【後付設定】

「こんな深夜まで経験点稼ぎか。ご苦労なことだな」

「そんなんじゃねーよ。夜の内に運動しとかねーと、朝飯までに腹が空かねえ……! そういうお前はどうなんだよ? やっぱり鍛え足りねえか!」

「……。俺は貴様の努力がいつまで続くか確かめに来ただけだ」


 つるぎタツヤは、とうにこの世界で最強の強さを持ちながら、鍛錬を一日も欠かすことがなかった。具体的には、概念邪神や殲龍異種、文明改編兵器群などが、群れ単位で夜毎タツヤの犠牲となっている。


 無論、タツヤの戦闘訓練の相手が務まるほどの存在ともなれば、一体ずつが世界の始まりより存在する神造災禍エルダーシードに等しい希少さであるが、つるぎタツヤは専用の『牧場』を人里離れた大陸に作り、そうした存在を制御下に置いて増産している。

 かつての神竜種などは、既に家畜として人間社会に馴染みすらしていた。


 一方で純岡すみおかシトは、つるぎタツヤの大所帯と行動を共にして久しい。

 あの場を逃れたとしても、タツヤは何度でもシトを見つけ、勧誘することが可能だ。『一度出会った人物』への再会条件を【絶対探知フラグサーチ】で探し当てるだけで良い。

 逃げたところで無意味な状況は整っていた……とはいえ。


「……解せん。型破りのようでいて、結果的に正しい道を選んでいる……貴様が時折見せるその直感は、どこまで意図している? 貴様の見る世界は……何だ」


 話しながら、全長100m程の真人使徒を斬り伏せている。触れたものを根源情報ごと腐食させる緑色体液が嵐の如く降り注ぐが、純岡すみおかシトの体には一滴足りとも触れることはなく、仮に回避できずとも〈完全抗体SS〉の前ではまったく無意味だ。


「俺は、ただ俺が気分のいいようにやってるだけだ。野球やってた頃、コーチによく言われたもんだぜ! 自分で自分を気分良くできるやり方が、一番いいやり方だってよ……! たとえ異世界だろうと、手を抜いたり、見て見ぬふりをするのは、俺は全然気分良くねー……話したいことを、話さないままでいるのもだ」


 タツヤは、外次元植物の森林を正拳の一撃で焼き払いながら答える。

 それは僅か一つの細胞から、プランク秒の間に大陸を覆う面積にまで再生する極悪なる外来種であったが、空を薙いだ拳に伴う断熱圧縮の余波だけで、再生の兆しは一切残らぬようであった。


「シト。お前は俺を見てねえ」

「……」

「決勝戦……外江とのえとの戦いを考えてやがるな。ド素人のこの俺のことや……お前と戦うためにわざわざ出てきた黒木田くろきだだって、途中で戦う敵の一人くらいにしか考えてねえだろ」

「……フン。当然だ」


 生と死の対立概念を敵対者に与える智天幻魔すら、この訓練場では生態系の下層に過ぎない。爪先で蹴り殺しつつ、訓練に汗を流すタツヤを眺めている。


「関東最強、外江とのえハヅキ。奴に借りを返す。それがこの大会に出た理由だ」

「ヘッ……正直な野郎だ。だけどな……俺は!」


 現象魔の一柱に拳を叩き込んだ。本気の一撃であった。

 30mの巨体は宇宙の彼方まで吹き飛ばされ、遥かな未来、事象地平に到達するまで止まらないのだろう。


「俺にとっては、お前がそれなんだ! お前と出会ったお陰で、俺はこうして異世界転生エグゾドライブをやってる……! 特別な相手だからこそ正面から勝ちてえって思うし、納得行く形で決着をつけてえ……!」

