第25話 2人+1人の変化


 我が北見家では、例年大掃除などしない。

 まったくもって、えばって自慢するようなことではないが、そうなのだ。

 主に俺が面倒だからという理由だ。

 そもそも普段から片付けていれば、必要がない大騒ぎ。

 ごく当たり前の真っ当な意見だと思うのだが……


「今年は茉莉花さんがきたから、ウチも突然に普通の家庭になったみたい。

 家族で大掃除なんて」

「凜々ちゃんのとこは、毎年大掃除しないのね」

「パパは全然、掃除なんかしないもん。

 私が手の届くところをするだけですよ。

 こういうイベント感はサッパリなの。

 ここ北見家では」

 凜々花は掌を上にして見せ、サッパリを強調した。


「そっか、うちもお父さんが掃除とか、絶対に考えられない家庭だったからなぁ。

 お手伝いさんの仕事で、イベントじゃないわね」

 茉莉花としては、娘の凜々花に共感したつもりなのだろう。

 うんうんとうなずきながら、凜々花に答えていた。

 一方で凜々花は「お手伝いさん」を聞いて固まってしまい、恐るおそる確認する。


「茉莉花さんて、やっぱり超の付くお金持ちなんですね。

 買い物の様子も驚いたけど……」

「やだ、私が凄いわけじゃないから、全然。

 そういう習慣なだけ」


 ――それは答えになっていないぞ、茉莉花。


「私も家族だけのイベントは憧れたなー。

 誕生日にクリスマスもないしね。

 支援者との会合とか、そもそも家にいなかったり、だったものね。

 はぁー。

 なんだか北見さんにこき使われて疲れたけど、今日はすごく楽しかったわ」

「オイオイ、『こき使われた』だなんて言い掛かりだろ?

 そもそも誰の荷物だよ、オイ。

 それにな、俺が口を挟んだのは、2人のやり方がマズいからだ。

 掃除ってのは高いところからしないとな――」

「「――2度手間だから」」

 茉莉花と凜々花は2人して、声を合わせて俺のセリフを奪う。

「それにな、上のモノは――」

「「――下に落ちる」」

 それから顔を見合わせて笑い合っている。

「何回同じこと言うのよ、パパ」

「ねえ?」

「それは無駄、2度手間、効率が悪い、よく考えろ……

 そればっかりなんだものね」

「チッ、調子が狂うぜ。

 いいか、掃除は普段からしてれば必要ないんだ。

 こういうのは疲れてメンドいことだと、相場が決まってるんだよ」

「えー、そう?

 私、楽しかったけどな。

 パパは、つまんなかった?

 茉莉花さんも、楽しかったって言ってるのに」

「んん? その……

 それは……あれだ。

 ゴホン、マジに聞くな!

 そういうのはノリだ、ノリ」

「なにそれ」

「こういうとこがダメなんだから、もう。

 ねっ、パパ。

 せっかく大掃除もしたし、今年はお蕎麦そばでも打ってみよっか。

 年越し蕎麦」

「馬鹿言えよ。

 シロウトにゃ無理だ、無理」

「わかってないなぁ、もう。

 無理とかじゃなくてね、そういうのにみんなであたふたしながら、挑戦するのが楽しいのよ」

「それ、面白そうね!

 私もやってみたい」

「じゃあ2人でやれよ、本職の方が絶対に美味いしラクだ。

 美味い店なら俺はいくらでも知って――」

「すーぐそうやって楽な方を選ぶんだから、もう!」

「あのなぁ、水は低い方へ流れんだろ?

 アレと同じだ、同じ。

 人間もラクに流れるのよ、そうできてる」

 俺がそう言って腕組みをすると、凜々花は手を突き出してくる。

「……何だよ?」

「じゃあいいわよ!

 パパ抜きでやりますから、お金ちょうだい」

「何言って――」

「パパを説得するより、買う方が私たちにとって『低そう』でしょ?

