エピソード5 平和という頑強なシステム (#1~#5)

#1 今と終わりの始まりと、そして……




 世界は疫病に罹患したような正常さを失い、ヒステリックに時の政府を攻撃しているニュースばかり伝えています。 マスメディアとは気楽なもので、とりあえずカメラを構えて映る要人の映像をおさめてもっともらしいコメントをつけて電波に乗せればできあがりなわけで、テロリストが核を使ったという現実の解決策やら予測やらについて、それも適当でもっともな学者やらジャーナリストやらを連れてきて、不安感を掻き立てスポンサーをつける、という古典的なビジネスモデルから脱皮できずにいました。識者はその特権を活かして問切り型で視聴者の不安感を掻き立てるコメントを喋らせていいわけです。しかしこの“テロリズムと国家の戦い”という数十年続け、未だその根本的な解決策に至らない明瞭な解決策などを提示する責任がありません。この複雑な世界の連立方程式は、あらゆる人種、民族に突きつけています。最も冷静でなければならぬ為政者をも、差し迫った危険を自覚できず、これまた有権者に威勢のいい言葉を巧みに使ったポピュリストと化した無礼な振る舞いは、さらに問題を複雑にしました。誘惑に負けてパンドラの箱を開けてしまった代償は爆発的に跳ね上がり、残った言葉は「希望」という気休めにもならない言葉でしかありません。


 もはや言葉で解決できないところまで来ました。それは怒りを増悪させるばかりで、人々は解きあぐねた心を掻き乱し、あらゆる人種や民族はお互いがお互いを侮蔑し、おなじ国民でありながらも、民族や信仰が違えば激昂し、独立運動に拍車がかかる、といったメカニズムを止めることは出来そうもなさそうです。

 ニューヨークにある国際合ビルの総会での質疑応答のさなか、何者かが発砲して数十人の国連大使を殺害した事件が起きました。その後その男はこめかみに銃口を突きつけトリガーを引く衝撃の映像が全世界に配信されました。その映像の中で何者かが「よくやった」とかいう音声をマイクは拾ってしまい、この声の主は誰か、不謹慎では済まされない、すごい勢いであらゆる言語に翻訳され、世界中のニューステロップにペーストされは、さらに増幅されては不毛な論争が堰を切って始まりました。世界平和を声高に主張するものは、危険な人物で排斥せねばならないという共同コミュニケを発信して世界平和を訴えるや、主に庶民的階層にいた連中は、特権階層にいるインテリは所詮我々を救いはしない、と特権階級の横暴を批判する言葉としてこの声の主を支持しました。この単語を使い実に煽り立てていたのは、多くのテロ組織集団や過激な民族主義者、そして原理主義を説く宗教指導者やその信者でした。

「国際連合」という組織はその機能を失い始めました。




#2 アンバランス・オブ・パワー




 被害の状況から十五キロトン相当の威力で広島型原爆に相当する威力だということと、どうやら小型の核爆弾らしいという見解を、ノーベル財団にいた由緒正しい委員が悲しみと怒りを押し殺した表情で語り、そしてその場をたちました。「世界中に赤い雨が降り」という名の詩を創作しアップロードすると、感銘を受けた数ある文学賞を受けた作家たちが先頭に立ち有識者をも巻きこんで核兵器の使用を自制をするよう促して、その他のNGOや非営利組織の代表者も緊急スピーチを発しました。各国政府は公式・非公式を問わずこれを無視し、網の目を張り巡らしテロリストの特定を急ぎましたものの、空振りするばかりの日々が続きました。


 そんな中、日本人のとある科学者が、この大きさの核兵器は先進諸国でしか作れない、という旨の見解をその、研究機関と研究者を名指しで発表しました。この結果報告に各国政府は驚愕します。一見何の変哲もないこのリストに、アメリカ政府はこの報告に猛烈に非難を浴びせました。日本政府は尻ぬぐいに躍起となり、そしてこの国立大学の教授は免職させてしまいます。ここに噛みつくジャーナリズムは皆無で、ツイートばかりが増えていくのですが、ようやくアメリカのずぶの映画監督がユーチューブで語り始めます。

「これはどういうことなのか。どうやら金儲けのうまいどこかの国家元首は、きちんと厳重に保管されているはずの情報を、高い値段で売りつけたらしい」

 超大国の国家元首ですら自国の安全保障のモラルをも崩したこの事態に、いったいどういう事なのか、と世界中の眼がアメリカの国連大使に詰め寄るや、沈黙を続けやがてその大使は国連本部から大使を召還させました。その後ほどなくアメリカは国際連合からの脱退を表明します。この事態で世界は未曾有の大混乱に陥ります。




#3 平和の証明(あかし)




 アイドルユニットのひとりが、キュートな制服のような服装で、軽やかなステップにのせて、ラブリーなダンスとアップとロングのカメラワーク。そしてスプーンを口まで運び、そのあどけない表情の娘はにっこりと甘い表情の笑みを浮かべ、