「フフ」

「……何だ。何だよ。何かおかしなことでも言ったか!?」

「ああ……フフフフフ。まったく、その通りだ。貴様はそれだけのために、俺をパーティに誘ったのか。目の前で、一緒に競うために!」


 シトが高笑いではなく笑ったのは、何度目だっただろうか。

 かつての彼にとっての異世界転生エグゾドライブは、憤怒と憎悪だった。


 ――だが、こうして心から異世界転生エグゾドライブを楽しむことができる転生者ドライバーがいる。

 それがシトにとって、何よりも大きな変化だったのかもしれない。


「貴様はまったく、おかしな男だ」


――――――――――――――――――――――――――――――


 一年前。駅前の某デパートでの出会いである。

 取るに足らぬ転生者ドライバーとの野試合を繰り返し、果たせぬ目的を憂うのみの日々。その日の試合を終えて帰ろうとするシトを、エスカレーター前で呼び止める声があった。


「おい! 待て、待てって!」

「……何だ貴様。さっきから」

「貴様じゃねえ。俺は東佐上中のつるぎタツヤだ」

「……」


 振り返って、自分が上着を羽織っていないことに気付く。

 転生ドライブ筐体に忘れたままであったそれを、この少年は届けに来たのだ。 


「チッ……俺の迂闊か。つるぎと言ったな。俺の名は純岡すみおかシト。礼は言っておく」

「さっきのゲームは何なんだ!?」


 シトの無礼を咎めるよりも先に、タツヤはそのように問うた。


異世界転生エグゾドライブだ。取るに足らん、たかが遊戯に過ぎん」

「たかが遊戯だと……? ヘッ、嘘つくんじゃねーよ。遊びでやってる野郎が……あんなに集中して、真剣な表情でやれるもんかよ」

「俺の試合を見ていたのか?」

「ああ……! こんな熱い戦いがあるなんて知らなかった! シトって言ったよな? 俺は……!」

「逃避ならば他の遊戯にしろ」


 シトは、タツヤの右膝に視線を向けている。

 小柄ながらも鍛え込まれた体躯。あからさまに体育会系の少年が、部活の練習があるはずの放課後に、このようなデパートのゲームコーナーに立ち寄っている。

 右膝には痛々しい包帯が巻かれている。練習をしたくてもできぬ理由があるに違いなかった。


異世界転生エグゾドライブは魔物だ。俺は娯楽のためにやっているわけではない」

「……じゃあ、なんでやってるんだ? 楽しくもねえのに」

「……」


 無言で少年へと近づき、自分の上着を奪い取る。

 その胸ポケットに入っている、一つのメモリを取り出してみせた。


「それは……あれだよな。試合の時に装填してた……」

「――ああ。Cチートメモリだ」


 それは尋常のCチートメモリのようでいて、決定的に違う。

 クリアカラーを基調とする他のメモリに対し、警告色めいた赤のカラーリング。

 ただ一人、純岡すみおかシトのみが保有する、ドライブリンカーが読み込むことのない不正規イレギュラーメモリ。【世界解放オーバードライブ】というCチートスキル名だけが分かっていた。


「父さんは、このCチートメモリだけを残して失踪した。……異世界にな! どことも知れん異世界に転生ドライブしたまま、もう五年も戻ってこない!」

「シト……」

「俺は……俺を一人きりにした父さんと異世界転生エグゾドライブを許さない……。全ての異世界を俺が救世し、この世から異世界転生エグゾドライブを根絶する……!」

「……すまねえ。悪いことを聞いちまった。確かに俺は……俺も、逃げたかったのかもしれねえ」


 つるぎタツヤは、素直にその頭を下げた。

 一方的に憎悪を吐露していたのは、シトの側だ。


 それは彼の心に幾度も過ぎる迷いであった。

 自分は何をしているのか。このまま先の見えぬ戦いを続けていて良いのか――。


「チッ……初対面の相手に、話しすぎた。……いいか、つるぎ


 振り返りざまに、それを投げ渡す。

 予備のドライブリンカーと、そして【超絶成長ハイパーグロウス】のCチートメモリ。


「上着の礼だ。貴様が俺に見た異世界転生エグゾドライブは、貴様自身が転生ドライブしてみせるがいい」


――――――――――――――――――――――――――――――


純岡すみおかシト IP855,134,133,690 冒険者ランクSSSS


オープンスロット:【超絶成長ハイパーグロウス】【全種適正オールマイティ】【実力偽装Eランカー

シークレットスロット:【????】

保有スキル:〈絶対斬権SSS-〉〈神格覚醒S〉〈完全魔法SS〉〈知覚消去S+〉〈精神抵抗S〉〈完全言語SSS〉〈完全鑑定SSS〉〈不敗の軍勢S〉〈覚醒促進SS+〉〈絶対回避A〉〈完全防御S〉〈無限再生A〉〈完全抗体SS〉〈神域裁縫A〉〈楽聖の極限A+〉〈聖餐の担い手S〉〈神なる陶芸A++〉〈清掃絶技SSS+〉他118種



