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※ ※ ※
健全な魂は健全な肉体に宿ると人は云う。
尤もな意見だとおれも思う。実際、その通りだ。
左手の甲を斜めに二センチ、袈裟に皮膚剥離を起こした利用者を見、その言葉を嫌でも反芻していた。
カネを貰ってやってる仕事だ。手前勝手に休むことなど職場が、否、おれがおれ自身を許せない。
頭の痛みを鎮静剤で誤魔化し、昇る胃液を胃薬で押し留め、あくまで普段通りに仕事へ向かう。
そう。普段通りの、何の変哲もない仕事なのだ。出来て当然、人の手を借りるなどおこがましいこと。
だのにおれは間違えた。何故何故と考える暇もない。アタマの中がぐちゃぐちゃだ。仕事と、葬儀と、執筆とがごたまぜとなり、薬で押さえた激痛をガードの下から突いてくる。
「ああ、もう……。何をやってるのよ大ざっぱ」
おれのこの体たらくを察し、遅番勤務の飯田リーダーが二時間早く現れた。
めたくそに叱り飛ばされ、やるべき仕事を肩代わりしてもらって、ようやく周りを俯瞰して見ることが出来た。
控えめに言って異常である。九時を回ってなお食事介助が半ばで止まり、それに付随しオムツ交換が三十分ずれこみ、シーツ交換、居室清掃、入浴介助――。日勤帯のパートさんがいなければ、昼食の時間にご飯やお茶を供することすら出来なかっただろう。
「ねえ、あんた。本当に……大丈夫?」
一頻り小言を言われ、どうにか一息着いた頃。フロアリーダーが掛けてきた言葉は不思議に優しかった。
「大丈夫とかどうとかじゃないでしょ。ヒトが居ないのに、休んでなんかいられませんよ」
この手の現場、しかも片田舎となればマンパワーの不足は著しい。
予定されていた勤務をドタキャンしようものなら、他の職員は休憩も取らずに十二時間、有無を言わさず働かされることだろう。
「言いたいことは分かる。けど、あんたにそれを宣う資格はないわ」
だがそれは、いっちょ前に仕事が出来ている人間が吐くべき文句だ。
遅番やパートがフォローに回らねば、通常業務すらこなせない時点で、おれはもう職員の頭数にすら入っちゃいない。
「有給申請と人員確保はこっちでやっとくから、あんたは少し、休みなさい」
「でも」
「どうせ、休暇使えず溜まってるんでしょ。良い機会だから、羽伸ばして来なさいな」
確かに、そうだ。既に一月分の有給休暇がストックされているが、人員不足で使えた試しがない。
だが病欠忌引となれば話は別だ。職員少なに文句を言う上役も、仕方がないと首を縦に振るだろう。
「すいません。それじゃあ」
「ほら、とっとと行ってらっしゃい。いつまでもそこにいられちゃ迷惑よ」
素っ気のない言葉が、逆に聞いててほっとする。
解った、解った。もう何も言わないよ。何ともし難い気持ちを抱え、おれは職場を後にした。
※ ※ ※
●ガーディアン・ストライカー 強化回 箱書き
・『九番』の放った尖兵、キューバンキャッツに取り囲まれ、あっさりと敗北したストライカー。
・茉莉花は拐われ、自身は満身創痍で野ざらし。自己治癒能力ははたらかず、あわや絶体絶命の危機に追い込まれる。
・そんな折、彼の前に現れた白衣の男。
「アンタ、何で今更」
「今のキミでは奴らと戦うには不足。ここまで生き残った褒美だ。新たなチカラを授けてやろう」
・白衣の男は有無を言わさず、ストライカーに追加の改造手術を施し、そして
●本文
「おいおい、なんだこれは。話をすり替え、何とか話を進めたいか」
キューバンキャッツを束ねる頭目、悪辣極まる『九番』は、対峙する満身創痍のストライカーを見、口角を吊り上げ皮肉めいて嗤う。
「幾ら関係ないと首を振っても、お前はお前がしたことからは逃れられない。彼女は、お前が殺したんだろう」
そうだ、おれだ。おれが、マツリの約束に乗ったから。
酒の席だからなんて言い訳は利かない。何もかも、おれのせいだ。
「けれど、あいつはそれで満足したんだ、だから」
「供養になった、って言いたいか。は、ご立派よな。けどよ、お前自身はどう思っているんだい」
おれが、どう思っているかだって?
良いに決まってる。彼女は、満足して逝ったんだ。おれもそれを見送った。それでいいじゃないか。
「は、は、は。その湿っぽろい顔よ。クチでは何とでも言えるが、心の中は違うんじゃないか」
そうか……?
ああ、そうだ。
当たり前じゃないか。
いかな理由があろうと、死んで貰って良い訳がない。
おれはアイツに逢いたかった。ただひとこと『ごめん』と謝りたかっただけなのに。
こんなことってあるかよ。ふざけんじゃないよ。ひどすぎる。
「そうだ。いいぞ、いいゾォ。オトコノコは気持ちに正直じゃなけりゃあな」
とどのつまり、お前は何を考えていると奴は訊く。もしも、時を戻すことが出来たなら。あの日の出来事をやり直したい。酔っ払い、正常な判断力を喪った自分とマツリに否を叩き付けて終わりたい。
それが無理なのは解ってる。それでも願わずにいられない。何もかも、おれが始めたことなのだ。アイツはそれに乗っかっただけ。
ならば、おれが止めずに誰がやる。そういうことだろ。そうじゃないのか。
ああ、駄目だ。
…………
……
…
・変更を保存しますか?
YES
NO←
どうなってる。おれは、ガーディアン・ストライカーの原稿を執筆してるんじゃなかったか。
それが何故、自己否定と懺悔に成り果てている。
無茶苦茶だ。これを綴ったのはおれの筈なのに、書いたという記憶が無い。
遠隔操作か? 口寄せか?
ーーありがとね、ざっぱー。あたし、もう心残り無いや。
ああ、駄目だ。駄目だ。
何かを考えていなきゃ、何か別のことを思っていなきゃ。
脳味噌の裏に貼り付いたあの声が、いつまでも耳障りに喚き散らしやがる。
ーーざっぱーのおかげだよ〜。あたしひとりじゃ決断出来なかったもん。ありがとね、背中をぽんと押してくれて。
だまれ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。
空いた
元はと言えば、お前が持ちかけた話じゃないか。ヒトが酔ってると知ってて話したんだろうが。なのに約束取り付けてくたばるなんて卑怯だぞ。
おれは悪くない。違うんだ。おれは、違うんだ!
ちくしょう。ちくしょう、ちくしょう……。
「駄目だ。もう、続けられない……」
目の前でケタケタと嗤う骸骨が、おれを抱き寄せ空へと消えた。
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