魅惑のキノコ狩り

多々良井先生が亡くなってから、4年近くが経過していた。

その頃、私はもう高校一年生になっていて、多々良井先生が亡くなった事件?の事は少し記憶の彼方に置き去りにしていた感じだ。


A山さんも、あの疑問が払しょく出来ないまま数年を過ごしてしまった事になるのだが、今はその昔、多々良井先生が別荘と言うか秘密の仕事部屋として使っていたと言う山奥の秘境みたいなところに移り住んでいる。


ただ、一人ではなく、学生時代に知り合って、多々良井先生のあの事件?の時も心の支えになっていたと言う二階堂千歌(にかいどう ちか)さんと言う奥さんと一緒だ。


千歌さんとは私は面識があり、A山さんがまだ大学生で私も小学5~6年生位の頃、時々大学の学食でご飯を一緒に食べたりしていた。


その後も何度か、私が大学に遊びに来るたび相手をしてくれたので、かなり私とも親しい関係になっていた。


細身の美人で、A山さんよりも成績が良く、A山さんが大学を卒業する時には首席で卒業されるほどの才女だったが元々身体が弱いと言う事もあり、引く手あまただった就職をほぼ全部蹴って、A山さんが大学院を卒業するのを待って結婚したのだった。




結局、あの、死因についての捜査?と言うか疑念に対する進展は特に無く、しめやかに葬儀も済んで、多々良井先生の家はほぼ多々良井記念館の様な状態になっていった。


私もあの後、あまりあの方向には足が進まず、いつの間にか何年かが過ぎてしまった感じだ。


それから数年が経ち、私は私の家族と、私の母の高校時代の同級生と言う人と共に、長野県の山奥でキノコ採りをしていまして。

毒キノコを採らないように慎重に、キノコ鑑定士の資格を持つと言うその母の高校時代からの友達に色々レクチャーしてもらっていた。


この母の友達と言う人が、実は偶然?いや必然だったのか?あの多々良井先生の2番目の娘さんで(当時40代中盤)、結婚して名字が変わる前の話になった時にやっと気付いたのだった。


と言う事は、私はA山さんが多々良井先生と知り合う前から、多々良井家の人とお知り合いだった?と言う事になるだろうか?


2番目の娘さんは結婚後は島倉と言う名字になったのだが、演歌歌手の島倉千代子に因んでチヨコと言うあだ名で呼ばれる様になったことが敗因ね~と笑っていた。

本名は全然チヨコじゃないのに、チヨコと呼ばれる不思議・・・・。


この、何とも言えない気持ちを何と称したら良いだろうか。


と、まぁ、面白名前エピソードで盛り上がりながら、私たちはキノコを探した。


ふと、私がキノコの生えていそうな地面に目をやると、物凄く傘が大きいキノコがあるのを見つけた。


そ~っと手を伸ばそうとすると、


島倉「駄目よ!環ちゃん!!それはオオベニテングタケよ!!」


と言って、私が手を伸ばそうとするのを遮った。


私「オオベニテングタケ?」


島倉「食べたら死に至る?かも知れない毒キノコよ。」


私は身震いして、慌てて手を引っ込める。

そして、何となくもうキノコ採りを止めたくなって来た。


私「もう結構キノコも採れたし、そろそろ戻りたい。」


と、私が母や父に訴えると、


母「そうねぇ~、雲行きも何だか怪しくなって来たし、チヨコそろそろ戻らない?」


と、島倉さんに提案した。


島倉さんも、


島倉「あら本当!似鳥さん良く気付いたわね!戻りましょう~このままだとあと小一時間位で雨が降り出しそうだわ!」


と言って、皆で慌てて車を置いてあるキャンプ場の駐車場に戻った。


キノコ採りの成果はそこそこで、他のキノコ鑑定士の人にも鑑定してもらったけど特に毒キノコ指定されている様なキノコは見つからなかったので、そのまま今夜はキノコ鍋をする事になった。


キャンプ場ではテントでキャンプをする予定だったのだが、予想外に天気の崩れが速まったため、急きょ併設されているロッジで一夜を明かす事になった。


今回のキノコ採りキャンプはA山さんも来る予定になっていたのだが、何故かこの変な秋の時期にインフルエンザにかかり、自宅待機を余儀なくされている。


今、A山さんが住んでいる地域もかなり山奥なのでキノコ位生えているだろう?と思って色々聞いてみた所、どうもその住んでいる山はキノコは生えにくい土地柄の様で、キノコ狩りにも行きたいな~とかなり羨ましがっていたのは言うまでもない。