つるぎタツヤ IP2,641,090,121,582 冒険者ランクSSSSS


オープンスロット:【超絶成長ハイパーグロウス】【酒池肉林ハーレムマスター】【絶対探知フラグサーチ

シークレットスロット:【????】

保有スキル:〈我流格闘SSSSSSSS++〉〈業魔竜血SSSS〉〈滅びの否定SSSSS〉〈空間の覇者SS+〉〈因果逆転A〉〈完全言語SSS+〉〈完全鑑定SSS〉〈禁呪氷雪魔法SSS〉〈禁呪風雷魔法SSSS-〉〈人界の王A〉〈概念創造B〉他37種


――――――――――――――――――――――――――――――


 大葉おおばルドウは、鮫めいた歯でストローを噛みながら呟く。


「そろそろラスボスに挑むか……随分早えな」

「早い、って」


 星原ほしはらサキは、さすがにそれを聞き咎めた。

 限度を知らぬ二人のステータス表記を見て、慄然と身を震わせていたところだ。


「なんか……神とか、もうアタシじゃよく分かんないようなやつとか、ワンパンで倒しまくってんじゃん……!? あんなの、とっくにクリアしてていいくらいなんじゃないの!?」

「ケッ。だからだろ。あの程度のステータスで勝てる脅威レギュレーションなら、全国クラスの転生者ドライバーがやったらすぐ終わっちまう。何しろこっちには四つもCチートスキルがあんだからな。『単純暴力』カテゴリなら、敵が形而下存在って時点で小学校の部活レベルが関の山だ」

「えっと……タツヤの世界のラスボスって、聖神ルマだっけ。創造神みたいに言い伝えられてるけど、本当は二つに別れた概念のうちの一つが信仰で神の形を与えられてるだけ……みたいな。確か、言ってた気がする」

「よくそんなくだらねー設定覚えてやがんな。真面目クンか。ま、言ってる以上はあの世界じゃ実際そうなんだろうよ。……一般スキル程度じゃあ、どんな強力なスキルも相当ランクが高くねェとまず通らねェ。ザコ相手にどんだけ全能に調子こいてたところで、それ以上の防御スキルで防がれて終わりだ」

「……つまり」


 金髪の少女は、これまで両隣の席の二人が話した事柄を思い返した。

 ルドウもレイも、どちらも関東地区には収まらぬレベルの強豪転生者ドライバーだ。二人の解説を聞いていたサキも、異世界転生エグゾドライブへの漠然とした感覚を掴んでいる。


「それをひっくり返すのが、Cチートスキルと……IPってことなんだよね」

「……」

「え。違う? や、ごめん……やっぱアタシ、にわかだからさ」

「……いや……驚いただけだ。テメーの言う通りだよ。Cチートスキルにはランクなんて存在しねえ。どこのどんな野郎にも、問答無用で通用するからこそのCチートスキルだ」


 ディスプレイに映る二人を睨みながら、ルドウはこの試合を観戦する他の転生者ドライバーと同じ事柄を考えている。

 この終盤まで、タツヤもシトも、シークレットスロットを公開していない。


 ――それは逆転の一手であるはずだ。どのCチートメモリを、二人は選び取ったのか。


「IPに関しても同じだ。異世界転生エグゾドライブの勝ち組は、勝てば勝つほど、無限に勝ち続ける。終盤になるほど、これまでの実績が積み重なってとんでもねェ倍率のIPでスキルが成長していく。だからどいつもこいつもスロット枠まで割いて、躍起になって獲得倍率を上げようとするわけだ」

「……じゃあ純岡すみおかクンは、もう追いつけない?」

「まァな。一番強え攻撃スキルがSSS-ランク? ラスボスの髪一本も切れやしねーだろ。言葉通り、イニシアチブを取られた結果だ。冒険者ランクだってSSSSランクにまで上がっちまってやがる」


