あの時何が起こったか?

この話はまだ、A山さんが大学生で、所属していたゼミの先生の元で修行していた頃の話だ。

当時のA山さんは大学院1年生で23歳。

私は10歳年下なので13歳の中学1年生だった。


A山さんはこの頃は東京の大学に通っていたため、都内にワンルームマンションを借りて住んでいた。

私は実家が都内と言う事もあり、色々一人暮らしは大変だろうから~と言う母や父の使いでよくA山さんの家に、食材や頼まれていた本を届けに行ったのだ。

その時に、時々A山さんの大学にも連れてってもらい、勉強が好きで大学のその先まで居続けている人たちの姿を目の当たりにしたものだ。


私は勉強があまり好きでは無かったので、A山さんに「よく勉強ばかりしていられるね」とか言った記憶がある。

すると、環ちゃんも大きくなったら分かるかもねと言われたけど、この歳(現在高校2年の17歳)になっても分からない。

やっぱり20歳以上にならないと分からないのか?


で、その今から約4年前に、あの事件?は起きた。


A山さんの師匠の多々良井先生が突然、急性心不全でこの世を去ったのだ。


今回の話は、4年前の記憶を頼りに話そう。




私「え?多々良井先生亡くなったんですか?」


私が受けた一報は電話で、しかもかなり珍しくA山さんではなく、多々良井先生の娘さん(と言っても結構オバサンでもう50歳位)から私に何故か電話がかかって来た。


中間テスト前のテスト勉強期間で、学校の授業が午前中しか無くて部活も休みだったので、早々に家に帰ってダラダラしていたある日のことである。


私の電話番号はA山さんと多々良井先生しか知らない筈なのに・・・・と思っていたら、何とA山さんの電話から多々良井(娘)さんから電話をしてきた様だった。


私「ご連絡ありがとうございます。でも私一介の中学生なので特に何も出来ませんが大丈夫ですか?」


と、私が答えると、今度はA山さんに相手が変わっていた。

どうやら、気が動転して電話番号の操作が出来なくなっていたA山さんに変わって、娘さんが電話をかけてくれた?と言った所だろう。


A山「あ、ああ・・・・環ちゃん、突然ごめんね。た、多々良井先生がね・・・・・」


そう言って、A山さんは無言になった。

A山さんは、あの大学に入ったのは多々良井先生の元で勉強するためと言っていたので、少なからずA山さんが高校生かそれ以前から多々良井先生に師事していた事は間違いない。


そんな、心底多々良井先生を敬愛していたA山さんの動揺は、血縁者の娘さんよりも遥か上だったのだ。


私「分かってますよ。先ほど娘さんから聞きました。とても気の毒でしたね。と言う事は、葬儀の時に着るスーツとかを持って行けばイイですね。」


と、私が色々持って行った方がイイモノを喋っていると、


A山「ありがとう環ちゃん。いつもいつもお世話になって。スーツはお父さんのモノだよね。クリーニングして返しますから~と言って置いてくれると助かる。それと~」


それと~と言って、言葉が止まった。

それと、一体何だろう?と思念していたら、


A山「この続きは、環ちゃんが僕の家に来てくれたら話すよ。」


と言って電話が切れた。


この続き・・・・気になる。

一体何が?

好奇心旺盛な中学1年の私は、不幸があったばかりだと言うのにかなりワクワクしていた。




その日の夜7時頃、私はA山宅のある練馬区のとある駅に降り立った。

この駅前はこの時は工事中で、どこからが正しい道路で、どこからが新しい道路なのかよく分からない様な状態になっていた。


私が駅前に着いたからこれから向かいますと言う電話を入れると、A山さんは駅前で待ってて!と言って慌てて電話を切って来た。

その5分後、息を切らせたA山さんが私の目の前に現れて、


A山「じゃあ、行こうか。」


と言って、駅の反対側の出口の方に向かう。


そう、この方向には多々良井先生のご自宅があった。


私「A山さんの家じゃなくていいんですか?」


A山「うん。多々良井先生の家で、ちょっと話を聞いてもらいたいんだ。」


と、A山さんは何かに迷った様なでも何かを信じている様な表情をしていた。


私は、そのままA山さんに付いて行き、多々良井先生の家に着いた。



多々良井先生の玄関のドアは、まるで自宅のドアを開けるかの様にA山さんによって開かれた。

そんなに自宅?っぽい感覚で出入りしていたんですね?と、私は内心そう思いながら家に上がる。


多々良井先生の家は洋風のお洒落な佇まいで、庭が広くて洋風庭園の様になっており、庭に面した1階部分は、一部サンルームになっていたりその先がテラスになっていたりしていた。


私の実家が某ニュータウンの建売で、戸建てのすべてがハンコを押したような同じ形状をしていたので、それを思い返すと同じ戸建てでも予算とデザインと土地の広さでかなり変わるんだな~とか思っていた。


