36話 告白

 沈黙がリビングを包み込む。

 誰も口を開くことも許されないような重苦しい静寂。その中心にして、元凶である帝は目を伏せたまま彼女たちの糾弾を待った。

 リリム、唐突に姿を現した全てを知る存在は、課題とも呼ぶべき幾つもの謎を残して消えていった。

 しかしながら、垣間見たその真実は、元を辿れば自分の弱さ故に招いた事態であった。


 綾乃の事件はその最たる例だろう。

 いかなる罵倒でも受け入れる覚悟があった。

 しかし、伊草から発せられた、沈黙を破るその一言はそんな帝には予想もつかない言葉だった。


「それ、帝のどこが悪いの? てか悪いのはそのパンドラってやつじゃないの?」

「いや、だからそれは・・・・・・」

「帝さまがわたくしの一件を按じておられるなら、それは余計なお世話ですわ。わたくしは帝さまに救われました。それ以外、なにが必要ですの?」

「そうだぜ帝さん! 帝さんはいつもオレたちのことを思ってくれてたじゃねえか! 帝さんが謝ることなんてねえだろ!」

「そうです。わたしだって九条さんに謝りたいことだってお礼を言いたいことだっていっぱいあります!」

「てなわけで、お前が何を恐れていたなんて・・・・・・分からんこともないが、結局は無駄なんだよ。我々はお前が思っている以上にお前のことを信頼してるんだ」


 力強い瞳に見つめられて、帝は思わずたじろいだ。しかし、その胸の内に生まれた感情は決して否定出来ないような安らぎに満ちたものであった。

 そして、その帝に追い討ちをかけるように綾乃が言葉を重ねる。


「それに、わたくしたちは帝さまのことを、心からお慕い申しあげておりますから」

「は・・・・・・? え・・・・・・?」

「もう、綾乃ちゃん! それは抜け駆けなしって約束だったのに!」

「それに分かりづらい!」

「つまり、うちらは貴様のことが好きと言うことだ」

「へ?」

「おい、それに私を巻き込むな」


 好き? ライク? オアラブ?

 目を点にして。そう形容するに他ないほど呆けた顔で四人を順繰りに見た帝に、誰からともなく笑いが漏れる。

 わかっていたことだ、この男は。


「まさかとは思うけど、ライクのことだと勘違いとかしてないよな、帝さん」

「いやいや待て待て、理解が追いつかない! 急になんなんだよ! お前ら!」

「そもそも今の今まで気づかない帝さまも帝さまですわ。何度もサインは出しておりましたのに」

「だが、何故今なんだ」

「それは・・・・・・」


 帝の疑問も尤もだ。自分の記憶が書き換えられていること、倒すべき強大な敵がいること、そのことを言っていたはずなのに、どうして、どうして、自分なんかのことを、好きだなんて答えが返ってくる?

 しかし、彼女たちの主張もまた、矛盾はない。

 むしろ当然の帰結かもしれない。独白を終えた帝の表情は、どうしてかそのままどこかに消えていってしまいそうなほど、儚かった。それは、帝が記憶を取り戻した時のことを恐れているのではないか、これまで共に過ごしてきた九条帝という存在がなくなってしまうことを恐れているのではないか、そう思わせた。

 そして、もしかしたら、帝はその刀薙切吹雪という一人の少女のことを愛していたのかもしれない。そんな帝だからこそ、吹雪は命懸けで救おうとしたのかもしれない。帝が彼女を想う気持ちがあったから、そのリリムという少女はこんな世界に帝を招いたのかもしれない。

 でも、これだけは譲れない。

 私たちの気持ちだって負けてはいない。だからこそ、自分たちもまたこの世界で彼と出会った。世界を超えても運命の輪で結びついているのだと。


「わたくしたちの、帝さまと共にいるという意思表明ですわ」

「・・・・・・ほんと、止めてくれ・・・・・・いきなりそんなこと言われて、どうしたらいいかわかんねえ・・・・・・・・・・・・なあ、」


 考え込むように俯いていた帝は、ゆっくりと顔を上げると、油断すると平静すら保てなくなりそうな衝動に揺さぶられながら、彼女たちに問いかけた。


「頼っても・・・・・・いいのか? 敵は、かつての俺でも倒せなかった相手だ、それを俺なんかのために・・・・・・」

「あったりまえだろ! で、帝さんはこれから俺なんかって発言は禁止な!」

「そうです、わたしたちにとって九条さんは大切な人なんですから」

「敵が強い? それがどうした、貴様とうちらがいて、勝てないやつがいるとでも?」

「わたくしは帝さまに助けられたのです。でしたら次はわたくしが帝さまをお守りする番ですわ」

「どうやらお前の心配も杞憂だったようだな。やるじゃないか鈍感王子」

「なんなんですか、その不名誉な呼び名は・・・・・・でも、ありがとうございます。おかげで、吹っ切れましたし」


 いつの間にか身を乗り出して、それどころか帝の周囲を取り囲んでいた彼女たちをグルリと見渡すと。


「全力で、頼らせてもらうぞ?」

「「「「「任せろ!!」」」」」

「それと、答えはまだ出せそうにないんだが・・・・・・それでもいいか?」

「「「「でもちゃんとだせよ」」」」

「・・・・・・なんだこのハモり」

「ははっ、頑張りなハーレム王」




 決戦の日は刻一刻と近づいてきている。 

 しかし、彼らの幸せな時間に割り込むことはいかに絶望と言えども出来なかったようだ。

 物語は収束へ向けて加速し始めた。 

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