Answer10・大切な人
ちえりに憑依してから四日目。
体調が順調に回復しているという事で、お医者さんからは二日目で退院する事を許可された。もちろん退院にあたっては色々と注意をされたけど、それは仕方ない事だと思う。
そして私はちえりの身体に憑依したまま、ちえりのお母さんに連れられて自宅へと戻る事になったんだけど、私はこの事にかなり戸惑った。だって私はちえりの身体に憑依しているだけで、ちえり本人ではないのだから。
だからちえりが自宅でどのように振舞っているのか、どのような話を家族としているのか、そんな事が分からない以上、私がちえりの振りをして誤魔化し続けるというのは不可能だと思っていた。
だけど不思議な事に、私はその不可能だと思えた事を無難にこなせていた。連れて来られたちえりの自宅はなぜか家の間取りも分かるし、ちえりの家族ともそれなりに自然なコミュニケーションがとれている。
なぜこんな事が私にできるのかは不思議だったけど、今はそれが好都合だったのであまり気にしないようにした。今の私がするべき最優先事項は、ちえりの家族に対してボロが出ない内に憑依を解き、ちえりへと身体の主導権を戻す事だから。
「はあっ……何でダメなのかな?」
しかしそんな私の思いとは裏腹に、相変わらず憑依状態を解除する事ができないでいた。
他人の意識が自分の中に混在するというのは、憑依される側にとってはかなりの不快感を生むはず。だから私も、他の幽霊に憑依したりさせたりする時には短い時間だけにしているし、不必要にそういう事をしないようにしている。
だから私が言っている不快感は、憑依されているちえりも感じているはず。それなのに、ちえり側からは拒否するような反応が一切見受けられない。それも私が戸惑っている原因の一つだった。
「困ったなあ……どうしたらいいんだろう……」
ちえりの部屋にあるベッドに寝そべってから再び深い溜息を吐く。
それにしても、ちえりの両親と言い、この家と言い、何で私は知っている気がするんだろう。デジャヴュと言うにはあまりにも出来過ぎている気がしてならない。
こうして悩み続けながらもちえりとして暮らす日々が続き、いよいよ夏休みが終わろうとしていた日の夜、私はいつもよりも深い眠りについた。
× × × ×
『お姉ちゃん! 速攻行くよ!』
『OK!』
私の目の前では、小さい時のちえりと思われる人物が元気にバスケットコートを走り回っていた。
「これはちえりの記憶? それとも、ちえりが見ている夢?」
目前の光景を見ていると、何となく懐かしい気持ちになる。
そして漠然とではあるけど、これはちえりが見ている夢なのかなと思い始めていた。
仮にこれがちえりの見ている夢だとしたら、私はちえりが見ている夢を一緒に見ているという事になる。
『やった!』
『お姉ちゃんナーイス!』
敵が保持していたボールをスティールしたちえりは、お姉ちゃんと呼んだ人物にボールを素早くパスし、そのパスを受けた女の子は華麗にランニングシュートを決めた。
ゴールネットに吸い込まれるようにボールが入ると、二人はお互いに走り寄ってから両手を勢い良く合わせて喜び、再び自身が受け持つポジションへと戻る。
――何だろう……このとても懐かしい光景は……。
私はしばらくの間、この試合の様子をじっと眺め続けた。
試合は最初こそ順調にリードしていたものの、途中から相手チームにじわじわと追いつかれ始め、ゲーム終了の二分前には同点にまで追いつかれていた。
「このチーム、強いわね」
ちえりの居るチームも
チームプレイであるバスケットボールにおいて、パスの重要性はかなり高い。パス回しが上手いチームはやっぱり強いし、そんなチームを相手にすれば感じるプレッシャーもかなりのものになる。
『ああっ!』
何とか二点リードで迎えた試合終了の三十秒前。相手チームのシューターが放った三ポイントシュートが決まり、一点のリードを許してしまう。
すると相手チームは残り時間全てを使ってオールコートプレスディフェンスを展開し、隙あらばボールを奪って点差を広げようとしていた。ちえり達もそうはさせまいと、逆転をかけて必死にボールを運ぶ。
『ちえり! お願い!』
『うん!』
――あれ? この場面、何だか見た事がある。確かちえりがパスをもらって、それからシュート体勢に入って……。
試合終了の五秒前。
敵のマークを上手く外したちえりがフリーになる。そこへお姉ちゃんと呼ばれていた人物からパスが通り、それを受けたちえりはシュート体勢をとった。
『うっ!』
『ちえり!?』
シュートを放とうとしたちえりが、突然ボールを落として倒れた。それと同時に試合終了のブザーが鳴り響く。
『ちえり!? ちえりっ!』
お姉ちゃんと呼ばれていた人物が、倒れたちえりに向かって急いで駆け寄る。
『ううっ……』
『どうしたのちえり!? しっかりして!』
倒れたちえりの上半身を抱え起こし、そう問いかけるお姉ちゃんと呼ばれた人物。
『ごめん……ね、さくらお姉ちゃん……シュート、決められなかったよ……』
――さくらお姉ちゃん?
「あっ…………」
私はこの時、やっと思い出した。自分自身の事を、自分という存在が生きていた時の事を。そしてそれを思い出した瞬間、私の意識は深い夢の世界から現実へと戻った。
× × × ×
ちえりが見ていたであろう夢の世界から覚醒した時、私はちえりの身体から既に抜け出ていた。ふわふわと宙に浮く感覚は、数日振りとはいえ懐かしく感じてしまう。
そんな私の眼下では、小さく寝息を立てているちえりの姿。そしてその閉じた瞳からは、涙の流れた筋が見える。
「さくらお姉ちゃん…………」
そう呟いた後で、小さく寝返りをするちえり。ちゃんと本人の意識が戻っているようで安心した。
そして私はそんなちえりの様子を見た後、数日振りに領域へと戻った。
「はあっ……」
領域にある家に戻った私は、畳みに寝そべってから大きく溜息を吐いた。
私が知りたかった生前の自分。自らの死を受け入れる為に探していた記憶。そして、助けたかった大事な妹の
そして私はパズルを組み合わせるように一つ一つの出来事を思い返しながら、自分という存在がここに至るまでの道を思い返していた。
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