私「インフルエンザじゃなかったらねぇ~、本当残念。」


私は、お誘いの電話の最後でそう締めくくって居たので、心底私の事を羨んでいるかも知れない?と思い、その夜、電話をかけてみた。

山奥だから電波が届かないと思ったら、結構普通に繋がった。


私「もしもしA山さん、生きてますか?」


A山「あ、環ちゃん~こんばんは。キノコ狩り楽しいかい?」


私「ええ~、多分楽しいのは大人たちなんじゃないかな?私はそんなに楽しくないです。」


と、本音をブチまける。


A山「イイなー、僕キノコ狩り好きなんだよね~。僕の実家の方もかなりド田舎だからね、子供の頃はよくキノコを採っていたんだよ。あ、知ってる?キノコって秋に生えるイメージあるけど梅雨時でも結構生えるんだよ。」


A山さんの実家はかなりのド田舎な様で、時々ド田舎エピソードをかましてくるのが、高校生な年代の私には鬱っとおしい要素の一つだった。


私「何かA山さん、黙っていればそこそこイケメンのお兄さんなのに、口開くとお爺さんかな?と思う時あるんだけど。」


A山「あ、はははは・・・・はぁ~。」


乾いた笑いの先に、脱力したA山さんが見えた気がした。


A山「キノコ狩りは楽しくて好きなんだけど、あの件があってからは僕はちょっと足が遠のいているイベントではあったね。」


と、寂しげなトーンで話し出す。


私「ああ、多々良井先生の奥様が亡くなられた一件ですね。」


A山「うん。あれは不運と言うか不幸な結果と言う感じだけどね、僕はあの奥さんの死因にも疑問を持っているんだ。」


私「何かA山さん、多々良井家の謎?って言うミステリー作品を構築しようとしていませんかね?」


私は、そう思わずにはいられない程、A山さんが多々良井夫妻の死因の不自然さを追求しようとしているのは何故なのか?と疑問に思った。


そんな、人の生き死ににいちいち疑問を持っていたら、全ての人の死因に不信感を持ってしまう事になるのではないか?とも考えられるのだ。


A山「奥さんはさ、キノコ狩りの途中のとある斜面で足を滑らせて転落したことになっているけど、あの慎重さのカタマリみたいな人があんな沢の近くの斜面に降りるかな?と思っているんだよ。」


確かに、私は奥さんの方とは1度か2度しか会った事が無いのだが、それでも落ち着きと安心感の大きい人だなと思わずにはいられない、そんな人だった記憶がある。


そんな人が、何かのキノコを採るためだけにその斜面に行くだろうか?と考えると疑問が残る。


夫婦そろって、その倒れていた現場には明確な証言をしてくれそうな人物や目撃者が居ないので、二人の死の真実を知ることが難しいのだ。


私「そう考えると、確かに疑問が残りますね。でも、結局あれから何も事件性が出て来なかったんでしょう?だとすると、やっぱり故意に足を滑らせてしまったんじゃないでしょうか?」


A山「うーん。本当、僕たちには情報が少なすぎるな。」


そう言ってA山さんが沈黙したので、眠ってしまったのかと思って電話を切ろうとすると、


A山「そうそうインフルエンザ、あと2日もじっとしていたら3日後には外出てイイみたい。」


と、嬉しそうに言って来た。


私「でもその頃には私、家に帰って普通の高校生活に戻りますけど。」


A山「だよね~。キノコ狩り、またの機会があったら誘ってよ。次回は僕も完全武装で出陣するから!」


私「って!完全武装?ナニと戦うんですか?それよりも千歌さんにヨロシクって言っておいてください。この間たくさん野菜を送ってくれて、母が大層喜んでいましたので。」


千歌さんは、身体はあまり丈夫では無かったが、山奥の秘境に暮らし始めてからはかなり体力も付いて、家の周囲に畑を作って色々な野菜を作っているのだ。

それを結構な量で送ってくれたのだが、その時私の家のある東京辺りでは、仕入れ先の天候が不順で野菜の収穫量が落ち込んだ所為で、軒並み野菜の値段が高騰していて困っていた時期だったので、非常に助かったのだ。


A山「うん、分かった、伝えとく。環ちゃんも、今年の冬休みは遊びに来てもイイよ。」


私「わーい!去年は高校受験だったから、遊びに行けなくて悔しかったけど!やっと行けるんだー!本当絶対行きますよ?あと、インフルエンザは体調が良くなったからと言って外に出かけたら~確実にバイオハザードになるんで!注意してくださいよ?」


A山「あははー、環ちゃんはキビシイなぁ~。」


そんな感じで、明るく電話を切った。


魅惑?のキノコ狩りはA山さんが居たらもう少し楽しかったのかも知れなかったけど、またの機会に楽しめば良いのかな?と、その時は思っていた。



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