7-2 楽しい人生が誰かの役に立つのなら

 ハローハロー

 というのももうなにかおかしいですが、俺は今、俺の精神の中にいます。

 いや、実際には俺の精神ではない可能性もあるのですが、もうそのへんについてはどうでもいいです。重要なのは今からなので。


「いや、どういう意味だよ?」


 俺の『なぜ俺を選んだのか』という質問に、リータは不思議そうな顔をしてそう返してきます。


「どうもこうもないですよ。リータはどうして、俺をこんな異世界に連れてきて、その身体を乗っ取ろうと考えたのか。それがなぜ俺、阿柄コウだったのか。それが知りたいんです」


 リータはまだなにか俺を冷やかそうとしていましたが、俺の真剣な顔つきを見て口を閉ざし、静かに、少し考え込みます。

 リータが黙ると、この無の世界もまた何もなかったかのように無に包まれます。

 やはりここはリータの世界なのでしょう。

 やがてその世界に少しずつ揺らぎが生まれ、そして、リータがその答えを口にしました。


「楽しそう、だったからだよ……」


 普通の世界では聞こえなさそうなくらいか細い声で、そのイフリートはたったひとことそういいました。

 楽しそう。

 なんか意外な答えでしたね。


「あー、なるほどね。わかる、わかるわー」


 しかもサラまでよくわからない同意をしています。

 なんですか、楽しそうって。


「魔神が3つの願いを与える相手ってのは、基本的に冴えない人生を送っているやつだ。そいつに希望と絶望を与え、その落差を糧とする。それはなんとなく察しが付くよな?」

「まあ、そうでしょうね」


 それはなんとなくわかります。そして俺もまた、そんな冴えない人生の一人だったはずですよ。


「オレもまあ魔神だからな。ターゲットを見繕うのに色々見て回ったし、その際にいくらかそいつらの精神を覗いたりしてたわけだ。で、見つけたのがテメエだったんだよ。いかにも冴えない人生のくせに、ことあるごとになんか頭ん中でハローハローとかいいながら見たものについて語っててさ、世界を楽しそうに見てやがる。正直にいえば、オレも見たかったんだよ、その世界を」

「いや、ちょ、ちょっと待ってください?」


 声が裏返りそうになります。

 確かに普段からこうやって実況というか感想というか、そういった事を考えながら生きてはいましたが、それを覗かれていたってどういうことですか?

 もしかして、今も……?


「あー、その顔、今も心を覗かれてるんじゃねーかとか思ってるな?」

「図星です」


 そりゃそうですよ。心が読めなくてもわかるでしょう。

 

「ま、心配すんな、アレはかなり集中がいるからな。そうそう簡単に見たりすることはできねーよ」


 ケラケラとリータは笑っていますが、どこまで信用できるかわかったものではありません。そもそも根底から騙され続けていたわけですからね。

 まあそれでも、俺はこの語りを止めることなんていまさらできないわけですが。


「で、どうなんだよ、満足したか?」

「まあ、それなりには……。ショックのほうが大きいですけどね。それで、これからどうするんです? 俺を生かして脳内かどこかから眺めているんですか?」


 自棄を起こしていないといえば嘘になりますが、まあ、死んだ後のことなんて知ったことではありません。リータに見られながら生きるということを知れただけでも良しとしましょうか。


「そうなるはずだったんだが、いろいろ計算が狂ってな。そもそも、なんでテメエはオレのことを思い出しちゃったんだよ」

「それはもちろんアタシの力よ!」

「あ?」


 待ってましたとばかりに、横で聞いていたサラが声を挙げました。

 リータもロクでもない奴ですが、こいつもまあ、間違いなくロクでなしでしょう。


「アガラくんのをさせてもらった時に、ちょっと細工させてもらったのよね。この魔力人形ホントによく出来ているけど、だからこそ単調すぎて、アタシにも弄りやすかったってわけ」


 こいつもこいつで人の身体をなんだと思っているんでしょうね。

 まあしかし、そのおかげでこうやって一つ大きな忘れ物を取りに来ることが出来たわけですが。


「その点については感謝しますよ。こうやってもう一度リータと会えて、その企みも知れて、これで俺のするべきことも決まりました」

「するべきこと?」


 リータも、サラも、俺を怪訝そうに見つめてきます。

 俺自身、この考えは今この瞬間にパッと浮かんだことで、果たしてそれでいいのかはわかりません。

 でもいいじゃないですか、それでこその俺です。


「もっともっと、異世界や、そうでない世界の旅を続けましょう。いいですよ、魂くらいいくらでもあげますよ。でも俺一人じゃなくて、リータ、君も一緒に行きましょう。一緒に生きましょう。そのほうがきっと楽しいはずですからね」


 それが俺の答えです。

 もちろん、リータはその言葉で面白いほど表情を二転三転させます。


「はああぁぁ? なんだよそれ、テメエ正気かよ!?」

「正気かどうかはもう最初の願いの時点で判断しておくべきだったんじゃないですかね。3つの願いの最初の願いじゃないですか、『異世界を快適に旅する』って。そして3つ目の願いは『もう一度繰り返す』です。魂が欲しいなら、この契約には従ってもらわないと」


 そんな契約が今も有効なのかはわかりませんが、言うだけならタダです。

 それを聞いて諦めたのか、リータは頭をかき、大きく大きくため息を付いて首を振ります。


「わかったよ、オレの負けだ。願いの契約を持ち出されちゃ仕方ない。でも、それには1つ、いや、もういくつかの問題がある」

「問題?」

「まず1つ目だが、そうなるといよいよ、本当にテメエの本物の方の身体が必要になるんだよ。この魔法人形じゃなくてな」


 ああ、なるほど……。

 そもそもの旅の目的はそれでした。長旅になるならもそれ必須でしょう。


「で、もう1つは、まあ、テメエの後ろを見りゃわかる」


 後ろ?

 ああ、なるほど……。


「アガラ君、その旅、アタシも同行するからね」


 サラは、まるでそれが当然のことであるかのようにそう言ってのけます。

 リータはいかにも不満げな表情を作っていますが、彼女の方からなにかを言うつもりはないようで。


「わかりましたよ。お好きにどうぞ……」


 断る口実を見つけられず、結局俺の旅の同行者を増やすことになりました。

 まあ、見目はいいですし、さぞかし華やかな旅となることでしょう。


「そうと決まれば、身体の方をなんとかしないとな。なーに、安心しろ、本当はどこの世界に本当の身体があるのかはちゃんと覚えているからな」

「ないわよ、そこに」


 自信満々に騙していたことを暴露したリータでしたが、サラの言葉であっという間にそれを崩されます。


「アンタたちも見たでしょう? あの工場。アガラくんの本当の身体は、ヴァイルが回収して行ったのよ。異世界人の肉体はいろいろ貴重だからねえ」


 なるほど、考えてみれば量産をするならオリジナルがあるはずです。

 結局最後まで、あの野郎との因縁は切れないままでしたか。


「よし、最初の旅の行き先は決まったな。じゃあ早速、あの青タイツ野郎をぶちのめしに行くとするか」

「『2つ目の願い』もありますしね」


『奴と奴の世界を徹底的に破壊してください』


 そんな物騒な願いを叶えるため、俺達はもう一度、あの世界に行くのです。

 今度は真正面から、堂々と。

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