紅色 ~傷~ 19

俺にとってこの人口都市で起きる殺人、事故、強盗、放火、自然災害、といった類の事件は平均的な日常を送る一般高校生の俺には人生にアクセントを付けるスパイスだ。

不謹慎ふきんしんだと俺も思う。思ってもなお、それを肯定して否定的な言動、行動を表に出したくない欲求が俺の脳をゆささぶる。

しかし、今はそんなことはどうでもいい。俺が悪人か善人かなんて議論する必要はなく、確定させることもない。

俺というこの街での小さなピースが大きなピースに影響を及ぼすことはできない。

俺は、

──される側の人間。

──搾取さくしゅされる側の人間。

──無慈悲むじひに巻き込まれる人間だ。

そんなモブの俺でもこの街に不満を抱くのは至極必然なことなのかもしれない。

一歩外を出れば桃源郷とうげんきょう……なわけがない。桃源郷に至るにはどれほどの困難、苦難、辛難を無限に思えるくらい乗り越えて、それでもなお至れない奴もいる。行けるのはほんのひと握りの選ばれた人間だけ。

俺の不満は沢山ある。そして、これからも無造作に増えいく。今の不満もいつかは過去になって記憶から消えていくもの。

だが、俺には、今の俺には今の不満の方が優先される。かわいた欲求、からびた願望の器が俺に不満の解消を未だ見ぬ景色を──どこまでもモブな俺が何を期待する必要がある。




「『とお』?」


葉柱はばしらが何気なく、自然と言った聞き慣れない単語は、俺にとっては興味を惹かれるには十分すぎるものだった。


「そう、『切り裂き魔』」


『切り裂き魔』──ミステリー系のゲームとか漫画とかではお決まりの絶対と言っていいほどに出演する、犯人の名称だ。

『切り裂き魔』とは他人に対して殺傷統の被害を加える人物のことだと記憶してる(間違いかも)。

所謂いわゆる犯罪者だ。


「切り裂き魔が出たのか?この御時世に?」


「そうなんだよ。だから、優しい俺は夜に一人で本屋に立ち読みしに行く杉慕すぎしたみたいな不良モドキに聞いたわけ」


「『モドキ』って、俺は別に不良になりたい訳でも、夜に立ち読みしに行きたい訳じゃないよ。偶偶たまたま、偶然その時に本を無性に読みたくなったから行っているだけだよ。チャラ男モドキのお前とは違う」


俺が夜に本屋に立ち読みしに行くのは確かな事実だけど、それは学校から家に帰っからだとスマホアプリや動画を見ていると、夜の時間帯になるのが多いだけだ。決して俺は、オレかっこいいだろ!と他人に思わせる不良に憧れを持ってはいない。

