30 A New Beginning (3)

 それはオレンジ色の髪をハーフアップにした男性だった。黒い軍服が、彼が聖戦士であることを告げている。その体に背負われるは、人の背丈ほどもある鉄扇。血のように赤い目がワイアットを見下ろしている。


 ワイアットと同じ色の目、特殊な形の波動機。特徴的な話し方。その圧倒的な存在感に、ワイアットの中の時間が一瞬止まる。似たようなシルエットをどこかで見たような気がした。


「どうして君がここに……」

「だって、遅かったシ。自分が倒した方が早いっしょ。ましてや……ねぇ?」


 突如現れた男性はワイアットの方を見るとニッと歯を見せて笑う。ワイアットと同じ鮮血の目は優しく細められる。だがその目の奥は笑っていない。


 名前も知らない男性が現れたのにはワイアットが起因しているらしい。クレアと男性のやり取りからそれが伺えた。そして目の色から、この男性もワイアットと同じ人造聖戦士だということもわかる。


(もしかしてこの人も、ルー君と、同じ?)


 男性の見た目から、言動から、感じる。その考えに予感に、ワイアットは胸の鼓動が高鳴るのを感じた。背丈ほどもある鉄扇に目が吸い込まれる。


「ってわけで自分が、他の入口にいたエア二体倒してきたヨ。熊が進化したタイプのエアだネ。この肉、美味しいといいんだけど」

「ティファ!」

「それとも何? クーちゃんは自分が助けに来ない方がよかった?」

「そんなことは――」

「新人と復職者に狩らせるエアじゃないからネ。クーちゃんだって、レガリアにエネルギー供給したからギリギリっしょ?」


 ティファと呼ばれたオレンジ色の髪をした男性は笑みを崩さない。笑顔の下に別の感情を隠したまま、何事も無かったかのように平然としている。


「そんなことよりさ、クーちゃん。自分のこと、この二人に紹介しなくていいの?」


 ティファが悪戯を仕掛けたばかりの子供のように楽しそうに、それでいて残酷な笑みを見せる。口から出された舌がその唇を優しく舐めていく。オレンジ色の毛先が風に吹かれて揺れた。


 背丈はワイアットより頭一つ分高い。黒い軍服は皮膚に密着しており、その下にたくましい筋肉があることを示している。よく任務で外にいるからだろうか。肌は程よい褐色をしていた。


「自分はティファニー。愛称はティファ。波動機はこれ、鉄扇。こう見えて、結構強いんだよネ」


 耳に心地よい低音ボイスが響く。特徴的な話し方と突然始めた自己紹介に、クレアが頭を抱える。


「長い任務から帰ってきたんだ。クーちゃんに報告があったから。でも……そこのお二人さんを見て、報告が増えたカナ」

「ティファ。ここは外だ。エアがいる。要件は簡潔に、長くなるなら中で――」

「じゃあ、このお二人さんも連れてっていい? 自分、この子達にが湧いちゃったヨ」


 ティファニーの言葉にクレアの顔が一瞬青ざめる。だがすぐさま横目でワイアットとエイラの姿を捉え、苦笑いで表情の変化を誤魔化した。


 エイラとワイアットはというと、互いに顔を見合わせて頷いている。二人はティファニーの見た目と波動機から、ある確証を得ていた。


(間違いない。この人、ルー君と同じだ。アトランティスの人だ。レガリアにいるって言ってた四人の内の一人だ)


 鮮血の目は虹彩を特殊な手法で染色された証。特殊な波動機はワイアットと同じ人造聖戦士である証。そして、ワイアットを意識していると思わしき言動。ルーイに初めて会った時には気付かなかったことが、今のワイアットにはよくわかった。


 知らないふりをしているつもりらしいが、ボロが出ている。ルーイと会った時に気付かなかったのは、アトランティスに関する記憶を何も思い出していなかったから。他の被検体についての記憶を知らなかったから。