「今だけ!」

と頬に手を添え、口に持ってくると唇をつぼめてカップにキスをしていました。

 CMが終わると番組が再開されました。


 先進国の「民」は恐々とするしかありません。世界中の政府機関が必死に捜索しているのは当然です。テロリストがついに「核」という武器を手に入れたのですから。「国家」の安泰よりも身の安全を図る先進諸国の「傲慢」な民は、「国家の尊厳」などという論調に取って返して豹変しました。政府への暴動は激しくなり……

……と卒のない論文めいた原稿を私は丸めてごみ箱に抛り削除をクリックしました。

 私はみんながもっと動揺して、学歴のなんのと役にも立たない動揺を、クーデターのような動乱を、そして怒りをたぎらせて血と汗と拳で敵をやっつけるという、勧善懲悪の水戸の黄門様のような美しさを期待していました。パニックに陥るくらいのどんでん返しが起きてくれれば、きっと弱者の社会的地位が上昇し「弱者のための社会」が作られるではないか、そんな気もしたのです。

 私はここでどうしてもペンを進めることができませんでした。いったい誰にこの怒りをぶつければいいのか、こんな文章を書いてどんな意味があるのか。額のあたりが混濁してきて、私は体を倒すと薄暗い天井を見つめます。大きく伸びをしてと、アクビをひとつつき、天井を眺めていました。天井を見ていると、実は天井が私を見ているのではないかと思い起こしたり、主体と客体の関係性とか因果関係とかよく分からない問答をしてみたりして、螺線を描いて獄につながれている囚人の心理を考えたり、だんだん自己から遊離した魂が今ここにいなくなる。いなくなる、いなくなる、と気づくと口ずさんでいました。


 仕事があがり、帰宅すると体をベッドにそのまま崩して眠りに落ちます。そして夜中にむっくりと体を起こし、いつ果てることない下らない原稿を書き始めるのです。

 パソコンはとうに壊れ、紙とシャープペンシルカリカリとお尻をノックしてコツコツという音を立てて一字一字をマス目にあわせて書き入れていきます。張本人は誰なのか、こいつさえいなくなれは、私はどうすれば満足するのか、いったいどういう世ならば満足するのでしょう。それはいいのです。そこに生き甲斐みたいなものを感じ取れる「生」を求めて望んでいるはずでしょうが、私は何なために生きているのか考えていくと頭を抱えてしまうのです。

 早朝からビルの床掃除をしているときも、黙々と体を使いながら、そのことを考えていました。それは迂遠な自殺をはかろうとしているのではないか、とさえ思うのです。

 私は敵を欲していました。しかしこの惑星は文字通り惑っているのが、滑稽にさえ思うのです。この惑星の自転は止まる事ができないのと同様に、自身こそが世の中を変えることが出来ると思っているようです。裕福な国家というのは実に強靱で、国家の執政官を殺してもおそらく同じような時を刻み続け、同じような者が続くのではないか。そんな恐ろしい日常を思い起こすと、そんなのごめんだ、と私は慌てて声を発してしまい、慌てて咳払いをして誤魔化しながら、溜息をつくのです。そして延々と夕刻まで腰を入れて床を拭き、昼飯を十数分でかきこんで食い、そしてすぐ同じような作業をしていました。四、五時間してようやく解放されますか、コンビニのおにぎりを二三個喰って、帰宅すればすぐ寝ます。そしてまた朝日が昇って似たような一日が始まるのです。私はそのウンザリした気持ちを失くすためにクスリを飲み、恍惚感の誘惑に惹かれていく。


 いつもそんなのはごめんだ、と次第にふつふつと沸き上がる。私は歴史に名を刻むと言えば言い過ぎですが、せめてここに私という存在がいたという事実を、刻みたい、と思うのです。爪を立てこの絨毯に掻くようにして、声にならない涙が溢れます。こんな時代の空気に私もだんだん順応してしまいました。これだけのどうしようもない私の日常は、所詮国家存亡の選択に関わることなど出来やしないのです。民主主義の国家にいて、平和主義を唱えた条文を持つ憲法を呪いました。ゴミの吹きだまりのような日々が延々と続いていく。私はこの国家指導者の煮え切らない態度に苛々が募るばかりでした。途方もないゴミの山が目の前にあって、この国の国家指導者の、先送り先送りの態度にウンサリなのです。何をどうすればいいのか、私はさっぱり分からなくなってしまう。そんな身動きのとれないままでいながら、この日本というこの国家は、今日も盤石なようです。鬱屈する日常に誰かシュプレヒコールをあげる奴はいないのか、とツイートしてみても、曰く、「バカか、クスリ飲んで寝ろ」「平和ってこういうのはこういうことなの、巻込まれたいの?」「だったらお前がやれ!」……つまり支配している裕福な支配階級の権力は、じつに狡猾であらゆる角度から、国民から遊離し、支配をますます強化させていきます。まるで主権者であるはずの国民こそが、邪魔もの扱いであるかのように。