 間違いなく楽だもん。

 これならパパも、望み通りにラクできるもの。

 まさしく一石二鳥ね。

 だから道具を揃えます。

 やりたい私たちだけで、楽しみますので。

 あとから、『俺も混ぜろよ』って泣いて頼んでも、入れてあげないから」

「勘弁してくれよ、日本の年末年始ってのはこう、静かなもんと決まってだな」

「――いません。

 今まではパパに合わせてたけど、今年は強力な味方がいますから!

 ね、茉莉花さん。

 こういうチャンスは最大限に利用しなきゃ。

 今までできなかった家族イベントを、ぜーんぶやってやるの!

 そうよ、この機会に」

「わかった、わかったよ。

 参った、負けた。

 いや、蕎麦は妥協するから」

「やった、まず1勝ね」

「こういうのは駆け引きが大事だからな、次は俺の意見を――」

「日本は民主主義です!

 ですよねー、茉莉花さん!」

「うん、そうね。

 家庭は社会の縮図って言いますしね。

 男性家長が何でも勝手に決めるのは、これからの時代にあっていません。

 きっと凜々ちゃんの将来のためにも、家庭での正しい教育が必要ですね」


 ――よくも自分のことを棚に上げて、民主主義がどうのと言えたもんだぜ。

 俺はめまいがする気がして、こめかみを押さえて首を振った。

 凜々花の前にオマエの将来をだな――なんて言えるはずもなく、渋々押し切られるばかりの夜だった。


 だが……

 まあ、悪い気分じゃない。

 仕事で押し切られるんじゃ、とんでもないことで、困る。

 けれど、これはそういうことではないのだ。

 2人で完結していた環境に、1人が加われば、当然何かが変わる。

 2+1=3だ。

 バカバカしいほどに、当たり前のことではある。


「これまで何年もパパの言う通りの年末年始だったから、そういう意味でも凜々花のターンになります!」

「凜々ちゃんそれ、北見さんぽいね!

 すっごく」

「パパってこういう理屈っぽいとこありますよねー。

 茉莉花さん、よくわかってる」


 いったい喜んでいいのか、どうなのか……

 けれどまあ、凜々花が積極的に主張することは、たしかにいいことだろう。

 どうしても2人きりだと、俺が押さえつけてしまっているようなところも、あったかもしれない。


 ――いや、あるよな、きっと。

 かも、じゃあない。


「なあ、凜々花。

 オマエがこれまでに、したかったこと、し忘れたことって何だ?

 できることがあれば、なんていうかその、いい機会だ。

 叶えられんなら、叶えよう」

「え! 本当に!」

「ああ、こういうことはタイミングが大事だ。

 俺の気が変わる前に、茉莉花と相談しとけ。

 意味、わかるよな?

 俺は気が短い。

 1週間後とかは、たぶん気が変わってアウトだからな」

「すごい、奇跡だ。

 奇跡ですよ、茉莉花さん。

 お正月は雪が積もるかもしれません」

 凜々花は茉莉花の両手を取って、細かく振りながら天井を見て「あぁー」とため息を漏らす。

「冬なんだから、雪が降ったってどこもおかしくないぞ。

 ちょっと落ち着けって、凜々花」


 今の茉莉花がいる生活とは、あくまで特殊なものだ。

 彼女がいつ、いなくなるのか?

 それは茉莉花本人にもわからないことだろう。

 なおのこと、俺には知る由もない。

 物事には逃したら、2度とチャンスがないことも多い。

 本当に楽しそうな今日の凜々花を見て、俺も反省していた。

 これまでにもっと凜々花のために、思い出をつくるようなことをするべきだったと……

 どこかこう、死んだ毱花に、血の繋がらない娘に、共に楽しく過ごすことを遠慮していたのかもしれない。


 茉莉花が束の間、北見家を訪れたという、ただそれだけ。

 けれどそれは、俺たちにとって必然だったのかもしれない。


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