第24話 男親


 翌朝。


 俺はガサゴソと騒々しい物音で起こされた。

 昨日に続き、素晴らしい目覚めとはいえなかった。

 とても残念なことに。


 いつもであれば5時に目覚め、日課のランニングをするところだ。

 しかし、昨日の赤字で書かれたアレを見た以上、部屋でグッスリというわけにはいかなかった。

 俺は寝具しんぐを引っ張り出してくると、ダイニングの床にじかに寝た。

 北側の玄関から廊下を一直線に進んだ先が、このダイニングだ。

 そしてダイニングには大きな掃き出しの窓が南にあり、ベランダへと接している。

 何かあるなら、この南北のラインが1番出入りの可能性がある。

 さらに言うなら、熟睡しないため、とも言える。

 冷たく冷える部屋で何日続くことかわからなくシンドイが、無理を承知で警戒するしかない。


 騒がしく起こされた俺は、その原因へと向かった。

 その原因たる凜々花の部屋のドアを開けて中へ入れば、そこでは派手に店が広げられていた。

 包装紙や梱包こんぽうの山が、カラフルな花のようにキラキラと輝いて眩しく……


 いや、現実を見よう。

 ゴミの山に埋もれた2人を見て呆れた俺は、たしなめて一旦やめさせる。

「こういうのはなあ、段取りがいるんだよ」

「段取り?」

「準備だ、準備。

 凜々花、ガムテープを持ってこい」

「了解!

 でも、どこだっけ?」

「TVの横の棚にあるから探してみろ」


 凜々花が部屋を出て行くと、俺はしゃがみこんで頭を掻いた。

 早起きしてすでにシャワーを浴びたあとなのか、茉莉花の髪はいくらか濡れていて、シャンプーの匂いが部屋に漂っていた。


「朝早いことで感心ですな、お嬢様」

「……なによ、朝一番から嫌味なの?」

「ン、いや、そう言うつもりじゃないが……

 ホントにココへ転がり込むつもり、なんだな。

 俺にはあんまり現実感がないが」


 足を振り上げてバランスをとりながら、茉莉花は荷物の山を越えてこちらへやって来た。

 俺の前に立つと腰を折り、しゃがむ俺の頭上から話しかけてくる。


「たまにはそういう、思わぬことに戸惑う経験もいいでしょ?

 刺激があって。

 北見さんの感情が刺激されて、動くんじゃなくて?

 そうしたらあなたの中の真実が、こぼれ出しちゃうかもね。

 フフフッ」

「チッ、朝から嫌味はどっちだよ。

 クソッ、上から勝ち誇んなよ

 ……まあいい。

 茉莉花、ウチの外には1人で出るなよ」

「ん、どうして?」

「この辺りのことは、よくわからんだろ?

 ウザいかもしれんが、何かあれば俺が付いて案内する。

 それにゴシップやらニュース好きなら、もしかして茉莉花に気づく奴もいるかもしれん。

 娘の凜々だって気づいたんだからな」

「あーなるほど、そうね。

 じゃ、腕でも組んでカップルのフリでもすればいいのね、外では」

「そんなことは一言も――」

「――持ってきたよー、ガムテープ」

「おう、凜々花!

 貸してみな!

 こうするんだよ」

 俺は広げられた店の中から60センチ程度の幅のダンボールを取り上げ、ダンボールのフタになる部分を立ち上げ、ガムテープで固定する。

 すると高さ70センチくらいの上が空いた箱になる。

「ダンボール箱はテープを切って潰して、ココへ入れろ。

 あとで事務所のも、まとめて資源ゴミに出すから。

 紙は意外と手を切りやすいから、手で引っ張ったり滑らせたりすんなよ。

 ちゃんとカッターでテープを切ってやるんだ。

 あ、凜々花、このあいだの通販の箱、まだあるんだろ?

 アレも出しとけ」

「わかった」

「それからデカい透明袋を頼む。

 ゴミ袋で使うからな」

「ん!」

「そんで今度はこっちか。

 茉莉花、なんでもいっぺんに出すなよ。

 散らかってやりにくいだろ?

