生まれ変わった僕は、南の海でスローライフを送りたい

中野莉央@Kindleで電子書籍化はじめ

第1話

 交通事故で死亡した僕は、なぜか南国の海で熱帯魚として生まれ変わっていた。


 今の僕はオレンジ色の身体で頭部、腹部、尾部にくっきりとした白いラインが入った熱帯魚だ。冒険映画に登場するようなイメージの容姿だが、実在の熱帯魚が地上に行って冒険する訳が無い。



 僕の日常は住処である、イソギンチャクの家を中心とした狭い範囲だ。サンゴ礁の上を、そよそよ泳いだりしながら危険が迫っていると察知すれば、すぐにイソギンチャクの家に戻り、身を潜める。


 生活は基本的に、群れの中で一番、身体の大きい女王と、二番目に大きい王様の指示に従って行動している。と言っても、産卵期に女王が産んだ子供たちが大きくなるのを、群れ全体で見守るとか位で、温厚な女王や王様、仲間たちから無茶な労働や要求を求められる事は無い。



 群れの女王と王様はとても仲が良く、いつも二匹一緒に行動している。僕もいつか可愛いお嫁さんを貰って、幸せな熱帯魚として家庭を築きたいものだ。そんな、ささやかな夢を持ちつつ、僕は柔らかいイソギンチャクの絨毯に包まれながら、美しい南国の海で熱帯魚として過ごす生活に満足していた。


 同じ群れで幼馴染のカークという奴とは気が合う親友だし、魚としては長寿な品種に生まれたので、今生ではまったりと気ままにスローライフを送ろうと思っていた。



そんな矢先、大惨事が起こった。突如、群れが大型魚に急襲されたのだ。目の前で仲間の熱帯魚たちが悉く獰猛な大型魚に喰われていく。突然の出来事に恐ろしくて動けないでいると、猛スピードでやってきた幼馴染のカークが叫ぶ。


「バカッ! 何してるんだ! 早くこっちに来い!」


 カークに連れられ、間一髪でイソギンチャクの影に身を隠す事ができた。おかげで命拾いした僕だったが、群れは甚大な被害を受けた。女王と王様も何とか助かったが、たくさんの仲間や子供たちを一気に失って二匹とも……。いや、群れ全体が意気消沈している状態だった……。



 群れの個体数が激減し、僕と幼馴染のカークは女王、王様に次いで身体が大きかった為、群れで僕とカークの序列が一気に上がった。


 そんな中、カークは女王、王様と大事な話があると3匹で話し込んでいる。遠くから見守っていたが、ようやく話が終わったようでカークが僕の所に戻ってきた。


「何の話をしてたの?」


「……女王と王様はもうじき、50歳になるって話をしてたんだ」


「50歳……」


 僕らの品種は寿命が50年だ。つまり女王と王様の寿命が、そろそろ尽きる時期に来ていると言う事……。僕の方がカークより、ほんのちょっぴり身体が大きい。しかし、先日の大型魚襲撃で痛感した。僕は群れを率いるリーダーの器では無い……。幼馴染のカークが王様として適任だ。


「そうか……。じゃあカークが王様として群れを率いてね!」


「ああ」


「カークはこれから、可愛いお嫁さんを貰って、いっぱい子供を作って、失われた群れの個体数を増やさないとね!」


 笑顔の僕にカークは一瞬、言葉を失った後、呆れ顔で返す。


「お前……。言っとくけど、俺が王様になったら、女王になるのはお前だからな?」


「へ?」


「当たり前だろう……。俺より、お前の方がほんの少し身体が大きいんだから」


「え、何言ってるの? 僕、男だよ?」


「お前こそ、何言ってるんだ? 俺達にはまだ性別が無いだろう?」


「は?」


 そこから僕はカークに教えてもらった。僕らの品種、カクレクマノミは群れで一番大きい個体がメスとなり、二番目に大きい個体がオスとなる。それ以外の群れの個体には性別が定まっていない。つまり今の僕とカークにも、性別は無い。


 だが、群れの現女王と王様は間もなく寿命で死ぬ。そうすると自然と群れで一番、身体の大きい僕がメスになり、二番目に大きいカークがオスになると聞かされ、僕はオレンジ色の身体にも関わらず、真っ青になった。


「嘘っ!」


「まぁ、お前がメスになるのは時間の問題だから、今から心の準備をしておけ……」


「嫌だーっ!」



 僕は群れの王様と女王が長生きしてくれるよう毎日、海の神に祈ったが願いは届かず、二匹は間もなく老衰で亡くなった。


 そして恐ろしい事に、僕の身体はメスの身体となり、幼馴染のカークの身体はオスの身体となった……。つまり僕は群れの女王に、カークは王様になった。そして寝床であるファンシーな色のイソギンチャクの上で、カークは恐ろしい事を口走った。



「……という訳で、群れの女王と王様の使命として、子供を作らないとな」


「嫌だっ!」


「お前……。いっぱい子供を作って、失われた群れの個体数を増やさないといけないって、自分で言ってたじゃないか……」


「だって! まさか僕が、メスになるなんて思ってなかったんだよっ!」


 僕が涙目で震えながら抗議すると、カークは俯き肩を落とす。


「そんなに俺の事が嫌いなのか……」


「え……。別に嫌いって訳じゃ……」


 幼馴染として、親友としてカークの事は好きだし、行動力のある所とか尊敬している。ただ前世、男であった自分が、魚として生まれ変わったまではともかく、メスの身体になって交尾して……。っていう現実が嫌なんだ! そんな事を思っていると、カークは真剣に僕を見つめて呟いた。


「俺は……。ずっとお前の事が好きだった」


「う、嘘だ!」


「好きじゃ無かったら、大型魚に喰われるかも知れないリスクを冒してまで、お前を助けたりしない……」


「…………」


「一生、お前を大事にするって誓うから、俺を受け入れてくれ……」


 カークに懇願され、僕は泣きながら彼を受け入れた。熱帯魚に生まれ変わった僕は、南国の海でまったりスローライフを送るつもりだったのに、まさかメスになってアーッ! な展開になるとは夢にも思わなかった……。



 その後、たくさんの子宝にも恵まれ、群れの個体数は大幅に増えたし、家族がいっぱい増えた。約束通りカークが僕を大事にしてくれてるおかげで、目標である、まったりスローライフを送る事も出来ている。


 ただ、僕は可愛いお嫁さんを貰うのが夢だったのに、僕がカークの可愛いお嫁さんになってしまった……。まぁ、何だかんだ言っても幸せなのでアーッ! な展開になったのも、今となっては良い思い出かなって思っている……。


 柔らかいイソギンチャクの絨毯の上でカークに寄り添いながら、桃色珊瑚や色とりどりの熱帯魚たちを眺め、僕は幸せをかみしめている。

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