「非正規社員や失業者への社会福祉予算の削減」「刑罰の厳罰化」「増税」「物価高」「凶悪犯罪の増加」「赤字予算の常態化」……




「愛国心」




 私はいつしかこの言葉に清々しさを感じずにはおれませんでした。帝国主義的に振る舞おうという意図をこの国を守らねばならぬ。膨張する。

陰謀を断固として挫かねばならぬ。そこまで考え抜いた私は誇らしく感じていました。


 海域を侵犯しておいて、


「お前こそが侵犯ままに放置しているなどという屈辱」を、この国の薄っぺらい政治家が放置したままでいる、この国を危うくしている、鬱蒼とした諸悪の根源は「魂」のなさだろう、「意志のなさ」だろう。鉄槌を浴びせ、清貧とした国家建設こそが、今この国に必要だ……そして、彼らは思考停止状態している上に、日本をも危うくしているリベラル勢力などという連中は一掃せねばならぬ!




#4 生きる苦しみ




 いつものように出勤すると、またいつものように灰色の作業着の数十人の面々は、整然と並び、リーダーの指示を仰ぎながら社訓を大きな声で復唱し全員で唱和します。


「ひとつ、来場するお客様を気持ちよくお迎えするよう努めます」

「ひとつ、一人はみんなのために一致協力します」

「ひとつ、笑顔を絶やさず仕事に邁進します」

 そして主任が中央に歩み寄り、くるりと回れ右をして帽子を取り、

「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」


と合わせて三回礼をし、それにまた従業員は同じように帽子を取り三回頭を上げ下げして唱和するのです。

「お気をつけて、お気をつけて、お気をつけて」

「ありがとうございました、ありがとうございました、ありがとうございました」

 そしてホワイトボードにマグネットでとめられた紙で自分の持ち場を確認し、階下の駐車場に止めてある大型のワンボックスカーに乗り込んで目的地に向かいます。


「今日も暑いな」とベテランの作業員がつぶやくと、なんだか落ち着きません。そんな時は鸚鵡返しのように暑いですね、と言って愛想笑いを浮かべ頭を掻きながら少しずつ顔を窓の外に向けます。ぎらぎらした陽光が辺りに差しています。いつものように目を細めながら眺めていました。窓を閉めてエアコンが効いている車内でも、眩しい陽光が焼き尽くすかのように、肌にちくちく刺しているのを感じます。

「おまえ、どこから来た」珍しく話しかけてきました。あっちは悠然と構えていますが、こっちは心が乱れ始めます。いつも相手にされないように無愛想にしていましたが、時々この人と組む時は遠慮なく話しかけてくる時があります。その応対がなんとも面倒なのです。年齢は、五十は超えているでしょう。いかにも無骨者といった印象で、肌は一年中日焼けしたように浅黒く、年の割には肉付きがいいがっちりとした体躯で、いつもヤニで黄ばんだ歯でぎっちりとタバコを噛み、唇を開けた隙間から煙を吐きます。その煙が迷惑なことだと気がつく思慮がないのでした。

やむを得ずちらりと顔を向け、町田です、と答えるのです。いつも同じ質問をしてきて、同じように返します。

「ははーん、町田か。遠いな」そうやってタバコを指に持ち替え笑いながら煙を吐く、そんな時は大体機嫌がいい時です。

 とりえのない無教養な年配者が残っていくことになります。ご他聞にもれずこの男はそういう男です。またタバコに火をつけると今度は外を見ながら煙を吐きました。結局この教養のなさが失敗でした。しかし本来それは罪ではないはずです。罪は罪として裁かれねばなりません。そしてそれは当然この国の法令に基づくべきでありましょう。

 私はそわそわし始めました。その男の名前を忘れてしまったからです。

「名前、何だっけ?」顔をこっちに向け、その男は聞きます。これもいつも聞かれることで、私があまり相手にされてない証拠でもあるのですが、そんなことはどうでもいいのです。向こうは忘れても威張っていられる立場なので臆することなく聞くことができます。しかしこちらからすればベテランのリーダーで、しかも仕事を教えてもらっている立場からして、名前などという基本的な情報までは聞けない弱みがあります。

「松野貴司といいます」その男は、ほう、といった様子で軽く頷くとまた窓に顔を向け陽の光を、目を細めて眺めていました。にやにやと笑う時にできる目尻には、何本も皺が入っていて、年増のいった男がよく見せる、いかにもという表情をしながら。たしなめようという卑しさ。こんな男に作業中に話しかけられてきたら、名前を返すことになって困る事態になるかも知れない。印象が悪くなると支障が生じかねません。一生懸命名前を思い出そうとするのですが、なかなか思い出せず「な」から始まるような気がすると考え連想し始めました。な、な、な、

