第8話 不思議なレンタルビデオ店

生まれて初めて、私は片桐君に連れられレンタルビデオ店に入ることになった。


しかし、私が「ねえ、これビデオ借りたらどうするの?ねえ?」と、不安そうに言うと、


「そんなに心配しなくても、大丈夫だって!大丈夫!俺が飛び切りにいいビデオ借りて来てやるからさ!

その代わり、お前!レジに持ってく人担当な!」


はぁ?

ちょっと。待ってよ・・。


確かに、レンタルビデオのアダルトコーナーのゲートに入るのは少し勇気がいる。


暖簾の奥から、脂ぎった中年男の姿が見える。それから、少し痩せ気味で動きもキョロキョロと挙動不審な男。


普段は普通なのかもしれないが。

今は、どいつもこいつも変質者に見えてしょうがない。正直、近寄りたくは無い。


もし。

処女が、あの男達の付近に近寄ってアダルトビデオを物色するという行為を犯すなんて。


おいおい。

幾らなんでも、レベル高すぎるだろ。


ドラクエで行ったら、経験値1にもなって無いんじゃないのか?


それとも、ここで私がゲート潜ったら。

私の経験値。1か2位はアップするかしら?


うーん。

でも、レジにアダルトビデオ持っていくのもかなり高度な行為じゃない?


だって、店員さんに


「あー、こいつ。大人しい顔して。こんなエグいビデオ借りるんだー。しかも、男同伴じゃーん。」


とか思われるんでしょ?


わー!どうしよ!どうしよ!


なんか、想像しただけで耳まで真っ赤になるんだけど!


しかも、しかもさぁ。


店員さん。片桐君とはまた別のタイプだけど。真面目そうで、長身爽やかイケメンさんだし。


あのイケメン店員さんに、初対面でエロ女って認識されるのも・・いっ・・嫌だよ、片桐君!


「ねえ・・。ちょっと待ってよ。

私、あの店員さんにビデオ持っていくの嫌だよ・・。」


「なっ、なんだよ。オメェ。


処女でガリ勉の癖に生意気なこと言うんじゃねーよ。


ただでさえ、俺がお前の為に時間を割いてさぁ。こんなに、お前の為を思って動いてやってんだぜ?ありがたく思えよな!


普通なら、お前レベルの女と道を歩くなんてなぁ。

俺レベルの男になったら、絶対あり得ないんだからな!」


「いや・・でも、店員さん。男だし・・。


私、ただでさえ処女でアダルトビデオなんて借りたことないのに・・。


レジに持っていくの、恥ずかしいよ・・。」


「なっ、何だよ!お前!

レジの男が、イケメンだから?


お前、何?

色目使おうとしてんの?


ってか、お前。俺の事好きなんだろ?


だったら、別にあんなレジの男に何思われようがどうでもいいだろーがっ!


それに、あのレジの男はなぁ。

お前みたいなガリ勉で垢抜けない女なんて、相手にするわけないんだっちゅーの。


勘違いすんなよな。」


「い、いや勘違いとか・・そういう事じゃなくて・・。」


と、私達が揉めていると。


さっきまで、ビデオを整理していたイケメン店員がこっちにやって来た。

「すみません。どうかされましたか?」


短髪の黒髪に、白い肌。

黒縁メガネがよく似合う。

メガネの奥から、キラキラした瞳が眩しい。


「あっ、あのう。アダルトビデオを借りに来たんですけど・・」


と、私が言うと「わっ、わーっ!わーっ!お前っ、何!単刀直入に言ってんだよぉぉ!」と、隣で片桐君が喚きだした。


片桐君、耳まで真っ赤。

かっ、可愛い・・。


「はい。アダルトビデオを借りたいのですね。かしこまりました。


もしよろしかったら、この私がお勧めの一品をセレクトさせて頂きますが。

レジも、コッソリこちらの方で処理させて頂きます。


帰宅時には、電話一本頂ければ!


まるで、ドライブスルーのように出口でお品をお渡しさせて頂くことも可能です。


正直、レジより目立つか目立たないかは微妙ですがね。


そうすれば、ビデオを借りにいくことで揉める事もなくスムーズだと思います。


しかし、肝心のビデオですが。


お客様のご嗜好も考慮してチョイスさせて頂きたいと思っておりますので。


お客様方の嗜好を、是非私に聞かせて頂きたいのです。よろしいでしょうか?


さて。

お客様達は、どのようなビデオを借りたいのですか?


①ノーマルな有名単体女優もの

②ロリ系

③アイドルの誰かさんソックリ系ビデオ

④企画ハード物

⑤女性向けのビデオ。イケメン男優メイン。主に、シルクラボなど。

⑥僕のお勧めです


「さぁ、どうされます?」と、淡々と表情ひとつ変えずに、イケメン店員は業務的に答えた。


周囲の客は、この光景を見て少しクスクス笑っていた。


正直、レジにビデオ持っていくより恥ずかしい気がしてきた私達なのであった。


「あのう・・月野マリアの作品ありませんか?」と、私は店員に尋ねた。


すると、今まで冷静だった店員がうって変わって、


「えっ?

