普通な少女と高貴な少女

 さて。結論から言ってしまおう。

 わたしは、箒さんの横暴に屈した。


『箒レースは三日後か。ふむ、まぁ調整に時間は要るまいな。キサマは魔法使いでもない事だし』


「確かにわたし魔法使いじゃありませんし、箒乗ったのもあれが初めてです。……あの、ですから、わたしを乗せても仕方がないと思いませんか……?」


 素人に乗られて嬉しい乗り物というのも無いと思う。わたしが箒なら、下手な乗り手に乗られるよりお掃除をしていたいんじゃないかな。

『バカめ。だから良いのだ。乗り手がヘボであるならオレ様の力がより示されるというもの。優勝の暁には、オレ様の名が国中に知れ渡ることとなるだろう』

「優、勝……? いや、無理ですって無理無理無理。乗り手がわたしじゃ勝てるものも勝てませんって! 他の魔法使いを探しましょう!」

 今ならまだ間に合うはずです。街には、レースを観に来た魔法使いさんが、たくさんいるはずですし。

 そう訴えても、箒さんは耳を貸さない。そもそも箒に耳は無い……

『キサマ、このオレ様が乗り手を選ぶ程度の箒だとでも?』

「選ばないなら他の人にしてください……」

『下らないことを抜かすな。第一、キサマはオレを所有した。道具の持ち主であれば、道具の使命を果たさせるべきだろ?』

「うぅん、それは……そうなの……?」

 とにかく、レースに出場しないことには許さないと箒は言う。出なければ家中の窓を割るという。脅迫だ。

 折って薪にくべた方が良いんじゃないだろうか……でもなぁ、喋ってる箒を折るのは気が引ける……

『あぁ。そもそもこのオレを折ろうなどとは考えるなよ。魔力によるコーティングをしてあるからな。常人には無理だ』

 八方塞がりだった。

 わたしはもうレースに出るしかないらしい。

『なぁに。レースに出て優勝さえすればオレ様も満足だ。その時は大人しく冥界にでも下ってやるとするさ』

「……冥界……? 死ぬってことです……?」

 何気にハードル上がってる気がしたけど、それよりそこが気になった。

『いかにも、オレ様は既に死んでいるからな。さぁ、そんな事よりもまずは大会にエントリーするのだ。締め切られる前にな』

「死んで……? あっはい、受付するから暴れないで……!」


 尊大な態度の箒に急かされ、わたしは魔法組合の建物へと向かう。

 そこには、多数の魔法使いが詰めかけていて、みんながみんな、魔箒レースへの出場エントリーをしているらしかった。


(……分厚いローブに、つばの広い帽子。立派な杖に、魔法の本……)


 そこにいる魔法使いたちは、みんなそれらしい道具を手にしている。どれもこれも、宿屋の娘には手が出せないくらい高価なものだ。

 魔法使いは、生まれつき魔力の素養のある人間が、厳しい修行を積んでなるものだ。修行するにも、高名な魔法使いさんの弟子になるために、家柄とかお金とか、色んなモノが必要になる。

 ようするに、庶民には絶対無理! ってことで。

(……わたし、場違いだよね……)