「なかの、なかやま、なかむら、なかい」

と連想しながら頭の中をわずかな音韻を頼りにくるくる繰り出してみましたが、しっくりきません。どれも違うような気がする。いつもメンバーの入替えになるとこんな不毛なことに悩まされるのです。

「この仕事、何年になる?」

また聞いてきました。こっちは名前のことで一杯なのに、と焦りながら、余計なことを言わないよう気をつけ慎重に言葉を選んで、

「三年になります」とだけ答えます。

「三年か、そろそろ嫌になってきただろ」そう男は言い、もくもくと煙を吐きながら、

「まあ、お前は長いほうだがな」

 妙に鼻につく煙たさでした。安月給なうえ退屈なので若いのは早期でやめていく仕事です。私も馬鹿馬鹿しいことに振り回されるより、そろそろ、と考えてはいましたが黙っていました。


「学校どこ? 高卒だろ?」

 まずい質問です。申し訳なさそうに後ろの髪をかきながら小声で、

「一応大学出ています」すると思っていた通り驚いたように目を丸くして、

「なに、大学出てんの、どこ?」

 東陽大だと、答えると、ふ~んと言いました。知らないようです。たいした大学じゃありません、と付け加えます。

「なんだってこんな仕事してんのさ。もったいねぇじゃんか」

三年間時々一緒に働いていますが、こんな会話をしたのは初めてでした。どこも雇ってくれなくて、というと、ものめずらしそうな表情で、大きく口を開け笑っていました。偏屈な男だな、くらいに思っていてくれればいいのですが、大学卒でこんな汗くさいところで働いていると解釈されると、嫌みになりそうです。そこが煩わしいのです。

「新垣さんよぉ、終わったら、これ、つきあってくれよう」

後ろの方から野太い声が飛んでき、振り向くと同じくらいのベテラン男が、麻雀のあがりのふりをして手首を回していました。

「ああ、いいよ」と、この男は振り返りながら言っていました。

ふう、と一息つきました。そうだ、新垣さんだ。全然「な」じゃなかったけど、うまい具合に名前が分かって助かりました。大概名前を呼ぶ機会はないのですが。


 新垣と同じような歳ならば別ですが、若くて無愛想な私など、話題が噛み合いませんしこんなビルの清掃作業など家庭用のとは違いお化けのようにでかい業務用掃除機と、雑巾代わりのモップかけ、ポリッシャーというぐるぐるとブラシが回る床みがき機を操るくらいなので、慣れてくれば無言で仕事が進む単純作業です。さっき新垣に話しかけていた男の名前も知りません。たぶん自分と違うパートナーなので、新垣以上に話す機会はないのです。後ろには二人いてこの二人は自分とは違って、ほとんど掃除機や床みがき機をかける作業をします。役割が違うとさらに話す機会はなくなります。今日からしばらくこの新垣と一緒にモップかけをします。

 真新しいビルの谷間に入っていくと、ビルの陰に入って暗くなります。所々絡まる陽光に時折目を細めながら外を見ていました。いまだ建設中のビルもあります。骨組みの天辺にクレーンが不安定に乗せられて、長い鉄骨をゆっくりと持ち上げていました。通りは新都心よろしく、洒落たフローリングのテラスがあるカフェ。前面ガラス張りの店はグラスや置物が飾ってある雑貨店などが並び、歩道には街路樹が植えられていました。すぐのかどを曲がると、こんもりとした芝生の丘になっており丘の頂は噴水になっていました。そこには日よけ傘を差して、淡い色の生地に小綺麗な刺繍の入った服を着ている婦人たらが、数人して集まって自分の子供たちに笑みを浮かべています。あふれた水は水路を伝って何段にもなる小さな滝になって、子供たちはそこに飛び込んで遊んでいます。それはまるでリードにつながれた子犬のようでした。その向こう側には高層ビルのショッピングモールになっていて、二階分ふきぬけになっており、ウィンドウに高級そうな服を着込んだマネキンやアクセサリーが飾られているのが車からも見え、見えないさらに上の階はトレーニングジムなどのテナントとホテルになっています。噴出する水の飛跡を眺めながら、キノコ雲の映像と見比べたりしていると、

「みんな呑気な面してらーな」

新垣は僻みともからかいとも受け取れる表情で笑って、すぐ前を向きましたが、私はじっと眺めていました。ギラギラした陽光、そしてこの喉の渇き。蹴飛ばしたくなるのです。いつも、いつも。すると新垣は言いました。

「こんな生活、いつまでも続くと思うなよ、今のうちがたまたま華だったんだと知ることになるんだ、へっ」

私は、黙っていました。




 車は裏へ回り門をくぐると、警備員が近寄り、ご苦労さん、といって敷地内に促します。

 ここは「クロスタワービル」というオフィスビルがですが、上の階はマンションになっています。多くの経営者がこの上階に住み、仕事の時間が来たらエレベータで下りてくる。通勤時間は一分もかからないでしょう。この格の違いはなんでしょう。