 奇妙な沈黙が場を支配する。エアが倒されたことを知ってか、東門が静かに開かれる。扉の開く音がやけに大きく、不気味に響いた。



 アリアンレガリア支部の最上階にある支部長クレアの書斎。そこには四人の聖戦士が集まっている。黒い軍服を身につけた者が集う様はどこか不気味である。


 軍帽を被るクレアは書斎にある机の前に座る。ワイアット、エイラ、ティファニーは机を挟んだ状態でクレアの真正面に立っていた。真っ先に口を開いたのは……事の発端である聖戦士、ティファニー。


「東方にて、怪しい動きがあったヨ。エアの大群がこっちに向かってきてる。方角的に、フィーロンの方カナ」

「フィーロン?」


 フィーロン。それはエイラの故郷。エイラが逃げてきた、聖戦士の育たない地上都市。ティファニーの口から発せられた予期せぬ言葉に、エイラは動揺を隠せない。


「自分はエアの大群を阻止したい。そのために、この二人を連れて行きたい」

「エイラは復帰してまだそう長くない。ワイアットに至っては新人。他の聖戦士ではなくこの二人を指名するのはどうしてかな?」

「どうしてだと思う、クーちゃん?」


 エアの大群がいる可能性がある。それを討伐するとなれば、普通であればそれなりの経験者を集める。新人らしくないとはいえ、エアとの戦闘経験に乏しいワイアットを選ぶことはまず有り得ない。


 エイラは経験者ではあるがハンデがあった。右足の膝から下が義足なのだ。そのハンデを微塵も感じさせない動きを見せていたが、エアの大群を相手にするとなるとこれを考慮せざるを得ない。


 クレアの疑問は支部長として当然のことと言えた。だが理由を問うも、ティファニーは問いに問いで返してくる。まるで「クレアなら答えを知っている」と言わんばかりに。


「飛空艇って知ってる?」

「空飛ぶ船、だっけ。エアが現れる前の時代、開発されていたっていう」

「そう、それダヨ」

「飛空艇がワイアットとエイラにどう関係あるのかな?」

「エアの大群の近くで、地中に埋まった飛空艇を見つけたのサ。多分フィーロン製。自分とこの二人の特徴を知るクーちゃんなら、この先は言わなくてもわかるよネ」


 ティファニーの本当の目的はエアの討伐ではなく、その近くにある地下に埋まった飛空艇。そしてその飛空艇を手に入れるためにワイアットとエイラが必要なのだという。


「もっと簡潔に言う? クーちゃん、耳貸して」


 クレアが直ぐに応じないことに苛立ったのか、ティファニーがクレアの真横に移動する。そしてその耳元に口を近付けた。


「ワーちゃんの聴力とエイラの知識が欲しいのサ。アトランティスに行くために、ネ。大群なんて、自分一人でなんとかなるヨ」


 その言葉はワイアットとエイラに聞こえないよう、ヒソヒソ声で告げられた。誤魔化さずはっきりと告げられた目的。それがクレアの表情を曇らせる。


「上手くいく保証は? 飛空艇を持って帰れる保証は?」

「うーん、八割ダネ。動くかは二人次第。心配なら、他にも聖戦士連れてこうか?」


 問題となっているのはエアの大群ではなく飛空艇。ティファニーは帰還できるかではなく飛空艇の持ち帰りを前提で成功率を答えた。エアの討伐には自信があるということだ。


 ティファニーの目的がエアの討伐ではなく飛空艇である以上、下手に人を集めない方がいい。ワイアットとエイラは別として。そう、クレアは決断を下す。


「……わかった。ワイアット、エイラ。ティファニーと一緒に、東方に向かってくれるかな?」

「長期任務になると思うケド、よろしくネ。大丈夫、自分が二人を守るからサ。二人はただでいいヨ」


 クレアが認めたとなればワイアットとエイラに拒否権はない。何が起きるのか、どんな戦いが待ち受けるかもわからないままに、二人はその任務を了承する。今、運命の歯車が大きく動き出そうとしていた――。




第一部「Awakened Boy, Wayatt」完

第二部へ続く……

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Blue Sky 暁烏雫月 @ciel2121

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