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 本屋に本がたくさんあるのは当然のことだが、本屋に来慣れてない人間からするとその光景は非現実的なものである。

 エスカレーターに降り立つと、参考書など有希子が避けてきたものがたくさん見えてきて吐き気と頭痛がしてきた。

「帰りたいかも」

 そんな言葉が頭の中を過ぎる。それよりも広辞苑が欲しいと思う気持ちが勝る瞬間があった。というか、奇跡みたいなことが起こった。

エスカレーターからそんな遠くない棚に、「広辞苑とその言葉たち」と書かれたフェアが行われていて欲しいものも軽く平積みもされていた。

「神さま、ありがとうございます」と言って歩き出した。

 広辞苑を手にしたとき、有希子は自分の知らない言葉がこの中に詰まっていると思った。

 エスカレーターを降りるときはなぜか慎重になった。そして、レジに着いても店員に両手でしっかりと持って渡した。そのときの店員は男性で有希子の元カレに似ていた。ただ、有希子はそれには気づかなかった。その男との関係は三年前に終わっている。今は目の前の大きくて分厚い辞書に気がいっていた。

「ありがとうございました」

 有希子のことが元カノに似ていたのかはわからないが、どこか無愛そに対応した。それでも有希子は気にしなかった。

 レジの列を通りすぎる時に気づいたのだが、ほとんど客が傘を持っていた。

 有希子は思い出した。

 どうやって広辞苑を雨に濡らさずに持って帰るかを考えていたことを。

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