 車は地下へともぐって空いているところで止め、素早く車を降り、二人が一台ずつ大型掃除機を運び、重い床みがき機を運転手と新垣と自分の三人で運び出します。その後私だけ戻って二本のモップを左肩に抱え、バケツを右手に持っていきました。

「空白の三十年」とある評論家が表した大不況を何とか乗りこえて「東京オリンピック」を前後するあたりから、東京は復活しました。新たな空港ができ、リニアの開通、オフィスビルやマンション、多くの娯楽施設もできました。再開発は好調な需要に支えられ、バブル期並の建設ラッシュに沸いています。最もその頃の私は中学生に上がったばかりでたいした恩恵はありませんが。大学全入の時代にあっても、猛烈な競争はなくなりません。偏差値で入学できた昔の頃を羨ましく思うくらいです。幼少期から英語を習わせたり、フィギュアスケートを習わせたり、そして自然にふれあわせるためボーイスカウトに行かせたりして、選抜機会が多様化してよくなったかに見えますが、そんな機会を与えられるのは年収が多くて教育熱心な親を持つ限られた家庭です。私は中学の卒業日に父を亡くしました。奨学金をもらうことができて何とか大学に進学できましたが、潰れそうなほど人気のない私立大学です。やる気のない教授の講義を聴き、頭を下げてレポートを書いて単位をもらったり、あるときは友達のテストをカンニングしたり、論文の添削をしてもらったり……我ながらずいぶん阿呆なことをしてきたといつも反省しきりです。


人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。


教養課程の憲法の講義を思い出すのを、物笑いの種にしています。一言物申したくもなりますが、それを裁く法曹界にいる者どもは様々な経済的恩恵を預かって試験に合格したに違いなく、私のような下層にいる、塾にもまともに通えないような家族に、都合のいい判決なんか出るはずもなく、福祉予算がますます削られても嘆息して沈黙するばかりです。

 巨大なビルを建てればメンテナンスも必要ですし、掃除だって数人のパートのおばちゃんだけでは追いつきません。そこでこんな清掃業者もその恩恵をあずかることになるわけです。建設業者は多くの清掃屋を買収して大きな清掃会社を設立し、さらにそこが親会社となって首都圏を網羅するように下請け孫請けの会社を作ります。この「セイワ清掃株式会社」という会社は元々小さなテナントビルを掃除するしがない会社だったのが、数年前、折からのオリンピック特需で多くの仕事が舞い込むようになり、多くの人員を募集していました。そこに目をつけて就職することにしたのです。肉体労働だから疲れるだろうけど、残業もないし、みな黙々と作業するので上司にへこへこして首を上げ下げする煩わしい人間関係もない。ここなら仕事をしながら自分の「夢」を実現出来る、ような気がしたのですが。

それは甘かったというべきでしょう。

 地上五十階地下五階のこのビルのすべての床と窓、トイレ、そしてゴミ袋の搬出をします。もちろん五人で出来るわけはなく、大体が五人一チームの、十チームで手分けするのですが、うまい具合に競合する別会社をミックスさせるのです。いかに手早くきれいにするか。だらだらとやっていればすぐに落とされ、その別会社が生き残る。クレームなどの噂はあっという間に広がり、会社そのものが潰れることすらあるなかなか厳しい世界のようです。

 私は嘱託雇用扱いのパートで、時給は千円と少々。八時間の労働時間だけ厳格にありますが、残業はありません。ただ、休日は週休二日と数日の不定休がありますが、ほとんど疲れて寝ています。

 一階のテラスから十階までの床掃除が割り当てで、一階につき四十五分で終えねばなりません。一人が掃除機をかけ、その後を追うように二人がモップで水拭きをし、一人が床みがき機でワックスを掛けます。トイレは女おばちゃんの出番ですが、時間かずれるため一緒に組む機会はありません。むさい男どもだけでムッスリとしながら、毎日作業します。

 薄汚れた灰色の作業着で防火扉をぬけ、正面に受付嬢が畏まっている。その後ろの防火扉のようながっしりしたドアから紺のスーツに薄いブルーのネクタイをした姿の男が現れ、

「セイワ清掃さん?」書面を見ながら確認します。

「はい、セイワのものです。今日も一日よろしくお願いします」

と新垣は帽子を取り、にたにたした表情で頭を深々と下げています。

 これが「大人になる」ということなのでしょうか。

「じゃ、よろしく」と男は見辺もなく部屋に戻っていきます。

筋のいい筋肉がちょっと日焼けした皮からにじんでいます。強靱な肉体に健全な精神が宿るのでしょうか。


 嘘に決まっています。しかし新垣が持っている、なんとも説明しがたい何かが希望でした。私のようなでっかちの頭にはない、真逆の価値がたまらなくうらやましかったのです。。