 せっかくの新品が、傷ついて汚れちまう。

 出すより先にしまう場所、置く場所を、決めるかつくるかしないと、収拾つかなくなるから」


 それから袋をドッサリ持ってきた凜々花を交え、場所づくりが始まった。

 元々あったものを移動したりすると不思議なことに、その裏や下からホコリや汚れが出てきたりする。

 そうするとまあ、当然のように掃除も必要になって、結局は大掃除も絡んだ大騒動になった。

 とにかく買ったものは全部、部屋に収めなきゃならない。

 運び入れて、梱包を解かなければ、せっかく買った物も使えやしない、ただの無駄だから。


「凜々花、車にある残りの荷物を運ぶの、手伝え」

「えー、重いのは男の人の仕事でしょ」

「安心しろ、軽いヤツもちゃーんと残してあるからな。

 凜々花にも十分運べる。

 おっと、車の鍵を取ってくるから玄関で待ってろ」

 そうして凜々花から離れて茉莉花に声を掛ける。

「茉莉花、窓際に立つなら、レースのカーテンを必ず引いとけ。

 立たないのが1番だが、あいにくだだっ広い豪邸じゃないんでな。

 その気があれば、外から覗き見もできる」

「そこまでする必要、あるの?」

「俺はプロだ、その通りにしてもらうと助かる」

「ねえ……本当は何かあったんじゃない?」

「何かあってからじゃ、遅いのさ。

 そのためには、できることをする。

 ごくごく当たり前のことだ。

 それが不思議なことか?」

「……そう。

 わかった、信じる」

「鍵は持って出るから、誰か来ても居留守でオーケーだ」

「ん、わかったわ。

 気をつけて」

「……」


 やれやれ、俺も演技の勉強でもしなきゃならんらしい。

 保護対象に心配されて、見送られるようじゃな。




          ◇




 なんとか3人で1日中かかりきりになって、大量に買い込んだ茉莉花の荷物をかたづけて整理する。

 なんの整理もせず、遠慮のない荷物量で引っ越したとすれば、まあこうなるだろう。

 なんせ車に満載だったし、今日配送されてくるものだって、あったのだ。

 亡き妻である毱花がいなくなって以来、俺と娘の凜々花の2人暮らしには広すぎるくらいの家だったが、2人なら2人で空いてるスペースに合わせ、ゆったり使ってしまう。

 それが人間というものだ。

 だからもともと余裕があり、急に増えた荷物は収まらない訳ではない。

 ただしそれは、家中を整理して片付け直せばの話。


「どっちにしろ明日が今年最後のゴミの日だ。

 綺麗にしちまうぞ」

 結局、その流れで大掃除になってしまった。


 ――将来の首相かもしれん女が、こんなとこで大掃除とはな。

 下手クソな片付けや掃除っぷりを見て、2人に指示指導しながらドンドンと片付けを勧めていった。

 こんなくだらないような大掃除や片付けでも、どうやら2人はよほど楽しかったらしい。

 途中で俺が茶を入れたりストックの菓子を配る程度で、2人はメシも食わずに、いろいろな話をしながらずっと手を止めず、作業をやり続けていた。

 凜々花も同級生ではない、女として先輩の話相手に飢えていたのかもしれない。

 実際、2人の話のかなりの部分に、俺はついていけない。

 男女という性差もあるし、年齢の違いもある。

 可愛いモノ、流行りモノ、日本とアメリカの違い……

 はじめのうちこそ口を出したものの、時間が進むにつれ、俺は軽く手伝う程度で2人に任せ、眺めている時間の方が多いくらいだった。


 ――世間一般の家族とか、母娘ってのは、こういうもんなのかね。

 いささか母親としてみるには失礼な年齢の茉莉花ではあるが、こういうのが娘にとって必要なことなのかもしれない。

 そんなことを思う、父親としての1日だった。


 夕方にやっと終わると、米を炊いて野菜を炒め、冷凍食品や漬物で簡単な夕食にした。

 お嬢様の荷物に比べたら、きわめて庶民的で、色も地味で質素な晩飯だった。

 けれどもそこには、俺と娘だけでは存在しない『何か』が、確実に存在していた。


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