第2話 気付けば砂漠


 青と、金。

 それが初めにリルが認識したものだった。


「…………」


 ぐるりと周囲を見回して、絶句する。

 見渡す限り広がる、金の砂が広がる大地。抜けるような青空。建物どころか影すら見えない。

 太陽がじりじりと肌を灼く。とりあえず装飾の薄布を解いて、頭に被った。多分ないよりはましだ。


「ええと……?」


 もう一度辺りを見回してみる。何度か瞬きをしてみたものの、景色は変わらなかった。ついでとばかりに頬を抓ってみても、鮮明な痛みはこれが現実だということしか伝えてこない。

 リルはあまりのことに頭を抱えしゃがみこみ――そうになって、寸前でそれをやめた。


(……予想外のことが起きたときは、まず状況把握に努めるべきだ……ってザード兄様が言ってたし)


 深呼吸を繰り返して、自分を落ち着かせる。そうして三度みたび周囲を確認した。見渡す限りの金色の砂丘は、遮るもののない太陽の光に照らされて、痛いほどに存在を主張している。

 しかし、リルの住まう国、その周辺、もっと言えば大陸に――砂漠は、ない。

 そもそもリルは、この砂漠を認識する直前まで、自分の部屋にいたのだ。なのに屋外であることからしておかしい。


 これが夢でないと仮定するのなら、考えられる原因はひとつ。

 超常的な力が、この状況を作り出したのだ。

 リルは少し考え、右腕の腕輪に触れた。中央に嵌められている赤の精霊石イースを定められた通りに叩き、思念でもって呼びかける。


(イース・ナアル=【焔】、緊急事態なの、出てきて)


 数秒の間があって、精霊石イースが明滅した。精霊石イースから赤い光が飛び出て、宙に浮かんだかと思うと発火する。炎はみるみる勢いを増し、人の背丈ほどに膨れ上がったと同時、唐突に消えた。――そこに人影を残して。


 それは、リルより頭一つ分ほど背の高い、男の姿をしていた。少年というには老成した雰囲気で、青年と呼ぶには幼さの残る体つきの、年齢不詳というのがしっくりくる風貌。浅黒い肌、炎のように赤い髪は後ろで束ねられ、赤みの強い金の瞳が焦ったようにリルを映す。


「姫さん、なに、敵!? 暴漢!?」


 勢い込んで訊いて来た男はしかし、この空間に害意が感じられないことに気付いて目を瞬いた。そして慌てて周囲を見回し、自分達以外に意思ある生物が存在しないことを確認して、がっくりと肩を落とす。


「あーびっくりしたー。姫さんが『緊急事態』なんて言うの滅多にないから、なんかすごいヤバい状況にでもなったのかと……」


 『寿命縮まったって絶対』と零す男に苦笑を漏らし、リルは口を開く。


「誤解させたみたいでごめんね、焔。でも、『すごいヤバい状況』かもしれないから出てきてもらったの。わたしだけじゃ判断出来なくて……」

「? 判断って、何の――」


 言いかけた男は、何か思い当たることがあったらしく目を見開いた。それにリルは苦笑を深める。


「ここ、何処か、わかる?」


 男は空を見、地面を見、さらに四方を見回して――最後に、何やら宙に円を描いた。その軌跡に一瞬炎が灯るが、すぐに押しつぶされたように消える。


「……【禁智帯】――アズィ・アシークだな、間違いなく」

「やっぱり……」

「少なくとも俺は、精霊イーサーがうまく力が揮えなくなる場所を、他に知らない」

「それにどこからどう見ても砂漠だし、ね」


 アズィ・アシーク――【禁智帯】の一つであるその場所は、ありとあらゆる魔術的要素が拒絶され、その影響で砂漠化していると言われている。それはその一帯に、『外的魔力』が存在しないからだ。

 『外的魔力』は『魔術』や『魔法』を使う際に必要であり、また、この世界の均衡を保つ役割をも果たしている。故に『外的魔力』の存在しない【禁智帯】は均衡が崩れ、一面の砂漠、永久凍土の地、といったふうに、生命の育たない場所となるのだ。


