(咲子、65歳編)最終章 夢見る頃を過ぎても

処女処女と、長年こじらせ続けていた私も、とうとう65歳になった。それでも、私はまだまだ人生を諦めていない。結婚だってしたいし、妊娠だってしたい。生理は終わったけど、まだ私には希望がある。今は人工知能を使って人工妊娠も可能な時代になった。


私は、こんな事もあろうかと思って35歳の頃に卵子バンクに卵子を冷凍保管しているのだ。もう私の母体は使えないけど、今は人工知能によって開発されたロボット母体によって、どんな年齢の女性でも子供を授かる事が可能になった。


ただ、卵子を長年冷凍保管し今まで維持させる為にはかなりのお金が必要だった。


私が最も社会人として輝いてのは、20〜30代の中盤にかけての頃だったように思う。


あの頃は、連載していた小説がどれもこれもヒットした。特に、官能小説が書けなくて迷走していた頃に博打のような気持ちで書いた小説「僕は文鳥」が大ヒットしたのだ。小説を何度読んでも、正直何処が良かったのかさっばりわからない。


ただ、あの作品はそれまでのような月野マリアの力を借りずに、完全に自分の力だけで書いた小説だった。正直、マスコミが「元AV女優、官能小説を卒業!新感覚異色サスペンス!」という形で囃し立てた事がヒットのキッカケになり、そして賞を獲得できたのも話題性と連動していたからだろう。


しかし、この小説がすべての躓きの始まりだった。小説はヒットし、ドラマ化、映画化と話がどんどん盛り上がったものの、映画の興業収入が今ひとつの酷評だったのだ。やがて、映画の評判が広まり小説の仕事が少しずつ減っていった。


やはり、私は一人で作品を作ろうとしては駄目だったのだろうか?月野マリアのストーリーがなければ、私は小説が書けなかったのだろうか・・・。


落ち込む日々が続き、やがて筆を取ることさえも少しずつ減っていった。その度に、「私なら、いつでも協力するんだけど。」と、マリアは助け舟を出そうとしつつ、結局私の為に我慢するといったことの繰り返しだった。


私は、すっかりしわくちゃのお婆さんになってしまったけど、幽霊のマリアはいつまでも美しいままで少し羨ましささえも感じた程だ。


あの頃の貯金をほぼ卵子凍結維持費に当てているが、しかしいくら卵子を凍結できた所で精子バンクから精子を購入して体外授精なんてさせて子供なんてできた所で果たして私は幸せを感じる事が出来るのだろか。


違う。私は、普通に旦那がいて、私がいて。そして、子供がいて。そんな普通の暮らしができる家庭が欲しいだけなのだ。


仕事が多かった頃は結婚しようなんて思いもしなかったが、仕事に行き詰まるようになってから年を老うごとに徐々に不安になっていった。当時の自分を振り返ると、自身の仕事が不景気だから結婚に逃げようだなんて何て女は勝手な生き物なのかと思った程だ。


しかし、ある程度年のいった女が婚活パーティーや街コンいっても、「年齢制限35歳まで」と書いてあるのが殆どだった。勿論、65になった今でも将来の不安から結婚がしたいし、たった一度で良いから素敵な男性に抱かれてみたいという気持ちはまだ消えていない。


しかし、結局何もできぬまま悶々とした気持ちを抱えては「ふう」とため息をついてボロアパートに帰る私。そして、いつものように何気なくテレビをつける。


「今日のニュースです。今から、ノーベル文学賞を受賞した片桐さんのインタビュー生中継が始まります!」



私は、草臥れた蜜柑の皮をペリペリとめくり、既に乾燥しきった蜜柑の実をかっぽじって何度も取ろうとした。何度も、何度もほじくっても固まった実は乾燥しすぎて取り出す事が出来ない。


ねえ。どうして。なんで取れないの。私だけ。なんであんなに頑張ってきたのに、結局私の名前で何も掴めなていないのよ。


結局、私が今まで書いてきた小説はどれも月野マリアのものだった。私は、殆ど作品のストーリーを創り上げる事はなく、ただ他人が考えたストーリーを文章として表現するだけの事をずっと繰り返してきた。しかし、代筆業を繰り返し続けるうちに私には「いつか、私自身でオリジナルの作品を考えて文章にできて、そして私の名前で書ける日が来たらいいのに」と、思うようになっていたのだ。


しかし、人には得意不得意分野がある。それぞれの得意分野をチームプレイで活かす事で初めて一つの作品として創り上げる事も一つのプロの仕事なのだ。私は、きっと自分自身の得意不得意分野を把握していなかったから、うまく活かしきれないものにチャレンジして失敗してしまったのだ。


マリアなら、きっと映像化されたらどんなシチュエーションが画面で映えるのかなどしっかり計算してストーリーを作成する事だろう。私ときたら、その時の自分のエゴを作品に思い切りぶつけてしまっていただけだったのだ。


