶ笹浦駅近郊には、豊かな御店が構えている。コンビニやスーパーを始め、中には自営飲食店も満ち溢れ、衰退を思わせない購買景色が広がっている。


 中でも“エミニコ☆ホームベーカリー♪”の看板を立てたパン屋は、老若ろうにゃく男女なんにょ問わず、幅広い年齢層に親しまれている。夕時を迎える現在も利用者が訪れ、駐車スペースに設けられたパラソル付き丸席も学生で満たされていた。


「三人とも、お待たせ~!!」

「「「おぉ~~!」」」


 店先からエプロン姿で現れた咲が、着席した夏蓮と柚月に梓へ、板上のパンを運ぶ。メロンパンにアンパンとアップルパイ、そしてチョココロネの四つずつが載せられていた。


「スゴ~い美味しそぉ~!」

「へぇ~。これ、咲が一人で作ったの?」


 計十六つの華々しさには甘党代表の夏蓮も感嘆すると、梓の問いかけに、咲は一度ひたいを拭ってから胸を張る。


「モチのロン!! アタシにとっちゃ、これぐらい三度の飯前だよ!!」

「さっすが咲ちゃ~ん!」


「……それを言うなら、朝飯前なんじゃないの?」

「やめときなさい梓。咲の食習慣はあたしたちと次元が違うんだから」


 常人とは比較できないと指した柚月が頬杖で呆れた様子だが、夏蓮は瞳の光を消さなかった。


「ふわぁ~……じゃあわたしは、メロンパン!」


 放課後の空腹もあるせいか、素早くメロンパンを手に取る。ふっくらとした表面の砂糖が夕陽にも照らされ、まるで宝石に近かった。


 梓はアンパン、また柚月がアップルパイを選択すると、三人はいただきますと声を合わせて口に運ぶ。腹ペコ娘によって作られたパンたちの、肝心な味の質は如何に。



「「「おいしいぃ~~!」」」



 意外だと全面に出した梓と柚月に並び、笑顔を放った夏蓮は落ちかけた頬を支えた。糖分を控え目の食習慣を送っていたばかりに、甘味に本能が酔いしれる。


「メロンパンだぁ~! メロンパンだよぉ~お~~!」


「これが、あの咲が作っただなんて……んなバカな……」


「あ、あたしは認めないわ。咲が一人で成せる味じゃない……」


 うたぐり深い梓と柚月がそれぞれ手元のパンを凝視していたが、相変わらず得意気な咲が仁王立ちを続ける。


「ヘッヘ~! これでも、看板娘ですからね~!」

「さっっすが咲ちゃん!!」

「「……」」


「んじゃ、アタシはチョココロネっと!」

 「「食べるんかい!!」」


 自身の分を含めての持て成していたらしい。梓と柚月の突っ込みも束の間、咲もチョココロネを掴み頬張ろうとしたときだった。



――「な~にが看板娘よ? ほとんど自力で作れなかったクセに~」



「ギクッ……」

「あ、笑心にこちゃん! お久しぶり!」


 チョココロネの前に突如凍えさせたのは、咲の妹に当たる笑心だ。小学五年生ながらエプロンを着こなし、姉の背に膨れっ面をぶつけていた。しかし、瞬時に幼き微笑みに変え、来客者の夏蓮たちへ転換する。


