episode3 What is Paradhin?

7 What is Paradhin?(1)

 外がどんなに晴れていようと、どんなに雨風が酷かろうと、都市という名の建物の中では意味がない。ビルを模した建物の内部からは限られた者しか外を見れないのだから。


 地上都市レガリア。その二階は医療に特化した医療区画。六年に及ぶ長い眠りから目覚めて一ヶ月の少年、ワイアット・グランバーグは今、医療区画にあるカウンセリングルームにいた。


 机を挟んで向かい合うのは赤紫色の癖っ毛を持つ女医、シェリファ。ワイアットの目の前の机には、黒い軍服や靴、波動機と思わしき銀色の刃を持つ輪刀が並べられている。


 体力こそまだ少ないが、すでに自力で動けるようになった。歩くことも物を掴むことも、一人で暮らすことも可能だ。車椅子を離れて行動するようになったワイアットは今日、シェリファにカウンセリングルームへと呼ばれていた。


「リハビリ計画を立てて以来ね、ここに来るの。早速本題に入るわ。あなた、死ぬ覚悟は出来てる?」

「え?」

「エアを恐れてたら、死ぬ覚悟もなかったら戦えない。ここは、聖戦士が戦うための、エアに勝つための自信を身につける場所でもあるの」


 突然死ぬ覚悟を問われたワイアットは当然のように面食らう。せっかく動けるようになったと思ったら今度はさも当然のようにこんなことを言われて。驚かない人がいるはずがない。


「三万人と二万八千人。何の数かわかる?」

「わかるはずないよ。何の数字?」

「まぁ、知らなくて当然ね。あなたの故郷、アトランティスには関係ない数字だもの。いいからよく聞きなさい。は都市が出来てから今日までのレガリアにいる聖戦士の数。はその中で戦闘中にエアに食われて死んだ、いわゆる殉職した聖戦士の数ね」


 シェリファの言葉にハッと息を飲む。その言葉が正しければ、聖戦士の約九割がエアとの戦闘で死んでいることになる。逆に言えばそれだけ、エアとの戦いに危険が伴うということ。


 この数字がシェリファの言う「死ぬ覚悟」に繋がる。死を恐れていては、死の危険が付きまとう聖戦士としてまともに戦えない。故に聖戦士には「死ぬ覚悟」が求められるのである。


「犠牲者の大半は都市が出来たばかりの頃ね。まだ、昔の街の痕跡が残っていた頃のことよ。アトランティスからあなたの知り合い四人が来てからは生存率が上がったわ。どうしてかわかる?」

「僕達が特別だから、かな。人造聖戦士ってものだから?」

「まぁ、そういうことになるわね。人造聖戦士と聖戦士の違いについて、少し話そうかしら」


 シェリファの黒い目がワイアットの顔をじっと見据える。その眼差しに耐えられず、ワイアットは目を逸らしてしまった。


「聖戦士は遺伝子を書き換えた人間。遺伝子を書き換えることで、エアの持つ優れた筋肉と自己治癒力を取り入れてる。でもあくまで四肢の筋肉と自己治癒力だけしか改造されてない。逆には、産まれる前から遺伝子を操作されてるの。だからその分エアに近い優れた能力を持ってる。頭はついていけてる?」


 シェリファの言葉にワイアットは小さく頷く。だがその赤い目はシェリファの方を見ようとすらしない。実際に自分という存在について聞かされると、複雑な気分になったからだ。


「ここで質問。波動機の形、つまり聖戦士が扱う武器の種類ね。どうやってそれを決めると思う?」

「武器の、種類? うーん。聖戦士は波動を使う。エネルギーを増幅するのが波動機、だよね? 聖戦士の持つエネルギーの種類、とか?」

「近いわね。エネルギーの種類の他に体格とか性別、なんかを見極めて形を決める。別に武器に関係なく波動を発動してもいいの。でも、みんなその発想が出てこない」


 シェリファはそこまで言うと机の上に並べられた軍服達を見る。その中から一つ、フラフープのような形をした刀を指で示した。輪状になった刀身、輪の二箇所に持ち手がある。それは輪刀と呼ばれる武器である。


「基本的な扱い方ならわかる。でも、この武器の正しい扱い方は私にはわからない。あなた達人造聖戦士は、区別するために特殊な武器を与えられたみたいなの。残念ながら、あなたが思い出すしかないわ」


 そのまま、シェリファの指が靴の方へと動く。それはくるぶしと膝の中間までの丈を持つ、革で出来た黒い軍靴だった。よく見ると靴底に白いタイヤらしきものが四つ、付いている。