その為、私の完全創作ストーリー「僕は文鳥」は、全体的にダークな展開と登場人物の台詞が多すぎた事や、残虐なシーンがR指定にせざるを得ないなど、ヒットしにくい要因をふんだんに盛り込んでいた。


唯一成功したと思えたのが、この作品で再起を賭けた若手イケメン俳優の古池の鬼気迫る演技がVシネマ界の目に止まり、その後幾多ものVシネマに出演するようになった。爽やか若手俳優だった古池の顔つきはすっかり厳つくなり、今やVシネマの帝王として君臨するようになった。


ぼんやり過去の作品について「もっとこうしておけば」と物思いに耽っていると、テレビでは片桐のインタビューが始まっていた。私は思わず画面を食い入るような眼差しで凝視した。


「あの時、僕は人生で最大のチャンスに賭けました。あの頃は、本当に貧乏で辛かったです。


それでも、妻のマリコや子供達が僕をずっと支えてくれていたんです。


だから、僕は頑張れたんだと思います。僕1人じゃない。僕に関わった全ての人に「ありがとう」って此処で伝えたいです。」


ぼんやりテレビのインタビューを見ながら、私は既にカビが繁殖した蜜柑の実をかっぽじり続けていた。昔あんなに嫌な女と思っていたマリコも、今や聖母扱いか。それに比べて私は・・・。


ねえ、片桐君。「私に関わった全ての人へ」って、もしかしてそこに私は入ってるのかしら?それとも、既に記憶の片隅から私の存在は消されているのかしら。たった一度、過ちを犯しかけた女の事なんて、忘れてるよね?きっと。


なんで、いつも出会う人出会う人片桐君とばかり比べちゃうんだろう。わたし、もしかして本当に片桐君の事を本当に好きだったのかな。涙がするりと頬を伝う。


ああ、私何やってんだろう。5年前に入会した「60歳からのシニア向けの結婚相談所」の会費も、いつの頃からか払えなくなっちゃって、気づけば強制的に退会させられちゃった。シニア向け結婚相談所では、結局「僕を介護してください」って男としか出会えなくて、「ああ、私ももうそんな歳か」ってセンチメンタルになるばかりだった・・・。


私、これからどうなっちゃうんだろう。独り身で、誰が介護してくれるんだろうか。もう貯金も底をついてきたし。今更私が何を小説書いた所で、出版社は「ああ、あの月野マリアか」と相手にしてもらえない。ブームになった人間ほど、一度バツがついた時の代償は大きいのだ。


ずっと、ずっとこれから1人なのかな。死ぬまでずっと。こんな事を、私はあの時本当に望んでたのかな。ねえ、片桐君。


今から丁度30年前、突然片桐君から1本の電話がなった。


「なあ、咲子。俺、仕事辞めて、WEBライターになろうって思うんだ。」


「は、はあ?ライター?なんでまた!今の仕事辞めたら、フリーランスで活動するって事なの?


片桐君、マリコには反対されなかったの?はっきりいって、文章を書き続ける事は凄く大変よ・・・絶対辞めた方がいいよ!」


「俺さ、お前が必死に物書きの作業していたのを横目で見てて、ずっと憧れがあったんだ。


俺には、お前や月野マリアのような才能は何もないけど、どうしてもチャレンジしたいんだ。」


それにしても、妻でも愛人でもない私に、何でそんなことわざわざ報告してくるんだろうか。ふとそんな事を思っていたら、片桐君は「お前とは、一時でも共に仕事した同士だから」と言われた。男同士の友情みたいな事を言われ、私は片桐君にとってずっと女ではなく同士だったのかと思うと、ふと長年片思いしていた事が虚しくなった。


丁度私の仕事が少しずつ減っていった頃に、片桐君が書いた人気ブログ小説「処女、官能小説家になる」が大ヒットした。まだ男性経験のない女子高生に、元AV女優の幽霊が取り憑いて一緒に官能小説を書くという奇想天外な物語だった。


年が経つのは早いもので、気がつけばあっと言う間に私も65歳だ。


死ぬ間際のたった1日前だけでもいいから、ほんの少しの幸せを実感できるくらいの些細な幸せでもいいから・・・今の私の夢は、死ぬ前に「ああ、生きてて良かった」と思う事だ。


腐った蜜柑を頬張りながら、思うの。私は、まだまだ腐った蜜柑なんかじゃないって。ねえ、片桐君?


貴方は、どんな時も常に自分らしく生きている人だった。決して素敵な人ではなかったし、ズルくて卑しい部分も沢山あったけど、私にとって貴方の背中はいつも眩しかった。


今も、目をキラキラさせながら楽しそうに話す貴方の横顔が脳裏に焼きついてる。


ブラウン管越しの片桐君は、「本当に、皆さんのおかげです・・・。ありがとうございます・・・。」といって、涙を流し続けた。両手には、妻マリコの遺影を抱えていた。


(完)












































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処女、官能小説家になる 多良はじき @hazitara-24

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