 タツヤの旅に同行したことによる悪影響だ。必然として、冒険者ランクが上がってしまっている。

 このランクに達してしまえばもはや、国を救ったところで驚かれはしまい。

 しかも彼の横にはそれ以上の戦闘力を誇る英雄、つるぎタツヤがいるのだ。


「【実力偽装Eランカー】を死にスキルにされた時点で――勝ち目はなかった」


 ルドウもこの盤面からのシークレットによる逆転パターンを考え続けているが、やはり不可能だ。

 単発発動のみで1,785,955,987,892以上ものIPを稼ぎ出すCチートスキルなど存在しないし、つるぎタツヤが真に速攻勝負を仕掛けるつもりであれば、シークレットの内容もおおよそ想像がつく。


 黒木田くろきだレイも、ルドウに追従するように試合の総括を呟く。


「……つるぎくんの速さは驚異的だった。IP獲得速度だけじゃない……一般スキルの経験点獲得量も。スキル成長も、IPと訓練による経験点の掛け合わせだから……習得数を絞っていたのも、集中してスキルを伸ばすためだった……」

「【酒池肉林ハーレムマスター】だ。あれが効いた。つるぎの野郎……成長補助型の奴隷サーヴァントばかりを集めてやがった……!」

「成長補助――」


 はたと思い至り、サキは端末のステータス情報を改めて確認する。

 ずっと、対戦する二人のスキルにばかり注目していた。タツヤが引き連れる奴隷サーヴァントの保有スキルはどうだったか。


「〈覚醒促進B〉、〈内助の功S〉、〈勝利の女神A〉、〈不敗の軍勢A〉、〈進化の種子B〉……これって……!」

「ケッ。ようやく気づきやがったか。あのウブが、女ってだけで仲間に加えてるわけねェだろうが。あのチビ野郎は純岡すみおかに本気で勝つつもりなんだよ……! Cチートスキルだけじゃねえ。奴自身のスキルも、全部使ってな」

つるぎくんのシークレットは」


 レイが、結論を差し挟んだ。

 完璧な速攻型の盤面を構築したタツヤのデッキだからこそ、次の一手が分かる。


「きっと【後付設定サプライズ】だ」

「俺もそう思う。この低レベルでラスボスをブッ殺すには、それしかねェ……!」


 【後付設定サプライズ】。使用したその時点で『実は敵の反存在であった』『実は唯一対抗する兵器であった』などの設定を過去に遡って獲得し、所有スキルの全てを対象への特効スキルであったかのように取得し直す。

 速攻型アーキタイプの、まさに必殺技。スキルレベルが十分である限り、このCチートスキルで殺せぬ敵はいない。


「あの野郎……また下馬評をひっくり返しやがった!」


――――――――――――――――――――――――――――――


『――ヒト。信仰し、嘆き、そして死んでいくだけの、哀れな種族。あなたがたを何もかも救済しようというのに、何故私の手を拒むのです? あなたがたの望みの通りに、私はあるだけなのに――』

「うるせーぞクソ野郎……!」


 形状すら持たぬ、光めいた概念実体に対峙して、タツヤはただの拳を構えた。

 彼の奴隷サーヴァントは【酒池肉林ハーレムマスター】によって死亡こそ免れているものの、光の照射のみであらゆる行動を封じられ、この場に動けるものはつるぎタツヤと、辛うじて純岡すみおかシトの二人しかいない。


「どんなにゴチャゴチャ言い訳しようが、テメーが人殺しのクソ野郎なのは分かってんだよ!! あまりにムカついたから……神の座? だかなんだか……よく分かんねーけどよ! 直接ブン殴りにきてやったぜ!!」


 聖神ルマは、さらに神々しい光を垂れ流した。

 無論、タツヤの〈第十一感SSS〉及びシトの〈超越視覚S〉の前では目眩ましにもならぬ。


『――その感情。その思考こそが、全ての苦しみの根源なのです。タツヤ・フェム・ファイゲルツ。基底次元の、儚きヒトの一個体。あなたの苦しみを消去しましょう。この世界の全存在とともに――』

「世界は何も関係ねェーだろうが!! ブン殴る!!」

『――不可能です。私を打ち倒せるものは、ひとつ。始まりの光に対する、始まりの闇。それはこの世界の始まりとともに失われたもの……。全ては光より生まれ、光に朽ちる。それが世界の理――』

「ぐ……う……! そのレベルで挑む気か、つるぎ……!」

「……悪いな。抜け駆けさせてもらうぜ!」 


 ロクに動けぬままのシトを尻目に、タツヤはドライブリンカーを操作。

 シークレットスロットカバーが開放され、残る一つのCチートメモリの外観が明らかとなる!


