先生と黒髪美少女(その5)

 

 最近、一花いちかの様子が変だ。三人のチーム結成時には、あれほど張り切っていたのに、保健室にも現れなくなった。やっぱり調査していた魔法力消失の謎について、被害者から調査をやめてほしいと言われたことがショックだったのかしら? 


 私、川本かすみは、一花のなのだから、こんなときこそ相談にのってあげなきゃ。


 さっそく、一花を芝生広場に呼び出して様子を探ることにした。


 「ちょっと、一花。最近、元気ないね。私たちの初ミッションが中止になっちゃったこと気にしてるの?」


 「ひめ…、先輩、そのことならもういいんです。それより、もうお食事は召し上がりましたか?」


 「お食事? 召し上がり? なんか言葉遣い変だよ。本当に大丈夫?」


 心なしか、うつろな目をしてるように感じる。寝不足だろうか? 顔色も悪い。


 「えっ! あっ? ここは……? 現実……ですよね」


 そう言って、一花は、私のくちびるを人差し指で軽く触れた。


 「柔らかい、本物だ」


 「ちょ、ちょっと! 何言ってるの?」


 くちびるを触れられてすごくドキドキしているのだが、それ以上に心配になってきた。ふざけてやっているようには見えない。これはもう本格的に変だ。


 「一花! 保健室に行くよ」


 とにかく、白姫先生に診てもらおう。いやがる一花を連れて保健室へ向かう。

 

 「あら? 川本さん、藤堂さんどうしたの?」

 

 焦っている私の雰囲気に驚いた様子の先生。

 

 「あっ! エロメイドっ!」

 

 先生に向かって失礼なことを言い放つ一花。

 

 「ちょっと、誰がエロメイドよ! なんか様子が変ね」

 

 先生も一花の様子がおかしいことに気が付いたようだ。事情を説明して診察してもらうことになった。

 

 「藤堂さん、あなたどこかで頭を打ったりしなかった?」

 

 「打ってないです……」

 

 「ここがどこか分かる?」

 

 「お城……、じゃない学校の保健室です……、うう」

 

 「私が誰かわかる?」

 

 「エロ……メイ、変態教師です」

 

 「やっぱり、頭を打ったのね!」

 

 これではらちが明かないので、魔法スキャンで全身を調べてみることにした。魔法スキャンとは、病院での診断によく使うCTスキャンの魔法版でなんとなくどこが悪いのかわかるという微妙なスキルだ。

 

 一花をベッドに寝かせて、先生が手のひらをかざす。頭から足先まで手を移動させスキャンしていった。特に頭の部分で、ううん? と念入りに調べていたようだ。

 

 「うーん、どうやら記憶が混乱しているようね。あと、脳がとても疲れている状態だわ。おそらく緊張状態がずっと続いているのかも」

 

 いつの間にか、一花はベッドですやすやと眠ってしまったようだ。やはり、とても疲れていたのかもしれない。

 

 「そう言えば、前にも同じような症状の子を診察したことがあったわ」

 

 先生は、一花に毛布を掛けながら言った。

 

 「確か、ネットゲームにハマってしまった子が徹夜で何日もゲームを続けて、現実とゲームの世界がごっちゃになってしまったんだったわ」

 

 「一花もネットゲームにハマってるんでしょうか? そんな風には見えませんけど」

 

 うーん、と考え込む先生と私。

 

 「念写したらどうでしょうか?」

 

 この間、先生が、見たものを忘れてしまった生徒の心を念写したらお屋敷が映ったことがあった。あのお屋敷の謎は解けていないが、何か分かるかもしれない。

 

 「そうね、いい考えだわ。やってみましょう!」

 

 先生も私の考えに同意してくれて、やってみることになった。先生が念写に使うデジカメを持ってきた。さっそく一花にレンズを向けて呪文を唱える。

 

 「コルメーンス、ベヴァイス、映せ心の鏡よ」

 

 カシャとシャッター音がして写真が撮れた。液晶画面で写真を確認してみる。画面が小さくてよく見えないが、何人かの人物が映っているようだ。拡大してみるためにノートパソコンに繋いでみた。

 

 「あっ、これ、川本さんじゃない?」

 

 写真のほぼ中央にブルーのドレスを身にまとった少女が映っている。少女の顔は紛れもなく私の顔だ。少女の前にはひざまずく三人の女性がいる。後ろを向いているので顔はわからないがメイド風の服を着ており、一人は金髪だった。

 

 「私、こんな格好したことありません。合成でしょうか?」

 

 「いや、これは、藤堂さんが実際に見たものなの。合成ではないわ」

 

 ――コンコン、保健室のドアがノックされた。

 

 「藤堂さんを見ててね」

 

 そう言って先生は、ベッドサイドのカーテンを閉めるとドアへ向かった。

 

 「失礼いたします」

 

 常闇とこやみさんの声だ。

 

 「こちらに、川本さんいらっしゃいますか?」

 

 「ええ、いるわよ。どうしたの?」

 

 「実は、川本さんたちが調べていた事件のことで見てもらいたいものがありますの」

 

 見てもらいたいものって何だろう? 気になった私はカーテンをくぐって外に出た。

 

 「どうしたの? 常闇さん」

 

 常闇さんは、ちょうどカバンの中を探って何かを取り出そうとしているところだった。

 

 「あ、あったあった、これですわ。この写真を見て下さる、あっ!」

 

 常闇さんが指を滑らせ、写真がひらりと床に舞い落ちた。先生と私は落ちた写真を拾おうとして駆け寄り、写真に手を伸ばす。ふわっとした感覚があった。足元の床に黒い穴が開いているのが見えた。

 

 「えっ?」

 

 声を上げる間もなく、先生と私は暗闇のなかを落ちて行った。

 

 

 ゆっくりと目を開ける。石の冷たい床の上に座っているのがわかる。明かりはロウソクだけで薄暗い。私がいるのは石の壁に囲われた狭い部屋で目の前は鉄格子になっている。

 

 「私、閉じ込められてる?」

 

 ここは、どうみても牢屋だ。それにしてもどうしてこんなところに来たのか? 先生や常闇さんは? 部屋の中にいるのは私ひとりだけだ。


 コツコツコツと、足音が近づいて来た。やって来たのは、常闇さんだ。


 「手荒な真似をしてごめんなさい、川本さん。驚いたでしょう。もうしばらく我慢なさって、もうすぐ終わりますから」


 「常闇さん! ここはどこなの? 先生は?」


 「ここは、私が創造した世界、仮想現実空間ですのよ。リリスドリームっていいますの。先生には後で会えますわ」


 創造した世界……、リリスドリーム? いったい何を言ってるの? 常闇さんって一体何者なの? 頭のなかがぐちゃぐちゃになりそうだ。


 「私と先生をどうするつもり?」


 ありきたりな質問しか出来なかった。


 「川本さんには、私と一緒に兄のところへ来てもらいます。先生はどうしようかしら? 兄のお気に入りだから、いなくなったら悲しむかしら? では、準備があるので失礼しますわ」


 そう言い残すと、常闇さんは立ち去ってしまった。状況は今一つ飲み込めなかったが、ピンチに陥っているのは確かなようだ。


 常闇さんの口から出た不吉な言葉


 先生がいなくなったら……そんなのいやだ。


 まってて先生、必ず助けるからね。

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