第6話 俺tueee!!


 最悪だ。

 マジで最悪だ。

 一対一でも死にかけたのに、一対二なんて絶望過ぎる。

 逃げ足は馬並みのクセに、やることはロキも真っ青の裏切りかよ!


「こんっちくしょおぉぉぉーーーー!!」


 怒りのあまり、頭が真っ白になる。

 殺される恐怖も、殺す恐怖も消え去り、僕は力任せに剣を抜く。


 露わになる刀身。

 それはまるで雪のように白く、神秘的な輝きを放っている。


 これが、僕の武器……。

 剣神の名に恥じない、強さと美しさを兼ね備えているな。


 ソシャゲキャラを真似て、それっぽい構えを取ってみる。

 僕が剣の達人に見えたのか、それとも武器の威力を知っているのか。

 青い甲冑たちは警戒して距離を保っている。


 勢いで抜いたのはいいけど……これからどうしよう?

 これで斬ったら、人殺しにならないのか?

 というか、ボタンとフリック入力でしか剣を振ったことがない僕が、本当に斬れるのか?

 まとめサイトでもよく議論になるけど、例えるなら『カボチャを空中に投げて包丁で斬るぐらい難しい』って書いてあった気がする。


 僕は迷いを捨てきれず、剣を構えたまま動けない。

 青い甲冑たちは、警戒して動かない。

 どちらが有利で、どちらが不利なのか。

 それすらも分からない、こう着状態に陥ってしまう。


 その均衡を破ったのは、意外なモノだった。


《説明がまだだったわね。今戦っているのは、【ウールヴヘジン】と呼ばれている獣の戦士だった者たちよ》


 島の中央にあるスピーカーから、ヴァルキリーの声が大ボリュームで流れる。


《目の前に在るのは、その成れの果て。いわば、魂の残骸よ。ためらうことなく、浄化しなさい》


 相手は人間でも人型のモンスターでもなく、幽霊みたいなモノだったのか。

 それを聞いた僕は、ようやく迷いを断ち切れた。


「行くぞ! 必殺!」


 僕は剣を振りかぶりながら突っ込む。

 後はこの武器がSR(スペシャルレア)クラスの威力があるのを祈るだけだ。


「必殺! ……えーっと、技名……技名は……あぁ、もう! 叩っ斬れ! <剣神シグルズ>!!」


 やぶれかぶれに、力の限り剣を振り下ろす。

 【ウールヴヘジン】たちは余裕を保って盾を構え、僕の攻撃を簡単に防ぐ――ことが、微塵も出来なかった。


 強固な盾は紙のように切り裂け、一体は左肩から右脇腹まで何の抵抗感もなく真っ二つに切り裂けていった。

 斬撃の余波なのか、後ろにあった巨大な岩石にも大きな亀裂が走る。


「……強ぇー……。<剣神シグルズ>、強ぇー……」


 残った【ウールヴヘジン】は、あまりの威力に呆然としている。

 剣を振るった僕も、予想外過ぎる威力に呆気にとられてしまう。


 上下に切り裂かれた青い甲冑は、徐々にずれていき、ゴトンと鈍い音を立てて地面に落ちる。

 中から黒い何かが血のようにドロッと溢れ出し、黒い池溜まりを作っていく。


「うおぇっ……。なんか、すげぇ生々しい……。だ、大丈夫だよね? これ、本当に大丈夫だよね!? 僕、殺ってないよね!?」


 リアルな殺人現場を目撃してしまったような気分だ。

 どうか夢に出て来ませんように……。


 あれだけの威力を見せつけられたというのに、【ウールヴヘジン】は己を奮い立たせるように叫び、盾を投げ捨てて襲いかかってくる。


「グロいのはキツいけど……お前なんかもうザコだ!」


 脅えていたのがバカらしくなるほど、今は自信と余裕に満ちあふれている。

 さっきの威力を見て確信した。

 僕が無意識に選んだ<剣神シグルズ>が、あの中で最強に間違いないと。


「フフ、チート武器を手にした気分だなぁ。さぁ、やろうか! 切り裂け! 剣神――!!」


 剣を振り上げると同時に、右から新たな【ウールヴヘジン】が――よく見ると鉄くず同然にボロボロだ――弾丸のような速さで吹き飛んでくる。

 それは目の前の敵を巻き込み、一緒に地平線の彼方へと消えていった。

 予想外の幕切れに、僕は剣を振り上げたままフリーズする。


