第40話 赤の危機、でもピンクい

 百田が僕のことにベタ惚れで年上の手前、いっちょ一肌脱ごうじゃないかと思って段取りしてやったはいいが、あれ、あたし、牛乳のこと考えてるとドキドキすんぜ!? と気付いたレツさん、やっぱり牛乳には巨乳が似合うんだぜ!! と全部白紙撤回にやってきたのか。


 という、She’s Jum彼女はpin' Jack Flash素っ頓狂です. It's a gas, gas, gasでも、まあ、そんな美味い話はない訳で.


 レツさんは勢いそのままに木刀を振り上げると、眼前で大きく踏み込む。彼女の目は限りなく、百田、目がけて一直線だった。


「あ、危ない、レツさん! それ、マジなヤツじゃないっすか!?」


「どっけえぇええ、牛乳!!」


「いや、ダメだって!!」


 立ち昇るレツさんのすさまじい気焔に、僕はおのずと百田の前に立っていた。空気が軋んでいた。その摩擦に、ばりりと静電気が巻き起こった。その瞳は真っ赤に燃え上がっていた。


 レツさん、渾身のフルスイング by 木刀。


「と、とにかく逃げろ、百田!」


「この大馬鹿野郎がぁああ!!」


 ぎゅっとレツさんは唇を噛んだ。その叩き落とされつつある鈍重な刃を必死に食い止めようと、自らの力に抗おうと。


 でも、すでに遅かったのだ。


 僕は両腕を×させ、その衝撃を一身に受ける。両腕だけじゃ抑えきれない。ならば、この額を差し出すしかない。痛みだって? もはやそんなもの感じる余裕もない。その情報量に痛覚神経はパンクしやがった。


 とんでもねえエネルギーに上半身が蒸発しそうだ。腰から両足が塵となりそうだ。全身が原子の世界で崩壊して、虚空に飛ばされたって少しも不思議じゃない。


 知ってる? これで戦略破壊兵器じゃないんだぜ。単なる女の子の一撃なんだぜ。ビル一つ、容易に吹き飛ばせそうなのに。


 地面が双円状に割れている。ちょうど僕の左足と右足、それぞれの中心に落とされたミルククラウンのように。


 これがレツさんの力なのだ。戦隊ヒーローのリーダーで、シンプルな物理攻撃要員。


 その色はどこまでも純粋な赤。混じり気なんて許さないような。本当に彼女に相応しい色だ。


 レツさんは木刀越しに僕を睨んだ。息を切れさせながら。


「て、てめえ、ぎゅ、牛乳、無茶すんじゃねえ。……あ、あたしに本気を出させる気か」


「……む、無茶なのはレツさん、あ、あんたですよ。な、何考えてんすか」


 僕も途切れ途切れにようやっと声を絞り出す。


「い、いいか、牛乳、そいつはヤベエんだ。そいつこそ、あたし達の敵なんだ」


「じ、冗談はよし子さんでさぁね、姉さん。も、百田は、お、俺の幼なじみで生まれたときから……」


 僕は思い出したように、振り返る。我が身を挺して守ったか弱き乙女に向かって。


「てへ」


 百田は悪戯っぽく舌を出すと肩をすくめてみせた。


 すげえイラっとした。僕とレツさんの超シリアスなやりとりを馬鹿にされた気がした。


 そのナイスな尻を思いっきりひっぱ叩いてやろうか。


「い、いいから、どけ、牛乳。あんたはあたしの大事な仲間で、そいつをぶちのめすのが、あたしの役割さ」


 同時に、カチンとした。あくまで頑なであり続ける彼女。俺の方が年下なのによ。


 その巨乳を両手で揉みしだいてやろうか。


 今、この場で、二人とも同時に!!


 いやんいやんしようが、あはんあはんしようが、執拗で陰湿になってやる。


 だめよだめよだろうが、やめてやめてだろうが、有無など言わさない。言わせませんとも!!


 その淫らな思考の不意をつかれた。


 レツさんは木刀を放すと飛び上がった。正確には僕の膝から肩に駆け登った。


 超ロングスカートの中、暗い、長めのハイソックス、真っ白い太もも、象さんパンツ。


 ああ、ありですね、そういうのも、非常に希少なタイプではありますが。


 と、どうでもいいジャッジを僕の脳内審判がしている間に、レツさんは乗り越え、百田に飛びかかった。


 握りしめた右拳を振り下ろしつつ。


 僕は彼女の腕力を垣間見ている。コンクリート塀など軽く打ち破れるのだ。それが全力だとすると……。


「れ、レツさん!!」


「言い訳は保健室でするさね!! 悪ぃがこれもあたし達の仕事だよ!!」


 そして百田は粉微塵となった。


 違う。


 半分正解で半分不正解だ。


 正直、僕も何が起こったのか理解できなかった。


 僕にはピンク色の霧のようなものしか見えなかった。


 けれども、


 百田が消えて彼女の拳は空を切り、その背後、百田が再び姿を現した。ピンク色の何かとともに。


 その上、相も変わらず、世界は退屈だとばかりに溜め息をついていた。


 振り向いたレツさんの顔は明らかに動揺していた。当然、僕だってそうだ。


 レツさんも僕も身体が強ばって動かなかった。マジで動けなかった。カエルの気持ちなんか知らないが、それでも何となく通じ合える気がした。そう、蛇を前にした、哀れなカエルちゃんの気持ちが。


 百田が妖しく笑った。


「私、元気な人ってぇ好みなのぉ。……男子だろうと女子だろうとぉ」


 レツさんは僕を見る。その唇が微かに動いた。


 ぎ、う、に……?


 最期まで読み取れなかった。


 なぜならその唇を百田が封じたから。己の唇を持って。


「「!?」」


 レツさんは膝から崩れ落ちる。万有引力にその身をゆだねたかのように。


 百田が言う。


「……それでカル君は私に何の用かなぁ? 暮内くれうち先輩の用事なら片づいたっぽいけどぉ」

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