2ー5

 リュウトはもう、すでに奥の手を発動させていた。

「ショウリくん、手を出すな。こいつは俺が倒す。」

 そう釘を刺すと、リュウトは身体の力を抜き、いつもの戦闘態勢をとる。

「ぐひっ。何だぁ、わざわざ殺され・・・ぐっはぁ!?」

 25の戯言など聞いてやる義理はない。リュウトは25のみぞおちに、防弾チョッキの上からでも一撃を食らわす。続いて右内肘、左内肘に強打を浴びせる。

「ぎゃっ!ぎゃぁ!」

 悲鳴を上げる25。リュウトは25の特性を理解している。こいつの特性は『蟹』だ。甲羅は堅いが、こと間接においては弱いことが分かっていた。感覚が研ぎ澄まされた今のリュウトであれば、容易に局所を狙って攻撃することが出来る。

 何故最初からこの手を使わなかったのか。それは、とてもリスクが高いからだ。この技は強制的に生命エネルギーを引き出す。では、もう無いはずのエネルギーを一体どこから持ってくるのか。簡単な話だ。己の寿命を削ればいい。だが、誰でもこの技を使えるわけではない。条件は3つ。まずは生命エネルギーを操れること。そして強い覚悟を持つこと。そして最後の条件は・・・『血筋』だ。実は、3つ目はリュウト自身も知らないことだった。

 7達との闘いの後、リュウトはこの奥の手のことに気が付いた。どうしても車を運転して帰らねばならなかったリュウト。しかし、あの時12にやられた傷は想像以上に深く、とてもハンドルを握るどころではなかった。

 どうする?

 自分の身体に、力に向き合ったリュウトは、自分の内にある一つの扉を見つけたのだ。それは生涯で使うだけのエネルギーの塊。この内の少しを今に回せばどうにか凌げるかもしれない。しかし、使いすぎれば一気に寿命を縮ませてしまうような感覚が、直感があった。生命エネルギーの量は人によって違う。どれくらい使えば、どれくらい回復するのか。手探りの状態ではあったが、取り敢えず痛みを静め、運転できるほど回復するだけあればいいと、僅かだけ引き出し、あの時は乗り越えたのだ。このリュウトの状態に気付いたのは、糸子だけだった。


 リュウトさん・・・あれだけの傷を、この短時間で・・・


 今回、25を葬るために削った寿命は2日分程。十分だ。

 両肘を壊された25は、悠然と立つリュウトに今度は足で斬撃を飛ばし攻撃しようとする。が・・・

「ぎゃああ!うぎゃああ!!」

 電光石火。リュウトに25は両膝も壊されてしまった。もはや攻撃する手がほぼ無くなってしまった25。しかし、まだ立っている。おそらくナンバーホルダーであるプライドがそうさせているのだろう。『古の血動』でもなく、『ナンバーホルダー』でもない、ただの人間に圧倒されているのがたまらなく悔しいのだ。

「ぐひはぁ、ふ、ふざけるなぁ!何なんだお前はぁ!急に強くなりやがって!うっ、うひああああ!」

 肩の力で壊れた腕を振り、痛みをこらえ斬撃を飛ばす25。だが・・・

 ガギンッ!

 生命エネルギーを込めた拳で斬撃を飛んできた方向へ弾き返すリュウト。もちろん、25は避けられない。

「ぎゃふふふ!」

 自分の攻撃を袈裟斬りにくらう25。傷は致命的に深く、もはや立っていられない。25は、いよいよ膝をついた。

 勝負・・・ありだ。

 リュウトは25の額に右掌を置く。

「・・・どうする?このままあんたを葬ることも出来るが、チャンスを与えることもできる。どうだ?組織を抜けて、もう人を襲わないと約束すれば見逃してやらないことも・・・」