「お久しぶりです、夏蓮先輩! 梓先輩に、柚月先輩も!」


 二人も笑顔で受け答えしていたが、チョココロネをそっと口に近づける咲に再び奇襲が起こる。


「お姉~ちゃん! 仕事中に飲食は禁止でしょ!」

「し、仕方ないじゃない!! お腹空いちゃったんだもん!!」


 いよいよ姉も振り返り歯向かうが、いらついた様子を隠せない妹が舌打ちを響かせた。


 念のため確認しておくが、彼女らは高校二年生と小学五年生である。


「子どもみたいなこと言わないでよ! それでも姉か!」

「腹がへってはいくさはできぬ!! 笑心だってこの乙女の気持ちわかるでしょ!?」


「乙女ならもう少し食欲抑えてよ! だからお姉ちゃんは彼氏できないんだよ!」

「それとこれは関係ないでしょ!! 近ごろはね、たくさん食べる系女子の方が人気なんだよ!! 笑心みたいに、ほっそ~~いなんかよりもね!!」


「なにを~!!」

「なによ~!!」


 平行線を辿る姉妹ゲンカには、さすがの夏蓮たちも黙って見つめることしかできなかった。ちなみに咲の手には未だにチョココロネが顕在である。


『これ、時間かかるなぁ~……』


 両者一歩も譲らぬ戦況が続き、思わずため息を溢してしまった。夜中まで行われる可能性も否定できなく思えたが、姉妹に制裁が下る。



――「アンタたちイイカゲンにしなさい!!」



「「ギクッ……お母さん……」」


 怒声で空気を吹き飛ばしたのは、中島家の母である愉快里ゆかりだ。眉間の皺が徐々に姉妹へ近づき、夏蓮たちの目前まで訪れる。


「ケンカばっかりしてぇ~。仲良くしないと晩御飯無しにするからね!!」

「「そんなぁ~!!」」


「なら仲良くしなさい! みっともないから!」

「「ふぁ~い……」」


 一先ず場が落ち着くと、夏蓮たち三人も目を合わせて安堵あんどを溢す。よく見る光景とはいえ、未だに悩めるやり取りだ。


「三人ともゴメンねぇ。うちの、相変わらずでさ」

「いえいえ。こちらこそありがとうございました」


 すると愉快里にも微笑みが灯され、穏やかな時間が流れ始める。店内や周囲にも来客者が見当たらず、販売者側も一端の憩いが取れるほどだ。


「ハハハ! ところで、今日のパンはお口に合ったかい?」


ウチアンパンいただいたんですけど、サッパリしてて美味しかったです」

あたしはアップルパイ。甘酸っぱさのバランスが最高でした」

わたしはメロンパン。もぉ全米が泣くぐらい美味しいかったです!」


「良かった良かった! 咲と笑心といっしょに、多めに作った甲斐があったよ!」


 各々が喜ばしく答えると、愉快里も親指を立てて御満悦の白歯を放っていたが。


『……? ってことは咲ちゃん、一人で作ってないじゃん……』


 嘘が発覚した咲を横目で見つめると、眉を潜めた動揺を示していた。強張った顔も苦笑いでとどまり、呆れて物一言も言えない。


「ハハハ! それにしても、懐かしいなぁ~……」

「え……何がですか?」


 ふと笑い芽吹かせた愉快里には、夏蓮を始め梓と柚月も、また口元にチョコを塗った咲も瞬きを見せる。


 姉妹ゲンカを意味しているのか。


 はたまた、二人を怒鳴り付けることかと考えたが、中島家の母親は懐疑の真意を伝える。



「――アンタたち四人が、ここに揃ってる姿だよ。なんか昔を見てるみたいで、ジ~ンときちゃってさ!」



「――っ! わたしたちが、揃ってる……」


 改めて気付かれた夏蓮は、親友の三人に一人ずつ目を向ける。


 マネージャーとして一番最初に入部した柚月に。

 捕手として試合ができる人数を実現させた咲に。

 リリーフ投手として最後にユニフォーム姿を見せた梓に。


『確かにそうだね……久しぶりだなぁ~』


 “エミニコ☆ホームベーカリー♪”には、ときどき通っていた。しかし笹浦スターガールズを引退してからは、二人や三人で来たことはあるも、四人では小学五年生以来だ。



『六年ぶりだよ……みんなといっしょに、今ここにいるんだ』



 高校二年生としての月日は、まだまだ短いはずだ。が、この数週間は今まで以上に事が起こり、とてつもなく長く思える。



『進級したり、クラスが変わったり、新しい友だちができたり……』



 険しい道のりではあったが、現在の心境ははなはだしく心地好かった。


 四人の笑顔が並んだ丸席に、夏蓮たちは互いの喜びを見せ合う。人一倍元気が溢れるお転婆娘、優美な仕草で誘う女王様、細目の奥で嬉しがるクールビューティーに、友をとうとはすの少女が囲まれていた。



『――たくさんの人たちに支えられて、わたしたちのソフト部ができたから、長く感じるんだろうなぁ~』



「あのさ、みんな……」



 三人に向けて放った夏蓮は、メロンパンを握りながら俯く。内向的な性格で羞恥が走るが、頬の緩みを残したまま囁く。



「――これからも、よろしくね」



 夕陽に変わった橙の光に包まれた、四人の席。


「なによ今更? 当たり前でしょ」

「モグモグ……モチのロンだよ夏蓮!!」

「あぁ。これからも、いつまでも」


 その日の夕方は、普段に比べてやたらと温暖に感じた。それも程好き温度として。


「……うん!」

「モグモグ……プハァ~! 完食完食~、御馳走さんでした~!」


「えっ! 咲ちゃん、パン全部食べちゃったの!? しかも他のパンまでェェ!? わたしもチョココロネ食べたかったのにぃ~」

「ゴメンゴメ~ン! 手が止まんなくて~」


「「はぁ~……」」


 和やかに覆われた夕空の下では、六年ぶりのこだまが轟いた。いつまでも続くようにと、小さな胸内で祈りながら。

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