ジャングル・レーヌ 8


 獰猛な獣を前に、私たちは硬直していました。

 どうくる? どうなる?

 どうなった? どうするべき?

 私たちがそんなことばかり思い浮かべていた、その隙。アンスリウムは早くも動き出します。

 

 ドッ!!!


 轟音を伴う突出。

 アンスリウムは一瞬で距離を詰め、エナさんの目と鼻の先、互いの吐息を感じてしまいそうなほどの至近距離にいました。

「……!」

 エナさんは目を剥きます。

 アンスリウムが右ひじを折り曲げていることを、私は捉えていました。おそらく右腕はそのまま伸ばされ、エナさんの顎部へ激突し、そのインパクトと同時にあの巨大な鎌を射出、エナさんの頭部を突き抜くのだろうと、容易に想像できました。

「エナさん! 後ろに避けて!」

「!」


 バキィ!!!


 エナさんの頭部は――貫かれていませんでした。

 しかし。

「くっ……くそっ……!」

 左眼。

 エナさんの左眼が破壊されていました。

 彼女は致命傷は避けましたが、しかし完全な回避は不可能だったようです。

「【火円かえん】!」

 体勢を崩しながらも、エナさんは怯まず攻撃に転じます。

 燃え上がらせた両拳の炎を握りつぶすようなモーションを見せると、エナさんを中心とした水平方向に、円状の炎が広がっていきます。

「! あれは……!」

 よく見るとそれはコイル状に渦を巻いていて、【火災旋風】と同じ性質があることが分かります。すなわち、炎は渦の効果で強烈に熱を蓄え、さらに上昇気流を発生させて周囲の物を引き摺り込むのです。

 私はすぐに近くの木にしがみつきます。炎にも接触しないように、姿勢も低くしました。それとほぼ同時に、巨大な風が生まれて木々が揺れ、炎がさらに拡大を始めます。

 炎がアンスリウムに迫ります。が、彼女は一切逃げるそぶりを見せません。炎に引きずり込まれるのが分かるや否や、彼女は地面に四つ足で伏せ、一角に赤い電光を走らせました。


 ドゥッ!!


 赤道砲が放たれます。炎と赤道砲が衝突し、そして炎がかき消されました。

 エナさんはそれを待っていたかのように飛び出します。

 いえ、実際待っていたのでしょう。アンスリウムが赤道砲を使用し、インターバルに入ることを。

「【火虎ヒドラ】!!」

 エナさんの全身が炎に包まれます。アンスリウムに駆け寄る間に、炎がトラの形を成し、エナさんを包み込みます。まるで密林の女王ジャングル・レーヌへの意趣返しでした。エナさんが拳を振り上げると、炎のトラは猛々しく牙を剥き、彼女が拳を振るうに合わせて、アンスリウムに喰らい付きました。

「これで終わりだ!!!」

 火虎ヒドラの牙が女王に届く。

 その刹那でした。


 ジジッ――

 バシュウウウウウウウウウウウウウウ!!!!


「!?」

 アンスリウムの角に赤い雷光が走り、赤道砲が放たれたのです。

 紅蓮の稲妻が空に伸びます。そしてすぐに消えました。ですが赤道砲が消えた後でも、大気には赤道砲の跡が爪痕のようにしばらく焼き付いていました。

「なん……で……」

「……」

「赤道砲のインターバルは……50秒以上の、はずじゃ……」

「……密林の女王ジャングル・レーヌモード中は、インターバルは短縮される」

「なる……ほど……」

 眠たげな瞳で、エナさんは私を眼差します。


 ガクンっ。


 エナさんの両膝が土で汚れます。それは思ってもみない光景でした。

『新入り……』

 もはや口は動かないのか、彼女は通信で最後にこぼします。

『……逃、げろ』

「エ――」

 腹部に巨大な穴をあけたエナさんが、アンスリウムの足元に崩れ落ちました。

 それは、もはや悪夢にも近い光景でした。



「エナさん!!!!!」




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