第十九回 声優ラジオのウラオモテ(二月公/電撃文庫)

 お久しぶりです、という挨拶がどの程度の方に受け入れられるかはわかりませんが、少し書いてみたくなり戻ってきました。

 前回が2019年、5年前(!)ということで、その間にずいぶん社会情勢も変われば個人的な状況も大きく変わりまして、仕事が給料微増で責任たんまりとなりました。端的に申し上げれば、脂っこいファンタジーを受け付けがたくなってしまったのですね。

 宮崎駿が紅の豚を「疲れて脳細胞が豆腐になった中年男のための、マンガ映画」と称しましたが、そんな中年に自分が成ってしまったという訳です。豆腐になった中年男の脳細胞には、どうにも脂っこい肉は胃もたれならぬ「頭もたれ」がします。全然ダメですね。

 前置きは長くなりましたが、声優ラジオのウラオモテ、第26回電撃小説大賞を受賞した作品です。高校生ギャルである佐藤由美子は元気いっぱいさわやかキャラのアイドル声優で、芸名は歌種やすみ。事務所には新人声優として推してもらっていたけれど、デビューから少したって取れる役も少なくなってきた。少ない中でやってきた待望の仕事はラジオ。相方は同じ高校生声優の夕暮夕陽。やすみとは違い今伸び盛りでたくさんの仕事を抱える、清楚なイメージの人気声優だった。何で自分がと思いつつもラジオ局にいるとそこには見知った顔、水と油で喧嘩しかしたことのない同じ学校同じクラスの根暗女、渡辺千佳がそこにいた。かくして「夕陽とやすみのコーコーセーラジオ」は、ギャルであることを隠した佐藤由美子と、陰気な性格を隠した渡辺千佳が無理無理にキャラを作って、同じクラスの仲良しどうしを装うという、いびつなラジオとなりました。一体いつまで続くやら。

 本作は歌種やすみと夕暮夕陽の関係性に大きくスポットが当てられています。「コーコーセーラジオ」では声優としてのキャラクターを装っている二人(ある事件を境に素のキャラで話し始めて、そこからが本作は面白いのですが、それは読んでみてのお楽しみ)、ラジオではとても仲良しなのを(わざとらしく)装っていますが、ラジオが終わるとお互いを罵ってばかり。仲は良くない、最悪だと公言してはばからない二人ですが、その実、お互いの演技についてはとてもリスペクトしています。巻を追うごとにその気持ちは増していき、喧嘩は相変わらずするけれども、お互いを「相方」と渋々ながらも認めていきます。

 ああ言えば彼女はこう言うだろう、ああすれば彼女はこうするだろう、という信頼がお互いにあります。二人で山を越え、二人で危ない橋を渡り、二人で笑いあった間柄、周りから「相方」と言われると露骨にしかめっ面になって相手を罵倒する言葉をしゃべりますが、実はお互いを尊敬してやまないのです。安い言葉で言えば百合喧嘩ップルというやつです。小学生男子が好きな女子をいじめちゃうやつです。それでいて実はお互いのことをリスペクトしてやまないのだから、本当にかわいい関係性です。彼女たちの周りの人たちが、二人の喧嘩を生暖かい目で見ているのもよく分かります。

 本作はいわゆる仕事モノに分類されます。「声優ラジオ」と銘打っていますが、最初の方ではラジオについての、少し後になってくると声優の仕事としての話が混じり始めます。1・2巻あたりの話は声優ラジオを題材とした特有の話ではあるんですが、「声優ラジオ」の仕事を基にした話であるかというと、ちょっと違う気がしています。いわゆる「身バレ」を大きく取り扱ったストーリーなので、アイドルとか、作家とか、そういう他の仕事でも起こりうる出来事を題材としていました。それが3巻になってぐっと「声優」と「ラジオ」に根差した作品となり、仕事に対する解像度と面白さがグッと増しました。本作は前述したように新人賞の受賞作品なので、それまでは作者が外から推察するしかなかったことが、受賞して出版社とツテができたことで、現場に取材ができるようになったからではないかと推察をします。なので、ちょっと1。2巻は仕事モノとしてはとっつきづらいと思うんですが、3・4巻あたりまで読んでもらえると、魅力が伝わるかなと思います。

 主人公二人の関係にこれまでスポットを当ててきましたが、二人を取り巻く仕事仲間にも魅力的なキャラがとても多いです。特に、主人公二人を大嫌いだと公言する柚日咲めくるはとてもとても魅力的なキャラクターです。作品中で、歌種やすみはまだ発展途上の声優で、壁にぶつかる彼女の苦悩が作品中で描かれ、場合によっては読者にストレスを与えてしまうかもしれませんが、彼女ともう一人、夕暮夕陽が好きで好きでたまらない後輩の高橋結衣の存在が、一種の緩衝材のような働きをしているところが実に巧みです。

 「疲れて脳細胞が豆腐になった中年男」な私が太鼓判を押してお勧めできる作品です。ケンカップル百合は尊いと思う人はぜひにどうぞ。

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蔵書2000冊から選ぶ、独断偏見ライトノベル書評 すぎ @kafunsugi

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