「……で、ここが【禁智帯】のアズィ・アシークだろうってのはともかくとして、なんでまたこんなとこに居るんだ? 俺が精霊石イースン中戻る前はイースヒャンデ国内に居たよな。アズィ・アシークがあるのって海挟んだ向こう側の大陸じゃなかったか?」

「それが、わたしにもよくわからなくて」

「へ?」


 困ったように眉根を寄せたリルは、溜息をついて話し出す。


「……実はわたし、今日十五歳になったんだけど」

「え、マジか。俺聞いてないぞ!? 贈り物も用意してないし!」

「言ってないもの。っていうか気にしないでいいから。……それで、兄様達が、それぞれプレゼントをくれたの」

「兄様達って……ファレンとかセクトとかザードとかシーズのことだよな?」

「それ以外にわたしに兄様と呼べる人はいないってば。――なんていうか、状況からして、そのプレゼントが問題だったみたいなんだけど」


 言いながらリルは思い返す。


 最初にリルにプレゼントを渡しに来たのは、三番目の兄であるザードだった。

 いつものように満面の笑顔で、ついでに言えば飛びつかんばかりの勢いで、『誕生日おめでとうリル!』と朝一番に部屋に飛び込んできたのだ。

 ……寝起きにあの元気すぎる声は響いた……とちょっと遠い目になる。


 次にリルの元を訪れたのは、四番目の兄、そしてザードの双子の弟でもあるシーズだった。

 ザードと違って、自分の興味のあること以外には必要最低限以下の語数しか口にしないシーズは、ふらりと許可もなく部屋に入ってきた。そして何事かと目を瞬かせるリルの目の前に包まれてもいない素のままのプレゼントを落とし、すんでのところで受け取った様を見ることもなく、またふらりと出て行ったのだ。

 ザードが先に来ていなかったら誕生日祝いだということすら気付かなかっただろう。それほどに『祝う』という雰囲気からかけ離れていた。


 そして次にリルにプレゼントを渡したのは、一番上の兄であるファレンだった。

 いつも通り、自主鍛錬中のファレンに休憩ついでの昼食を持っていった際、『ああそうだった忘れるところだった』という言葉と共に何気なく渡されたのだ。シーズとの違いは、きちんとプレゼント用に包装されていたところである。

 ……まあ、鍛錬中も持っていたせいなのか、少々、いや大分、包装はよれてしまっていたが。


 最後にプレゼントを渡してきたのは、二番目の兄であるセクトだった。

 恒例となっている勉強会――と言ってもリルが一方的にセクトに教わっているだけなのだが――の前に、『誕生日おめでとう。今年もリルの誕生を祝えて嬉しいよ』と微笑みながら差し出されたのだ。

 病弱ゆえ儚げな見た目とは相反した、辛辣と言っても過言ではない普段からはかけ離れた態度に、毎年首を傾げることとなるのだが――果たして何故そんな態度なのかは今回もわからなかった。


 ……ともかく、四人から渡されたプレゼントの中身を確認してみたところ、すべて装飾具だった。

 ザードが指輪、シーズが足飾り、ファレンが首飾り、セクトが耳飾り――という、示し合わせたかのような取り合わせ。しかしザードを始め誰もそれらしきことを口にしなかったので、それはないだろう、とリルは思ったのだが。


 驚くべきことに、その装飾具に使われている飾り石が――すべて同じ種類のようだったのだ。

 しかも、リルの知らない石だった。セクトとの勉強やザードの旅の土産やシーズの実験等々で様々な石を見てきた己の知識にない石。何の石だろう、と気になって、調べようとそれらを手に図書室へ向かおうとした――次の瞬間に、リルはこの砂漠に立っていた。

 だから恐らく、この事象の原因はそのプレゼントなのだろうと思うのだが……何故か、今それはリルの手元にない。しっかりと手に持っていたはずなのに。


 こんなことになるのなら先に誰かに訊いてみればよかった、と思っても後悔先に立たず。誰かに聞くより先に調べる癖がついてしまっていたのだから仕方がない。

 それに、先に誰かに訊いたところで、この現象を回避できていたかというのはわからないのだし。


 事情をかいつまんで説明したリルは、どこか考え込む風な焔をじっと見つめる。

 焔は「あー」とか「うー」とか言いながら頭を掻いている。そして意を決したように話し出した。

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