第十話

 夕闇がそっと二条駅の空に降りて来た。

 午後六時を回った頃だった。


 そろそろ撤収しましょうか、と、青林女学院の生徒会長が声をかけると、それぞれの学校の生徒たちが撤収作業を開始した。

 私たちもそれに倣って、広げていた垂れ幕やら、たすきやらを取り外す。

 そして――肝心の募金箱の中身について確認した。


「すげぇ、やればできるもんだな。一日で、最新のゲーム機買えるくらいの額になった」


「やったね連太郎!!」


「馬崎、お前が止めなけりゃ、今頃札束くらい作れてたのに!!」


「……その前に、警察のお世話になっていたと思うが」


 高木くんと香奈ちゃん、そして、浩一こうさんと馬崎さんたちが、各々の箱の中身を確認して、それぞれ声を漏らしていた。

 そんな中、私たちもまた箱の中身を確認する。


 うぅん、やはり、口下手二人が集まったところで、出せる成果なんてたかが知れているということだろうか。中には、よく見積もって千円くらいの額しか入っていなさそうだった。

 まぁ、千円だけでも募金を集められたのだから、たいしたものだろう。


「皆さん、おつかれさまでした。募金の方は、青林学園の方で回収させて、後日、集計してしかるべき団体の方に寄付させていただきます」


 やって来たのは青林学園の生徒会長さんだ。

 亜麻色の髪が、夕闇に染まって、更に美しく輝いている。

 女でもはっとするような美貌を持った彼女だが、どうしてか、文学部うちの男性たちは、特に反応する様子はない。


 あまりそういう色恋沙汰とかには、興味がないのかもしれない。

 また、ちょっとそっちの気がありそうな香奈ちゃんにしても、特に反応を見せなかったのは意外だった。


 私だけだろうか、素直に、美人さんだなと思ったのは。


 そんな彼女に募金箱をまとめて渡す。

 すると、ふと、彼女が私の耳元で囁いた。


「天崎さん。実は、折り入って、貴方にご相談があります。この後、お時間を頂いてもよろしいでしょうか」


 他の部員たちに聞こえないように、気を遣ったと言う感じの口ぶりだ。

 それでいて、私に対して好意のようなものを抱いている、そう思わせるようなものだ。


 これが彼女のやり口なのだろうか。


 なんにしても、ようやく来たか、と、私は青林女学院の生徒会長が発したその言葉に対し、内心で思った。


 分かりました、と、また、私も、部員たちに聞こえないような小さな声で応える。

 すると亜麻色の髪をした乙女は、怪しく微笑んで、では、と、言って私から離れた。


 連絡を取る為に、文学部、ひいては、御陵坂学園の代表者として、彼女には私の携帯の電話番号を通達してある。おそらく、それで連絡を取ってくるつもりだろう。


 はてさて、かかった獲物は大きいか。

 夕闇の中に背を向けて、私たちから距離を取るその会長の姿を眺めながら、私は次に取るべき一手について、思いを巡らせていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 はたして、青林女学院の生徒会長からの連絡は、それから数十分もしないうちに、私のスマートフォンへと入った。


 二条城の北――二条公園で、午後八時お待ちしています。

 見ようによっては恋文のようなその文言に、少しばかり乾いた笑いが出た。

 香奈ちゃんといい、どうして私は、こうも女難の相があるのだろう。


 それはさておき。


「この時分ならまだ人通りがある。人を襲うにはちと早くないか」


「……本気で何か相談事があるということか?」


「けどそれなら、普通にカフェとかサイゼに入るので良くないですか? わざわざ公園に呼び出すあたりが意味深って感じ」


「先輩、命令を出してください。俺たちは先輩の作戦に従います」


 二条駅横のショッピングモール。

 その一階にあるカフェに入った文学部――こと御陵坂学園の若き『天眼の衛士』一同は、私のスマホに届いたメールを眺めて作戦を練っていた。


 正直に言って、カゲナシが人を襲う時間として、午後八時は早い。

 彼らは人を襲うにしても、もう少し人の目に着かない時間帯を狙うものだ。


 しかし、だからと言って、青林女学院の生徒会長を、白である、と、言い切ることもできない。これは、微妙な線の話だった。


 果たして、御陵坂学園の『天眼の衛士』を総動員して、事に当たるべきか、否か。

 もし、彼女がカゲナシでなかったとして、その時、個人的に会いたいと言った相手にその状況をどう説明するのか。


 また、こちらが集団であることを警戒して、彼女たちは尻尾を出さないかもしれない。


 悩む。そう思って私が目を伏せた時だ。

 どん、と、私たちが座っているテーブルの上に、突然、トランクケースが載せられた。

 それは――今朝、ボランティア活動の開始に先んじて、氷室くんが駅のロッカーに預けておいたものである。


 そして、氷室くんが得意とする水系の影縛術――それ用に調整されたた、もう一つの武器であった。


 ちょうどそれを取りに、外へと出ていた氷室くんが、テーブルの横に立っている。

 にやり、と、またシニカルに笑って、彼は私の方を向いた。


「天崎。単独で会え。集団で押しかけても、勘づかれてはぐらかされる。お前が、一人で会った方が確実だ」


「……ですね」


「おい!! お嬢に危ない橋を渡らせるつもりか!! 御陵坂学園での活動はお役目とはいえ、俺は反対だぞ!! そんなのは絶対に反対だ!!」


「浦戸さん、先輩がやるって言ってるんだから、それに従うべきでしょ」


「お姉さまがやるっていうなら、従うしかないよね。それに、その感じ、氷柱つらら師匠も何か策があるってことだよね」


「……氷室。俺が護衛につこう。遮蔽物が多い方がいいだろう」


「頼みます。馬崎さん」


 勝手に話を進めるなよ、と、息まく浩一こうさん。

 身を案じてくれているのはよく伝わるのだけれども、実際、今回の話は氷室くんの言う通りだ。私が単独で会わなければ、カゲナシの尻尾を掴むことはできないだろう。


 やるしかない。


 そして――。


「大丈夫だ、天崎。お前の身は、俺が絶対に守ってやる。だから安心して、青林女学院の生徒会長の前にその姿を晒せ」


「……氷室くん」


 自分をもっと頼ってくれ。

 そう、言った氷室くんが自信ありげに私を見て来るのだ。


 その視線に答えない訳にはいかないだろう。


 信じよう氷室くんを。

 それもまた、若き『天眼の衛士』のリーダーとしての、私の役目だ。

 彼ならば、きっと私を守ってくれる。誰よりも努力し、誰よりも真面目で、誰よりも抜け目のないかれならば――。


「わかった。お願いするわ、氷室くん」


「……あぁ、任せろ!!」


 いつもはクールな彼が、どうして、今日は少し熱血っぽく、そして力強く笑った。

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