未熟な傘屋さん

スズハラ シンジ

第1話

夏、セミの声と地面からの熱気によって集中が尽きる季節でもある。


「あぢー……溶けてなくなるよー……」


 横でぐったりとした幼馴染をうちわで扇いでやる。


「暑い暑い言うから暑くなるんだよ……」


 正直、扇ぐ元気も無いのだが。


 八月の熱気は僕達の気持ちを知ってか知らずか休まることも無く只々照りつけるだけだった。


 ――未熟な傘を届けに――



「えー、私たちにとって最も身近な桜島ですが、かつては陸続きでは無く大正三年の噴火によって陸続きになったと言われています」


 夏休みの課題として出された身近な物の歴史を調べて発表する、と言ったお題を果たすために幼馴染の優香と一緒に資料をまとめていた。


「桜島は活火山と言って今でも生きている火山の一つです」


 夏休みの間に撮った写真を並べながら使えそうな写真を並べていく。


「優ー飽きたよー、課題なんてほっておいて遊び行こうよ―」


 作業を始めて三十分と立たずに優香が音を上げる。僕はいつもどおりの返しを口にする。


「そんなこと言ってるとおじさんに怒られるよ?今週中に終わらせないといけないんでしょ?」


「うぐ……大体あと四日もあるし今日一日位作業しなくたっていーじゃん」


「明日あさっては台風で外に出るのも難しいと思うよ?」


 優香は苦虫を噛み潰したような顔で僕を見る。資料はほとんどまとまってて正直にいえば今日一日位作業をしなくても十分間に合うように計画を建てていた。ただ、それでも……


「じゃあ頑張らなきゃね、発表原稿完成させないと」


 そう言って、作業を進めていった。



 作業を終えて学校を出る。資料の貸出などを行うために図書室が開放されていたのでついでにということで学校で作業をしていたのだ。


「うえー……疲れたよぉ」


 今にも倒れそうな優香を横目に僕は考え事をしていた。優香の課題を手伝ってはいたが自身の課題は何も手付かずだった。それらしいネタも思いつかず気づけば八月も半ばに差し掛かっていた。


「優?考え事ー?」


 間延びした声が隣から聞こえてくる。気づけば険しい顔をしていたのか優香が心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでいる。きれいな瞳、長いまつげ、人に好かれる顔といえばいいのか。言われてみれば友人たちが揃って羨ましいなんて言うのもこうしてみればなんとなくわかる。


「顔、近いよ」


 ふっと顔をそらす。可愛いとは思うが幼稚園からずっと側にいる幼馴染だ。今更恥ずかしいとも思わない。


「課題、どうしようかなってさ。ネタにしようと思ってたやつは優香にあげちゃったしさ」


 素直に考えていたことを口に出す。長い付き合いだ、今更隠し事をしても通用しないことは知っていた。


「優も桜島で出しちゃえばいいじゃん、実際二人で作ったものだしさー」


 さも当然のように優香が告げる。もちろんルールで禁止されているわけでもないし実際周りではグループで課題を作成している友だちもいる。


「それでもいいんだけどさ、せっかくなら別の何かを準備したいなって」


 何かを調べることは苦じゃなかった。むしろ楽しいとも思えていた僕は、他の何かを調べようと思ったのだ。


「今回の課題、内容が作成者任せだからね―、っと到着到着」


 優香が足を止めて鍵を取り出す。気づけば優香の家の前まで歩いてきていた。


「それじゃ明日ねー、あれ?雨降るんだっけ?」


「今夜中に台風が上陸するって話だからね、早ければ一時間位で降り出すんじゃないかな」


「台風が来るのに二日もふりっぱって言うのも珍しいねー普段なら台風の翌日は晴れる気がするんだけどさー」


「そんなこと無いでしょ……いや、自身無いけどさ」


「まあいいや、また明日ねー」


 優香はそのまま扉の向こうに消えていった。僕はそのまま鍵を取り出して向かいの家……自分の暮らす家に入っていった。




 夕食後、降り出した雨音を聞きながらリビングで課題のことをぼんやりと考えていた。


「優也ー、お風呂入ったの―?」


 台所から母の声が聞こえてくる。蛇口から出る水の音が聞こえる。洗い物をしているのだろう。


「父さんが出たらすぐに入るよ」


「あら、ぼーっとしてるみたいだからウトウトしてるのかと思ったわ」


 リビングに母がやってくる。エプロンをたたみながら机の反対側――母の定位置に座る。


「それで、ぼーっとしてたってことは考え事でもしてたのかしら?」


「んー、そんなに顔に出るかな僕……」


 優香にも気づかれたのを思い出してついそんなことを言う。


「さーねぇ、わかりやすといえばわかりやすいからね……それで?」


「それでって……ああ、学校の課題どうしようかなってさ」


 頭の中で考えていた事を話してみる。


「桜島は優香にあげちゃったし、天候や地形に関しては他のクラスメイトが調べてるの知ってるからさ……せっかく調べるならもっと違うことを調べたいなって」


 母は少し考える仕草をした後に、


「雨がやんだ後町に出てみれば面白いものが見つかるかも知れないわね」


 そう僕に言ったのだった。





 二日後、雨の上がった町に僕は出ていた。二日間降り続いた雨によって様々なものが流され散らかっていた。ボランティアの人々がごみになってしまった物を拾っては片付けていく様子も見れた。