そんな多々良井先生の家に入ると、もう既に多々良井先生は葬儀用の棺に納められていて、今夜が通夜で明日は葬式?と言うような状態になっていた。


私「多々良井のお爺ちゃん・・・・(私はそう呼んでいた)、もうお話出来ないなんて・・・・」


私は、棺に献花するときに、多々良井先生の顔をじっくりと見た。

とても綺麗な顔をしていた。

ただ眠っているだけなんじゃないか?と思った。

でも、全然温かく無かった。

もう、そこに魂は無かった。


私「で、A山さん、本題を話してもらいましょうかね?」


くるりと踵を返して私はA山さんに詰め寄り、さっきの電話の話の続きをするように迫った。


まだまだ気が動転したまま?の様な状態のA山さんは、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をして私を見ていた。




A山「多々良井先生の死因は、急性心不全だったんだよ。」


と、A山さんが呟いた。


急性心不全と言う事は、以前から心臓の調子が悪かったとか、心臓の調子はそこそこでも心臓の機能が停止するようなショック状態に陥る様な事象があったと言う事になる。


娘さん「でも、私が発見した時は、ほとんどもう意識が無く心停止した状態だったので、搬送される救急車の中で心臓マッサージしてもらっている時はもう、このまま逝かせてあげてもイイのかな?と思っていたんですよ。」


と、娘さん(50代)が語る。


A山「僕が娘さんから第一報を聞いた時はもう、最初の病院では遺体安置所に先生は居たんだ。僕はそれに疑問を持って、セカンドオピニオンで検死をしてもらったんだよ。」


私「検死?って、よく事件とかに巻き込まれたり殺人事件で亡くなった人を解剖して死因を特定するアレですよね?」


A山「そうだよ。先生の身体はちょっと傷ついちゃうけど、僕は本当の死因を知りたかったんだ。けど、2軒目の病院でも急性心不全は覆らず更に、高齢だから何らかの原因で突然こんな事が起きても不思議じゃない、とまで言われたよ。」


私「・・・・・・」


娘さん「で、私は、セカンドオピニオンをしてもらって、そこでもうイイと思ったんですけどね、A山さんったらサードオピニオンと言ってA山さんの従弟の方がお勤めと言うまた別の病院にお父さんを運んだの。」


私「生きている時ならまだしも、死体にサードオピニオンはなかなか無い発想ですね。」


私は、ちょっと疑問に思う程だった。

そんなに、多々良井先生の急性心不全は不自然だったのだろうか?


A山「サードオピニオンをやって、僕は正解だったと思っているんだ。」


私「と言うのは?」


A山「それまでは全然、この急性心不全は必然みたいな事を言われていたんだけどね、3番目の病院で検死をしてくれてた先生の中に、ふと面白い事を呟いた人が居たんだよ。」


私「?」


A山「その先生はね、『待てよ、この心不全は少し不自然な気がする』と言ったんだよ。少し、不自然を感じた先生が居たんだ。」


私「少し、不自然?」


A山「そう、だから僕は多々良井先生はもしかしたら、直接の死因は急性心不全だけど、そのキッカケはある意味他殺だったんじゃないか?って思っているんだよ。」


そう言ったA山さんの目は、少し怖い程輝いていた。


私「確かに、他殺と言うか直接の死因になっているとは言えませんが、心不全が起こる様な状況にした何者かが居ると考えるのは良いかも知れません。」


A山「でしょ!?あの、いつも沈着冷静で『怒る』と言う単語からはかけ離れていた先生が、もしかしたら何者かの言葉で平静を装えない程に取り乱した瞬間があったかも知れないんだよ。それが僕は直接の死因の原因になっていると考えているんだ。」


娘さん「でも、その日はいつもの雑誌の編集さんと打ち合わせした後、誰とも会っていない筈なんですよね。私も担当編集さんが帰られてから夕飯の買い物に出掛けていて、その間誰かが上がり込んだような痕跡も特に無くて。警察の人にも調べてもらったんですけどね、本当に父はたった一人で庭に面したサンルームで倒れて亡くなっていた様なんですよ。」


と言って、娘さんは目頭を押さえた。


私「うーーん、何だか、短期間で解決し無さそうな気しかしないです。」


ちょっと疲れて眠くなった当時13歳の私は、それ以上の話を聞きたいと言う思考が働かなくなっていた。


A山「あ、ごめんごめん。まだ13歳の環ちゃんには難しいミステリーだったね~。本当でも、話を色々聞いてくれて僕は少し平静さを取り戻したよ。」


娘さん「そうですね。私も話を聞いてもらえて嬉しかったですよ。ありがとうね。もし良かったらまた遊びに来て頂戴ね。」


私「あ、ええとあの。こちらこそ、ありがとうございます。多々良井のお爺ちゃんには、本当のお爺ちゃんみたいに接してもらえて、私も凄く嬉しかったんですよ!」


と、言いながら、私はようやく両目から涙がボロボロ落ちてくるのを認識した。

その後は、泣いている私をオロオロしながら慰める二人の大人が居たのだった。


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