早速態度が変わって、怒鳴り気味に荒げたように指示を出し、目配せして作業に取りかかります。私はまず清掃室に行って清掃用具入れのなかにある水道の蛇口をひねりバケツに水をくみ、それを持ち帰るころには、すでに一人が掃除機で吸い込んでいます。それを横目にしながら、すっと前を向くと新垣がモップを持って待っています。じゃぶじゃぶ洗うとペダルを踏んで水を切り、掃除機をかけたところから水拭きを始めます。

 大理石の床と壁。そのつるつると滑りそうな白い空間に一面木目調で絵画が掛けてあり、間接照明の光が当たっています。すぐに目を床に向け、そしてモップをバケツに押し込みペダルを足で踏みつけ絞ると床にこすりつけごしごしとモップをかけていきます。新垣は手前から、私は奥から、五分おきくらいの間隔でバケツの水で洗います。炭のような細かい黒い粉が水の中で浮遊してきて、モップを振り汚れを落としペダルを踏みと持ち上げて、しっかりと水を切る。新垣と私が入れ替わり数回モップの水を切っていると、そのうち、


「松野」と新垣に呼ばれて、はい、と返事をするとすぐにバケツを持って遠くにある水道まで水の取りかえにいきます。若輩の私が取りかえに行きます。この面倒な作業を新垣は決してしません。

今日の新垣は妙に笑んでいました。何でしょう? 

 すでに掃除機の一人は二階に上がり、二人残ってワックスがけをするので、モップ要員の私と新垣が先に二階へ上がります。清掃員はエレベータを使えないので階段で上がります。薄暗い蛍光灯照明のなか階段を上がりながら、

「おまえ、正社員じゃないよな」

いきなり新垣は聞いてき、はい、と頷くと、

「じゃあ、まあ、俺は大丈夫だろうな」

この日の新垣は、意味不明の含み笑いをずっとしていました。




#5 楽して生きるには? 




 四階が終わるとちょうど昼時となり、私は一番若いので弁当を取りに行きます。

 一階へ下りると、帽子を取り一礼して受付嬢に取り次ぎ、業者がいつも届ける弁当の入った白いビニル袋を手渡してくれます。また四階へ息を切らしながら上がると、階段を椅子代わりにしていた四人がにんまりとして座っていました。自分が戻ると急に静かになりました。今までは自分を除いて笑っていたりするものですが、なぜか自分の姿を見て急に笑いが止まりました。新垣にビニル袋を手渡すと、ご苦労さん、と言い、

「少しは体力ついたか」と聞いてきたので、

「まあ、多少は」そういって自分の分を取り、階段の下の方に座って食べました。

「こいつ、大学出てんだってよ。東陽大学」

と言われてしまい、みな目を丸くしていました。やはりこの流れか、とほとほとウンザリして飯を思い切り喰らいます。選択の余地はないので、誤魔化すしかない、とばかりに寡黙に徹しました。

「ええー、そうなの、何だってこんな仕事しているのさ」一人が言うと、続けて一人が、

「まあ、大卒でも就職難らしいけど、それでもどっかの正社員くらいにはなれただろうに。嘱託パートなんてきついだけだろ」にんまりと笑みながら馬鹿にしているのでしょう。心の奥底がちかちか痛みます。


この中にいる男どもは、食うために働く、という現実に密着した人生を送っています。格差社会なんていう問題は教育費のもはや当たり前になっています。教育費の高騰で高校さえ進学できず、中卒で就職した者さえいます。こんな空気の中で、自分には夢がある、執筆するために食う仕事しているんです、なんて言えるわけがありません。しかし自分にはユウジがいました。あの売れない漫画ばかり描いているユウジが、前に進もうとすると涙目で後ろから引き止める。そう思うと放っておけないのです。いや、放っておけないというのは欺瞞というべきでしょう。そこでユウジを頭の中で引き合いに出して、わざわざつらい仕事に身を置き、内心では親友のユウジとの約束のためです。言い訳に過ぎません。何でも付き合ってくれるクソパカ真面目な男を玩具のように楽しがっていたに過ぎませんが、いつも冷やかすこいつらの鼻をあかしてやるという野心もあり、その都度昔の記憶が惹起するのでした。

「まあ、まだ若いから。なんていうのかな、何かかわゆい夢でもあるんじゃねーか」

みな、わははははと笑います。そんなことありませんよ、とばかりに否定しておきましたが、そこまでで止めておきます。どんなに否定しても、どツボにはまるだけです。挑発するポイントをはずされ間ができます。新垣の背面から漏れる蛍光灯の光が、この灰色の空間を薄暗くしています。

