Answer2・思いがけない出来事

 夕暮れ時の学園の屋上。そこから校庭を見つめると、今日も変わらず楽しげに下校して行く生徒達の姿がある。

 私が領域へと来てからもう二年が経つけど、相変わらず探しものは見つかっていない。そもそも私が探している答えの糸口さえ見つかっていないし、その為に何を探せばいいのかもよく分からない。

 強いて言うなら、その糸口を探すにはまず自分が死んだ原因を知る事が重要なんだと思う。もちろんそう思うのには根拠もある。

 どうもこの領域へと来た人達は、何かしらの未練を残しているようだからだ。

 理由としてはこれ以上ないくらいにありふれた理由だと思える。それならさっさと未練を解消すればいいじゃないかと思われるかもしれないけど、事はそれほど単純ではない。

 なぜなら私のように記憶のほとんどを失っている場合、肝心の未練が何か分からず、いつまでもこの領域に留まる事になるから。


「ああー、寒い!」

「だから止めようって言ったのに~」


 下校する生徒達を見ながら自分の事について考えていたその時、二人の制服を着た女の子が屋上の扉を開けてこちらへとやって来た。


「だって音楽室は工事中だし、他の教室も使えないからここしかないじゃない」

「お姉ちゃん……だからってこの寒空の下で練習するつもりなの?」

「うっ……」


 どうやらこの二人は姉妹のようで、妹の冷静な意見に姉の方は言葉を詰まらせていた。


「仕方ない、今日は諦めて帰ろうか」

「うん。ねえ、お姉ちゃん。今日は少し寄り道して帰ろうよ」

「いいけど、どこに寄って行くの?」

「あのね――」


 二人はにこやかに会話をしながら屋上から去って行く。

 そんなやり取りを見た私は、何となく懐かしい思いを感じながら心が温かになるのを感じていた。


× × × ×


 季節が移り変わり四月に入ると、この花嵐恋からんこえ学園にも新入生が入って来る。

 今年も新入生は楽しげな笑顔を浮かべて校門をくぐって来ていた。それを見て微笑ましく思う反面、羨ましく妬ましいようにも思ってしまう。

 私は今年も新入生が入学式を執り行う体育館へと出向き、その雰囲気だけでも味わおうとしていた。

 沢山のパイプ椅子が並ぶ体育館。私はその出入口の近くに立ち、新入生が来るのを待つ。

 新しい世界へと踏み出す一歩。不安もあるだろうけど、同じ仲間が居るというのが羨ましい。

 体育館の奥、ステージの天井から入学式と書かれ吊り下げられた垂れ幕を見つめていると、出入口の外から多数の足音と少しざわつく声が聞こえてきた。やがて沢山の新入生が体育館へと入場し始め、私は次々と入って来る初々しい生徒を見つめる。

 そして最後のクラスが入場し始め、その最後尾が体育館へと足を踏み入れた時、その一番後ろに居た女の子と視線が合った。正確に言えばその子がこちらを向いた時にその視線が偶然ぶつかっただけだろうけど、何となく、その子の視線は私という人物をしっかりと捉えているように感じてしまった。


「あの子、どこかで見た事があるような……」


 その時の僅かな違和感と懐かしい感覚。こういった感覚は珍しいけど、それはまた自分の錯覚かもしれないと思った私は、この出来事もそれほど気には留めていなかった。

 そして新入生を迎えた翌日。この学園はいつもよりも活気づいていた。

 学園内では朝から各部活動の新入生勧誘の時間が取られていて、あちらこちらで熱心に新入生を歓迎するもよおし物が行われている。これはこの学園で毎年行われる行事みたいだけど、私は上級生が熱心に部活動への勧誘をしているのをゆっくりと歩き回りながら見ている。

 それにしても、学生が青春を謳歌おうかする様を見るというのは、ある意味で楽しくもあり、ある意味でねたましくもある。目の前で繰り広げられている事は、私にはどこまでも無関係の出来事で、どこまでも他人事。それが無性に寂しかった。

 でも、いくら妬んだところでこの状況が変わるわけでもない。それならこの楽しげな雰囲気だけでも楽しむ方が健全だと思う。

 まあ、幽霊という存在なのに健全という言葉を持ち出すのもどうかとは思うけど。

 私は学園内をぷらぷらと歩き回りながら、各部活動の催し物を見て回る。

 文化部棟の校舎内では文化部がそれぞれにイベントを行っていて、中でも興味を惹かれたのが、科学部のやっていた見えない物を見る事ができる眼鏡だった。

 何でこの科学部のイベントに興味を持ったのかと言うと、もしかしたらその眼鏡を使えば、私の事を視認できる人が居るかもしれないという、至って単純な発想をしたからだ。

 しかし結果から言えばやはりと言うべきか、誰も私の事を視認出来る人は居なかった。まあ、その眼鏡のコンセプトである見えない物を見る事ができるっていうのは、いくつかの不可視光線を見る事ができるって事だったらしいから、当然と言えば当然かもしれない。

