めぐる季節に芽吹く花のような、葛藤と再生の物語

時間をかけて季節はめぐります。
春に咲いた花はやがて散り、夏には青々と葉を茂らせ、秋には色づいた葉を落として、冬の寒さを乗り越える。そうしてまた春が来れば蕾をつける。老いた草木は種を飛ばして、その種は遠いべつの場所で芽吹きます。二度と来ない季節はないし、二度と咲かない花はありません。

人間もおなじなのかもしれません。たとえ失意の底でもだえようとも、かならず再生の時は来る。
大事なのは、「向き合おうとしているか」です。「見つめようとしているか」なのです。未来と向き合う、未来を見つめることをためらっていた主人公・トオルのもとに、視覚的に視ることのできない彼女が現れたのは、ある意味必然だったのかもしれません。

限られた時間のなかで「見たいものを探す」という、彼女のひたむきな生き方があったからこそ、トオルも自分の生き方を見つめることができた。そしてトオル自身が、ともすれば後ろめたい思いを抱かせられるような彼女の姿勢から目をそらさず、ちゃんと見つめていたからこそ、この結末を掴みとることができたのでしょう。視覚的に見つめあうことは叶わない、けれども——たいへん陳腐な言葉でお恥ずかしいですが——心で見つめあっていたからこそ、「彼ら」は本当の意味での「美しさ」を理解することができたのでしょう。

これは生きる人間の物語です。
めぐる季節に芽吹く花のような、美しい葛藤と再生の物語です。
執筆お疲れさまでした。

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