そんな風でも、やはり新垣が一番貫禄があるというべきでしょう。その肉付きは実年齢よりむしろ若く、これまで汗して働いてきたという経験がおりなす自信に満ち溢れていました。夢という閉じ込められた世界を突き抜け、この世知辛い世の中を生き抜く力「度胸」がほしいとどんなに思ったことか。新垣にあるもの。それがたまらない憧れでもありました。

「まあ、せいぜい鍛えるこった。体が資本なんだから」あの含み笑いを聞きながら、

「体が資本」妙に耳に残る言葉でした。

 新垣とは違い華奢な体躯の私は、この仕事を長く勤めきれまい、そう思っていたのでしょうか。確かに自分は何のためここで働いているのか分かりまぜん。私はいつも「怯え」ています。このくそ暑いこの溜り場で喉がやけに渇きました。気温が高いからではありません。次第に追い詰められていく緊張でした。つまらないことにこだわりながら、一年、また一年と齢を重ねます。いつまでこだわった人生を続けるつもりなのでしょう? 誇張して聞こえる不協和音を聞きながら、私はいつもは黙り込んでしまいます。


「ああ、そういえば、今度新人が入るんだってよ」

新垣の声は明らかに裏返っていました。機嫌の良さそうな声です。話題が変わって助かりました。

「それはありがてぇ、少しは楽になっかな」

「それはどうだか」と新垣は語気を弱め、

「外人なんだと」

 みな箸を止めて新垣を見ます。

「どこの?」

「さあ、知らねえ、と、そうだ確かトルコ人だって、社長、言ってたな」

「トルコ?」とみな訝しく耳を傾けていると、

「まあ、出稼ぎみたいなもんかもな。安い給料でも日本で働けば向こうで家が建つみたいだからな。だからきつい仕事にも意欲旺盛でまじめなんだとさ」

トルコは先進国と言っても過言ではありません。家が建つというのは非常識ですが黙っておきました。

「……まあそれはいいとして、言葉とか大丈夫なのかな」

「日常会話くらいは出来るみたいだ」みな、ふうんと頷くなか、

「さて午後の仕事始めっか」と新垣は言って昼休みを終えました。

その日からみな明らかに冷たくなったような気がします。あの新垣の笑みを思い出し、一体何を話していたのか気になります。きっとあの笑みの中で、私を噂しているかのように思えてならないのです。そこから何かが変わりました。自分が一体何をしたというのでしょう、それなりに働いているつもりです。バケツの水くみも、モップで水拭きをしている時も、弁当を取りに行っている時でさえ、遅いんだよ、と吐き捨てるような口を利き、まるで無要な人間だと決めてかかっているようでした。自然と周りから離れて仕事をするようになると、さぼるな! と怒号が飛んで、しばらくすると怯えで体が震えました。ひどく喉の渇きを覚え、心臓がばくばくと高鳴ります。見上げると、みなあの含みのある笑みを浮かべています。あの新垣の笑みと同じでした。息が上がっていきます。みな自分を見ているのです。俺が何をした、と叫びたくなりました。自分の意識がこの世の波長と合わなくなっていくのを感じると、みな私を追い出したがっているのかと考えてしまい、やたら喉が渇き、心臓がばくばくと激しくなります。立ち尽くすのです。視界は狭くなり、静寂が辺りを包みます。ある女の声を聞くのです。自分はそれを驚くほど冷静に思い起こしていました。その声援は自分に対するものではありません。いつも自分はそこで目を閉じ、終わったことだと言い聞かせ一縷の愛をかみしめるのです。胸が詰まる想いを。

「こんな感じのフロアだから……」

数日後くらいでしょうか。後ろからやたらはりのある声が聞こえました。新垣の、です。

「これを十階まで掃除するの、分かった? オーケィ?」

ふと面を向けると、新垣とこの暑い盛りにマリンブルーのブルゾンを羽織っている背の高い男がいました。頭はぼさぼさで、顔の彫が深く、肌はやはり浅黒かったですが、明らかに日焼けでできたそれではありません。

 あれが、皆が待ち望んで話題になっていた意欲旺盛なトルコ人のようです。ああ、あれと俺は戦うんだな、一息ついて前を向きいつ果てるともないモップ拭きに精を出しました。きつい仕事にも意欲旺盛でまじめなトルコ人、と毎日毎日その話で盛り上がっていました。私は一人黙々と弁当を食っていました。ここでようやくあの含み笑いの謎が解けました。