 でも、ちょっとした期待があったのも確かだったし、残念な気持ちは拭いきれなかった。

 私はそのまま文化部棟を後にし、今度は運動部の専用棟へと向かう。


「あっ、やってるやってる」


 運動部専用棟の一つのグラウンドでは、サッカー部が新入生向けに部員同士で試合を行っていた。

 新入生向けの見せる試合とは言え、選手達は真剣そのもの。それを見ている新入生も、そんな様を見て白熱している。

 そんな場面をじっと見ていると、私も昔こんな事をしていたような気がしてくるから不思議だ。もしかしたら本当にしていたのかもしれないけど、記憶の無い今の私には分からない事。

 言い知れない虚しさを感じながらその場を後にし、私は体育館へと向かった。


「こっちも盛況だね」


 辿り着いた体育館では、バレー部とバスケ部がそれぞれ違うコートで試合を行っていた。私はバレー部の試合風景を見ながら前へと進み、奥のバスケ部の試合を観戦しようと更に歩を進めて行った。

 バスケ部の試合を見ながら歩いていると、どうやら在籍の選手が新入生と試合をしているようだった。なかなか面白い趣向だと思う。

 そのまま中央のステージへと向かって歩き、その上に座って見ている新入生に混じって私も試合の観戦を始めた。


「あの子、いい動きしてるなあ」


 私はバスケの試合を観戦しながら、一人の女の子に注目していた。

 練習用と思われるユニフォームを着た新入生の女の子は、他の子に比べて格段に動きがいい。上手くドリブルで攻め込んで隙を作り、フリーになった味方を見逃さずにパスを出している。ポジション的に言えば一番、つまりPG《ポイントガード》の動きだ。

 そのまま食い入るように試合を見ていたけど、バスケ部のメンバーも結構苦戦を強いられていて、このまま新入生がリードしたまま終わるかと思った。

 しかしそこは現役の高校バスケ部。途中こそリードを許したものの、即席の新入生メンバーはジリジリと点差を詰められ、試合が終わる頃には二十点差がついていた。


 ――そういえば、何で私はバスケットボールについてこんなに詳しいんだろう……。


 そんな事を考えていた私が注目していた女の子に視線を移すと、バスケ部員から受け取ったタオルで汗を拭いた後でユニフォームを脱ぎ、ポニーテールにしていた髪の毛のゴムを取った。


「あれ? あの女の子は……」


 どこかで見た顔だなとは思っていたけど、よく見ると昨日の入学式で視線が合ったような気がした女の子だった。

 気が付くとステージ上で観戦していた新入生は別の場所へと移動したのか、いつの間にか誰も居なくなっていた。そして私もどこかへ移動しようか思ったその時、私が気にしていた女の子が私が居る方をじっと見ているのに気付いた。

 いったい何を見ているんだろうと思い、女の子の視線の先を見てみるけど、特に目を惹くような物は無い。

 何を見ているんだろうと思いながらその女の子を見ていると、その子は近寄って来た女の子に声をかけられてそのままどこかへと行ってしまった。

 あの女の子が何を見ていたのかを不思議に思いつつも、私は体育館を後にして本校舎へと向かう。

 そして部活動紹介があったその日の放課後。私は思いもよらない出来事に出くわす事になった。


「どうかしたんですか?」


 誰も居ない学園の屋上。

 そこにあるフェンス越しに沈む夕焼けを見ながら、いつものように下校して行く生徒達を眺めていると、背後から声がかけられた。

 振り向いた先に居たのは、入学式と例の部活動紹介イベントで見たバスケの上手な女の子だった。

 私はまさか自分に声がかけられたとは思っていなかったので、他に誰か居るのかと辺りを見回した。


「どうしたんですか? そんなに周りを見回して。何かあるんですか?」


 目の前に居る女の子は、不思議そうに私を見ながら同じように辺りを見回す。


「あの……私に声をかけたんですか?」

「はい、そうですよ」


 真っ直ぐな視線でこちらを見ながらそう言う女の子に、私は驚きを隠せなかった。私はゆっくりとその女の子に近付き、名前を尋ねた。

 そしてこれが、私を認識できる唯一の女の子、宮下ちえりとの出会いだった。

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