VERSION 1.2

 警報が鳴ってはじめて、見上げた空に雲一つないことに気付いた。そう言えば今日の天気予定は快晴だったっけ。あと何回この空を見られるのかしら。マリは家の中に戻ることも忘れて抜けるような青い空を見つめていた。

 あと何回目の警報でパパやママと分かれなくちゃならなくなるのかしら。あと何回学校に行けるんだろう。最後の警報はいつになるのかしら。学園祭が終わった後がいいな。あの後夜祭の花火、も一度だけ、見ておきたい……

 やがてマリは視線を地上に落とし街並を見つめる。小さな街、アクアプラに昼の光が注いでいる。この美しい街並にも、緑の並木にもあと何回……

 思うだけで涙が溢れた。警報が頻繁に鳴るようになって思いがけないペシミズムに襲われる度にマリは自分が嫌で仕方がなかった。皆はそれでも前向きに生きていると言うのに……

 号令が発せられたのはその翌日。もうマリは泣くことはなかった。もう号令は発せられてしまったのだから。諦めるしかないのだから。

 柔らかな色彩に街を染めながら夕陽が落ちてゆく。朱に染まった街は明日を予期するように毒々しく輝いていた。そう、まるで燃えているかのように。

 きびすを返して郊外の自宅へ向かう。こんな朱でなく暖かい赤が見たい。そう、お家に帰れば温かな御飯をママが用意してくれてるはず。大事な大事な瞬間だもの。嫌な事なんか忘れるの。

 マリは楽しかったことをひとつひとつ思い出しながら家路についた。

 暖炉を背にしてパパが古ぼけた食卓について、夕げが始まる。何の変わりもない。ほら、何も起こらない。全然今まで通りじゃない。そして、これからも。

 逃げられないなら覚悟してしまおうとさえ思ったけれど、これなら平気よ。

 ほら、もうじき食事が終わる――――。


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