……昔、そんな風に自由に生きたい、と思ったことはあるけど、それはそれ、これはこれだ。


「お前は……ぐぐっ。……それは、一旦置いておくとして、杉慕はニュースとか起きてから見ないのか?」


「いや、見ないな。俺は起きてからはすぐに制服に着替えて、スマホ触っているからテレビはほとんど見ない。偶に親が見ているのを横目で見るぐらいかな」


大体朝のテレビ主導権は母親が持っているので、俺にチャンネルチェンジ権はない。他には弟が子供向け番組を見たいときぐらいか。


「見ろよニュースぐらい!俺はちゃんと毎日朝のニュースを見逃さないぜ!」


「……」


葉柱は世間の動きをちゃんと確認する殊勝な心がけを持っている人間らしい。

だから、そんな律儀なところがチャラ男らしくないって言ってんだよ。


「それより、切り裂き魔だ、切り裂き魔。そのことで話してたんじゃないのか?俺はお前の情報よりそっちの方が気になるよ」


『切り裂き魔』と、その単語を口にする度に心臓の鼓動が速くなることに気付いた。鼓動こどうは俺の意思を無視してふくらんでちぢんでを規則的に速く繰り返す。

人間の足の力で浮き輪を膨らませるなら、『切り裂き魔』という言葉の不思議な魔力が俺の


「……突飛とっぴつすべき情報は特にないけど、強いて言うならば、その切り裂き魔は″運がいい奴″ってところだな」


「″運がいい奴″?それって、そんな重要なことなのか?運がいい奴って、世の中には腐るほど沢山いるぜ?なのに、それを重要ポイント風に言うなんて可笑しいだろ」


「そうなんだがな……」と葉柱は続ける。


「その切り裂き魔は、なんとなんと5件も事件を起こしているだよ」


「5件も。でもさ、5件も人を襲ってたら犯人なんてとっくに捕まってるんじゃないか?」


日本の警察が何処まで優秀かは知らないけど、5件も襲ってたら何らかの証拠や指紋しもんとか目撃者もくげきしゃとか見つかりそうだけど。


「それが謎でさ、指紋も目撃者も犯人を特定するもんが何にも見つかってないらしいだ。警察も決死に捜査しているだが、今のところは特に進展はないってよ」


「何もって……マジかよ…………」


──5件もの通り魔事件が起こりながら、何も進展なし。目撃者も指紋も証拠品も犯人の人物像も全く解明できていない。

本来なら最初の事件である程度の情報を手に入れることはできるはず。日本の警察がたった1度の事件だとしても、何の手掛かりも掴めないことはまずない。日本警察はそこまでぬるくないのだ。

犯行を犯した犯人が捕まる確率は9割以上にに達するここ日本。現在でも犯人が捕まらないことの方がまれなのだ。通常はまずありえない。

それが進展なしに加えて手掛かりなしなら尚更だ。


「そんなことって、あるのか?」


普段の声色に動揺が付け加えられる。

自分の知らない所で自分が想像していたものを超越している異常な現象がこの街で起こっている。

ワクワクを抑えることができない。

葉柱の方も「そうなんだよな〜」と乾いた声で腕を組む。


「俺の知り合いに警察関係者がいるんだけどな、その人からちょっと聞いた話じゃ、どの事件の時も上手い具合に目撃者がいない、犯行に使った凶器きょうきもほとんどが毎回変わっている、って愚痴ぐちいてた。その人、元々ネガティヴ体質の人だったけど、その日はより一層暗い雰囲気を出してたよ……はぁ」


無理もない、と俺は思った。

5件もの犯行を許した挙句あげく、捜査は難行を示して、事件解決の糸口が全く見えないのだから。恐らく、警察の内でも焦って、まではいかないが、イライラとした空気になっているだろう。そんな中で、果柱はばしらの言う″その人″が暗い方へと考えてしまう人なら普通の人より気持ちが落ちてしまうのは仕方ない。

俺も多分だけど、イライラして周りに八つ当たりしているかもしれない。

真っ暗な空間の中に長時間いると人は、判断を誤り、言動と行動がくるい始め、いつかは自滅する。

この『切り裂き魔事件じけん』にも言えること。

いつまでも、このまま何も手掛かりが出てこないなら、どこかで痛恨のミスをする可能性がある。

……そうならないようになってほしいが。


「俺が知ってるのはここまでだ。捜査状況を流石にこれ以上は教えてくれなかったよ。俺の身の安全のためって理由だからな。最低限の説明しかするつもりはなかったに違いないし、その人も警察関係者だからな、ペラペラと一般市民にらせねぇよ……」


それもそうだ。

捜査状況をここまで話してくれたことに感謝すべきだろう。

でも、内容はどれも不確かなものばかり。その警察関係者の人が嘘を言っているのか、本当に心配しての助言なのかは俺にはわからない。

ここは葉柱の言うことを信じるしかないが、


「……」


「どうした、そんな難しい顔して?俺の話しにどこか変なところがあったのか?生憎あいにくと俺は杉慕の疑問に対して解答できるほど、情報は持ってないぜ」


「……いやな、この話の何処が特に突飛すべきことはないだよ!って、思ってさ」


「あ……ははは。ごめんチャイ☆!」


あっ、今のはチャラ男っぽいかも。

──キモいけど。

俺はキモい果柱から視線を逸らし、ふと何の意味もなく教室の時計を見つめた。


《時刻:13時5分》


と、丁度指し示していた。

その時、上から冷たい風のようなものが流れ込んできた……気がした。








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