 さっきから、周りの魔法使いがちらちらとわたしを見てるんだ。

「なんだ、あの娘……?」

「箒を持っているが……まさかな……」

「あんなみすぼらしい娘が飛べるわけもないだろ?」

 全部聞こえている。……まぁ、間違ったことなんか一つも言ってないんだから、聞こえても良いのかな。

『……ふん。つまらない事を抜かす奴もいたものだな』

 けれど箒さんは、魔法使いさんたちの言葉を鼻で笑う。……鼻、ないけど。そんな感じで笑った気がした。

『こと勝負の中において、見た目や生まれなど関係ないものだ。強いモノが勝ち、弱いモノは惨めに地面を這いつくばる虫のクソとなる……』

「言い過ぎでは……」

 しかもその言い分だと、わたしは惨めに地面を這いつくばる虫のクソってことになるんじゃないかな。

 一人だと空なんか飛べない。一生地面を歩いて過ごす、ただの娘。

「ま、ほっとけばそのうち帰るだろう」

 どう思われても、仕方がないし。

「あぁ。きっと贔屓の魔法使いでも観に来ただけだろうしな」

 言い返す理由も、特にないし。

「第一あの箒も、見た目だけは立派だが……どうせただのだろう?」


「――違います!」


 反射的に、叫んでしまった。

「違うって? お嬢ちゃん。まさかその箒が飛ぶとでも?」

 なんでこんなこと言ってしまったのかな、って、わたしはすぐに後悔した。

 周りの視線がさっき以上にわたしに集まってる。

 恥ずかしさで体が熱くなる。それに正直、もう怖い。

「飛びます。それに速いです。……わたしにとっては残念ですけど……掃除用の箒じゃ、ないです……!」

 だけど、それはそれとして、さっきの発言だけは許せなかった。

 ホントに。掃除箒だったら、わたしも嬉しかったんだけど。

 それでも、あの時。わたしを飛ばしてくれたのはこの箒だ。……その裏であんなこと考えてたとしても、あの時は本当に楽しかったし……それを、笑われるのは……嫌だった。


『……ハハハ! なんだ貴様、思っていたより度胸のある奴だったのだな! それに見る目もまぁ、こいつらよりはある!』


「……今褒められてもうれしくない……」

 誰のせいでこうなってると。もうちょっと文句言ってやろうかなと思った瞬間、箒さんはぐいっと勝手に前に出る。

「なんだ、お嬢ちゃん? その箒をどうする気だ?」

「えっと、そのぅ……」

『決まってるだろう。箒は何をするものだ? 言ってやれ、こいつらに』

 ……箒さん、多分、自分がそうしたいだけでしょ。

 心に言葉をしまいこみ、わたしは深呼吸する。

 わたしが何か言われる分には、まぁやっぱり仕方ないと思うんだ。

 でも箒さんは違う。わたしの望んだ道具じゃないけど、立派な道具だ。掃除用の箒じゃなくて、これは……


「飛びます。この箒は、飛ぶ箒です」


 わたしは大人の魔法使いに答えてから、箒にまたがる。

『よし、飛ばすぞ!』

「ぅぇっ、あっ、ああああっ!?」

 次の一瞬には、箒さんは空を飛んでいた。

 ぐんぐん風を斬りながら、高く高く空に、登っていく。

「あわわわわわ……」

 さっきまで興奮してた頭の中身がすぐさま冷えて、体のぐぐっと押しつぶされるような感覚に、わたしはやっぱり戸惑った。


 天にも昇る気持ち、って、こういう意味ではないんだろうな。


 地上をちらっと見ると、多くの魔法使いたちが、びっくりした顔でわたしたちを見ている。飛ぶ、なんて本当に思ってなかったんだろう。


 そのおどろきが。みんなより高い空にいる感覚が。

 ……なんでだろう、やっぱりとっても気持ちよくて。


『見ろ、アイツらのあの間抜け面! 自らの見る目の無さを露わにされた哀れなる者どもの口を開けた様を! 少しは気分が晴れたというモノだ!!』

 あ、うん。ここまでは思ってないです。

「箒さん、怒ってた?」

『無論だ。このオレ様を掃除箒などと侮辱したのだからな。……だがまぁ、そうだな。礼を言うぞ、娘』

 箒さんはエラそうな声で認めてから、ちょっと居心地悪そうに、わたしにそう言った。……お礼? 箒さんが……?