「――【後付設定サプライズ】!」


 変貌は一瞬だ。タツヤの衣装と瞳は宇宙を思わせる漆黒に染まり――そして!


 〈我流格闘SSSSSSSS++〉は〈暗黒始原格闘SSSSSSSS++〉に!

 〈業魔竜血SSSS〉は〈闇の血脈SSSS〉に!

 〈滅びの否定SSSSS〉は〈永劫なる闇の輪廻SSSSS〉に!

 〈空間の覇者SS+〉は〈始まりの闇の空間の覇者SS+〉に!

 〈因果逆転A〉は〈始まりの闇の因果逆転A〉!

 〈禁呪氷雪魔法SSS〉は〈始まりの闇の禁呪氷雪魔法SSS〉!

 〈禁呪風雷魔法SSSS-〉は〈始まりの闇の禁呪風雷魔法SSSS-〉!


 これこそが【後付設定サプライズ】!

 ありとあらゆるスキルは今、聖神ルマを抹殺するためだけのスキルと化した!


「今、なっちまえばいいだろうが! その『始まりの闇』とやらによ!!」

「クッ……つるぎ……貴様……!」

「この勝負は、俺の勝ちだ! シト!」

「――いいや。シークレットが見えた今、結果は確定した」


 ドライブリンカー作動の電子音。

 それは、シトが同時にシークレットスロットを開放したことを意味していた。


「貴様の負けだ」


 この局面を逆転するCチートスキルはない。創造神を越えるほどに急激成長するスキルも、単独でIPを大量獲得するスキルも存在しない。……だが、ただ一つ。シトが隠していたスキルがある。


「【不労所得パラサイト】……!」


――――――――――――――――――――――――――――――


「【不労所得パラサイト】だって!?」


 黒木田くろきだレイは、立ち上がって叫んだ。

 二つ隣の席に座すルドウも、逆転の瞬間に言葉を忘れていた。

 まさか。そのような手が。ならばこの戦いは、最初から。


「そうか……なんてことだ。前提がそもそも違っていたんだ……!」

「え、ちょっと、どういうことなの!? だって、もう純岡すみおかクンが逆転するCチートメモリなんてないって、さっき……!」

「単独ではな。単独の、話だ!」


 ルドウが答えた。それはこの場の転生者ドライバーの誰も予想だにしていなかった妙手。


「こいつ……使。さっきの黒木田くろきだの話を覚えてるよな! 【不労所得パラサイト】は、周りの連中の経験点を吸い取り続けるCチートスキルだ……! つるぎの野郎が稼ぎまくった分も、周りのハーレム奴隷サーヴァントの経験点も、何もかもだ! しかも、奴本人も毎日訓練してやがる! 奴はそれを隠しながら、あえてつるぎと同行してやがった! しかも今、つるぎは【後付設定サプライズ】で高レベルスキルを! どうしようもねェ量の経験点だ!」

「シークレットが解放されたから、その分が加算される……ってこと? で、でも、そんな……そんなに強くなってるなら、さすがにタツヤも気づいて……」


 サキの漏らした疑問には、レイの独り言が答えた。


「【実力偽装Eランカー】」


 つるぎタツヤが【絶対探知フラグサーチ】を見せていたのと同じように。それは最初からオープンスロットにあった。最弱型のアーキタイプの中核と思われた、そのCチートメモリが。


つるぎくんが使った【後付設定サプライズ】と同じように……シークレットスロットのCチートスキルは、公開するまでは、データ上のステータスと獲得IPには反映されない。そして、実際の実力を隠すためのスキルは……【実力偽装Eランカー】だ。最初から、つるぎくんが思う以上に強かったんだ……!」

「や、やりやがった……【全種適正オールマイティ】も、最初からそのためのCチートスキルだ! つるぎがどんなスキルを伸ばしてこようが、全部に【超絶成長ハイパーグロウス】の倍率を掛けて、盗むつもりでいたッ!」


 明かされてしまえば、それが分かる。

 しかし一つの札が伏せられているだけで、まるで別の形であるかのように見える。

 これが、異世界転生エグゾドライブの申し子たる、純岡すみおかシトの真の実力。


「前提が間違っていたッ! シトのデッキは、だ!」


――――――――――――――――――――――――――――――


純岡すみおかシト IP855,134,133,690(+95,869,100,319,134)