 優しすぎる・・・

 しかし、リュウトはもう25に罰を与えたつもりだった。25の四肢は複雑に壊され、元に戻るかどうかもわからない。もう、十分だ。

「ふざけるなぁ。ふざけるなぁ!」

 荒ぶる25。ただの人間相手に敗けを認めるわけにはいかなかった。何故なら『古の血動』は、『ナンバーホルダー』は、至高の存在だからだ。

「俺はもっと力をつけて、パープルクロウを復活させるんだ!そして・・・しおり様を迎えに行くんだぁぁぁ!」

 一番言ってはいけなかった言葉を発してしまう25。それを聞いたリュウトの表情は一気に変わり、慈悲の心も何処かへいってしまった。

「そうか。じゃあ消えろ。」

 リュウトは25の頭部をエネルギーで撃ち抜く。しおりの名前が出た時点で躊躇いはなくなっていた。

 目、鼻、耳、口から一斉に血を吹き出す25。頭部を内側から破壊されたのだ。即死に近い。

 25の身体が光の粒に変わっていく。『ナンバーホルダー』自身は誰に命を奪われても光の粒になって『還って』いくのだ。

 25の身体がすべて還ったのを見届けた後、リュウトは仰向けに倒れこんでしまった。

「ああもう動けねぇ!ショウリくん帰るとき肩貸してくれ!」

 リュウトは余った生命エネルギーを『寿命の扉』の中に還した為、もう一人では立ち上がることができないのだ。

 取り敢えず勝てた。先日の12にやられた傷も癒えぬまま、策を労しながらも『ナンバーホルダー』に勝つことが出来たのは大きい。奥の手は使ったが、実際に消費したエネルギーは約1日分だけだ。

 後はショウリに肩を借りて帰るだけ。だが、トキエとヘイタはそれを許さない。十分な説明を求めてきた。

「ちょっと。これはどういうことなの?何か悪い夢見てるみたいで凄く気持ちが悪いんだけど。」

「そうですよ!ちゃんと説明してください!あなた達とさっきの消えたゃった人は一体何なんですか?」

 さっきまでガタガタ震えていたくせに、助けてくれた恩人によくもまあ言えたものだ。だが、確かに説明責任はあるかもしれない。それにあること無いこと言いふらされても困る。

 正直未だに起き上がる気力もないく、かなり面倒くさくもあったのだが、リュウトは仕方無く口を開いた。

「えーっと、さっきの奴は悪者で、俺が成敗したってこと。ドゥーユーアンダスタン?」

 間違ったことは言っていないが、余りにもかいつまみすぎだろう。もちろんそれでは納得しないトキエ。

「ぜんっぜんわかんないんだけど!」

 プンプンしながらリュウトに突っ掛かってきた。しかしヘイタは・・・

「なるほど。つまり先程光の粒になった人はこの世界に害をなす悪人で、あなたはその悪人を退治する正義の味方ってことですね。光栄です。こんなところでヒーローに出会えるなんて。」

 何かを理解し、握手を求めてきた。リュウトは寝ながらその手を握る。だが、トキエは理解には追い付いていなかった。

「マネージャー何言ってんのよ!トリックがあるに決まってるでしょ!どうせあのお化けもあなた達が用意したんでしょ?全く悪趣味だわ!」

 どうしても現実のものとは認めたくないのだろう。わからなくはないが、リュウトを責めるのは筋違いだ。特にあの悪霊は、元々この家に憑いていたのだから。

「まあ確かにあの蟹男は俺が連れてきたけど、あの女霊は知らないぞ。それこそ君達が呼んだんじゃないのか?」

 何となく彼女達がテレビ関係の人間であることを感じていたリュウト。なので何かの儀式の真似事でもして呼び出してしまったのではないかと思ったのだ。

「そんなわけ無いでしょ!何であたし達があんな・・・えっ、ちょっと待って。じゃああの悪霊は・・・」

 サッと血の気の引くトキエ。その時・・・

「オオオオオオオオ・・・」

 黒い靄が集まり、女霊が姿を現した。しかし先程よりも身体は透けていて、所々の箇所が欠けて見える。おそらく25にやられたせいだろう。もうエネルギーが尽き欠けているのだ。

「うわわわわっ!で、出たぁ!ほら!あんた何とかしなさいよ!」

 叫び声を上げながらも高飛車にリュウトに命令をするトキエ。

 ・・・何様?

