47話 激闘

 空間に入っていく亀裂が何を意味するのか、そんなことが分からないような状況ではない。

 二つの世界が繋がろうとしている。そしてそれは大切なものを失うことと同義だった。

 元の世界で共に過ごしてきたセンセイも、伊草も、綾乃もこの世界で全く別のカタチで再開した彼女らもどちらかに優劣をつけられるような単純なものでなくなっていた。


 しかし、もしこの戦いに勝っても、自分はその選択をしなければならないのだと、頭の中で悟っているからこそのこの不穏な動悸なのだろう。どちらも捨てられないはどちらもを裏切る行為だと、そんなことをしてしまえば、いや、そんなことで悩んでいてはあの敵には勝てない。今は目の前の敵に集中するんだ。答えはそれからだせばいい。

 

 果たして、山の頂上まで登り詰めて、その精霊、諸悪の根源たるパンドラは吹雪から奪い取った回帰の力を以て世界の境界を破壊しようとしていた。


「・・・・・・また、邪魔をしにきたのね」

「邪魔じゃねえ。完全に止める。完膚なきまでにお前を叩き潰してやる」

「威勢だけは変わらないわね。いいわ、決着をつけてあげようじゃない。貴方を殺して」


 パンドラは優美さすら感じさせる所作で振り返ると、口元に手を当てて笑った。嘲るようなその笑みに神経を逆撫でされるも、自制心を働かせてパンドラに対峙する。


「今度は、負けない。俺はそのためにここに来た!」

「かかってきなさい、人間!」


 大地の霊力に力を貰って・・・・・・恐らく無関係。彼らの闘志がその拳に力を与えている。これまで幾度か繰り返されてきた衝突、それは過去最大の規模にして天を貫いた。紅蓮の焔と、黒よりも濃い滅びの闇、二つの強大な力が激突した。


 ☆  ★  ☆


「・・・・・・始まりましたわね」

「頑張ってくれよ、帝さん」


 雷を鋼の盾で防ぎながら、熊の剛腕でバリオルカをなぎ払いながら、綾乃たちは帝へ声援を送る。あの山までかなりの距離があるはずなのに、ここまで届いてくる熱気、霊力の波、目に見える規模の焔が天を紅に染めた。

 信頼。彼女たちの内にあるのはその一心。であるべきなのだろうが、口には出さずとももうひとつの懸念があった。この世界の命運をかけた戦いに持ち込むべきではない極めて私的な感情、しかしそれが彼女たちの原動力足りえた。


 爆風が距離の壁を超えて押し寄せた時、彼女たちは願いを込め、彼のいるであろう場所を見つめた。


 ★  ☆  ★


 心臓の高鳴りに合わせて思考がフラストレイトし目に映る世界は加速していく。脳内は刹那の間に入ってくる多量の情報を処理するために熱を発する。ようやく目が、全身の神経が慣れてきて、視覚外から飛んでくる攻撃への反応を可能にさせる。

 ほぼほぼ平らな山の頂上。周囲の木々は薙ぎ倒され、足場というよりは逆に油断すれば足元を掬われる。直接に地面に足裏が触れていないから、地面からの振動への対処までほんの僅かではあるが、致命的な間隙を生む。


 よって帝が選んだのは、邪魔なもの全部焼き尽くす、問答無用の一択。燃え上がる紅蓮は折れたものも屹立するものも、全部まとめて灰燼に帰した。

 焦げる匂いに灰が舞う中、帝は灰が積もり不安定に膨らんだ地面を力ずくで踏み抜き、突貫する。既に燃えカスとなった灰は焔を受け入れることなく、よって粉塵爆発など起きるはずもない。しかし、パンドラがそれを知っているだろうか。

 綾乃の事件、そこで帝が起こした爆発がどんなものかやつは吹雪を通して知っているだろう。帝は互いを巻き込んだ爆発で諸共を吹き飛ばした。もしかしたら、帝がまた同じようなことを企んだのではないか、そう疑問を抱いてくれれば。


 その狙いが当たったことは、帝が焔を拳に宿らせ、パンドラが回避しようと上に、上に逃げたことで証明された。あの精霊はこれまで上に飛んで回避するという手段を取ってこなかった。隙ができるからだ。


 あくまで粉塵爆発を狙っている体で、命懸けの作戦が失敗した体で、焔を放つ。同時に魔装を展開、宙を切り裂いて飛ぶ焔は一際強く燃え、帝の思考を反映して起動を変えてパンドラへと。そしてカモフラージュにもうひとつの腕で地面を思いっきり殴りつける。爆炎が吹き上がり、飛翔する焔の弾丸はそれに飲まれるようにして紛れる。


 闇の障壁が爆炎から身を守る。しかし炎弾はまるでそれ自身が意思をもったように軌道をさらに変える。炸裂。パンドラの背後に回った弾丸はそこで一気に弾けた。


「くっ!」

「もう、いっ、ぱぁつ!!」


 背中を突如襲った衝撃と炎熱にパンドラがその美麗な顔を苦痛に歪める。意識が一瞬だがその後ろに向けられた。その隙を逃さない。

 裂帛の気合いを込めた咆哮。とぶ、跳ぶ・・・・・・飛ぶ。魔装によって引き上げられた肉体稼働の限界、それをフルに働かせて、パンドラが気づくよりも早く、速く肉薄する。反応、それを飛び越えて振り向いた横を通り抜ける。回り込んだ。轟々と燃える焔が炎弾を撃った右手に再装填される。それは圧縮され、絶大な威力と熱を内包する。それはまさしくゼロ距離の、本当の諸刃の剣。これが正真正銘の狙った一撃。


「なにっ!?」

「遅せぇよ・・・・・・」


 拳が触れた先から焔が膨れ上がる。腹部を捉えた渾身の一撃はパンドラを地面に叩きつけた。ドオオオオオオン!! そんな轟音がクレーターの中心から尾を引いて聞こえてきた。

 勝利の確信、そんなものはまだ程遠く、しかしその高揚感は焔を強めた。

 パンドラは陥没した地面から立ち上がると怨嗟を込めたおどろおどろしい形相で帝を睨みつけた。


「・・・・・・おのれ、人間風情がぁっ!!」


 その怒号と共に、絶望の闇が地の底より湧水の如く岩盤を砕きながら帝を襲った。


 

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