第5話【遊】・2

ウサギの耳を模したカチューシャや帽子などを身に付けた人々がゲートの向こうに溢れていた。

雅が見慣れない光景に視線をあちこちへ飛ばしながら剛堅なゲートをくぐろうとすると、紺と白を基調にした制服のスタッフが慌てて駆け寄ってきた。


「申し訳ありません…あ、あの…字持ち…ですよね」


少しオドオドとしている様子からして、新人のようだ。


「あ…はい」

「そちらの方々も…ですか?」


それぞれが怪訝そうな顔をしつつも頷くと、スタッフはさらに眉尻を下げて言った。


「字持ちの方のご入場は…ご、ご遠慮ください…」


やはり人が集まる施設では字持ちの入場は断られているようだ。かといって、自分達はNOAHとしての身分証明が出来る物も特に持っていない(もしかしたら後ほど渡されるかも知れないが)。雅がそう思っていると、少し離れて―恐らく兄・聖と通信していたであろう因幡が戻ってきた。

胸ポケットから警察手帳のような物を取り出すと、それをスタッフに掲示した。


「私達はNOAHの局員です。今日は捜査の為に入場を許可してもらえるよう書類が届いている筈ですが…」


因幡がそこまで言うと、隣のゲートを担当していたベテランスタッフが素早く無線で確認を取っていた。

やがて、ベテランスタッフがこちらへやってきて言った。


「申し訳ありません…NOAHの皆様ですね?確認が足りず、大変ご迷惑をお掛けしました。お手数ですが、スタッフ用ゲートからご案内致します」


深々と頭を下げた後、雅達を引き連れ裏へ回った。その間、誰も口を開かなかった。



*



「お疲れ様でした。こちらの通路をまっすぐ出て頂けると、ウサミーシアター(ステージでマスコット達がショーをする場所)の横に出られます。それでは、ゲストの方々のご迷惑にならないよう、よろしくお願い致します」


早口で言い切り、雅達とをきっぱり分けると、また深々とお辞儀をしてベテランスタッフは持ち場へ戻った。

二度の礼に込められた気持ちが、全く別の物に感じられた。


「すまない。嫌な思いをさせたな」


因幡がスタッフのように頭を下げるのを、灯が慌てて止めた。


「因幡さんが謝ることないですよ!」

「…どうせ俺ら、檻に入れとく猛獣と変わんねぇもんな」


吐き捨てるように千尋が言う。車内でもあれだけ明るかった黒宮も、今回はそれに同調した。


「…字持ちってやっぱ、肩身狭いよな。俺なんか、字持ちになる前も来たことあんのに」

「みんな…」


雅はどう言葉を掛けるべきか迷った。兄と二人、あまり明るくない幼少時代を過ごした為か、比較的こういった差別的な場面に慣れていて、千尋達に対し素直に頷くことが出来なかったのだ。


「ねぇ、せっかくの遊園地でみんなテンション低いよ!いいじゃん、VIPっぽくて!」

「…VIPよりは、俺はSPの方が渋くて好き」


黒宮が呟くように笑った。


「俺はVIPでいいよ。お前の事こき使ってやるから」


千尋がそれに重ねた。


「女SPか…悪くないな」


因幡も続けた。

やがてぽつぽつと会話が生まれ、全員に笑顔が戻った。

最近字持ちになったばかりで殊更ショックであるはずの灯が、この沈んだ空気をぱっと笑い飛ばしてのけた。黒宮が以前灯に感じた眩しさを、またここで感じていた。


「雅ちゃんはアタシの彼女でVIP側ね!」

「えっ?」


唐突な発言に、雅は思わず間抜けな声を上げてしまった。


「SPの方がよかった?」

「あ…ううん。灯ちゃんと一緒がいい」


自然と、雅の顔も綻んだ。返すように、灯も目を細めた。視線が交差する。

なんだか気恥ずかしくなってしまい、雅は因幡に訊ねた。


「因幡さん、そういえば聞いてなかったんですけど、どうして遊園地で任務なんですか?」

「そうだった。説明を忘れていた…班長になるのは初めてだから色々と至らないな」


苦笑したあと、一つ息を吸い、説明を始めた。


「今回接触する対象―長篠芽々ながしのめめが今日ここに来るという情報を、灯の情報を元に調べた。それでここで任務をすることになったんだ」


一体どんな情報網があればそんな事が分かるのだろうか。疑問に思う雅だったが、NOAHの事だからどうとでも出来るのだろうとそれ以上考えるのはやめた。


「そうなんですね。―あれ、長篠芽々って確か…」

「首席だろ、槍ヶ崎ウチの」


雅の手繰った糸を解いたのは千尋であった。


「あ、そうそう。テスト、いつも一番だよね、彼女」

「あの子も字持ちだったんだ、知らなかった。…千尋くんって勉強もやっぱ真面目にやってるんだね。順位までちゃんと気にしてるんだ」


灯はよく千尋をからかっているが、その憎めない話し方のせいか千尋がどんどん打ち解けていく様子が、雅には面白かった。


「だァから、俺は見た目だけだっつーの」


根元の黒い金髪を軽く引っ張りながら千尋は言う。


「はいはい」

「ていうかそれ自分で言っちゃうんだ」

「おっと…また一つ忘れ物だ。桐生、お前には渡す物がある」

「なんだよ…無線機か。武藤と森山が耳に入れてるやつだろ」


イヤホンに似たその無線機は黄色と茶色―虎模様のラインが入っていた。ちなみに雅は紫、灯はオレンジである。


「ああ。これは私直通の通信機で、横に生体認証センサーが付いているから、各自専用だ」

「りょーかい」


意外にも素直に受け取った後、千尋は確かに装着し、感触を確かめていた。


(虎になったら外れたりしないかな…?)


雅は密かに心配した。


「確認事項は他には無い―な。では、分かれて長篠芽々を探すが…」


そこで一度区切ってから、因幡はまた続けた。


「半分以上は学生だし、せっかくだから男女で分けるとしよう」


雅は当然の如く灯と行くつもりであったが、男女と言われてはそれは叶わない。因幡のまるでお節介な親戚のような発言に内心げんなりとした。

それに知り合って日の浅いメンバーでは揉めるかと思われたが、黒宮の一言ですんなりと分かれた。


「お、デートじゃん。武藤、一緒に行こうぜ」


容姿の良さを差し引いたとしても軽薄な物言いだが、灯は意にも介さず言った。


「うーん…まあ、顔知ってる人と一緒の方が黒宮も動きやすいもんね。いいよ、アタシと行こう」


恐らく因幡は班長として全体を見て回るはずである。こうなれば消去法だ。


「じゃあ、千尋くんは私とだね」

「ん?おう。さっさと見つけようぜ」

「私は単独で探す。何かあればすぐに合流出来るよう、通信機は常にオンにしておいてくれ。16:00までに発見出来なければ、またここへ集合するように」


こうして、改めて任務は始まった。

灯が隣にいないのは少々不安だが、千尋も頼もしい字持ちであるのは確かだ。今は、彼と協力して、長篠芽々を見つけることに集中しなければ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る