紅色 ~傷~ 28

災害で泥と木と水がぐちゃぐちゃとミックスされた森一帯を現在の技術力の全てを注いで瞬く間に都市へと再構成され、人口都市と世間では呼ばれている。

人口──自然的、偶然性は一切なしのはしから端まで必然性のかたまりだ。

そんな人口都市の高校──私立鏈華高等学校しりつてんかこうとうがっこうに今年の四月にほむら璃依りよは入学した。

初めての高校。初めての人口都市。初めての一からの友達作り。初めての寮暮らし。

人生で初めての初めてばかりの新たな人生の第一歩を踏み出す。

踏み出した足が右か左かは憶えていない。

何故なら私は、両足同時に踏み出したのだから。どちらの足がより踏み出していたのかはわからない。

ウサギように飛んで校門を飛びえたことだけは憶えている。

私は周りには高校生なんてたかが年齢が上がって、電車の子供切符から大人切符へと変えなければいけなくなっただけ(中学生の終わりまで子供切符を使っていた)の些細なことだと大人ぶって、正確にはまだまだその歳では大人ぶっているとは言えないのだが、とにかく、私は楽観視していた。馬鹿ばかにしていたのだと後々、この身で知ることになるのだ。

周りには馬鹿にしていた私だが、心の中ではウキウキ気分のウサギぴょんぴょんだった。

中学校とは比べものにならない数多の設備、より関係が深くなっていく友人関係、思い出を作ろうと優勝しようと切磋琢磨せっさたくまに一生懸命に努力する部活動、中学生ではできなかった恋愛でのあんなことやこんなことなどetc……といった具合いに高校生と言う名称を手に入れた私はこの高校生特権をどういったことに使おうかとそんな妄想を膨らませながら退屈な入学式を過ごしていた。

そんなウサギぴょんぴょんな心境の私は早速と言うか最初からと言うか、初っ端の授業で渡された『入部届け』を手に取って、それを見た瞬間に固まった。

頭を抱え、膨らんだ妄想を自らの手で破裂させてしまった。

「部活動なんてそんなもの速攻で決められる。それよりも一年でレギュラーにでもなってしまったらどうしようかしら……」と頭を悩ませていた私を今すぐタイムマシーンに乗って三途川さんずがわに足を縛って沈めてやりたい。

中学生の私のバッキャロー。

その後の数日間、悩んで悩んで、好物のきゅうりを5本食べるまで悩んだが、結局、最初からわかっていたが──決まらなかった。

7月26日水曜日。

夕日の温かな陽光を真正面で全身で受けながら、項垂れて下校していた私の足取りは案の定重く、胃が痛い。

入部届けの期限などないが、それでも焦ることは焦るのだ。部活とは一種の組織なのだ。組織なのだから先に入ったものから部活内での順位が上がっていく。

例え、同年代でも同様に自分より後に入部していきた新人相手にたかだが数日、数週間先に入部しただけで年齢が急速に上がったり、地位が向上する訳ではない。が、それでも相手が年下、または同年代なら『私の方が先に入部したから色々と″教えてあげる″』等と親切心と言う大義名分がある上から目線の態度をされると考えるとうかうかしてられない。

本当にそんな上から目線の態度をしてきたなら、その目玉にダブルピースをぶっ刺してさるつもりだが、できることならそんな事態は避けたいところ(9割方私の立場が悪くなるから、残りの1割が相手への最低限の私の親切心)。

入学式から約3ヵ月が経った本日。

今まで語った私の後悔、焦りはぶっちゃけると──もう、手遅れだ。半ばギリギリの崖っぷちにいるところ。足場はもろくて薄く、背水の陣の背水の陣の状態。

焦りと緊張とウサギぴょんぴょんしていた私自身の愚かしさが日に日に胃を痛くさせ、今では一日一回胃薬を飲むほどになっていた。


あぁ……、どうしよう。


寮に帰ったところで私の悩みが解決する訳ではない。だから、こうして夕方の散歩と言う一見オシャレに感じられる(私は、だが)何の意味もない、無意味なことをしている。

現実逃避。

その一点に尽きるのだ、今の私の行動は。

長々しく語ったのも夕方の散歩も全てが悩んでばかりの現実から少しでも追いつかれないように、私自身が再認識しないようにするための芝居──猿芝居(猿が芝居をした方がまだマシだ)。

部活以外にも、新しい友達や難しくなった勉強、深くなっていくクラス内での人間関係が余計に私の思考をすり減らしていく。

そのおかげか、そのせいか、私のクラス内での順位は下の下で、教室の端でライトノベルを読んでいる奴と休み時間の間ずっとうろちょろしている奴と私の三人──最底辺の住民となってしまった。


つまり──ぼっちである。


「──痛っ」


ぼーとしていた私は前方を歩いていた誰かとぶつかってしまった。

……やばいな、今の私。

謝らないのも失礼なので(私にも相手を気遣う感情はある)そうそうに頭を……下げはさはなくとも言葉では言っておこう(何か尺に障るので)。


「あの、すいませ」


「ん」とは言葉が続かなかった。

何故なら、私の目の前のウサギぴょんぴょんだった私の ぶつかった相手らは、


「……テメェ、何、俺様にぶっかってんだ」


「オイオイ」


「気分が良かったのにがた落ちだな、オイ」


額に赤いバンダナを巻いた如何にも不良の分類に入る恐い人達だったからだ。

どうして、こう不運が続くんだろう。

その後、私は必死に謝った。

それはもう、人生でこんなに頭を下げなければならないのかと思うほどに、謝罪の言葉と共に何度も頭を下げた。

だが、まぁ、それで解決しないのが、私が現実逃避している現実だ。


「コイツ、目はいかついが、顔はそこそこイイな。胸もそこそこある」


そこそこかよ。


「オイオイ。ヤっちゃうか?」


ヤっちゃダメだろ。


「現役JK様お一人テイクアウト!だな」


と、私のテイクアウトは決まったらしい。

……私は何も決まってないのに。

しかし、どうしたらいいのか。

誰かに助けを呼ぼうにも私の周りから人が遠ざかっていくばかりで、一向に私の救援サインを送れる相手がいない。

でも、私は彼ら彼女らを批判ひはんはできない。

私も大事より小事の方がいい。

ごく普通の人生で一回しかない青春せいしゅんと言う名の甘い酒におぼれていたいと思う。

摩訶不思議な出来事はお呼びではない。摩訶不思議な出来事禁止条例が発布している私だが、今、この時に限っては摩訶不思議な出来事禁止条例を廃止してもいい。

それで私が助かるなら安いものだ。

図々しいことこの上ない。

だから、誰か、誰か、私を助けてください。悪魔でも天使でも化物でも異能力者でも誰でもいいので私の純潔じゅんけつを守ってください。

そんは自分勝手や祈りが通じる筈はな……、



「オイ。テニスしろよ」



ラケットを担いだ少年──何故かボロボロ姿の彼が左手で握ったテニスボールを不良三人組に向けて言った。




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