終焉の並行世界編

35話 追憶

 それは、ある少年と少女の出会いから始まった。

 妖精という異なる存在によって導かれ、本来なら結びつくはずの無かったはずの二人はこの世の果てと呼ぶに他ない地獄で邂逅した。

 

 片や天才と呼ばれた紅蓮の妖精師、片や奇才と呼ばれた回帰の妖精師。若くして、もしくは幼くして持て余す力を持つことになった二人。

 

 その出会いの直接の要因となったのは雷の妖精、バリオルカ。腕利きの妖精師二十人もの命を奪い、激しい戦闘の果てにとある工場の中に逃げ込んだ。

 とても適う相手ではない。追い詰めている、そうであるのだが、何人もの妖精師が手負いの怪物と化したバリオルカの前から戦いもせず逃げ出した。


 そんな中討伐の命を受けた、白羽の矢が突き立てられたのは、当時十二歳であった九条帝に刀薙切吹雪。

 

「そしてキミはこの妖精を討伐し、師団に招かれた」

「そんなこともあった・・・・・・ような、だけどあの時俺は一人で挑んで・・・・・・」


 選ばれし人間、そう褒め称えられて久しくなった中学生の頃の帝は天狗になっていた。

 妖精に関係ないものを自己の周りから淘汰し、一応同格程度には思っていた吹雪以外とは交流すら持とうとしなかった。

 勉学を切り捨て、人間関係も色恋沙汰からも距離を置いて、辿り着いたのは強さのみを追い求める存在。

 

「だけどそんなキミにとっても、吹雪ちゃんは失えないものになりつつあった」

「それが、俺の改竄される前の記憶? あの頃俺は・・・・・・ん?」

「うんうん、記憶が戻りつつあるようだね。そしてここからが、キミたちの運命を狂わせた大事件の幕開けだよ!」

「大事件・・・・・・?」


 妖精、パンドラ。

 連合の長きに渡る歴史の中で、最強最悪と称された《絶望》属性の妖精。

 因果律の果てから生まれ、世界の理すら歪めうる力を持った埒外の妖精。その危険度からこの妖精に限っては、《精霊》という別称を用いることになり、世界中から討伐部隊が編成された。

 結果として、およそ千と数十、類を見ない規模の犠牲者を出したにも関わらずその精霊を討伐することは適わなかった。


「パンドラ・・・・・・? だけど連合にも師団にもそんな記述のある論文は無かったぞ。それにその時期っていったら俺がサラドを召喚出来なくなった頃じゃ・・・・・・」

「そうそう、それがキミの生きてきた世界のお話だよ。それで、キミはこの精霊と戦うことになった」


 激闘は二日以上に渡って繰り広げられた。

 帝はその戦いの中で《覚醒》という妖精の次の段階に至った。その力は精霊に準ずるとも。

 しかし、《絶望》の力もまた強大。

 帝は左腕を失う大怪我を負った。


「覚醒・・・・・・?」

「そしてそこに駆けつけたのが吹雪ちゃんだった」


 だが時すでに遅し、帝は瀕死の重傷で助かる見込みもない状態にあった。

 そんな状況下で、吹雪もまた《覚醒》の領域に至り、そしてその強化された《回帰》の力で・・・・・・・・・・・・世界のリセットを行った。

 自分の命と引き換えに。自分の存在を犠牲にして、自分のいない世界を創り上げた。

 そしてつか・・・・・・・・・・・・。


「くっ、ああ、残念。リリムはこれ以上この世界にいられないようだよ」


 頭痛がするかのように、リリムは頭を押さえた。どうにも見えない霊力がリリムを襲っている、そんなようにも感じられる。彼女の体に霞がかかり、妖精残滓となってその体が溶けていく。


「おい、まだ話は聞き終わってないぞ!? それにこの世界にいられないってどういうことだ!」

「うーん、ごめんね! あとはキミの努力次第だよ。リリムは妖精の力でこの世界に顕現してるだけで実体じゃないからね。いろいろと制限も多いんだよ。でも、ちゃんと思い出してあげるんだよ! ヒントは無数に散らばっている。・・・・・・最後に、これだけは伝えておくね。この世界は吹雪ちゃんが回帰の力を使わなかった世界。吹雪ちゃんがパンドラの贄にされた世界。キミの義務はもうじき復活するパンドラを倒して吹雪ちゃんを救ってあげることだ!」

「ちょっ待てって・・・・・・」


 畢竟、未だ真実には程遠く、ほとんどを謎の内に留めてリリムは煙のように帝の眼前から消えた。

 一人残された帝は。


「パンドラ・・・・・・回帰の力・・・・・・失われた記憶・・・・・・くそっ、俺はどうしたら」



 慟哭は孤独な生徒会室に反響して、じきに消え去った。 

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