「正義の味方さん!お願いします!助けてください!」

 ヘイタは素直にリュウトに助けを求める。しかしそれでもリュウトは動かなかった。何故なら女霊から殺気が感じられないからだ。いや寧ろその逆。とても穏やかな気配を発している女霊。目だけを動かし、足元の方にいる女霊をリュウトは見た。先程とは違い、腕に何かを抱えている。

 女霊はスーッとリュウトの頭の横に来ると、その抱えているものを差し出す。わざわざ来てくれた女霊に失礼なので、リュウトはできるだけ身体を起こし、何とか床に座れるまでの体勢に持っていった。

 女霊からそれを受け取るリュウト。それは・・・くまのぬいぐるみだった。武器を探すため台所に行った時、目に入っていたぬいぐるみ。その時リュウトは、このぬいぐるみからエネルギーを感じていたのだが・・・まさか女霊がそれを持ってくるとは。間違いなく何かある。

「オネガイ・・・ソノコヲ・・・マモッテ・・・オネガイ・・・」

 一生懸命、リュウトに懇願する女霊。その顔は、まるで我が子を守ろうとする母親のそれだった。最早悪霊の面影など一切ない。

「わかった。任せろ。この子は俺が責任もって守ってやる。」

 リュウトはそう宣言した。決して女霊を安心させて成仏させたいからだけじゃない。あの時、女霊を守れなかった後悔もあったのだ。だからせめて、この女霊のの望みは叶えたかった。

「アリ・・・ガトウ・・・」

 女霊は笑顔を見せた。正直女霊とこのぬいぐるみの関係性はわからない。だがきっと、とても大切なものだったのだろう。そしてそれを信頼できるリュウトに預けることが出来たのだ。この安堵の顔は、きっとその為なのだろう。

 ショウリは女霊の肩に手を置いた。実は心優しいショウリ。このまま苦しみながらエネルギーを空中分解していくよりも、言葉は悪いが止めを指して光に還した方がいいと考えたのだ。

 この時の女霊の顔は、とても美しかった。ショウリのエネルギーで光の粒に還っていく女霊。そして最後の一粒の光が還ったとき、屋敷の中には数分間の沈黙が訪れた。


「・・・帰・・・るぞ。先生・・・が、心配・・・してる。」

 ショウリはリュウトを立たせ、肩を貸し、破られたベランダから出ていこうとする。

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!まだ説明が・・・」

 そこまで言って口を紡ぐトキエ。ショウリにギロリと睨まれたからだ。しかし黙ってくれるのは嬉しいが、口止めはしておかないといけない。この段階で『ナンバーホルダー』達のことが世間一般に広まってしまっては動きづらくなってしまうからだ。

「説明は後日するよ。だからそれまで今日のことは誰にも言わず黙っててほしい。ほら、俺の連絡先。」

 リュウトは会社の名刺を取り出しトキエに渡す。そこにはリュウトの携帯電話の番号も記載されていた。

「会社じゃなくて俺の携帯に電話してくれよ。出来れば夜か土日がいいんだけど、そっちの都合のいいときに連絡くれ。その時にちゃんと話すから。」

 リュウトから名刺を受け取ったトキエはそれを大事そうに両手で持ち、胸に当てる。

 ん?

「・・・うん。わかった。絶対説明してよ。その・・・直接会って・・ちゃんと説明してね。」

 後半は何故かモジモジしながら言うトキエ。もしかして、トキエはリュウトに心奪われてしまったのだろうか。

 いやそんな、まさか・・・

 何となくだが、そんなトキエの感情に気付いたヘイタは口をはさんだ。

「もちろん僕にも聞かせて下さいね。トキエさんのマネージャーとして聞く権利はあるはずですし、この場を誤魔化す役目は殆ど僕なんですから。」

 事務所のアイドルを男と二人きりで会わせるつもりはないと遠回しに言っているのだ。まあリュウトに限ってやましいことなどするはずもないのだが。

「わかった。それでいいよ。じゃあまたな。・・・あっ、それと・・・トキエっていい名前だな。何か『三度の蜜蜂蓋して候う』みたいで。」

 よくわからない台詞を残し、リュウトとショウリは糸子のマンション目指して帰っていく。

 残されたトキエ達テレビ関係の人間。早く他3人を起こし、帰りの準備をしなくてはいけないのだが・・・

「な、何よ・・・そんなこと言って・・・あたしをどうするつもりよ・・・」

 頭に?を付けて首を傾げているヘイタに対し、隣でトキエは胸の高鳴りを必死に抑えていたのであった。

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リユウとイシ 猫屋 こね @54-25-81

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