「わたしは別に、お礼を言われることしてませんし……それに箒さん。魔法使いじゃないわたしが飛べる理由、わたしにも分かってないですよ」

『どうでも良かろうそんな事。……だがそうだな、それもオレ様の偉大さの証明。元来、魔力を持つ術者が力の源となって箒に飛ぶ力を与えているわけだが……』

「あ、むずかしい話は分からないです。わたし、魔法使いじゃないから」

 カンタンに言って欲しい。

 誰もが専門的な言葉が分かると思わないで欲しい。

『うむ。であれば一言で言ってやろう。この箒の動力は、オレ様だ』

「……? ごめんなさい、結局わかんなかった、です」

『馬鹿なのか、貴様は。箒が飛ぶには魔力が要る。本来魔法使いが汗水垂らして注ぎ込むそれを、この箒は自分で持っている、ということだ』

「勝手に飛んでるってことです?」

 それなら納得だ。つまり、わたしは本当になにもしてない。

 って、だったら箒さん、乗り手とかいらないんじゃないの。

『乗り手がいないとただの暴走箒だろう』

「今も完全に暴走箒だと思う……」

 箒さんの考え方がよく分からない……

「っていうかあれ。魔法使いさんたち、こっち来てません……?」

 話している内に、地上の様子が変わった。三人の魔法使いさんたちが、箒に乗ってわたしたちの所まで飛んできている。

『成程な。キサマは、あの魔法使いたちに挑発を仕掛けたことになったらしい』

「えぇっ!? なんでっ!?」

『なにせ速さ自慢の箒レース出場者を前に、ああも威勢よく速いだの飛ぶだのと抜かして飛び立ったんだ。まぁそう取る者もいるだろうな?』

「誤解ですよね、それ……」

 しかも箒さんはわたしのせいみたいに言ってるけど、半分は箒さんのせいだからね、それ。

「どうしよう、追ってくるよ」

 魔法使いさんたちが近づいている。誤解ですって言った方が良いかな。ただレースに出たいだけなんですって。

『どうしよう、だと? この後に及んで何を迷う必要がある』

 ……箒さんの次にすることが、手に取るように分かった。

 なにせわたしは箒さんを手に取ってるからね。違うよそうじゃなくて。


『格の違いを見せてやれ!!』


「やっぱりぃぃぃぃぃぃいいいいーーっ!!?」

 ぐんっ! 体が横なぎに倒される感覚と共に、箒さんはスピードを上げる。

 びゅぉぉぉ、と耳に届く風の音が強くなる。頭の中にまで風が抜けていくような、感覚。……でもまず、その前に……

「あぶぶぶぶぶぶぶ……」

 喋れない。あと呼吸も出来ない。知らなかった、強すぎる風の中にいると眼も開けられないほど苦しいなんて。

『体勢を変えろ。体を箒の柄に近付けて。そうすれば魔力で多少は誤魔化せる』

「あぶぶぶ……ふはぁっ! ホントだ……」

 箒さんの言う通りに身を低くしてみると、一気に身体が楽になった。

 何でだろう。っていうかさっきのにはびっくりした。魔法使いさん、下から見る時はみんな普通の顔してるように見えてたから。

『一つ。体を倒すと風を受ける部分が減る。二つ。箒自体に風をよける魔法が掛かっている』

「そうなんだ……知らなかった……」

 箒さんを手にしてから、今まで知らなかった事を色々知れてる気がする。

 全部、わたしにはあんまり関係のない知識だったから。


『それより、魔法使いどもはどうだ?』

「えっと……うん、追い付いてない……」


 箒さんが速度を上げてから、魔法使いたちとの距離はじりじりと伸びている。

 このままなら、追い付かれない。気が済んだら箒さんも降りてくれるかな?

『まぁ、当然の結果だな。このオレ様に勝てる箒など……』


「そこまでです!」


 箒さんが勝ち誇ろうとした、その時。

 わたしや魔法使いさんたちの後ろから、少女の声が響いた。

 振り向けば、そこにはわたしと同じ13歳くらいの……けどわたしと違って、豪華な金糸のローブに身を包んだ、金髪の女の子が飛んでいた。

「そこで飛ぶ魔法使い四人! 今すぐ地上に降りなさい。さもなくば大会の出場権を停止します」

「……っ!? だがこいつが……」

「事情は聞いています。他人の箒を掃除箒などと言ったそうですね。……でしたら、言った側が悪いです。今回は大目に見ますから、降りてください」

 女の子は、丁寧ではあるが有無を言わさぬ口調で、大人の魔法使いさんたちに命令する。驚いたことに、魔法使いさんたちも渋々ながらそれに従って、一人、また一人と地上に降りて行った。

「さて。私は四人と言いました。今降りた三人と、もう一人。貴方たちも地上に降りなさい。良いですね?」

「ほら、箒さん! 降りてって!」

『……キサマ。違和感を覚えないのか?』

 だけど箒さんは、女の子の指示を聞かず、逆にわたしに質問してきた。

 違和感? わたしと同い年くらいの女の子が大人に指示を出してるの、やっぱり変だよね。

『違う。アイツ、今までどこにいた? 地上から追って来たのか? ……速度を競って飛んでいた、オレ様たちを?』

「え? ……あれ?」

 そういえば。もう一度振り向くと、女の子はわたしたちの後ろにしっかりついてきている。距離が遠のくことは……無い。


 、だ。


 それにあの女の子がさっきまで地上にいたって言うなら……そもそもわたしたちに、追い付いて来た、ってことになる。その瞬間だけで言えば、わたしたちより……速かった?


『そういう事だ。……だからな、娘。もう少しオレ様に付き合ってもらうぞ!』


 箒さんは降りるつもりなど、毛頭ないらしかった。

 むしろぐっと速度を上げて、女の子を引きはがしにかかる。


「言う事を聞く気は無い、と? ……良いでしょう。であるならば強制的にでも、言う事を聞かせて差し上げましょう」

 女の子の雰囲気が、変わった。

 ひゅぉう、と音がして、気付けば女の子は……


「私の名はエスメラルダ・リージェント・ダイナディア。

 ……これより貴方を、天より引きずり堕とします」

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