冒険者ランクSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS


オープンスロット:【超絶成長ハイパーグロウス】【全種適正オールマイティ】【実力偽装Eランカー

シークレットスロット:【不労所得パラサイト

保有スキル:〈絶対斬権SSSSSSSSSSSSS+〉〈神格覚醒SSSSSS〉〈完全魔法SSSSSSSSS-〉〈知覚消去SSSSSSS〉〈精神抵抗S〉〈完全言語SSSSSSS〉〈完全鑑定SSSSSSSSSS〉〈不敗の軍勢SSSS+〉〈覚醒促進SSSSSS〉〈絶対回避SSSSS〉〈完全防御SSSSSS+〉〈無限再生SSSSS〉〈完全抗体SSSSSSS〉〈神域裁縫SSSSSS〉〈楽聖の極限SS+〉〈聖餐の担い手SSSS-〉〈神なる陶芸SSS〉〈清掃絶技SSSS〉〈我流格闘SSSSS-〉〈業魔竜血SS+〉〈滅びの否定SS〉〈空間の覇者S+〉〈因果逆転B〉〈人界の王C〉〈概念創造D〉〈暗黒始原格闘SSSS〉〈闇の血脈S〉〈永劫なる闇の輪廻SS〉〈始まりの闇の空間の覇者A〉〈始まりの闇の禁呪氷雪魔法S〉〈始まりの闇の禁呪風雷魔法S〉他2968種


――――――――――――――――――――――――――――――


『――な、なんなのですか……。あなたは一体、何者――』

申告せずにいたが……俺の本当の冒険者ランクはSSSSではない」


 もはや筆舌に尽くし難い無敵存在と化した純岡すみおかシトは、不敵に宣告した。

 最後の最後まで、恐るべき最弱アピール。


「SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSランクだ……」


 凄まじいまでの存在圧に、タツヤも、聖神ルマまでもが動きを止めた。

 それは一瞬。意思の速度よりも短い間であったが。


「シトォォーッ!!」


 それでもタツヤは気概を失うことなく、聖神ルマへの攻撃を仕掛けた。全てが特効となる一撃。十分に創造神と戦うことが……

 その真横を光が抜き去り、そして。


『――ギャアアアアアアアアーッ!?――』

転生ドライブ……完了オーバー!!」


 創造主は両断されていた。

 それは戦いですらなかった。



 WRA異世界全日本大会関東地区予選トーナメントAブロック準決勝。

 世界脅威レギュレーション『単純暴力A+』。


 攻略タイムは、16年8ヶ月21日9時間10分32秒。


――――――――――――――――――――――――――――――


 何もかもが終わり、現実への転送が始まった神の座で、タツヤは呆然と呟いた。


「……シト……お前は」

「どうした? 卑劣と詰るならそうすればいい。異世界転生エグゾドライブはそれで勝てるほど甘い世界ではないと、これで知れたはずだ」

「いいや。逆だ。お前は最初から、俺にハンデをくれてたんだ……違うか」

「……」


 二人の体は少しずつ光の走査線に分解され、消えていく。

 世界救世が成れば、この世界で手に入れたものを現実に持ち込むことはできない。

 確かにあった一つの勝負の、記録と記憶以外は。


「お前は最初に、俺のデッキ構成を読み当ててみせた。【絶対探知フラグサーチ】を持ってることを読んでて、そいつに封殺されることを知ってて、【実力偽装Eランカー】入りのデッキを組んでたんだ。俺は……そこまで辿り着けなかった」

「フン。だから言っただろう。異世界転生エグゾドライブはデッキ構築と戦略だとな」

「……違う」


 だが、送還までのこの僅かな間は……二人は単なる中学生の転生者ドライバーであると同時に、この世界で多くの戦いを共にした二人の英雄でもあった。

 英雄の視線が交錯した。


「お前は、俺がお前を仲間にすることを信じていた。……そいつだけは、心だ。俺の心が分かってたからできたことじゃねーのか」

「……」

「ヘヘ……悪かったな! 外江とのえハヅキしか見てないなんて言ってさ……ありがとよ。シト。楽しかった!」


 そして、彼らの姿は消える。だから純岡すみおかシトのその声も、ノイズに消え行くだけの呟きであったかもしれない。


「……ああ。俺もだ」

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