第4話

 あの事件からしばらく経った昼休みの校庭。葉月は十六夜とすっかり親しくなっていた。十六夜と初対面だった時の葉月がこの光景を見れば、なぜそうなったのかと自分の目を疑うことだろう。

 この日も二人は一緒にお昼を食べる約束をして待ち合わせをしていた。


「葉月ちゃん、とても大変なことが分かったわ」

「なんですか?十六夜先輩」

「いつの間にか、笑っていいともが終わっていたのよ」

「何年前の話なんですか、それ……」


 突然、世界の終わりを知ったかのような表情で、すでに終わったテレビ番組の話をする十六夜に、葉月があきれたように溜息をついた。


「何年前?そんな昔の話なの?じゃあ、タモさんはどこへ行ってしまったの?心配だわ」

「タモさんはほかの番組に出演していますから、大丈夫です。心配しないでください」


 葉月が子供をあやすように優しく言った。思えば、十六夜の突拍子もない会話にも慣れたような気もする。


 これで黒瀬十六夜という人間は、校内で男女問わず人気があるらしいというのだから、葉月にはにわかには信じがたい話だ。教室の窓辺で物憂げに佇んでいたところが素敵だったとか、ミステリアスな雰囲気がすごくいいと評判なのだという。実態はこの通りなのだが。


 さらに言えば、葉月が十六夜と親しくなったことを知ったクラスメイト達が「十六夜様とお近づきになれて羨ましい」などとといっているのも何度か聞いたこともある。

 実際、彼女と付き合い始めてから、いろんな人間から視線を浴びるようになったのも否定はできない。いつか暴走した十六夜のファンに襲われないか心配にならなくもない。化け物に襲われたことを思えば大したことではないだろうが。


「さ、お弁当でも食べましょう。今日も先輩の分も作ってきてますから」


 葉月は鞄の中からお弁当を二人分取り出した。


「楽しみだわ。あなたの作るお弁当はいつもおいしいもの」


 嬉しそうに葉月からお弁当箱を受け取る十六夜。十六夜はその中から春巻きを箸で手に取り、頬張った。


「うん、シャキシャキとした触感がとても良いわ」

「ふふふ、それは自信作なのですよ」


 葉月が、得意げに言った。彼女の心境を表すように眼鏡が太陽光を反射し光る。

 その後も十六夜が次々とお弁当の中身を口に放り込んでいく。その様子は本当に幸せそうに見えた。

 その姿を見ていると葉月としてもうれしくなる。お弁当を作ってきたかいがあるというものだ。


「ところで」

「何かしら?」

「先輩はこれからも戦うつもりなんですか?あの狼みたいなやつと」


 十六夜の話によれば、世の中には突然能力に目覚めるものが現れるらしい。あの夜の人狼もその一人だということだ。そして十六夜も。


「そうね。私はこれまでもそうしてきたし、これからもそうするつもりよ。これはそのための力だと思っているから」


 十六夜が自分の左腕を指さした。

 彼女のパイルバンカーも具現化能力の一種で自由に出し入れできるらしい。葉月もあの後、人目の付かない場所で、目の前で十六夜に実演してもらった。


「じゃあ私も先輩と一緒に」


 十六夜は葉月の命の恩人なのだ。その彼女のために力になりたいと思うのは自然な感情だろう。


「気持ちはうれしいわ、けど危険よ。それにご両親も心配するわ。この前のときも相当心配かけたでしょう」

「けど、先輩だって」

「私は大丈夫よ。私にはこれがあるし、それに……」


 どこか寂しそうに十六夜は事実を告げた。


「私にはもう家族はいないもの」

「えっ」

「死んだのよ。殺されたの、父も母も。強盗目的だったのでしょうね。ちょうど私だけが屋敷を出ていたから助かったの。幸い遺産は不自由しないぐらい残されていたから、生活には特に困っていないのだけど」


 十六夜が憂いを帯びた表情を浮かべて、葉月に微笑む。穏やかな風が十六夜の髪を揺らしている。


「ごめんなさい。私知らなくて」

「私も言わなかったもの。仕方がないことだわ」


 その言葉を最後に二人は沈黙する。場は暗然たる雰囲気に包まれていた。

 その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「ほら、もうこんな時間ね。教室に戻らないといけないわ。葉月ちゃん、今日もお弁当ありがとう」


 十六夜が中身を食べ終わった弁当箱を、葉月に渡した。


「じゃあ、またね。葉月ちゃん」

「先輩……」


 十六夜が逃げるように立ち去っていく。葉月はただそれを見守るしかなかった。




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