連合都市世界(5)

7-1 誰もいない部屋の窓辺から人生の最期が始まる

 ハローハロー。

 窓外に広がる景色は、色とりどりの石と硝子ガラスの建築物に覆い尽くされた街、屋根の荒野と道の川、そして垂直にせり出した無数の尖塔によって造られた世界です。

 俺、阿柄コウはそんな『連合都市世界ギルドシティ』と呼ばれる異世界の、街が一望できる高層住居塔の一室におります。

 そして、そんな窓の手前のベッドの上には今は誰もいません。

 この部屋の主は不在なのです。

 荒らされた形跡はなく、最後のこの部屋を出た時から変化の見られない部屋。

 それがこの部屋の主が戻っていないことを如実に表しています。


「あのイフリートならここにはいないわよ」


 普段この部屋で俺が座っていた椅子には今、別の美女が座っています。

 サラ・マー。

 いつもの例の青いタイツに、やる気と覇気のない顔。しかし今日のその表情は、それに加えてなにか寂しそうでもあります。


「なんであなたがここにいるんです?」

「もちろん、君を待っていたのよ、くん」


 そう言いながら微笑みかけてくるサラの顔は、やはりどこか堅さを感じさせるものです。元々そこまで交流があったわけでもないのですが、それでもその不自然さは目に付きます。


「まあ、アタシもあのイフリートに恩がないわけじゃないんだけど、アタシの目的はあくまで君よ」

「はあ……、俺になんの用があるんです?」


 正直、この状況でそんなことを言われても嫌な予感しかしませんが。


「知ってのとおり、アタシはあの故郷の世界から逃げて来て、しかもあのイフリートが大暴れしてくれたもんだから、もう帰る場所がなくなっちゃのよ。それで、これからは君の世界にお世話になれたらな、と思ってね」

「はあ?」


 この状況でなにを言い出すのでしょうか、こいつは。

 とはいえ、それはあくまで言葉だけでしか無いのは表情からも丸わかりです。

 彼女の本当の目的は、彼女自身が口にしました。


「そのためにも、まずはアタシの身の安全を確実なものにしておきたいわけ。だからまずはここに来て待ってたんだけどね」


 サラは無人の部屋を見回します。

 もちろん、そこにリータの姿はありません。

 しかし、どうやらサラの目的は微妙に違うようで。


「じゃあ、早速あのイフリートを迎えに行きましょうか。アガラくん」

「迎えに? どこにいるかわかっているのですか?」


 サラの言葉に驚きを隠せなかった俺ですが、どうやらそれは部屋の入口でずっと様子を見ていたイフネも同じようで、これまでのすました顔を崩して目を見開いています。


「もちろんよ。じゃあ早速ここに横になってくれる?」


 サラはそう言いながらポンポンとベッドを叩きます。

 え、もしかして。

 などという淡いアホらしい期待はなんか前にもありましたね。

 そんなことは置いておいて、とりあえず言われるがままベッドに横たわります。


「はいじゃあこれを持って、右手を上げて」


 左手にランプを渡され、右手は天井に向けて突き出します。

 その右腕手首をリータが掴み、腕が潰れそうなほど強く握られます。

 同時に、手首を覆うように強い熱を感じます。

 熱の元は、そう、あの白い腕輪。

 もはや付けていたことさえ忘れていた、リータの用意した腕輪です。

 でも、なにかがおかしい気がします。

 しかしそれがいったいなんなのかを考える暇もなく、右腕の熱はさらに温度を上げ、左手に持ったランプも同じように熱さを持ってきます。

 

「それじゃあ、行きましょうか」


 言いながらサラは左手のランプを触れ、その瞬間、俺は自分の身体がランプと腕輪を残して崩れ去っていくことを感じていました。

 あ、そうか、腕輪は左腕にあったはずなんだ。

 その違和感のおかげで、俺が最後に見た光景は一緒に崩れ去る左腕の腕輪になったのです。



 いつの間にか世界は 目の前は黒とも白ともいえない世界になっていました。

 音の無い世界。

 そもそも地に足がついてさえいない世界。

 ただただなにも無い世界。

 あの無へと戻ってきたのです。

 しかし、今度はそんな無はすぐに終わりました。


「おいおいおい、テメエがここに戻ってきたら契約不成立になるだろうが」


 無が崩れ、そこに立つ一人の美少女。

 彼女の名前はリータ。俺がこんな事になった原因にして諸悪の根源です。


「リータ? なぜここに?」

 

 ここはそもそもどこなのか?