あ、あの・・ハードプレイ専門の中でも、特にマニアックな伝説の企画女優!


月野マリアのビデオですか?


あなた、正気ですか?

あんなもの、正気で見たら気絶しますよ!


月野マリアは、犬や馬と行為からスカトロまで何でもアリの女優ですよ?


一番僕が見て酷かったのは、縄で吊るされて肥溜めに落とされる奴とか、


あと「100人乗っても大丈夫!」ってビデオの奴もありましたねー。


本気で100人のブリーフ男達が、

ただひたすら月野マリアに乗り続ける・・


しかも、これを30分間の間で全て行うのですよ!


ハイ!次!ハイ!次!みたいな!


なんかもう。


正月の餅つきみたいな感じでしたね。


ラストシーンでは、月野も体力無くなってゼェゼェ言ってて・・


声も出なくなって、時々水分補給して続けるんですよね・・。


もはや、マラソンみたいなビデオだなと思いました・・。


しかし、あのビデオは後に「世界最短のランニングぶりで性行為をした女」として、


ギネスに載ったという記念すべきビデオでもありました。


テレビでこそ話題にはならないものの、ネットなどでは話題になり、


一時期は、レンタル待ちのお客様がパンク寸前になるほどの人気でした。


彼女は、誰も真似した事のないエロスに次から次へとチャレンジしました。


そして、中国などのアジアで絶大な人気を誇りました。


中国の大富豪から、何度も「5億で俺の愛人にならないか?」など愛人契約の話も沢山あったと聞きます。


しかし、彼女は仕事にプライドを持って生きてきた女優です。


彼女は、あくまで「自分の中に湧き上がる、エロチズムの世界を表現し、感動させたい。」という、強い意志を持って活動してきた女優さんだったのです。


そんな彼女は、ある日「ストーリー作家として、私の中のエロチズムの世界を、世の中に発信していきたい。」と言ってAV界を去りました。


彼女のファン達の、嘆き悲しみ方は異常でした。

連日、彼女のブログには「辞めないで!」のカキコミが相次いだそうです。


なぜか、文章はカタコト平仮名と絵文字のみ。


ブログ内は、自撮り写真アップばかり。


ストーリー作家になる人とは、到底信じられない位国語力の無いブログだったそうですが・・。


確かに、偉大なるAV界のカリスマ女優ですが・・あなたのような、どっからどう見てもエロスに疎そうな芋くさくてモテない女が・・、

貴方には、刺激が強いと思うのですよ。


だから、まずは登竜門として。

僕のお勧めのビデオ・・。」


と言って、店員が自身お勧めのビデオを探しに行こうとした瞬間。


私は思わず「待って!」と、叫んだ。


違う・・・。


私は。


月野マリアが表現したい世界を、文章で描きたいの。


その為には、月野マリアの作品を見る必要があるんだ。


彼女の目の奥には、暗くて深い悲しみがあった。


実父に処女を差し出され、実母に金の為に性の世界で家畜のように働かされた日々・・。


私のような、平和でぬくぬく親に守られ生きてきた女には到底知ることもない世界。


まして、男性経験ゼロの私にとって。


AV界のカリスマ女優の貴方の世界を知ることは、ジャングルに裸一貫で飛び込むようなものかもしれない。


しかし。私が、彼女の気持ちを描く為には。

貴方自身を、私の中に憑依させる必要がある。


まず、貴方の事を知らなければならない。


私、彼女と約束したんだ。


刑務所から、絶対に生きて返ってきてって・・。


そしたら。

貴方の為に、最高の作品を作って。


そして、読ませてあげたいの。

貴方の原作を元に描いた、最高の作品を・・。


月野マリア。


待ってて。


私、絶対。絶対、貴方の為に最高の作品を作るから!


「ちょ、お、お前!まじ借りんのかよっ!それ、企画女優モノでかなりハードなんだぞっ!」と隣でわめく片桐君を尻目に、私は月野マリアのビデオを大量に借りた。


ビデオは、店員さんが全部チョイスしてレジまで持って来てくれた。


隣で


「いや、やっぱりさ・・。

うーん。何て言うかさぁ・・。


男女が一緒にこんなの借りるってのはさぁ・・、やっぱ恥ずかしくね?


や、やっぱ辞めない?


だって、他の客達も俺らの事・・


さっきからチョイチョイ見てくるし・・。」


と、オドオドしながらブツブツ言う片桐君。


何いってんの、貴方が言い出しっぺでしょうが。この土壇場で、何を言うかと思った私は少しイライラした。


片桐君の事が、大好きな筈の私。


でも、こんな些細な事でイライラするのは何故だろう?


「もう、しょうがないわねぇ。本当、可愛いんだから。片桐君ってばぁ!」


という気持ちよりも、


「あー、もー!さっきから、ゴタゴタうるせぇ!


さっきから、俺はコレやるから。お前コレやれよだの・・。


「お前の為に」と言いながらも、実はアンタがビデオ借りて見たいだけなんじゃねーの?と、思った事。


いざレジにビデオを大量に運んだ時には、「や、や、やっぱ辞めようぜ!周りの目が気になるし!」って!


さては。小心者か?」


と言う気持ちの方が、正直強かった事に気づく。


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