「一撃必蹴! 蹴り飛ばされたいヤツから掛かってらっしゃい!」


 飛んできた方向を見ると、葉月が片足を上げたままコォーッと息を整えていた。


「う、うわぁ……。エグイ威力だな、おい……」

「ふふん、そうでしょそうでしょ。良いキックは良いスパイクから、ってね。さっすが雷様はひと味違うわ」


 宮瀬はシャドーボクシングの要領で宙に蹴りを放つ。

 ヒュッという風を切り裂く音と共に、バチバチと空気中に電気が弾けた。


 ……訂正、宮瀬のはUSR(ウルトラスーパーレア)で、僕なんかより全然最強武器のようだ。


「見た感じ、犬飼も勝ったみたいだね。ねぇねぇ、そっちの威力はどうだった?」


 僕は真っ二つになった青い甲冑を指さす。

 黒い池溜まりは、さっきよりも広がっていた。


「ギャー! グロい! ぐえぇぇぇ……モロに見ちゃったよ……。アタシ、そういうのダメなのに……。うー、夢に出そう……」

「同感。これで赤色だったら、確実にトラウマ決定だ」

「そりゃ斬ったらフツーこうなるよね……。けど、こんな硬そうなのをスパーって斬れるなんて、強い剣だって証拠じゃない?」

「あ、ありがとう。まぁ、宮瀬のには敵わないけどね」


 僕自身の力ではないけど、女子に強いとほめられて悪い気はしないな。


「そうだ、葉月ちゃんの方は大丈夫なのかな? ザ・お嬢様って感じだし、か弱そうだから応援にいかないとマズイかも」


 確かに宮瀬の言うとおりだ。

 正体不明の黒いボールで本当に戦えるのか、一気に不安になってきた。


 僕らは葉月の担当場所である、西の草原地帯へと向けて駆け出す。

 しかし、十歩も進まない内に、耳をつんざくような大爆発が発生する。


「こ、鼓膜がーっ!! なんだ、なんだ!? 何で爆発してるんだ!?」


 西の草原地帯から、黒煙がもうもうと立ち上っている。

 あまりの出来事に呆然と立ち尽くしていると、上空に舞い上がった何かがボトボトと降り注いでくる。

 この黒い物体は……まさか、敵の肉片?


「うわっ、ばっちい!」

「ギャー! ちょっとマジ勘弁してよー!!」


 まるで変なダンスでも踊るように、僕らは必死にそれらを回避する。

 当たったら、何か末代まで呪われそうで本当にイヤだった。


「ゴホッ! ゴホッ! お、思ってた以上に半端ない威力でした……」


 黒煙の中から、苦しそうに咳き込んでいる葉月が姿を現した。

 敵の血を浴びてしまったのか、全身が粘着性の高い液体で濡れており、テラテラと光っている。

 不機嫌そうな顔でそれを拭い取るが、その度にトロリとした糸を引いていた。

 ……なんか、妙にエロいな。


《報告。【ウールヴヘジン】の殲滅を確認。防衛成功とし、戦闘を終了とする。各人、【流るる神々】を持って教室へと帰還せよ》


 ヴァルキリーの報告が終わると、スピーカーから聞き覚えのあるクラシック音楽が流れ始める。

 勝利のファンファーレのつもりだろうか?


「まぁとにかく……勝ったぞー! イエーイ!」

「イエーイ! 初勝利! イッエーーーイ!!」


 半ばやけくそ気味に、超ハイテンションで宮瀬とハイタッチをかわす。

 説明も練習も一切なかったのに、よく勝てたもんだよ本当に。

 剣に蹴りに爆発物だなんて変なバランスだけど、案外強いパーティー構成なのかもな。


「そんなことより、早くシャワーを浴びたいです……。うぅ……ベトベトして気持ち悪い……」


 宮瀬はハイテンションのまま勝利のダンスを踊っていたが、さすがに葉月が可哀想なので足早に学校へ戻ることにした。

 こうして初の防衛戦は、僕らの大勝利で終わった。




「……って、おーーーーーい! ちょっと! 俺を忘れないでよ! お願いですから!」


 黒焦げになった大道寺が、慌てて僕らの元に駆け寄ってきた。

 葉月の応援に向かったら、爆風に巻き込まれ、そのまま地面に埋もれてしまったらしい。


 ……微塵も役に立ってないな、コイツ……。


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