追記:余波

『憎悪憤怒血涙散る空』を書こうと決めて、大まかな起承転結をまとめ、書き出し、しばらくしてからの事である。

 そもそも、私が何故それを書こうと思ったかは、例の2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災の引き起こした被害におけるネットでの掲示板の誰か、更に著名人の一部の無責任極まる反応に、文字通り憤ったからだった。

 当時のソースを調べれば分かる事だが、およそ以下の通り。


『ざまあみろ』

『死んで当然』

『天罰』

『生き残った奴らも死ね』


 何様のつもりなのか知らないが、その様な実に酷い言葉が被災して間もない人々に叩き付けられていたのだ。どんな表情で書き込んだのか、その面を想像するだけで反吐が出そうである。

 救援物資や食料などを積んで被災地に向かった自衛隊までもが一部政党によって邪魔をされていた事、当時の政権が国民には買い控えを促しつつも、自分達は食料を買い占め、官邸に篭城同然に引きこもった事なども、とても許せなかった。

 亡くなられた方々への供養の気持ちも勿論あった。何せ、被災地に実家があるし、親戚や友人達がいた。数年経った今でも連絡が取れない人がいる。

 その事実もどうせ10年ほどで忘れ去られてしまうだろう。当時以上に揶揄されるだろう。

 ならば、経験談も加えて書き残しておくべきだと考えたのである。




『憎悪憤怒血涙散る空』だが、話の流れとしては、こんな感じだ。

 震災発生から数ヶ月以内が舞台。私の様な経験を持つ、ハンドルネーム・『敷居』(しきい)、ハンドルネーム・『ジェイク』という男性二人が、ネットでの書き込みの中で特に酷いと感じたものを見つけた矢先に、彼ら自身も異様なタイミングの悪さで人生の崖っぷちに立たされる。更にタイミングが悪い事に、彼らは既に人生に疲れていた。そして、休む事も許されない状態にあった。

 それが引き金となり、書き込みした人物の特定が出来てしまった所から暴走して行く。書き込みはよりによって相手の自宅から成されていた。それをした当人を除いた家族らは、極々一般的な、そして弱い立場の人間だった。しかし、その家に乗り込んでしまった二人にはもう後に引くつもりは微塵もなかった。

 ジェイクにはコネがあった。同行した『モロキュウ』と名乗るその人物は呪詛師(じゅそし)という仕事をしているのだという。彼によれば、

『実験台として、家族全員を生贄にし、この家の敷地全体を危険度の高い心霊ゾーンと直通の呪われた場所にしてみたいのだ』

との事。モロキュウからしてみればそれは待ちかねていた絶好の機会だったのだ。

 敷居ら二人のSNS仲間でもある女性、ハンドルネーム・『モガ』が自身のコネで『モロキュウ』を知り、彼らを追って現地入りするも、事態は最悪の展開に、という流れである。不自然さを減らすべく調整していたら、群像劇になった。登場人物の名前は、言うまでもなく全て架空のもの。


 昨今、身元の特定からの事件も少なくないし、現実に起こり得る事でもある。

『フィクションの形で発表する事で、そういう軽はずみな行動への戒めにならないか』

という気持ちもあった。




 年明けから少し経っていた。季節はまだ冬。

 その夜も

『予想はしていたが、書き進めるのが難しい話になったな』

と思いつつ、データを保存してPCを落とし、私は寝床へ潜り込んだ。

 我が家は玄関を入ってすぐに、台所、それを背にしてトイレ、洗面所を含むちょっとしたスペースがあり、すりガラスのはまった格子戸で居間と仕切っている。部屋の気温を少しでも一定にしようと、寝る時には格子戸を閉めて寝ていた。


 常日頃、不眠症への対症療法として処方して頂いている睡眠導入剤がそろそろ効いて来たか、という時、その格子戸の向こうに気配を感じた。まぶたは閉じたままだ。

 玄関の鍵は勿論閉めてあるし、お隣などの足音はなかなかに響く部屋なので、何かあればすぐに分かる。

 つまり、明らかに玄関から入って来た者ではない。

 しかも、聞いてみると一人や二人のものではなく、少なくとも十人ほどがその、室内設備を除いた場所だけで言えばほんの四畳半ほどしかないスペースを行き交う様な足音になっていった。

 話し声などはなかった。無言で、闇の中を、十人ほどの何者かが、すぐ頭の向こうを行き交っているのである。



 心当たりはあった。

(今、打ち込んでいる『憎悪憤怒血涙散る空』で描かれている、亡くなられた被災者の方々辺りだろう)

と直感した。


 あの時、実際にあった事をきちんと書き残すべく、こちらで把握している酷かった状況も可能な範囲でそのまま記している。その為、中には確実に、亡くなられた方々がお怒りになって当然である事柄が含まれていた。

『そこも含めて描く事で、供養と出来ないか』

と考えていたので、この様な事態が発生するであろう事も、もっと重く見ておくべきだったのだ。




 錯覚ならばそれでいいが、実際に足音は私の耳に響いている。具体的といえるか分からないが、こういう現象に遭遇するのは初めてであった。

 怖気を感じながら、私は知人であるお坊さんから伺ったお経の一節を胸中で唱え、話を書く上で重要である前述の事をお願いした。

(あなた方に対するとてつもない侮辱があった事を後々の人達に伝えたいのです。私のしている事でお怒りになるのはとても良く分かります。ですが、これは普通に考えても許されない事です。

 ですので、どうか

『こういう事があったのだ』

と書き記す事を、どうかお許し頂けませんでしょうか)

 そういう内容を心の中で伝えたと思う。


 私の言い分が通ったのか否かはさておき、しばらくして、足音はゆっくりと消えていった。




 その後、私は『憎悪憤怒血涙散る空』を書き上げ、こちら『カクヨム』、そして『小説家になろう』などに年齢制限付きでアップしている。

 閲覧数はそこそこだが、書き上げて発表する事を承諾(?)して下さった、あの夜の方々には、深く感謝している。

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憎悪憤怒血涙散る空 躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ) @routa6969

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