 それさえもわからないのですが、それでも、ここに俺以外の存在がいる事自体がおかしいのです。


「あ? なぜって……なあ、……まあもういいか。テメエが自分だと思い込んでいたその身体、それがそもそもだよ」

「は?」


 ちょっとよくわかりません。

 そもそもこの身体は、《連合都市世界》の魔法技術によって造られた、水路に打ち捨てられていた空っぽの魔術人形だったはずです。


「考えてもみろよ。あんな自室を持っている世界に飛ばされて来た時点でこっちが気が付かないはずないだろ。最初から、だったんだよ」


 なにか、いろいろなものが一気に崩れ去っている気がします。

 じゃあ俺はいったいなんなのでしょうか。


「な、なにが目的でそんなことを……」

「そりゃ3つの願いを叶えさせるために決まってる。魔神の目的はいつだってそれしかないだろ。そしてようやくそれが達成された、はずだったんだがなあ……」


 確かに、願いは3つ全て使い果たしました。

 それによってなにがどうなるのかはわかりませんが、まあ、大抵の場合は良くないことでしょう。

 しかし、なにが起こったのか俺にはわからないままでした。


「テメエの願いが叶って、オレはテメエの中に入り込んだんだ。そして後はテメエが死ぬのを待って、そのまま魂をいただく。まあ別に急ぐ必要もないから、あとは適当に生かしておけばいいと思っていたわけだが、これで台無しだな」

「いやなぜ、なんでいまさらそれを、そんなことをバラすんですか……!」


 知らなければ、安息のままで終焉を迎えていられたものを。


「なんでって……、そりゃテメエの後ろでものすごい形相でこっちを睨んでいる奴がいるからだよ」


 呆れたようなその言葉ですべてを察します。

 ここでは後ろを向くという概念すらありませんが、それでも、そちらをということはできます。

 そこに立っていたのはもちろん、俺をここに連れてきた張本人、サラ・マーです。


「そんなわけで、アガラくんを返してもらいに来たのよ、この性悪イフリート」

「あ? お前こそ後からしゃしゃり出てきたくせになに言ってんだ? だいたいこっちはお前が現れるよりずっと前にこいつと契約してるんだよ。さっさと帰れって」

「帰る場所がないからここに来てるのよ! あんたの加減知らずの魔法とヴァイルの『世界停滞』のおかげで、私の計画はもう滅茶苦茶よ」

「あ? お前、あそこから出るって言ってたじゃねーかよ!」

「確かな護衛と他に行く宛があったからに決まってるじゃない!」


 自己のアイデンティティの危機を迎えている俺を尻目に、2人の美女と美少女が口喧嘩を続けています。

 とりあえず、人の精神(それともこれもリータのものということになるのでしょうか?)の中でそういったことは止めていただきたいものです。

 なんかこんなもの見せられたら、なんか色々とアホらしくなってきましたね。


「あー、えっと、リータさん。一つだけ聞いてもよろしいですか?」


 なんか衝撃的真実のせいもあって思わず敬語になってしまいます。


「あ? なんだ、そんな急にあらたまって」

「そりゃあんな話を聞けばあらたまりもしますよ。まあそれはいいです。それで質問なんですが……、なぜ、俺を選んだんですか?」


 偶然だというなら偶然で構いません。

 俺はただ最期に、俺がこうやってこの魔神に魅入られ、彼女と異世界を旅することになったのか、その理由が知りたかったのです。

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