先生と黒髪美少女(その4)


 私の兄、ルシファーには困ったものです。いつもちゃらちゃらして、不真面目で、魔界の王としての自覚が足りないと思いますわ。ライバルのアスタロト復活が近いという情報がもたらされたと言うのに、焦るわけでもなく相変わらず、女の人の後を追っかけてます。全く、何をお考えなのでしょうか?

 

 「なあ、リリス。お前、勉強ばっかりして息がつまらないのかい。少しは息抜きしないとだめだぞ」


 机に向かって作業をしていた、私を見つけたルシファーお兄様が声をかけてきました。

 

 「お兄様、余計なお世話ですわ。お兄様のように息抜きばかりだとダメ人間いや、ダメ悪魔になってしまいますわ」

 

 「相変わらず、口が悪いなリリスは。そんなことだと彼氏もできないぞ」


 デリカシーのないお兄様のことは無視しておきましょう。私はいま、重要な計画を考えている途中だったのです。頼りにならないお兄様に代わって、私がお兄様を世界の王にするための計画です。

 まずは、魔法力の確保です。ライバルであるアスタロトは強力な魔法力を持っています。対抗するには、彼女を上回る魔法力を手に入れなければなりません。 

 昔は武力で物事を解決していたようですが、今の時代、戦って決着をつけるのはあくまでも最終手段です。現代におけるパワーとは経済力なのです。


 効率的に魔法力を集める手段として、私が考案したのが仮想現実サービス「リリスドリーム」です。顧客に望みの仮想現実世界を体験してもらい、料金を受け取るというシンプルなビジネスプランですが、形にするまで結構苦労しました。

 

 兄の名前を勝手に使って、優秀な魔導士に仮想世界のデザインをしてもらったり、保守点検のスタッフを雇ったりいろいろ大変でした。それでもようやく準備が完了して人間界に行くことになりました。


 なぜ人間界に行くのか? 


 疑問に思われたかもしれませんわね。兄の当面の脅威であるアスタロト復活を阻止するためです。アスタロトが、人間の小娘に封印されているらしいと言う情報から、その小娘を確保する必要があると思いました。


 人間の少女「常闇とこやみりりす」として、目標の小娘「川本かすみ」が通う学校に潜り込むことが出来ました。魔法少女と呼ばれる魔法力を持った少女たちを、リリスドリームの顧客として取り込みながら、川本かすみを魔界に連れ去る機会を伺うことにしたのです。


 人間の小娘たちの関心は恋愛にあるらしく、リリスドリームで提供する世界もそのほとんどが、理想の恋愛体験を求めるものでした。正直言って、私には全く理解出来ません。そんな低俗な感情に支配されて、貴重な魔法力を支払うなんて愚の骨頂でございますわね。


 あらあら、お客様のことをそんなに悪く言ってはいけませんでしたわ。ただ、私はもっと尊いことのためにこの身を捧げる所存ですの。


 ――お兄様のために


 勘違いされないでください。別にお兄様のことが好きとか、そんなのではございませんの。ただ、私が付いていないと、やる気のないお兄様はダメになってしまうから、仕方なくやってあげてるだけです。


 だいたい、お兄様ったら事あるたびに「エヴァちゃんがさー」、「エヴァちゃんってやべーんだよー」、「なにしてんのかなー、エヴァちゃん」と、エヴァちゃん、エヴァちゃんうるさいんですの。あのド天然メドューサのどこがよろしいのかしら? 近くにこんなに可愛い妹がいるのですから、十分でこざいませんこと。


 ともあれ、人間界に渡った私は転校生として、川本かすみのクラスに潜入しました。アスタロトが封印されてるらしいというので、どれだけひねくれた性格の小娘なのかと想像していたのですが…… 実際の川本さんは、だれにでも優しく親切でそれでいて、こちらの心をかきみだすような危うさをあわせ持ったでした。


 その小悪魔は、慣れない人間の学校で寂しい思いをしていると絶妙のタイミングで声をかけてきます。すぐに学校の中をいろいろ案内してくれました。夕陽を背にして彼女を振り返った時に一瞬だけ観音菩薩かんのんぼさつが見えたような気がして驚いてしまいました。彼女も驚いたような表情を浮かべてましたけど、何か見えたのでしょうか?

 

 町のあちこちに私のお屋敷に誘導する空間転送口ポータルを設置して顧客の来店を待ちます。一定の魔法力でスクリーニングをかけて無関係の人間が入り込むのを防ぎました。誘導されてきた魔法少女達にそれぞれの願望に応じた仮想世界を構築して楽しんでもらいます。初回はサービスとして無料とし、二回目に来店した時点で有料サービスに移行するかどうか選択してもらいます。ほとんどの少女が有料サービスへの移行を選択しリピーターとなっていきました。

 

 しばらくして、藤堂一花いちかという少女が来店しました。偶然にも、川本さんの知り合いだったようで、私と川本さんが同じクラスということを知っていました。話をするうちに、彼女が川本さんに心酔していることに気付いた私は、彼女が小悪魔と二人だけの世界を堪能たんのうできるように世界を設定し、リリスドリームへもぐりました。

 

 初回は、次回への期待感が高まるタイミングで終了させました。ここまでは順調だったのですが、想定外のことが起こりました。藤堂さんは、私の顧客たちが魔法力を失ったことについて調査していたのです。私は、選択を迫られました。あくまで知らないとしらを切り通すのか、事実を伝えて説得を試みるのか。この場で彼女の口を封じるという手段もあったのですが、彼女は私の大事なお客様です。お客様に危害を加えるのは私の流儀に合わなかったのです。

 

 考えた結果、正直に話してリピーターたちの記憶を戻すことを約束しました。嘘をつけば、疑念を感じた藤堂さんがサービスのことを学校に報告してしまい、活動を継続出来なくなる可能性がありました。なにより私はリリスドリームのクオリティに自信をもっていたので、記憶を取り戻した少女達、そして藤堂さん自身もサービスの継続を望むと思ったからです。

 

 結果は、吉とでました。記憶を取り戻した生徒達は、リリスドリームの継続を望み、調査の中止を申し出てくれました。藤堂さんも彼女達の意向には逆らえず、学校に報告はしなかったようです。私は、決心しました。もっともっとサービスの質向上を目指して努力しようと。もっともっとリピーターを増やして魔法力を稼ごうと。ただ、料金が少し高すぎたかもしれません。基本の料金をもっと抑えていきましょう。いや、基本は無料でいいのかもしれません。その代わりにレアな体験ができる設定がくじ引きガチャで当たるようにしたらどうでしょう。くじ引きをすればするほど当たる確率が上がるのです。これで彼女達はもっともっとサービスを楽しんでくれることでしょう。……決してパクリではございませんわ。

 

 あら? またお屋敷に誰かやってきました。わっ、藤堂さんです。やっぱり、リリスドリームを気に入って下さったのですわ。さて、今日はどんなサービスで楽しんで頂こうかしら? くじ引きで当たれば、かすみ姫に〇〇なことや××なことが出来ましてよ。

 

 ええ、安心してお任せください。なにしろ私は「夜の魔女」リリスなのですから。


 


 

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