第41話 赤の闘争、逃走の黄色

 ぅわあ。


 うわぁあああああああ。


 ぁああああぁああああああああああ。


 僕は訳のわからないことを喚いていた。


 僕は走っていた。全力で、脇目も振らずに、ほとんど無心で。


 僕の両腕がレツさんを抱えていた。


 記憶がない。


 僕が何をして、何をされて、今、この状態になっているのか。


 覚えているかぎりでは、百田が瞳を滲ませながら、微笑んでいた。


 それから先は、無我夢中の五里霧中、深海道中呻きながら、水底の中で必死にもがいていたんだよと、朧げな感覚が訴えている。


 レツさんの大きな目は閉じられたままだ。


 なんて軽いんだ。


 あんなに豪快で、痛快で、ほんの少しだけ繊細な彼女がこんなにも小柄だったとは。


 ……畜生!


 涙が出てきそうだ。


 でも、そんな暇はないだ。


 俺は彼女を助けなきゃいけない。


「……牛乳さん!! 牛乳さん!!」


 ふと僕が校舎の中に入っていることを、渡り廊下を走っていることに気付く。


 僕を追いかけるように、怒隷狗ドレイクのメンバーが並走していた。


「レツ姐さんに何があったんです!? 教えてください!! 俺らに、レツ姐さんと牛乳さんに恩返しさせてください!! 数を揃えますから、俺らに任せてください!!」


 僕は、無礼を承知で彼を横目で見やった。


 もちろん、彼の覚悟を貶めるつもりはない。


 だけど、怒隷狗ドレイク達じゃ、普通の人間達じゃダメなんだ。


 僕の本能、左上の黄色い何かがそう囁いている。


怒隷狗ドレイクの皆さんに伝えてください。後、風紀委員にも。絶対に体育館倉庫裏には近づくなと。お願いします」


「で、でも、ですね」


「レツさんだって、きっと同じことを言うと思います。お願いします。すぐに、みんなに、早く」


「……わ、わかりました。あ、望月クンから、これをレツ姐さんに。これを渡すために俺は来たんです」


「?」


 彼は僕の前を少し先行すると、僕の抱えるレツさんの胸元に何かを置いた。


「レツ姐さんの携帯です。バッテリーパックが外れていただけで、使用には問題ないそうです」


「……ありがとうございます」


「それでは失礼します。……牛乳さん、くれぐれも自棄は起こさないでください」


「ぼ、僕が? 大丈夫、冷静っすよ」


「保健室、過ぎちゃいましたよ」


 ああああ。


 ああああああああ。


 とにかく落ち着け。落ち着くんだ、牛乳。牛乳、違うか。家路いえじCaカルシウムだ。僕は一年五組普通科、家路いえじCaカルシウムだ。


 ……牛乳の方がまだマシか?

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