「それで何を探すのさ」


 横にいる優香が当然の疑問を口に出す。だが僕自身何を探すのか明確には決まっていなかった。


「何かを、かなぁ……面白そうなものが見つかればそれを調べようと思ってさ」


 そう言いながら駅前を抜けて商店街へ向かう。商店街も台風の影響か様々なものが散らばっていた。ずぶ濡れになった雑誌、木々から散らされた葉っぱ、そして何よりも、


「やっぱり傘のゴミが多いね……台風や風の強い日は合羽を着なさいって言われる理由がよく分かるよー」


 優香がそう言いながら歩いて行く。確かにビニール傘のゴミが多かった。骨が折れて傘としての役割を果たさなくなったもの、ビニール部分が破けてしまっているもの。そういった残骸がいたるところに散らばっていた・


「やっぱこうなっちゃリサイクルも難しいんだろうねー」


「おや、そんなことも無いぞ?お嬢さん方?」


 思わず振り返る。そこには四十歳くらいの男女が立っていた。マスクをしているせいか顔がよく見えない。


「見てみたくないかい?リサイクルをどうやるのか?」


 男性が声を掛けてくる。その間にも女性は傘のゴミを中心に集めていた。


「し、知らない人について行ってはいけないと教えられているので」


 僕はそそくさとその場を去ろうとする。優香の手を取ってそのまま駅へと向かおうとする。すると男性が堪え切れなくなったかのように笑い出す。


「ひどいな優也君、知らない人だなんてさ」


 クククっと笑いながらマスクを外したその顔はよく見知ったものだった。





「ひどいよねー知り合いなのにさも他人のように声かけて遊ぶんだもん」


 優香が膨れながらメロンソーダを飲む。僕は何もいえずにカルピスを飲む。声をかけて来た男女……父の兄妹、僕の叔父に連れられカフェテリアに入っていた。


「それで、面白いものを探しているんだって?」


「ああ、母さんから聞いたのか……母さんも教えてくれればよかったのに」


「それじゃ面白くないからね、内緒にしていて当日おどかそうとしたんだろう」


 大人が揃って質の悪い。率直に言って怖かった。


「あらら、不機嫌ねぇ。だからやめなさいって言ったのに」


 おばさんが叔父を諌める。


「ごめんごめん、それでどうだい?」


「どうって、そういえばリサイクルって言ってましたね」


 確かに少し興味がある。正直リサイクルも難しいと思えた残骸をどうやってリサイクルするのか知りたいというのが素直な気持ちだった。


「よし、ならば教えてあげよう」


 そう言って叔父から聞いた話しはある意味で単純なものだった。ボロボロになった傘を集めてコンパチして新しい傘を作る。だめになった部分もちゃんとした手順でリサイクルを行い全く違う物に生まれ変わるというものだった。


「もちろん、同しようもない部分もあるからね……そういったものは資源ごみとして処理するんだ」


「なるほど……でも勝手に拾い集めてそんなことをしていいんです?」


「ああ、それなら心配いらないよ、市から許可が下りてるからね」


 聞けばもともとリサイクル業を営んでいた叔父が考え、始めた運動だったらしい。


「もちろん、こういったゴミが出ないのが一番なんだけどね。出てしまった以上はなんとかしたかったからね」






 叔父夫婦と別れた後、僕は優香と一緒にある場所を目指していた。市役所、その一角に活動で作られた傘が配布されていると聞いたのだ。


「あった、これじゃない?」


 優香が傘を掲げてみせる。


「多分そうだね……うん、こうしてみるときれいだね」


「うん、新品みたい」


 こうして手に入れた傘と、叔父の言葉をまとめていく。市役所や叔父の職場に有ったパンフレットも入手することが出来たのでそれらの内容を一つにしていく。


 そうして迎えた新学期。課題発表で僕は一つのテーマで発表する。


 ――町をきれいにするために、まだまだ発展途上で未熟な試みだけどそれでも何かをしたいと願った叔父の言葉を、自分の思ったことを発表していく。



 ――未熟な傘屋さん――


 そう名付けた僕の発表は他の誰よりも限定的な内容だったが、それでも僕は満足だった。未熟な試みと笑った叔父の、誇らしげな顔とその思いを伝えることが出来た事が嬉しかったのだ。

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