「次はこれの説明ね。靴なんだけど、これも波動機の一つ。波動靴って呼ばれてるの」


 そうワイアットに告げるシェリファの笑みはどこか寂しげだった。





 シェリファが波動靴として紹介したのは黒い革製の半長靴はんちょうか。その靴底には前輪二つと後輪二つの計四つ、白いタイヤのようなものが付いている。要はただのローラーブーツである。


「タイヤのついた靴、か。動きやすそうだけど、草地とか足場が柔らかい場所だと不便そうだよね」

「これは、聖戦士がエアと対等に戦うために作られた補助具なのよ。ただのタイヤのついた靴じゃない。言ったでしょ? これも波動機の一つだって」


 波動機の一つとされる、四つのホイールの付いた軍靴。その細かい仕組みは分からないが、ワイアットは察する。これはただのローラーシューズではないのだと。


「この靴は、武器ではない形の波動機。とは言っても、大半の聖戦士は普通に動かすことしか出来ないんだけど。とにかく使い方を説明するわね。……エネルギーの消費無しに、地面を蹴る力、つまり脚力でタイヤが回転する。聖戦士は身体能力が強化されているから、タイヤが高速回転して熱を持つ。ここからが重要。この靴は聖戦士の脚力から生み出されたエネルギーを応用して、草地や不安定な足場でも走ることを可能にしてる。波動機の仕組みを応用しているから、波動靴って呼ばれてるの」


 シェリファが靴底をワイアットに示しながら説明する。よく見ると白いタイヤには溝のような凹凸がある。また、靴底も一般的なそれより厚みがある。


「この靴には波動機としての特徴、つまりエネルギーを増幅することで波動を発動する機構が組み込まれてる。使い方次第では空を飛ぶことも、動きを加速させることも可能なの」

「それは、他の聖戦士には出来ないの?」

「できる子もいる。でもほとんどの子が、ただの靴としてしか機能させられない。波動機を複数同時に使いこなすのは難しいの。あなたなら、出来るかもしれないけど」

「それは、僕が人造聖戦士だから?」

「違うわ。あなたはかつてこれを使いこなしていた。そう、同じ都市から来た四人が話していたから。素質があるならきっと、感覚を思い出すだけかなって」


 波動靴についてワイアットに教えるシェリファの顔は、やはり悲しそうだ。波動靴にいい思い出がないのか、ワイアットの今後を思ってのことなのか。その表情の理由はシェリファにしかわからない。





 聖戦士が身につける装備品の説明が全て終わった頃だった。タイミングよく、カウンセリングルームという名の個室にノック音が響く。「どうぞ」とシェリファが返事をすれば、すぐに扉が開いて人が入ってきた。


 椅子に座っていたワイアットは物音に反応して扉に目をやる。刹那、入ってきた人の姿を見て驚きのあまり口を半開きにした。言葉を出そうにも出てこない。


 緑がかった淡い水色の、綺麗だが儚い美しい色の波打った髪。初めて見た時と違い、今日は一つに束ねられていない。だからなのか、髪の華やかさが一際目に付いた。


 その濃い青紫色の瞳は初めて見た時と変わらず強い光を宿している。エメラルドブルーの髪とアメジスト色の瞳、そして色白の肌が幻想的な雰囲気をかもし出す。


 その右足は膝より下が白い義肢で出来ている。初めて見た時は義肢が身体に馴染んでおらず、常に血が床に垂れていた。だが今や、義肢と皮膚の接合面から血が流れる様子はない。


「え、ええ、え、えっエイラ?」


 カウンセリングルームに入ってきた見覚えのある姿に動揺したワイアットは、つい言葉が激しくつっかかる。すんなりとその名前が出てきてはくれなかった。なぜなら、ワイアットと入ってきた人物――エイラとの出会いはお世辞にも良いとは言えなかったから。


「えーと、たしか……ワイアット、よね? 君、聖戦士だったの? 軍服の違いもわからなかった君が?」

「あ、あの時は、目覚めたばかりだったから。今はわかる。リハビリの一環で習ったんだ、このレガリアでのルールについて」


 驚きを隠せないワイアットとエイラ。そんな二人を遮るように、シェリファが手を叩く。


「はいはい、感動の再会はそこまでよ。状況がわからないだろうから私から説明するわね。ワイアットの聖戦士としての訓練、リハビリはシェリファにやってもらうの。シェリファ、お手柔らかに頼むわね。ワイアット、ここにある荷物全部持ってシェリファについて行って」


 互いに驚いたままのエイラとワイアット。そんな二人を仲介するように、シェリファが二人の事情を説明した。もちろん、いきなり事情を説明されたからとそう簡単に受け入れられるはずがないのだが。

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