ケース3:アレックス・ローハンの症例②


陽が落ちはじめた暗い道の上を、ただひたすらと車を走らせる。


ロベルトさんは相変わらず口をつぐんだままであったが、時折ルームミラーで後部座席の様子を伺いながら静かに運転を続けていた。


「この街で起きているこの現象は…一体何なんだ…?」


言い表せない程に走る緊張感と静寂の中、

最初にそう口火を切ったのは俺の方だった。


「それは…分からない。だがいつの頃からか、突然この現象が起き始めたんだ。それが何を皮切りに始まったのかは分からないが、はじめは数年に一度だったものが、今では数日間に一人は症状を現している。…かつては俺の息子もこの症状が出て…そして命を落としたんだ。」


「ロベルトさんの…息子も…?」


俺がそう言いかけた瞬間――――…


ドンッッ


俺の背後に突然強い衝撃が走った。


「…痛ぇな~…ったく、何だよ!?」


その衝撃で軽くぶつけてしまった後頭部を擦りながら俺が振り返ると、アレックスが目を血走らせながら、縛られているままの体を大きく動かし、俺の後部座席を両足で激しく蹴っていた。


その姿は病的にも見えるし、または理性を失ってしまった猛獣かのようにも見えた。


「こんなの…本当に治せるのか…?」


座席から身を乗りだし、アレックスの足を両手で必死に押さえながら俺は思わずロベルトさんに不安を投げ掛けた。


普段の愛嬌のあるアレックスとはあまりにもかけ離れている彼の今の姿は、とにかく異常で理解しがたいものへと変貌してしまっていた。


「急ごう。今ならまだ間に合う。」


そんな俺達をチラリと見たロベルトさんは

、より一層にスピードを上げて劇場へと車を走らせて行ったのだった。


俺達が劇場の前へと到着した頃には、辺りはすっかり暗くなり始めていた。


劇場の前に車が止まったのを確認すると、いつも街行く人に飴を配っている劇団員の女が、ワゴンの下にあるブザーを鳴らした。


ジリリリリリリリ…!!


静寂の中、突如としてけたたましく鳴り始めた警報音にもよく似たそのブザーの音を号令に、劇場の中から新たに4人の女が駆け出して来た。


瞬く間にその劇団員の女達に囲まれる俺達の乗った車。


車の窓越しに暗がりで見るこの女達の顔は、濃いめのメイクや衣装が同じせいか、俺の目にはどれも同一人物のように見えて仕方がなかった。


「…スマン。後ろのヤツを頼む。」


ロベルトさんはそう劇団員達に告げると、静かに後部座席の扉を開いた。


アレックスは相変わらず呻き声をあげながら縛られた体で必死に抵抗しているようであったが、次第に女劇団員達に抱えられ、そしてそのまま劇場の中へと連れられて行った。


その劇団員達と共に劇場へ向かおうとする俺の事を、ロベルトさんが手で制した。


「緊急時以外の一般人の劇場への入場は、正規のチケットが必要となる。…つまり今の我々に出来る事はここで祈る事しかないんだよ。」


ロベルトさんにそう告げられ、俺はただひたすら劇場の前でアレックスの帰りを待ち続けた。


数時間後、劇場の扉が開いたと同時に劇団員達に連れられたアレックスが歩いて出てきた。


その足取りこそはややおぼつかないものではあったが、それでも自分の足できちんと劇場の外へと出てきたアレックスは、夜空に向かって右手を空高く掲げながら、そして大きな声でこう言ったのだった。


「マルッセルの劇場へようこそ~」


その表情は先程までとは打って変わってすっかりと明るいものとなり、活気に溢れたその瞳はキラキラと輝いていた。


「あぁ…!良かった!アレックス…本当に良かった!!」


そう言って涙を流しながらアレックスに抱きつくロベルトさん。


だが、その必要以上に異様な輝きを放ち続けるアレックスの瞳を見た俺は、この不可思議すぎる一連の現象に、とにかく疑問を抱かずにはいられなかったのである。






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