「……あいつは、なぁ」あえて遠慮なく彼と私とを比較してはげらげら笑っています。無言に差別されている。「四大学卒」という資格をもちながら肉体労働をするのがそんなに悪いことなのでしょうか。「大学全入」という時代にあってありふれた選択にすぎません、私も楽が出来るとは思いません。自然と無言で仕事をするようになり、そこここで私の噂をしているという気がして体が震えます。私のこの無愛想な仕事仲間との付合いが癪に障るのでしょうか。こちらだってむしゃくしゃして面白くありません。私は居直ったように思い切り無視するようにしました。こっちがさぼり出せば、おまえらも忙しくなるんだよ、と心の中でつぶやくのです。呼び止められても面倒くさそうに肩越しの視線で相手を見て、わざとゆっくりと振る舞ったりして憂さを晴らしたりしました。元々こんなところで働く理由なんてないんだ、自分の夢を叶えるため仕事をしているだけのことだと思うようにしたのです。しかしそんな攻撃的な心理は怒号一発ですぐ失せました。吐き気を覚え、心臓は高鳴り、夢の実要のために働いてあげるだけさ、という居直りです。現のためなんていう理由もクビになったら路頭に迷うことになるのは脅威でした。父は死に、母はパート勤めしていますが、そろそろ限界かもしれません。そういう時にあって、私がどうやって生きていくかが重要事項となってきました。何の伝手もないのですから。どう生きながらえるか、まさに迷いとの戦いなのです。


 新垣の手際のよさにほれぼれとする自分もいました。

私は生命力が貧弱で新垣のような生活力のある者には、憧れのような感情を持ちます。働くという恐怖におののいている。そしてちぎれそうにある自分の生を、小説という閉ざされた世界に表現したい。私は嫉妬と私自身への苛立ちと、そして無謀さに苦笑するのです。まったく面倒くさい毎日です。今、ここで働いていることだけでなく、とにかく生きていくこと、そのものが面倒なのです。そんな毎日で執筆などという元気は萎えていくばかりで、「ひと泡ふかせてやる」勢いは単なるよすがとして信仰しています。夢であるはずの執筆も一枚も一行も、いや一文字さえも書く気が起きません。自分はどうなってしまうのだろう。受け入れてくれる場所もなく、モッブの往復運動を続けるだけの毎日。私は社会からも追放される、そんな存在なのでしょうか。私は生きている価値がないのでしょうか。それは生まれてきてしまったことへの恨みと変わり、恨みながらも黙々と床を磨くのです。磨くことで何かつかめる訳もなく、所詮自分にはこれほどのことしか出来ない、木偶の坊です。それを認めたくない私は葛藤の毎日でした。働きながら夢をかなえるため、とは薄っぺらな動機づけは実に邪魔でした。むしろ「夢」なるものを想像するだけで気が重くなりました。自分の肉体を酷使して、ただ限りなく迂遠なやり方で自殺を目論んでいるようなものです。作家になって新垣たちへ怒りをぶちまけてやる、潰してやるといった幼稚な願望をたぎらせるつもりだったのでしょうができもしない意気地無しです。ただの生の未練があるというつまらぬ理由です。


 弱く脆い自分自身を晒して、一日一日を消費して、やがて死にたどり着いてしまう、どうしようもない運命だと知ってさえいれば、こんな無謀な戦いなどせずにすんだのに……タガが外れてしまえば、今、すぐ、ここに、幼子がいたなら首を絞め、苦しむ表情を楽しみながら殺したかも知れない。機関銃を驚喜して乱射したかも知れない。核のボタンがあれば躊躇なく押すかもしれない。何億何十億の民に報復してやる。いびり倒されていた私は日に日に社会に対して報復する権利があるのだ、と恨みを醸成させていきます。私は帝王だ。社会の悪を一掃し、新たな正義を打ち立てるのだ。破壊してやる。なぜ生きるのかって? 楽にしてやろうか? ふふふ……徐々に私はひとりで笑んでいたと思いますが、それもほんの束の間で、いつも暗い部屋で頭を抱えているだけでした。生への執着、自分の才能という買いかぶりで、ふと私はニンマリとした笑みを浮かべるのです。面白そうだ、と直感的に片隅に放っていた創作活動のモードに切り替わりました。

「アイツのあまりに幼い曲折で話が作れないか?」

 ベッドに横にしていた体をがっと起こし、埃まみれになっていた見開きA4の大きめのノートを開いて思いついた言葉を書き殴っていきます。とにかく素早くメモします。明かりを消し夜の暗い部屋の中でスタンドライトのぼぅっした明かりにタオルケットを被ってキーワードを黙々と書き殴っていく。そして関連する言葉を線で結んだり、またバツをつけて消したりしながら、ある具体的なイメージをさらに具体的な話に置き換えてゆく。それは創作というより、ゴシップ記事や丁稚投げ、あるいは邪推に近い気がしますが、こうやって私の創作活動が起動するのです。

「売れない作家の劣等感により、女への逢瀬と根拠のない自信が、あるべき現実感を喪失させ、ギラギラとした恨みをたぎらせていく……」

さらに色々とメモし話に肉付けしていきます。だんだんストーリーを語り始めます。こうしている時は楽しくて、夜明けまで書き続けていました。

 この経過を辿って私は自死を免れることになりましたが、これから受けるであろう運命に為す術がないのもまた確かでした。

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