Moon Seekers

kattern

プロローグ

第零話

 私に務まるだろうか。


 生家、天崎家の奥座敷。

 そこで私は膝を揃えて座っていた。

 目の前、脇息に肘を置くこともなく、座布団の上に同じく膝を揃えて構えているのは、四歳離れた私の姉――天崎瀬奈だ。


 京都を中心に関西一体で活動する『天眼の衛士』を取りまとめている姉。

 彼女は、火系の影縛術を得意とする『天眼の衛士』が、代々襲名する習わしの大名跡『大太郎亭天目だいたろうていてんもく』を、若干ニ十歳の若さで拝命していた。


 優れた姉である。

 尊敬していた。


 しかし同時に畏怖もしている。


 そんな彼女が、真っすぐに私を見据えて言う。

 黒い髪が静かに揺れた。


「美紀」


「……はい」


「兼ねてより話していた通りです。御陵坂学園高等部にて、若き『天眼の衛士』を養育しなさい。これは、京都守護役としての命でもあります」


「……私に務まるでしょうか」


「務まる、務まらないではありません。務めろ、と、言っているのです」


 姉は少し、きつめの調子で言った。

 もしここに浩一こうさんが居てくれたなら、私を庇ってくれただろうか。いや、浩一こうさんも、姉に教えを受けた一人だ、きっと黙って姉の言葉に頷くだろう。


 逃げられるものなら逃げ出したい。

 しかしながら、代々『大太郎亭天目だいたろうていてんもく』の名を拝する衛士を多く輩出し、今もまた、こうして姉がその名を拝命している『天崎』の家である。


 その家名にかけてでも、これはやらなくてはいけないことなのだろう。


 ふぅ、と、瀬奈姉が嘆息を漏らした。


 京都守護の頭目――名跡『大太郎天目』を継ぐものとしての顔ではなく、姉の顔に戻った彼女は、私に優しく微笑みかけた。


「そんなに心配しなくてもいいのですよ、美紀」


「ですが」


「御陵坂学園には大太郎亭火男だいたろうていかなん――浩一さんも居ます。敦賀の気比学園にも、助っ人を頼んであります。何も貴方一人で、全て、上手くやる必要はありません」


「……ですが」


「もう。貴方のそういう心配性は、いったい誰から受け継いだのか。お父様も、お母様も、そのように心配性ではなかったというのに。やはり、浩一さんが過保護に育て過ぎたのかもしれませんね」


 浩一こうさんは関係ないのではないか。

 確かに、浩一こうさんは私の火炎魔術の師匠だ。幼い頃から、付きっきりで色々と教えて貰ったのは間違いない。


 けれど、それが私の心配性にどう関係してくるのだろう。


 と、そんなことを考える私の前で、瀬奈姉が不意に表情を崩した。

 脇息に初めて肘をつき、ふぅ、と、横目を奥座敷の襖の方へと向ける。


 すると、その視線が向いた先で、かたり、と、何かが揺れる音がした。


 人の気配だ。


 誰だろうかと視線を向けると、指一つ分の隙間が空いている。

 そこから燃えるような紅い髪が揺れているのが見えた。


 浩一こうさんだ。


 なんだ、やはり、見ていてくれていたのか、と、ちょっとだけだが心が弾んだ。


 あぁ、もしかして、こういう所なのだろうか。


 とにかく、と、少しだけ語気を強めて姉が話を元に戻す。

 瀬奈姉は再び、重責ある『大太郎天目』の顔つきに代わると、背筋を伸ばして、私に向かって冷徹な顔を向けた。


「人類にとって不倶戴天の敵――カゲナシを狩るのは『天眼の衛士』の務めです。その素養を持つ人間を、御陵坂学園には集めてあります」


「その中から、これはという人材を集めて、『天眼の衛士』としての修練を積ませる――つまりカゲナシと戦えということですね」


「分かっているではありませんか」


「分かってはいるのです」


 だが。

 そのリーダーという大きな役目を、私のような、半端な影縛術の使い手が、はたして努めることが出来るのだろうか。


 姉たちのように、火系の影縛術の使い手として、才能があるならまだしもだ。

 私には、姉たちほどの技量もなければ才能もない。

 そして、人を惹きつける魅力も――。


「……やはり、務まるでしょうか」


「くどいですよ、美紀」


 おやりなさい。

 そう、強く私に申し付けると、再び、瀬奈姉は脇息に肘をついた。


 平成二十九年四月二日。

 今より、一年前の出来事である――。

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